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★Active Solid Girls 統合ナンバー：EA-ATT18501NA（NA-E065） |
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（……静かだなぁ）
センターＤの廊下で、スイはそんなことをつぶやきながら、天井を見上げていた。
無理もない……パドルもライカも出払って、建物の中には鉱物娘しかいないのだから。
それも、ルイのように人並みに動ける鉱物娘は１人もいない。
スイも最近ようやく、まともに歩けるようになってきたが、彼女たちにはまだまだ及ばない。
それでも……今ここにいる、活性体の中では最も速く動ける１人であったが。
手すりなどを使ってリハビリしている鉱物娘の多くは、まだスローモーションみたいな動きであり、
他の人の介助無しで起き上がれるのは実際、スイとコナぐらいしかいない。
センターは静まり返っている……肉声を出せる者がいないのだから、ある意味当然だ。
時々、リハビリする鉱物娘たちがそろそろと歩く音が、廊下に硬い靴音のように響くだけ。
もっとも……今ここにいる鉱物娘で、靴を履いているのはスイとコナぐらいなのだが。
後の鉱物娘たちはまだ、自分で着替えもろくに出来ないのである。
かくいうスイとコナも、まだまだ簡素なインナーを着るくらいしかできず、その着替えにも何十分という時間が必要なのであるが。
（エミさんたち……今頃楽しんでるんだろうなぁ）
スイたちは知らない。
今ルイ達が、余りにも過酷な運命のいたずらに翻弄されていることを――。
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ＡＣＴＩＶＥ ＳＯＬＩＤ ＧＩＲＬＳ
★ 第６章 牙を剥く闇 ★
第５話 朝陽市の最も長い１日（４）
お断り……エピソードを終わらせるためにかなりの長文となりました、ご了承くださいorz＜(_~_;)＞
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――ズンッッ！
「かっぐ……き、貴様……！！」
低いが、鋭い音と共に、ホルスのサイバーナイフがネメシスの胸を刺し貫いた。
２人が格闘を始めて、数分ほど経過した時だった。
既に周囲の瓦礫の幾つかは２人のサイバーナイフによって切り裂かれ、
まるでいびつなサイコロステーキか廃棄物ペレットのように、裁断されて転がっている。
コンクリートの大きな破片に幾つも穿たれた穴は、恐らくネメシスがドリル状に変形させた自身の爪を、ホルスに突き立てようとしてしくじったものだろう。
「だ……だが……この程度では俺は死なんぞ……メタロードの体質は……」
「分かってるさ……そのぐらい、既に想定済みだ」
「……な……何だと！？」
言うや否や、ホルスのリベット状結晶体がスパークした。
稲妻のような光が、銀色の腕を包み込むように、その手の平へと集束していく。
「金属の導電性は高いが……メタロイドの場合は確か、裏目に出たよな？」
「な――く、くそ――！！」
事態に気付いたネメシスが、ホルスのサイバーナイフを胸から引き抜こうと上体を仰け反らせたが、間に合うはずもなかった
……まさにそのサイバーナイフから――ネメシスの体内に電撃が。
「気付くのが遅かったな、ネメシス……脳まで金属化して、思考が鈍ったか？」
「ぬぁぁ――っが……ぎぃぁっっ……あ”ぁあぁぁぁぁ！！」
金色の怪人の断末魔の悲鳴が――小さな廃墟の小さな空に響き渡った。
身を捩じらせ、まるで痙攣するかのごとく悶えるネメシス。
ホルスから放たれた電撃は、破壊的な電磁パルスとなって敵の体内を乱反射した。
「ごぁ……はぎぃ……や、め……がぁ……っっ」
「ふん、こんな電撃で悶えるとは情けない……実験体は何度も、こういう拷問を受けたのだぞ？」
「かぁ……あ…………―――― 」
悲鳴の後が続かず、無言でがくがくと痙攣を繰り返すネメシス。
いや……余りの衝撃に、機能の１部がショートしたのかも知れない。
ちょうど……悲鳴すら許されなかった、ラボの実験体――鉱物娘たちと同じように。
「醜いな……この程度で、人間を超えたなどと思っていたとは」
ホルスは静かにサイバーナイフを引き抜いた――どしゃっ、と崩れるようにネメシスが倒れる。
倒れてもなお……その金色のボディは痙攣し続けていた。
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（……大丈夫、この子たち、まだちゃんと意識があります！）
エミは、眞希に向かって、指で小さな丸を描いた。
エミの言わんとしていることが分かった、眞希の表情がほころぶ。
２人の前には、アリエルによって石化された３人の少女が。
「良かった……じゃあ、戻してあげられるんだね」
（はい、全然大丈夫ですよ♪）
「あ、あなた……恵美が何を言ってるか、分かるの？」
「え？あぁ、その……声は聞こえないんですけど、な、何となく」
考えてみれば、眞希とエミの交流も半月を越す。
普通の人間である眞希は、翔子のように鉱物娘たちのテレパシー波を感じ取れないが、
この交流を経て、リアクションやジェスチャーから、ある程度の情報を読み取れるようになっていたのだ。
――そう言えば、あたしもいつの間にか、ルイさんたちの言いたいことが分かるようになってたなぁ。
眞希はそんなことを思い起こし、微笑んだ……つられたのか、エミも笑顔を浮かべる。
そんな２人を眺めていた恵子も、自然と頬が緩んだ。
――その時だった。
ガラガラ、バリバリと大きな音を立てて、道路を塞いでいた大きな瓦礫の端部が破られた。
眞希やエミや恵子、そして商店街の端に避難していた市民が、不安な表情で一斉に注目する。
