 |
★Active Solid Girls 統合ナンバー：EA-ATT18501NA（NA-E023） |
|
あたしは、暗い廊下に立っていた。
夜の学校みたいな場所で、眞希と一緒に。
目の前から迫ってくる、黒ずくめの２人組。
どっちも大柄で、逞しい男の人。
あたしたちを捕まえようとしている。
逃げなきゃ。
あたしは眞希の手を引いて走った。
けれど逃げ切れそうにない。
廊下の角を曲がって、すぐ近くの教室に駆け込んだ。
でも――全部読まれてた。
黒い手袋が、がっしりとあたしと眞希の手を掴む。
あたしは必死で抵抗する。
男たちは、あたしたちを捕まえて引きずっていこうとする。
あたしは必死で、男の手首に噛み付いた。
男が悲鳴を上げて、あたしを放した。
チャンスだとあたしが思った――その時。
男があたしに、何かを投げつけた。
光がきらめいた次の瞬間、あたしの脚が動かなくなった。
――何、これ……！！
あたしの脚が、石になっていた。
まるで、大理石みたいな光沢を放って。
光はさらに、あたしの腰から胸へと這い上がってくる。
脚に続いて腰も、胸も真っ白な石へと変わっていく。
体に電流のような痛みが走って、次の瞬間動きを止めていく。
石化が胸に達した時、息ができなくなった。
苦しい、やめて、助けて―――！
あたしはかすれた声で叫んだけど、どうにもならなかった。
間もなく暗い教室の真ん中で、あたしは完全に動けなくなった。
あたしの中に、冷たい何かが染み込んでいく気がした。
完全に石にされたのだと……思った。
あたしが石になるのを目の前で見た眞希が、失神して倒れこんだ。
ごめん、眞希……ごめん……ね―――
|
ＡＣＴＩＶＥ ＳＯＬＩＤ ＧＩＲＬＳ
★ 第２章 秘密結社メドゥアス ★
第３話 失われた時間
|
気がつけば、朝だった。
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
そして、朝っぱらからやかましいセミの声。
目覚ましが要らないぐらい。
あたしは、汗だくでベッドに寝ていた。
熱帯夜で暑かっただけじゃない。
――また、あの夢か。
最近、よく見る“悪夢”。
夢って大抵脈絡がなくって、曖昧でぼんやりしてるけど、
この悪夢は不気味なほどはっきりしていて、まるでドラマみたいに完成した筋立てで進んでいく。
親友の眞希がいるのは分かるとしても、あのリアルな展開はとても夢とは思えない。
でも、石にされて終わりだなんて……最悪。
あ、その後変な子がやって来るんだよね。
ルビーみたいに真っ赤な、石のような質感の女の子。
あたしを助けようと頑張ってくれるんだけど……その後は思い出せない。
まぁ、目が覚めたら、夢で良かったって思えるんだけどね……
そう言えば―――あたし、あの廃校で何をしていたんだっけ？
ウワサ好きの眞希と一緒に忍び込んだところまでは覚えてる。
暗い廊下を２人で歩いて、女子トイレが怖いとか何とか。
でも、そこで記憶は唐突に途切れてて、気付いたら校庭の横の芝生で寝ていた。
どう考えてもおかしいよなぁ。
記憶が飛ぶような怖い経験をしたのかな？
それが最近見る変な夢になっているとか……
あぁもぅ、肝心なことほど忘れるなんて、人間ってどうしてこう不便なのかしら？
「翔子、いつまで寝ているの？遅刻するわよ！」
あ、母さんが怒鳴ってる……仕方ない、そろそろ起きてやるか。
「はーい、今起きまーす」
|
|
私立朝陽学園高等部。
あたしはここの２年生、今をときめく１７歳よっ。
校風は良い感じだけど、いい感じの男子がいないのがなぁ。
みんな淡白でパッとしないのばっかり。
別にドラマみたいな恋は期待してないけどさ。
校庭の向こう側には、中等部の校舎が見えている。
要するに、中高一貫教育ってやつね。
少子化が進んでどの学校も生徒の確保に大変らしいわね。
だからここも中等部で確保した生徒をそのまま高等部までキープするわけ。
もちろん、あたしも中学からここにいる……そっか、もう５年目か。
来年は受験生かぁ……うぅ、厳しいゲンジツ。
「いたいたー、翔子ー♪」
