 |
★Active Solid Girls 統合ナンバー：EA-ATT18501NA（NA-E094） |
|
「――前畑隊長！」
「お、どうしたんです川田警部補？」
朝陽朝陽署の１階で、出動準備を進めていた機動隊長の前畑は、ふと捜査課の川田警部補に呼び止められた。
「末留警部を見かけませんでしたか？」
「末留警部ですか？資料庫の管理室におられるのでは？」
「それがいないんですよ。地下室に秘密の通路を見つけたと聞いたんですが、それ以降行方が……」
「――秘密の通路ですって！？」
川田警部補から初めて聞いた“衝撃の新事実”に、前畑は思わず大きな声を上げた。
「川田警部補、それは末留警部に聞いたのですか！？」
「え、あ、あぁはい、今捜査課の人間が、それを調べようと地下室に行っておりますが……」
「それはいけない、川田警部補、すぐに彼らを呼び止めてください！」
「えっ！？ ど、どうしたんですか隊長、まさかその通路に危険なものが！？」
「危険どころではないですよ、すぐに対策本部を作らないと、さぁ急いで！！」
|
ＡＣＴＩＶＥ ＳＯＬＩＤ ＧＩＲＬＳ
★ 第９章 明かされる真実 ★
第４話 真実は闇の底に
|
同時刻、旧奥沢村の“地下基地”中央ロビー。
ライカが解き放った“霊気の衝撃波”によって、均衡していた状況に亀裂が入りつつあった。
ロビーから半フロア上がったデッキで拘束されていた春海は、
ふと両側で腕を押さえていた２人の力が、急に消えたことを感じた。
さっきの“衝撃波”の所為なのか……春海が腕を振ると、春海を掴んでいた腕は力なく外れた。
その直後――糸の切れたマリオネットのように、直立していた２人ががくん、と倒れこむ。
（ど、どういうことか分からないけど……逃げられるかも！？）
メドゥアスの隣に立っていた金色の少女像――オーラも、同じように床の上に倒れこんだ。
メドゥアスの周囲に立っている灰色の少女像たちは身じろぎしない――だが、
“彼女たち”には元々関節が存在しないため、誰かが突かないと倒れないのだ。
「自意識がない操り人形なら――“霊力の干渉”に耐えられるはずがないわよね？」
“衝撃波”を放った張本人……ライカが、メタリックな顔ににやりと笑みを作る。
対照的に、先ほどまで余裕の笑みを浮かべていたメドゥアスからは、余裕が消えていた。
「小癪な――だがそんな小手先の能力だけで、私の“城”から出られると思うな！」
「少なくともアンタの“駒”はしばらく使えない……つまり今アンタは１人ぼっちなの、分かる？」
「それがどうした――言ったはずだ、お前は私に勝てないと！」
メドゥアスの整った顔が怒りと憎悪に醜く歪む――魔族の本性が発露したらしい。
それと同時に、彼の頭部から生えていた太い髪が、文字通り蛇のように“鎌首”をもたげた。
その先端には蛇の頭部の変わりに、槍のような鋭い刃物が形成されている。
「セラフィと戦ったことがあるお前なら、この能力の意味するところが分かるはずだ！」
「みんな――あたしから離れて！」
ルイとユウ、瞳がライカから離れた――直後。
メドゥアスの“髪状触手”が一斉に、ミサイルのようにライカに襲い掛かった。
ライカは大きく跳躍してその“第１波”を回避する――刹那、ロビーの蒼い壁に、触手が遠慮なく突き刺さる。
メタロイド化した春海の落下を、傷１つなく受け止めた壁なのだが。
ルイとユウは、素早く動くことが難しい瞳を庇うように、メドゥアスから距離を取る。
メドゥアスの攻撃は止まらない……２波、３波と繰り出される“斬撃”は、まさにマシンガンのようだ。
だがライカもこれを僅差で交わし続ける……標的を捉え損なった触手が、そのたびに壁に深々と“銃創”を穿つ。
しかもメドゥアスは触手を“引き戻す”のも速い……科学者とは思えぬほどの戦闘力である。
「いい動きだ――だが、いつまでも持つと思うなよ！」
「アンタこそ、いつまでも余裕でいられると思わないで欲しいわね！」
壁に突き刺さった触手をメドゥアスが引き戻そうとする、その１瞬を狙って、今度はライカが仕掛けた。
バネのように帰ってくる触手よりも早く、メドゥアスの本体をリーチの射程に捉える。
今やライカも体重１トン近いメタロイド状態のはずなのに、残像を生み兼ねないほどの速さだ。
だがそんなライカの１撃――すくい上げるような回し蹴りを、メドゥアスは上体を捻って交わした。