「――警察だ、もう大丈夫だぞ！！」
瓦礫を破ったのは、警官隊の第２陣と消防隊、そしてレスキュー部隊であった。
怯えた表情を浮かべていた市民が一斉に、安堵の表情へと変わる。
「た、助かった……！」
「そうだ、怪我人がいるんです！」
「要救助者発見、直ちに救助と確保を！」
「重傷者がいるぞ、担架持って来い、それからジャッキも要る！」
警官隊をバックに、消防隊やレスキュー隊が“被災地”に展開していく。
そのうちの１人が、眞希に話しかけた。
「――お嬢さん、済まないが、パドルという人物を知っているかね？」
「え？……あ、えーと……その人なら、あそこに……」
眞希は戸惑いながら、瓦礫で塞がれた道路の中央を指差した。
そこに……金髪の大男と、２人の“怪人”が大男を挟むように立っていた。
もっとも……臨戦態勢だったのは手前の怪人――アリエルだけだったのだが。
アリエルは信じられない、と言わんばかりの表情で震えていた。
背後の怪人――アイガーは、シンプルな姿でただ、立っている。
そのアイガーに向かって……金髪の男――パドルが振り向かずに語りかけた。
「……どういう風の吹き回しだ？」
「ふん、貴様が知る必要はない……これは俺とホルスの問題だ」
「悪いが……今、お前の相手は出来ないぞ」
「見りゃ分かる……俺もこんなエリート馬鹿に付き合うつもりはない」
ギリギリ、と歯軋りをするアリエル。
アイガーに馬鹿呼ばわりされるなど、屈辱もいいところだ。
「アイガー……貴様……言っていい事と、悪いことがあるぞ」
「……はぁ？ お前が言えた義理かよ」
「僕は……メドゥアスの次期幹部だぞ？」
「阿呆、今じゃねぇだろうがよ……ま、こんな醜態じゃ出世もできねぇなぁ」
――ピキッ、と音がした。
それはアリエルがキレた音だった……といっても、ギャグではない。
次の瞬間――ゴッッ、と鈍い……しかし大きな音と共に、クルマの残骸と一緒に道路が裂けた。
どうやら……アイガーの挑発が、アリエルのリミッターを解除したらしい。
「ふん……キレたかよ、馬鹿エリートが」
「……もう貴様らは終わりだ……全員まとめて、僕が処刑してやる」
だが……パドルもアイガーも、まるで動じない。
「やっぱりお前……分かってねぇだろ」
「何とでも言うがいいさ……後悔してからは全てが遅いからな」
「お前の言ってる“全員”ってのは……“彼ら”も含めた全員なのか？」
「――何だと！？」
パドルの言葉で、アリエルは初めて、周囲を見渡した。
そして、ほぼ同時にその表情が引きつった。
アーケードに面した歩道の前から、アリエルに向かって突きつけられる、幾つもの銃口。
しかも……半分は拳銃ではなく、重火器とも呼べるものだった。
第１陣の惨敗を知った警察の第２陣は、本格的な市街戦を覚悟した装備で、この現場にやってきたのである。
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「――どうした？……クク、もう終わりか？」
「じょ……じょーだんじゃ、ないわよ……こ、このくらいで……」
ブルーメタルの怪人・ロイザーが嘲笑う。
対峙する赤いメタロード――ルイは、負けじと言い返した……だが。
体が重い……まるで、鉛の塊でも背負っているようだ。
意思とは無関係に足元がふらつき、自然と重心が低くなる。
しかし……その膝がぷるぷると震えていた。
――やっぱり……この体だと、長くは持たないんだね。
――でも、ここで変身を解いたら……
そんなルイを、不安げに見つめる青い顔。
手にした筆話用のメモ帳も、細かく震えている。
（……どうしよう……このままじゃ、ルイさんが……）
「な……なんか……ピンチそうだね」
「……うん……ねぇサラさん、何とかならないの？」
（はぅ……わ……私に言われても…… ――あ……そう言えば！）
その時ふと――サラにある記憶が蘇った。
この場所を訪れる前……崩れかけた階段を降りていく時に見たもの。
重さ数百ｋｇはあろうかという、巨大な鉄骨のラック。
恐らく、あの多目的ホールの道具を、収納するためのものだろう。
そんなラックが、崩れた壁から半ば傾いて、落下しかけていたのである。
今この場所からも、そのグレーの塊の端が、中２階辺りだろうか……やや上方、崩れかけた壁の穴の奥に、ちらりと見えている。
再び……サラの手に握られた、黒いペンが動き出す。
（……あれを使ったら……時間を稼げるかも知れない）
「あれって何？ よく分かんないけどやろうよ、それ！」
「あの青いギラギラ野郎、ぎゃふんと言わせちゃおうよ！」
「そうよそうよ、女の子だと思ってナメてたら、痛い目に会うんだから！」
（あ……ありがとうございます……でも……上手く行くでしょうか）
（……やろう、よ……サラ、さん……）
（……瞳さん）
（あたし、も……協力、したい……動け、たらな……）
水晶細工のような姿に変えられた少女――瞳と呼ばれた娘からも、サラを励ます言葉がかけられる。
（……分かりました……やってみます――いいえ、やらないといけませんよね！）
――間もなく、少女たちが慌しく動き始めた。
その動きに、今までルイに集中していたロイザーが反応する。
「むっ――逃げるのか？友を置いて……だが生憎だったな、そっちは行き止まりだぜ！」
「サラさん！？……まさか……！」
「ぬ？……小娘共め……何を企んでいる！？」
少女たちを追撃しようと動いたロイザーの前に、ルイが立ちはだかる。
「ちょっとあんた……あたしを無視しないでくれる！？」
「ふん、小生意気な娘だぜ……既に膝が笑っているくせに、俺を止められるとでも？」
「う、うるさいわね！……こ、このぐらい……くっっ」
強がってはみるが……しかし、ルイの消耗は誰の目にも明らかだった。
悠然と歩を進めるロイザー……ルイは必死で追いすがるが、ロイザーは片手で振り払う。
まるで大人にあしらわれる子供のように、ルイは力なく膝を付く。