おっほっほ、いらっしゃいましたね、ウワサの権化が。
ふわりとしたショートカット、小柄で人懐っこそうな顔。
つーか童顔だから、時々中学生と間違えられるんだよなぁこの子。
昼休みにニヤニヤして来る時は、大抵新しいネタを仕入れた時。
今日はどんな話に付き合わされるんだか。
「……行方不明者？」
「うん、半月ほど前から行方が分からないんだって、ニュースでやってたじゃない」
「あぁごめん、ほら、先週までテストだったから、テレビ絶ちしてたし」
「……あ、そっか」
この子にしては意外にもリアルなネタね。
そう言えばそんな話があったっけなぁ……
夏休み前の中間テストの勉強シーズンが始まるちょっと前だっけ。
この朝陽学園の中等部で行方不明になった子がいた。
名前は、えーと……日之本なんとか。
あぁ思い出した、春海ちゃんだっけ、２年生だよね確か。
そう言えば通学中に顔を見かけたことがある。
好奇心旺盛そうなところが、眞希そっくり……性格はもっと快活だったけど。
親とケンカして家出したとかマフィアに誘拐されたとかどっかのテロリストに拉致られたとか、
ウワサばかりが１人歩きして、結局手がかりが見つからないまま迷宮入り。
まぁ、まだ行方不明になって半月ぐらいだから、捜査はしてるみたいだけど。
……けど、そのぐらいならわざわざこの子の口から聞かなくても。
「けど、そんな話？ 眞希にしちゃ地味――」
「まだまだ、メインはこれからなんだから……行方不明になった場所の話」
「それもニュースで言ってたわね……えーと、港の端っこだったっけ？」
「そうそう、そこで突然いなくなっちゃったわけなんだけど……実はね――」
眞希が身を乗り出して、声を潜めた。
そんなに顔近づけなくったって聞こえるよ。
まぁ、いつものことだけどさ。
「何、神隠し伝説とかあるワケ？」
「……え、翔子聞いたことあったの？」
「ちょ、図星だったわけ？（^^;）」
まさかドンピシャですか。
ふふん、伊達に眞希の親友やってないわねーあたしも。
「港の端っこにコンテナ群があるでしょ、放置されてるやつ」
「あぁ、そう言えばあるわねぇ、夕方なんかコウモリ飛んでるとこよね」
「あの場所ね、前から時々神隠し事件が起きてるらしいんだよね」
「へぇへぇへぇ、そりゃ初耳ね♪ てか、山奥じゃなくてコンテナなんだ最近の神隠しは」
「それでね、その春海ちゃんだっけ、あの子もウワサを聞いてたみたいなのよ」
ウワサが現実になったってことか、この子が言いたいのは。
偶然じゃないかと思うけど……ねぇ。
今時神隠しなんて流行らないし、オカルト？いつの時代よって空気だし。
第一、世紀末は１２年も前に過ぎたんだから。
|
|
そうそう、この前の廃校だって、その流れで行ったんだっけ。
オカルト話なんかただの御伽噺だって眞希に教えるために、わざと付き合ったんだよね。
そのはずだったんだけど―――
「……翔子、聞いてる？」
「え？あ……う、うん、聞いてるよ？」
「じゃあ復唱して♪」
「……ごめん、考え事してた（--;）」
「どうしたの？翔子らしくないよぉ」
あたしらしいって何よ？……まぁ、別にいいけど。
「……あたしらさぁ、あそこで何やってたんだっけ？」
「あそこ？ コンテナ群に行ったことはないと思うけど」
「違う違う、ふもとの廃校だよ、あそこも眞希に誘われて行ったんだよ？」
「あ、あそこね♪…………あれ？何やってたんだっけ（^^;）」
「寝ていたあたしを起こしてくれたのは眞希よね？」
「あぁうん、そうだけど……あのちょっと前まで寝てたんだよねあたしも」
「２人仲良く、夜の廃校の校庭で？」
「……考えてみたらおかしいよね、何であんなとこで寝てたんだろ？ そう言えば……」
眞希はふと、何かを思い出したように言った。
「そう言えば？」
「最近、変な夢見るんだよね……笑わないでよ？翔子が石にされちゃうの」
「！！」
あたしは、１瞬耳を疑った。
それって……最近あたしが見る“悪夢”と同じ内容じゃない。
「夢の舞台はあの廃校なんだよね……変な連中に襲われて、逃げ回って……」
「……！！……」
「……翔子？ あ、もしかして呆れてる？」