「だ、だめ……」
「言ってろ、３３号……お前は後でゆっくり料理して…… ！？」
しかし今度は、サラがロイザーの前に立った。
サファイア色の長い手を精一杯伸ばし、少女たちが駆け上がっていった、シャッター奥の階段を守る。
「さ……サラさん！？」
「３９号……標本も同然のクセに、思い上がりおって」
（な……何とでも言ってください、けれどここは通しません！）
「どけ……この刃を受けるか？ メタロイドと言えど、直撃を受ければ真っ二つだぞ」
ロイザーの腕から瞬時に形成される、銀色のサイバーナイフ。
陽光を反射するその切っ先に１瞬ひるむサラ……だが、すぐに思い直して、きっとロイザーを睨む。
（ダメです……ここは……ここは絶対に！！）
「愚かな……ならば、望みどおり――――」
まさに――その時だった。
パラパラと、小石と埃がロイザーの頭に降りかかる。
何事かと見上げるロイザーの動作よりも１瞬早く、ガタンと重い音が響いた。
「――――なっ！？」
ロイザーの視界に映ったのは、破れた壁から転がり落ちてくる、巨大なラックだった。
その後方から、“作戦”に参加した、少女たちの声が響く。
「「――行っっけぇぇぇぇ！！」」
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（先輩、今の音……！）
（うん、パトカーのサイレンだよね！）
廃墟のようなアーケードの奥で、翔子たちはサイレンの音を聞いた。
恐らく、警官隊の第２陣であろう。
「ふん……人間が幾らあがいても、我らにかなうわけはないというのに」
（……あら、そうかしら？）
鼻先で笑う銀色の怪人――セラフィを挑発したのは、ライカである。
もっとも今は……彼女もまた、セラフィと同じような――銀色の戦士になっていたのだが。
「……何が言いたい？」
（よく統率された人間の組織は、怪獣だって倒しちゃうのよ？……捨てたものじゃないわ）
「我らメタロードが、人間如きに遅れを取ると言うのか！？」
（人間の底力を侮ってたら、痛い目見るってことよ……例えどんな存在でもね）
「言うではないか……人間であるかどうかすら怪しい貴様が！！」
言うや否や――何度目かの“鎖鎌”が、ライカ目掛けて解き放たれた。
衝撃波の渦を伴って、何本かはまっすぐに、何本かは弧を描いて。
ライカは体を反転させながら横に跳躍し、鋼鉄をも切り刻む、その攻撃を回避する。
１部がその体をかすめ、猛烈な衝撃波が荒れ狂うが、今のライカの体を切断することは難しい。
（全く大したものだわ、この体は……道理で、頭に乗る連中がいるわけよね♪）
「――五月蝿い！！」
（ところで――あんた、あたしを細切れにするんじゃなかったの？）
「黙れ！！」
（五月蝿いとか黙れとか……騒いでるのはあんただけなんだけどねぇ♪）
セラフィは苛立って鎖鎌や触手髪を振り回すが、効果は少ない。
見た目には、瓦礫がアーケード一杯に飛び散って、それはそれは壮絶なのだが。
ライカもただ交わすだけでなく、隙を見計らって攻撃を加える。
数秒おきに、鉄骨を落としたような豪快な音が、廃墟と化した商店街に響き渡った。
そのたびに、セラフィが巨大な上半身を捻るようにのけぞらせる。
「――ぐぅっ……おのれ、女！！」
そんな激闘を眺めながら、翔子が春海に話しかける。
（凄い、けど……今のうちだよ、春海ちゃん）
（……え！？い、今のうちって？）
（ライカさんがアイツを引き止めてるうちに、向こうに行こう……今なら行けるかも）
（こ……この戦いの中をですか！？……大丈夫かなぁ）
（今なら何とかなるわ……だってあたしも春海ちゃんも――ほら♪）
翔子はその白い顔に笑みを浮かべて、春海の金色の顔をコンコン、と突いた。
（……あ、そうか）
（取り合えず、挑戦しようよ……ライカさんだけに任せたら悪いからね。あたしたちはあたしたちでできることをしなきゃ）
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再び、アーケード脇の路地――ルイ達が奮闘している場所。
サラと少女たちは、路地に面したビルの破れた壁から、重量級のラックをロイザーの真上に落とすという“作戦”を強行した。
４人の少女が渾身の力を込めて押したラックは、やがて大きく傾き、壁から転がり落ちるように――ロイザーの頭上へ。
「この――小娘共がっっ！！」
ロイザーはその青メタルの顔を怒りに歪め、太い腕を振り上げた。
その腕の先には、青龍刀を思わせる、銀色のサイバーナイフが怪しく光る。
「こんなもので……俺を止められ―― ！？」
直後、ロイザーの脚に、重い塊が圧し掛かる。
ルイとサラが、身の危険を顧みずに飛びついたのだ。
「えぇい、どけ――どかねぇか！！」
強引に腰を振り、２人を振りほどくロイザー……巨大ラックはもう直撃寸前だ。
振り上げた腕のサイバーナイフが、その躯体にざっくりと突き刺さる。
今の自重と大差ない応力を受け、ロイザーは思わず腰を落とした。
ルイ達の決死の抵抗がなければ――難なく切り裂けたはずだったのだが。
「ちぃ――こんなもので――！！」
「くぅぁ……ダメぇ！」
（あぁ……こ、これじゃ……）
だが――その時。
ロイザーは不意に反対側から、棍棒で殴られたような衝撃を受けた。
思わずバランスを崩す青メタルの怪人、そして――容赦なく圧し掛かる、グレーの塊。
「うぉぉ！？――かっ……ぬがぁぁぁっ！！？」
「や、やった……い、今のうちに！」
巨大ラックの下でもがくロイザーを横目に、ふらつく脚で離脱を試みるルイ。
サラも何とか立ち上がり、ルイをフォローしようと後を追う。
「ぬぅぅっ……に、逃がさんぞっ！」
必死に反撃を試みるロイザーの脚が、サラの足元を掬い上げた。
バランスを崩し、青い石の少女が倒れかける。
（きゃぁっ…… ――え？）
その時――その体を誰かが支えた。
ルイではない……ルイはふらつきながらも、サラの前を歩いているのだから。
サラは、思わず相手の顔を見上げた。
（――大丈夫？ サラさん）
サラは目を疑った――いや、サラだけではない。
前を歩いていたルイも、階段から降りかけていた少女たちも。
何故なら……サラをかばって手を伸ばしてきたのは、クリスタル化した少女――瞳だったのだから。
（ひ……瞳、さん？）
（あはは……何でだろう、動けちゃった♪）
「動けちゃった、って……マジ？」
（行こう、サラさん、ルイさん……あいつ、来るよ！）
「あ……う、うん」
戸惑うルイ達をよそに、瞳は自ら先を急ごうとする。
先ほどまで悲痛な表情を浮かべた彫像だったのが、嘘のように滑らかな動きで。
決して速いとは言えないが、その表情にもう、先ほどの悲痛さはない。
「ひ……瞳……う、動いてるよ」
「嘘みたい……」
（ほらみんなも急いで、あいつに殺されたいの！？）
「と、とにかく行こうよ、この廊下の奥に、確か商店街に抜ける勝手口が！」
降りて来る時に、ルイ達は見つけていたのだ……反対側へと抜ける道を。
少女たちに悲鳴に反応して、反対側に降りてきてしまったのだが。
巨大ラックを押し上げながら、ロイザーは舌打ちをした。
「ちぃっ……抜け道に気付きやがったか――だが、このまま逃がすと思うな！」
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「早く、あいつが追ってくる！」
「廊下の扉はちゃんと閉めたよ！？」
「バッカねぇ、あいつの腕見たでしょ、あんなのすぐに開けられるわよ！」
壊れかけたビルの１階……料理店の倉庫だろうか。
その勝手口らしき小さな扉の前で、７人の少女が奮闘している。
そのうち３人は、鉱物のような姿をしている――そう、ルイとサラと瞳だ。
背後の扉が、メキメキと不気味な音を立て始めた。
ブルーメタルの怪人“ロイザー”の不気味な声が、扉の向こうから響く。
（どうやら……追いつかれたみたいですね）
「ククク……無駄だ無駄だ、アーケードは今は戦場となっているからな！」
「え、そうなの！？」
「そう言えばさっき何度か爆発音が……まさか、商店街全体が！？」
「言ってる場合じゃないって――よし、開いた！！」
立て付けの悪い勝手口の扉が、強引に開け放たれた。
ビル全体が傾いていたらしく、鍵を壊してもなかなか開かなかったために、
最後は３人の鉱物娘が、思い切り突進してこじ開ける形になった。
「うぉぉ――凄い……」
「瞳、ちょっとカッコいいよ今の、アクション映画みたい」
（あたし今……アクション映画より、常識外れな状態になってるんだけど？）
「はぁ……ごめん、みんな……もう――無理）
扉を開けるとほぼ同時に、ルイの体が淡い光を放った。
その体に刻まれた模様が、虹色の光に呼応するように消えていく。
光が収まると……そこには元の――ルビー色の少女がいた。
（……も、もう少し……持ったら……良かったんだけど）
（いいえ、十分ですよルイさん……おかげでみんな助かったんですよ）
「あわわ、ルイさん大丈夫！？」
心配そうに覗き込む少女たちに、ルイは無言で苦笑いを返した。
（ごめん、ね……翻訳係……できそうに、ないみたい）
――その時、今出てきた倉庫の奥の扉が、押し潰されるようにこじ開けられた。
「――うわぁぁっ、アイツが来たぁっ！？」
「逃がさんと言ったはずだ娘ども……みんなまとめて、オブジェに変えてやる！」
（逃げよう、みんな！）
（この廊下を抜けたら、アーケードに出るはずだよね！）
７人の少女たちが駆け出す。
瞳はまだ余り速く動けないが、サラとルイが両側から抱えるようにフォローし、少しでもその半透明の体に、加速を加えようとする。
この先に何があるのか分かっているのか……ロイザーは悠々とした足取りでそれを追う。
「まぁいいさ……たどり着いてから後悔するが……いい……！？」
だが――アーケードに到達した瞬間、ロイザーは目を疑った。
いや、ロイザーだけでなく、先を行っていた少女たちも。
「……な……何コレ？」
「これが、あの中央商店街！？」
「ちょっと、あそこ見て！」
まるで何かに切り刻まれたかのように、ぼろぼろに荒廃したアーケード。
綺麗なタイル敷きの道路も、光沢を放つ街灯も、色とりどりの店舗群も、今や見る影もない。
そして、その廃墟の中央で、粉塵を巻き上げて格闘する、人間ではない２つの銀色のシルエット。
この“テロ事件”の首謀者・セラフィと――今や、銀色の戦士に変異したライカである。
更に、激闘を繰り広げる２人から程近いところに、２人の少女が……だが、こちらも普通ではない。
何しろ、大理石のように白い体と、黄金のような光沢を放つ少女なのだから。
（あれは……翔子さんと……もしかして春海ちゃん！？）
（何なのよコレ……って、あの戦ってるのって、まさかライカさん！？――嘘っっ！）
「……どうなってる？……セラフィと戦っているのは、いったい誰だ？」
翔子や春海も、そしてライカも、ルイ達の姿を捉えた。
（あ……あそこ……ルイさんじゃないですか！？）
（やだ、本当……ルイさん、疲れてる感じ…… ――あれ？でもあのガラスみたいな子って誰？）
（あれはルイちゃんとサラちゃん……無事だったのね、良かった）
「ロイザー……成果は１人だけか？」
「！！……も、申し訳ありません、セラフィ」
無機質に突き放すようなセラフィの言葉に、ロイザーは思わず萎縮した。
「ふん……まぁ、人質は確保したようだがねぇ」
（何、あんたまだ何かできると思ってるの？ 往生際の悪い男は好きじゃないわねぇ）
「何とでも言うがいい……我らが時代を切り開く、それはもはや新たな潮流なのだ」
再び――銀色の戦士が睨み合う。
そんな光景を眺めながら、ルイ達はそろそろとロイザーから距離を取り、
アーケードの反対側にいる、翔子たちに向かって歩いていった。