「あ、あのさ……あたし、その夢でどんな石にされてた？」
「え？……えーと……白い石かな？大理石に似てて……」
オカルトなんか信じてなかった。
けれど、今起きていることは、余りにもオカルトチックだった。
眞希と同じ夢、記憶が途切れた廃校探検……一般常識じゃ説明できそうにない。
集合無意識とか集団幻覚とか、そんなにありふれたモンじゃないだろうし。
「しょ、翔子……ほんと、どうしちゃったのよぉ」
「そ、その夢の中に……変な子出てこなかった？赤い石の女の子」
「もしかして……翔子も同じ夢を見たとか？」
「やっぱり、そうなの！？」
「あ、いや……石の女の子は翔子だけだったと思う」
あ、全く同じじゃあないんだ。
そう言えば……赤い石の女の子が来た時は、眞希はさらわれてたんだっけ。
……って、夢の話だよねこれ！？
「でも、似たような夢を見てるって面白いね、もしかしたら現実だったとか？」
「……や、やめてよ眞希、人が石になるなんて現実に起きるはずがないじゃんさ」
「どうなんだろ？ 絶対って言う証拠はないんじゃないかな？」
「勘弁してよ……あり得ないってそんなの」
「じゃあ……もう１度行ってみる？ 放課後に……昼間ならそんなに怖くないし」
「ちょっと……眞希ったら本気？」
眞希の目が輝いてた。
間違いなく本気だなこりゃ。
まぁ……部活とかやってなかったからいいんだけど。
神隠しのウワサ話なんか、とうの昔に忘れられていた。
|
|
というわけで、あたしはまたこの廃校にやってきた。
日は既に傾いていたけど、日没まではまだ時間がありそう。
目の前に、寂れた校門が立ってる。
その向こうに、校庭を挟んで古ぼけた校舎が建っている。
前に来た時は夜だったから気付かなかったけど、凄い汚れてる。
いったい、何年前の建物なんだろう。
「行こ、翔子」
前と比べて、眞希は積極的だ。
勇敢ねぇ、お化けが出ても知らないよ？
校舎の中は薄暗かった。
自分たちの足音以外は何も聞こえない、静かな廊下。
あらら、眞希ったら早歩きになってない？
……本当はちょっと怖いのね♪
女子トイレの横を過ぎて、階段室に差し掛かる。
何故かあの時は、ここらへんで唐突に記憶が途切れている。
校庭で眞希に揺り起こされるまで、だいたい３０分くらいだろうか。
あの後……何があったんだろう。
２階の廊下に出た。
特に変わった風景はない、ただ……
あの夢と、全く同じ間取りなのが薄気味悪い。
廊下の窓の向こうには、塀を挟んで雑木林が見えている。
この辺は、こういった手付かずの森林が結構多い。
こういうのって、やっぱり未来に残すべき自然なのかしら？
……ふと、足が止まった。
ちょうど、教室の前だった。
なんだろう……なんだか、凄く変な気分。
この教室の中に、何かいそうな気が凄くする。
何かいるようなことはないはずなのに、何故だろう。
眞希の足も止まっていた。
不安げに、半開きの教室の扉を眺めている。
でも、体は窓側に寄ってる……あんたってほんと素直ねぇ。
「……眞希？」
「あ、あはは……どうしてだろ？ 今あたし……凄く怖い」
うんうん、正直で大変宜しい。
あたしだって脚が止まったからね……怖いのとはちょっと違うけど。
でも同時に止まったなんて……やっぱりおかしい。
そう言えば、ここだったような気がする……夢で眞希と逃げ込んだ教室。
あたしはそっと扉に近づき、その取っ手に手をかけた。
後ろで見ていた眞希が、まるで泣きそうな声で言った。
「は……入るのぉ？」
「怖いなら待ってなさい、あたしは行くからね」
「ま、待ってよ、お、置いてかないで！」
……結局、付いて来るんじゃないの。
あたしは覚悟を決めて、扉を一気に開いた。
がたがたっ、と音がして、扉が完全に開かれる。
その中にあったのは……
机とイスと教台と、すすけた黒板と砕けたチョーク。
擦り切れたカーテンと、開いたままのロッカーと、ぼろぼろの箒。
何の変哲もない、ありふれた教室の風景だった。
ほら、やっぱりどうってことないじゃない、結局は気の所為――
「ねぇ翔子、あれ……何？」
眞希がふと、教室の真ん中、前寄りを指差した。