「今、あのギンギラギン人質って言わなかった？」
「多分、あたしらのことなんだろうね……」
（あいつもあの怪人の仲間ってことよね……大丈夫、英子たちには触らせないから！）
（……とにかく、向こうの２人と合流しましょう）
間もなく……９人の少女たちが、荒廃したアーケードの中央でランデブーした。
だが、無事と再会を喜んでいる暇はない。
（ルイさん……無事で良かった！）
（はは、何とかね……春海ちゃんも変身能力を？）
（はぃ……まぁその……あいつに変身させられたようなものなんですけど――そう言えば、エミちゃんは？）
（ごめんなさいね春海ちゃん……私たちも途中ではぐれたの）
サラの言葉に、春海が表情を曇らせた。
彼女を励ますために、今回のイベント――事実上中止となったが――に参加したようなものだからだ。
無事でいて欲しい……いやきっと、無事に違いない。
「あれ……あなたってもしかして、２年Ｃ組の石塚さん？」
（え……あ、もしかして、朝陽学園の？）
（やっぱり……あたし、Ｂ組の滝川瞳です、こっちはクラスメイトの英子、こっちは――）
「あなたも石に……全部、あいつらの所為なのね」
「信じられないけど……許せないわね」
少女たちは思い思いに、しかしいずれも怒りに満ちた表情で、怪人たちを睨む。
視線を感じたセラフィとロイザーは、しかし不敵な笑みを返す。
「ふん……まだその力の偉大さが分からんようでは、生き残る資格などないなぁ」
「さて……どうする気だ、娘ども？ 簡単に逃げられるとはよもや、思ってないよな？」
「――なら、俺がお前の相手をしてやるよ」
「「――！！？」」
その声に、ロイザーとセラフィが同時に反応した。
翔子らやルイたちも、新たな声が響いた、アーケードの入口方向を見やる。
交差点の光を背中に浴びて立つ、銀色――というよりは鋼のような、新たな怪人。
（あら驚いた……あんたも生きてたのね）
「数日ぶりに現れたと思えば…………組織を裏切る気かね――アイガー？」
「お前が……このロイザーの相手をするというのか！？」
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「この街の人間は……愚か者ばかりだ」
アーケードでそんなドラマが展開していた、数分ほど前のこと。
アーケードのすぐ横、商店街に面した通りの中央で、アリエルはぼやいた。
苦虫を噛み潰したような表情で立つ、グリーンメタルの怪人に、黒光りする銃口が向けられている……その数、優に３０以上。
半数ほどは拳銃ではなく、ショットガンやハンドグレネードといった、軍用１歩手前の重火器である。
「お前は包囲されている……大人しく投降せねば、こちらも実力を行使させてもらう！」
警官隊の隊長らしき、拡声器を持った男の警告に、しかしアリエルはにたりと笑った。
ゆらり――と、その腕に形成した、銀色のサイバーナイフを振り上げる。
「だが……悪くはないね――それでこそ、殺し甲斐があるからなっ！」
「警告を無視したぞ――撃て！！」
間もなく――幾つもの銃声が響いた。
真っ先に撃たれた弾丸がアリエルのボディに着弾するが――難なく弾かれる。
それを確認したアリエルは、気勢を上げて警官隊に飛びかかった！
「ち――やはり拳銃は効かないか……ショットガンを使え！」
「キャハハハハハハァァッッ、そんなもたもたした攻撃が、僕に通用するかよっ！！」
１人の警官が持った、銃身の長いショットガンが火を噴いた――だが。
次の瞬間、アリエルの姿が、その場から消えた。
警官が危機感を察し、ショットガンを持ちかえた――その刹那。
ショットガンの銃身が竹竿のように切断され――ごとり、と地面に落ちた。
そのまま――茫然とした警官に向かって、サイバーナイフを振り被るアリエル。
「ほらぁ、立ったまま――刺身にでもなれっっ！！ ――――っ！！？」
――――ゴキィィッ！！
その瞬間を視界に捉えることができたのは、恐らく瓦礫の上から見ていたアイガーだけだっただろう。
警官たちが反応するよりも速く動き、ショットガンの銃身を斬り落としたアリエル――よりも速く、
衝撃波を巻き起こす直前のスピードで、そのリーチに飛び込んだ、一陣の風。
それはまさしく――獲物にカウンター攻撃をかける、金色の猛禽。
……次に警官たちが反応したのは、アリエルの体が真横に吹っ飛び、
路上のアスファルトを乱暴に抉りながら、奥の瓦礫の真っ只中に突っ込んだ後だった。
ショットガンを持っていた警官をかばうように悠然と立つ、金髪の男――パドル。
仁王立ちで眺めていたアイガーはその瞬間、小さくつぶやいた。
「……決まったな」
そう言って、ひらりと瓦礫の反対側に飛び降り、アーケードの方角を目指した。
もはや――顛末を確かめるまでもなかったからだ。
そして……アーケードの中で、彼が戦うべき相手と向き合ったのである。
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――ギキィィィン！！
金色と銀色の刃が、火花を散らして激しく交差する。
今や残骸と化したアーケードの下で繰り広げられる、怪人同士の格闘戦。
飛び散る火花の中を搔い潜るように、鋼の肉弾も飛び交う。
そのたびに、鉄骨同士をぶつけあうような、重い衝撃音が響く。
ロイザーとアイガー……お互い、裏社会の猛者として名を上げた人間時代がある。
「ふん……組織を離れていた割にはやるじゃないか、結構その体を使いこなしているらしいな」
「優秀な相棒のお陰だよ……それよりお前こそ、余裕ぶっこいてる暇があるのか？」
「笑止な……俺がフリーの殺し屋と呼ばれていたことは、お前も知ってるはずだぜ？」
「ほぉ……その割には動きが鈍いんじゃないか？ 本気を出してくれよ、面白くないじゃねぇか♪」
「っっ……貴様！！」
アイガーの挑発に、声を荒げるロイザー……再び、激闘が再開される。
そして――その横でも、２体の金属戦士の戦闘が。
「まったく……貴様には何度も裏切られてばかりだ……たまには期待に沿って欲しいねぇ」
（それって、あんたの慰み物になるってことでしょ？……お・こ・と・わ・り、だわ♪）
「それに性格も――最悪と来ている！」
（あんたに最悪なんて言われたくないわよっ！）
唸りを上げる鎖鎌と髪触手……何十という音速のカマイタチが、廃墟をさらに切り刻む。
銀色の女戦士――ライカも、その攻撃を巧みにかわし、ダメージを最小限に抑えながら、粘り強く反撃を繰り返し続けた。
それでも――セラフィは倒れない。
やはり……同質の金属戦士になっているとは言っても、質量が違うのだろうか。
攻撃力はあるレベルで止まっているものの、この打たれ強さは驚異的だ。
それに、指先や髪の毛から繰り出される音速の斬撃の所為で、カウンター攻撃も決まり難い。
考えてみれば、アーケードの無残な荒廃は、このセラフィが１人でやったも同然だ。
本格的な市街戦が１時間ほど続いても、戦車砲でも使わない限り、ここまでは壊せまい。
――体力勝負ってわけね……
つまり――最後はタフな方が勝つ。
体力には自信があるライカであったが、それでも一抹の不安があった。
それだけ、セラフィの粘りは手強かったのである。
（今のうちに、アーケードの入口を目指しましょう！）
（そうだね、まさかあのマッチョが、味方してくれるとは思わなかったけど）
（でもあいつ……結構繊細なのかもよ？ ――あ、いや、こっちの話ｗ）
身振り手振りで、アーケードからの脱出を少女たちに伝えるサラと翔子。
翻訳係がいないのが残念だが、ルイにこれ以上無理はさせられない。
それに少女たちも、すでにサラと打ち解けていた所為か、スムーズに意思が伝わったようだ。
「ここから脱出するってことだよね……もちろんそうしたいけど……」
「あの戦いの中を……掻い潜っていくことになるよね……」
（そうか……あたしたちはともかく、この人たちは普通の人間だし……）
（でも、勝負が決まるまでいるのはもっと危険だわ……無理しても脱出しないと）
（けれど、この人たちに大怪我をさせるわけには行きませんよねぇ）
その時、ルイが何かを思いついたように、ぽんと手を叩いた。
（そっか……こうしたらうまく逃げられるかもよ？）
（え、名案があるの、ルイさん？）
（うん……その代わり、あたしたち鉱物娘が覚悟することになるけどね）
（あたしたちが……覚悟を、ですか？）
（そう……えっと、瞳さんだっけ……あなたもできれば、協力して欲しいんだけど）
「む……あの娘どもめ、逃げる気か！？」
「おぃおぃ、娘たちに気を使ってる余裕があんのかよ、お前？」
「この戦闘の中を、無事に逃げられると思っているのか？――ふっ、考えなしの娘どもだな」
（……そうでもないみたいよ？）
「何だと？ ……な！？」
それは……鉱物娘たちの“能力”を活かした、強行突破ではあるが巧みな脱出であった。
“隊列”を２列に分け、“生身”の少女たちに外側を歩かせたのである。
こうすれば、万一セラフィが繰り出した衝撃波や瓦礫の“流れ弾”が飛んできても、
頑丈なボディを持つ鉱物娘たちが“盾”となって、少女たちを守ることができる。
先頭から春海、翔子、瞳、サラ、そしてしんがりがルイ。
５人の“鉱物娘の壁”で、４人の少女を守りながら脱出する作戦である。
“鉱物娘経験”がまだ１時間程度の瞳を隊列の中央に置いたのも、
５人の中で恐らくは最も頑丈なボディを持つ春海を先頭に配したのも、ルイの提案である。
「小癪な手を……！」
（さっすがルイちゃん……いいリーダーになれるわね♪）
「セラフィ、娘どもをこのまま逃がすのですか！？」
「黙れ、最初に逃がしたのは貴様であろうが……ちっ、えぇい女、そこをどかぬか！」
（冗談じゃない……ここで突破されたら、保護者のメンツが立たないわ）
セラフィはパワーに任せてライカの妨害を破ろうとする――が、それが裏目に出た。
足首、腰、首筋と、続けざまに重い１撃がセラフィに浴びせかけられる。
動きに隙が生まれ、ライカのカウンター攻撃を許したのである。
「ぐぎぃっ……かっ……ぬぉぉあぁぁぁぁ！！」
思い通りにならぬ展開に、思わず絞り出すような雄叫びを張り上げるセラフィ。
元々セラフィのボディは、メタロードの中でも飛び抜けて重量級だ。
その体で直接何かをする時は主にパワーにモノを言わせた破壊だけで、
スピード戦や細かい工作には、指先の“鎖鎌”や髪を変形させた触手で、対応するタイプなのである。
その巨体を高速で駆け回らせて、“爆撃”を展開するようにはできていないのだ。
他方、ライカはまさにその“素早さ”が最大の武器となる。
セラフィが“重戦車”タイプなら、ライカはさしずめ攻撃ヘリといったところだろうか。
（あんただって……他の相手に気を許している場合じゃないんじゃないの？）
「くそぉぉっ、こんな形でしてやられるとは！！」
その間に……９人の少女はライカの背後を抜け、真夏の光が射す、アーケードの入口方面へ。
春海と翔子が足場を選び――セラフィの攻撃で地面もガタガタになっている――少女らを誘導する。
他の“経験者”に比べてどうしても遅れがちになり、焦る瞳を後ろから冷静なサラがなだめ、
１番経験値の高いルイが、背後からの奇襲に感覚をフル動員して警戒しながら、先を急ぐ。
（やった……行けそうだね、ルイさんのおかげじゃん♪）
（気を許しちゃダメですよ翔子さん、ここを抜けきるまでは……ね）
「瞳、焦らなくていいんだよ、そうだよねサラさん？」
（そうですよ、英子さんの言う通りです♪）
（うぅん、分かってはいるんだけど……気が先走っちゃうなぁ、やっぱり）
そして数秒後――直射日光とざわめきが、９人を包み込んだ。
薄暗くひんやりしていたアーケードとはまるで違う、くらくらするような光と熱気。