そこに、小さな黒い手帳みたいなものが落ちていた。
あたしがそれを拾おうとした時、ふと気がついた。
手帳のすぐ横の床の上に、小さな靴の跡があった。
少なくとも２人分……積もった埃や砂がひどく乱れている。
そしてその中ほどに……掌の跡が２つくっきり。
積もった砂埃の上から、しっかりと押し付けられていた。
その瞬間、あたしの頭の中で――――何かが弾けた。
その掌の跡の上に、屈み込んだ人間の影が重ねられていく。
いいや、人間じゃない……宝石のように真っ赤な石でできた、不思議な女の子。
黒服の男にスタンガンみたいなものを突きつけられ、苦しんでいた。
あたしはその子の名前を呼ぼうとした。
でも、声が出なかった……いや声どころか、全く動けなかった。
やがて重い音が響いて、黒服の男が倒れ込んだ。
教室の扉の前に、金髪の背の高い男の人が―――
その男の人の姿がぼやけ……眞希の顔になった。
とても……不安そうな顔をしていた。
多分……あたしが呆然としていたからだろう。
中腰で、まるで何かに取り付かれたように、見えないはずの何かを見ていたから。
「翔……子？」
「……あ……は……はは、は……」
あたしは頭を抱えた。
抱えながら笑った。
夢なんかじゃ、なかったんだ。
|
|
「夢じゃなかったって、どういうこと？」
「夢じゃなかったんだよ……あの夢は、あの夜実際に起きたこと」
「翔子……どうしちゃったの？」
廃校の校庭の横にある、色あせたブランコ。
あたしはそこに腰掛けて、眞希に“真実”を話していた。
今までオカルトのオの字も信じてなかった子がこんなこと話し始めたんだから、
眞希が呆気に取られるのも仕方がなかった。
「空想が生み出した夢だったら、その子の名前なんか覚えてるわけないもの」
「で、でも……人間が石に変えられるなんて、そんな……」
「あらあら、昼休みとはまるで逆ねぇ♪『絶対って言う証拠はない』って言ったの誰？」
「言ったけど……でも、あれが現実だなんて……じゃ、じゃあ、あいつらは誰なの？」
「知ってるわけないじゃないあたしが……あ、そう言えば」
あたしはふと、教室で拾った黒い手帳を取り出した。
何も書いてない、薄っぺらな手帳……こんなんじゃ単語帳にもならないわね。
ただ、中には数字がびっしり書き込んでる……多分スケジュールなんだろうな。
ギリギリ読めるかどうか微妙な汚い字で。
うちの男子のノートにも匹敵……いや、もっと汚いかも。
ただ最後の方に、何か文字が書いてあった。
『残 要確保 ２』
数字の部分は何度か消している……どういう意味なんだろう。
あ、もしかして、他にも誰か捕まえようとしてたのかしら。
捕まえてどうする気だったのかしらね……あぁ、嫌な想像しちゃったよ今。
でも……この手帳も、あれが夢じゃなかった証拠の１つには違いない。
もしかしたら、とんでもない事件に巻き込まれたのかも、知れないけど。
でも……かなうのなら、もう１度あの子に会いたい。
「……ルイさん……今、どこにいるんだろう」
「それがその子の名前？……ふふ、なんかワクワクするかも♪」
「はぁぁ？ 怖がって教室にも入れなかった子が何言ってんのよ」
「あ、あぅ……そ、それはもういいじゃん、ね？」
「甘えんじゃないわよ、あたしは眞希のお母さんじゃないのよ？」
「うぅ……ひどいよぉ」
日が暮れかけてる。
空は夕焼けで、まるでワインのように真っ赤に染まっていた。
そう……ルイさんも、こんな色だったっけな。
とても綺麗な色……でも多分、凄く苦労してるんだろうな。
「ほら眞希……帰るわよ？」
「ふぇぇん、翔子待ってよぉ」
|
|
| （第２章第４話へ続く） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2008年頃に草稿を作成したエピソード。
ルイの親友となる“人間の少女”翔子の視点で描いた物語であり、
翔子が１度封印された「ルイとの出会いの記憶」を取り戻す展開になっている。
「石化から始まる」ＡＳＧシリーズのコンセプトにも通底しているが、
G-maは基本バッドエンドを好まないので、“理解者”の存在は非常に重要なのだ。 |