そこは……“テロ事件”の興奮冷めやらぬ、交差点の真っ只中であった。
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「アーケードの中から、被害者が出てきました！」
「よし保護だ、人数を確認しろ！」
「全部で９人……“変異被害者”は５人いる模様です」
交差点は封鎖され、さながら野戦病院のような風景となっていた。
警官隊の１部とレスキュー隊が駆け回り、商店街の庇の下などを選んで、
５０人を超える被災者が、駆け付けた医師の応急処置などを受けている。
「うわぁ……こっちも凄いことになってるなぁ」
「君たち、名前は？ 声が出せないなら、文字で会話を」
（あ、えぇと……あたしは別に被害者じゃなくって……うぅそうか、聞こえないんだよね）
「あ、その人はあたしの友達です！」
不意に、レスキュー隊の背後から、聞き慣れた声が響いた。
そして……幼馴染の少女の顔が、翔子の視界に。
（……眞希……良かった、無事だったのね――ってうゎ！？）
「翔子ぉ～、会いたかったよぉ……怖かったんだからねぇぇ！！」
猛ダッシュで、飛びかかるかのような勢いで翔子に抱きつく、ショートカットの少女――眞希。
（はいはい、よしよし……今日は泣いてもいいから）
「あー、ルイさんもサラさんも！ ……ってわぁ、春海ちゃん大丈夫！？」
（あ、はい……何とか…… ――！）
翔子と一緒に歩いていた金色の少女――春海も、“探しもの”を見つけたようだ。
喧噪の中で、大人しく立って、こっちを見つめている――エメラルド色の少女。
（エミちゃん……良かったぁ、無事で）
（春海ちゃん、その姿……大丈夫、なんだよね？）
（うん、大丈夫大丈夫、ちょっと色々あって……あ）
ふと春海は、エミの背後に立っている女性に気付いた。
そしてその女性は……春海がよく知っている女性であった。
（そっか……エミちゃん、お母さんと会えたんだね）
（うん……まぁ、そうなの）
「は……春海ちゃん、なの？……まさか……春海ちゃんまで……」
（え？――あ、いや、その、だ、大丈夫ですからおばさん、あたしはちょっと事情が――って、声が出ないんだったぁ）
「心配いりませんよ、彼女は元に戻ることができますから」
エミの母――木下恵子に声をかけてきたのは、朝陽警察署の末留警部だった。
（あ、あの時の刑事さん♪）
「まぁ、こういう事情ですから、大っぴらに情報公開をできないのです……分かってください、木下さん」
「そ、そうですか……でも、この子は戻れるんですね？ ――良かった」
（春海ちゃん……なんか、強くなった気がする）
（そう？ まぁ……確かに今のカラダは頑丈だけどね）
笑顔で手を取り合う、エメラルドの少女と黄金の少女。
その背後では、末留警部と警官隊の隊長らしき男が会話していた。
「末留警部、ご苦労様です」
「前畑隊長、パドル氏にはお会いになりましたか？」
「えぇ先ほど……しかし、こんな事件が起きるとは」
「まぁ、常識では信じられないでしょうね」
「警部の指示通り、アーケード内部には部隊を入れておりませんが、良かったのですか？
何やら奥の方で、かなり大きな物音がしているようなのですが」
「えぇ、構いません……事情に慣れた者たちが、犯人グループと対峙しているのです。
今行っても、足手まといになるだけですよ」
「あぁ……警部も来ていたのですね」
更に、大通りをふさいだ瓦礫の横から、パドルが現れた。
（あ、パドルさん！）
（やはり来られていたのですね）
（あぁ、そうだ……パドルさん、ライカさんが大変なことに――）
翔子がライカの“変異”を、パドルに報告しようとした――その時であった。
――ドゴォォォン！！
出し抜けに、ひときわ大きな爆発音が、アーケードの奥から響いた。
同時にオレンジ色の閃光がきらめき、火柱となってアーケードを突き破る。
更にその直後、爆風と思しき高温の突風が交差点に吹き出した。
意表を突くような猛烈な爆発音と熱風に、交差点はたちぱちパニックに包まれた。
あちこちで悲鳴が上がり、ただちに警官隊が召集される。
「きゃぁっ！？――な、何なのよ今の！」
（び、びっくりしたぁ……いや、あたしに聞かれても――って、ライカさんは！？）
「今の爆発音は！？ まだ残っている爆弾があったのか！？」
「隊長……アーケードが崩れます、退避を！！」
間もなく……地響きを起こしながら、アーケードの奥が崩壊し始めた。
再び灰色の煙が噴き上げられ、その１部が火砕流のように交差点になだれ込む。
熱気と熱風で混乱する交差点が、粉塵の霧に包み込まれる。
「わぁ！？――ケホッケホッ！」
煙の中で咳き込む少女たち……他の被災者も同様だ。
警官やレスキュー隊員、そしてパドルや末留、前畑隊長は咄嗟に口を覆った。
ルイ達鉱物娘は、元々呼吸をしないので平気であるが……その表情は不安げである。
何しろこのアーケードの奥では、ライカがセラフィと交戦中だったはずだからだ。
（あの時と同じね……あいつら、証拠隠滅するために現場を爆破したんだわ）
（とことん外道よね、仲間を巻き添えにしたかも知れないのに……）
パドルは霞がかった現場を眺めていたが……間もなく、その方角へと歩き始めた。
「ちょっと……パドル殿、どうするつもりですか！？」
「末留警部、自分が中に入って来ます……出てきたら、安全だと思ってください」
「こ、この中を！？……大丈夫なのですか？」
「心配ないですよ……信じられないかも知れませんがね」
そう言って、パドルは灰色の霞の中へと姿を消した。
（パドルさん……大丈夫かなぁ）
（きっと……ライカさんを救出しに行ったんだね）
――数分ほどの時間が流れた。
救急車がひっきりなしに交差点に到着し、被害者を病院へと搬送していく。
軽傷者も合わせると、負傷者はかなりの数に上っているからだ。
ふとルイ達が気付くと、自分たちの近くに、１０体ほどの“オブジェ”が。
半透明のガラス状であったり、銀色の金属状であったり。
いずれも苦悩の表情を浮かべ、腕や体を不気味に捻っている。
（これってまさか……今回の被害者？）
（どうも、そのようですね……瞳さんに会った時から、１人じゃないとは思ってましたけど）
（石にされたのは、あたしだけじゃなかったってワケだね……そんな気はしてたけど）
（そうですそうです、こっちの３人は向こうでやられたんです……まだ意識がありますよ！）
（そっちの銀色の人たちは――呼んでも反応しないね……大丈夫かなぁ）
末留が、被害者たちについてフォローを挟む。
「この被害者は病院に搬送しても仕方ないからね……復元可能なら、そちらにお任せしたいんだ」
「つまり……あのセンターに連れて行くんですね」
「え、センターって？」
「あ、えっと……話してもいいのかな？」
「この際、仕方ないだろう……こういう被害者を保護している、非公式の施設があるんだ。
先ほど爆破現場に向かって行った……パドル氏が管理している」
（えーと……あたしも多分、そこに行くことになるんだよね？）
（あぁ、そうですね……瞳さんも復元してあげないと）
（そうそう…… ――あ、今向こうから足音が！）
ルイが爆破現場――既に原形をとどめないアーケード――に向かって振り向くのと、
依然霞がかった現場の奥から、２つの人影が現れるのとほぼ同時であった。
（――あ、ライカさん！）
人影はパドルと……パドルに肩を借りて、ややおぼつかない足取りで歩く銀色の女性――ライカだった。
（えぇっ！？ ら、ライカさんまでこんな……！）
（だ……だいじょーぶよエミちゃん……少し休んだら、戻れるから）
（固められちゃった時はどうなるかと思ったけど……ほんと凄いよなぁ）
（えっと……パドルさん、大丈夫なんですか？ その……）
「――ん？ あぁ、重さのことか。かなり重いが、まぁ大丈夫――がふっ！？」
……皆まで言わないうちに、ライカの右フックがパドルのアゴを捉えた。
文字通りの“鉄拳”を食らって、２ｍ以上あるその巨体がぐらりと揺らぐ。
もっとも、ライカもかなり消耗していたらしく、反動で反対側にぺたんと尻餅をついたのだが。
「お前な……肩を貸してる相手を殴るか、普通？」
（う、うっさいわねぇ……殴られたくなけりゃ、余計なこと言わなかったらいいでしょ）
「あ……あなたは確か……センターの――そうだ、ライカ殿だ、大丈夫なのですか？」
「あぁ……まぁ自分で動く気力があるぐらいですからね……そのうち戻れるでしょ」
左アゴをさすりながら、パドルが末留にフォローを入れる。
「石化されても……気力で動けるもんだっけ？」
「あたしに聞かないでよ英子……まぁ、瞳も動けちゃったしねぇ」
「――それで……現場は安全だと、解釈していいわけですね？」
「あ……あぁはい、今は大丈夫ですよ」
「では、直ちに現場検証を……よし、行くぞ！」
パドルの“お墨付き”を確認するや否や、警察の１団が現場に踏み込んでいった。
現場検証と確認捜索のためだ……鑑識の調査や、被害検分もせねばならない。
地味な作業だが、これをきっちりこなさねば収束できないのだ。
灰色の霞も先ほどよりは薄れ、破壊されたアーケードの残骸が、シルエットを映し出している。
（大丈夫って……さっきの怪人は？）
（あぁ……あの銀髪野郎なら、逃げたわよ――爆発に便乗してね）
そう“言い”つつ、舌打ちをするライカ。
「俺が到着した時にはいなかったなソイツ……あのナンバー２とかいうヤツか？」
（そーね……正直、あそこまで化けるとはあたしも予想してなかったけど）
西に傾きかけた太陽を振り仰ぎ、抜けるような青空を眺めながら……パドルは深い溜息を吐いた。
今回の事態は……予想できなかったことだからだ。
“あの組織”が、何らかの破壊工作に訴える可能性自体は、パドル達も想定していた。
何しろ、拠点となるラボの１つを戦闘で失ったのだ……躍起にもなろう。
だが……諸々のステップを飛び越えて、いきなり“市街戦”を引き起こすとは。
恐らくこれから、事態は大きく動き出すだろう。
組織の捜索や調査だけではない……白昼堂々、金属の怪人が街中で破壊工作を起こしたのだ。
何十という市民が、その常識をはるかに超える事態に遭遇している。
今後警察がパニックを避けるために何らかの注意を促すだろうが、もはや後戻りすることはないだろう。
非常識な現実が、大事件を伴って表沙汰になったのだから。
――まさか……あいつら、こうなることを狙ってたのか？
それは……これといった根拠のない、パドルの単なる憶測である。
しかし……背筋が冷たくなるような、恐ろしい憶測であった。
パドル自身が殴り倒したグリーンメタルの怪人・アリエルが言った“革命”の正体とは――
（……これから、色々ややこしいことになりそうね）
そんなライカに相槌を打つように、パドルはもう１度――大きなため息を吐いた。
「俺たちが見ているのは……まだ氷山の一角なのかも知れんな……」
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| （第７章第１話へ続く） |
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【Meking Memo／設定補記】
2008～2009年頃に草稿を作成したエピソード。
無理矢理収束させたのがありありとうかがえる駅前テロ編の最終話である（爆砕）
あれもこれも書きたい欲張りなG-maは、中々上手く話を切ることが出来ないのだ（とほほぃ目）
最後の方が強引な展開だったと反省はしているが、構成上１話追加するわけには行かなかったのであるorz
（目次を見れば分かっていただけると思うが、本作は１章５話でエピソードを組んでいる）
何はともあれ、ここで実質的な“第１部”は幕を閉じ、更なる核心に迫る“第２部”が幕を開けるのだ。 |