回転するボディの反動を利用した２撃目の後ろ回し蹴りも、メドゥアスを捉え切れない。
巨体を素早く動かせなかった“重戦車”セラフィとは、全く次元の違う動きだ。
全く――これだけの格闘能力を持っている男が、何故に科学者などやっているのか。
逆に体が回転したその隙を突かれ、ライカの片足がメドゥアスの触手に絡め取られる！
「――くっ！」
「交わされると思っていなかったか！？――それが甘さというものだ！」
そのままメドゥアスは、ライカの“金属化した体”を、壁の１角に叩き付けた。
衝撃を受けたライカはすぐには体勢を立て直せない……だがメドゥアスの触手は一切の容赦をしない。
弾丸のような触手の嵐が、今度こそライカを仕留めるかのように見えた――が。
きらりと弧を描く金色の刃が、ライカの直前でメドゥアスの触手を斬り飛ばす。
ライカとメドゥアスの間に立ったルイが、金色のサイバーナイフをメドゥアスに向け、
サファイア色の目――ルイがルカと名付けた、内に共存する鉱物娘の属性を宿す――できっ、と睨みつけた。
「“戦力ではない”かどうか、試させてあげようじゃないの、ヘビ頭のおじさん？」
メタロード形態になったルイの声は、かすかにガラスをこするような残響を漂わせる。
メドゥアスはしゅるしゅると触手を戻しながら、そんな勝気な鉱物娘の“進化形態”を忌々しそうに睨み返した。
「“創造者”に刃向かったらどういうことになるのか……その体に刻み込んだ方が良いようだな」
|
|
「ははっ、せいぜい逃げなよ、どうせこの状況を変えることなどお前たちにはできやしないんだ！」
アリエルの嘲笑うような声が、センターＤの廊下に反響する。
負傷し戦闘不能に近いホルスが、コナたちによって３階に引き上げられたことをきっかけに、
メドゥアスの金属戦士たちは、１階を事実上制圧状態に置きつつあった。
２階で戦闘中だったアイガーも、アリエルらが３階に上がらないようにするため、階段に足をかけている。
アリエルは２階に上がる階段の中ほどで、にやにやと薄笑いを浮かべていた。
「おい、何モタモタしてるんだ、戦闘員プログラムってのはドアを開けることもできんのか！？」
１階ではネメシスが、フロアの横にある扉の前で奮闘している、銀色の戦闘員たちを見て愚痴っている。
窓のない扉の真ん中には『管理人室』と書かれている。
１見何の変哲もない扉だが、ノブを壊しても、殴っても蹴っても開かないのだ。
ロイザーが痺れを切らしてサイバーナイフで切りつけたが、それでも開けることはできなかったらしい。
「いったい何でできてるんだこのドアは……まさかダミーってことはないだろうな？」
中では２人の鉱物娘――エリとリン、そして眞希が不安げな表情で息を潜めていた。
もっとも――鉱物娘は元より呼吸をしないのだが。
いつもは快活でノリの良いリンも、今日ばかりは表情が引きつっている。
それはそうだろう――この扉を突破されれば、自分たちの命はないも同然なのだから。
だがホルスは３人をこの部屋に入れる際、パドルからの伝言としてこう伝えていた。
『いいか、戦闘が始まったら絶対に扉を開けるな。開けない限りは破られることはない』
３人は伝言の通り、“特殊な鍵”をかけて管理人室の中に“籠城”した。
だがこの１０数分ほどの間、尋常ではない破壊音が扉の向こうで繰り返し響き続けている。
３人ともまだ経験の浅い未成年……心配にならないはずがないのである。
「だ、大丈夫かな……パドルさんは『開けない限り大丈夫』って言ってたらしいけど……」
（き、きっと大丈夫だよ、何とかなるなる！）
（……そ……そうです、よね……何とか……なる、と……思わ、なきゃ……）
活性化されて間もなく、人並みに歩くことも容易ではないエリを中心に、
リンと眞希が互いに手を握り、お互いを励まし合っている。
だがこの扉１枚隔てた向こうに、冷酷な破壊者が何人もいると思うと、生きた心地がしないだろう。
そして３階では、傷だらけのホルスを囲んで、“次の作戦”が打ち合わせされていた。
もちろん――敵に読まれないように、最小限の確認事項のみであったが。
「いいか……１階と２階は最初からバリケードだ、時間稼ぎになりさえすればいい」
（まずは……あいつらの動きを止めないといけないんだよね……大丈夫かな、スイちゃん）
（私たちの中では確かに１番身軽ですけど……小学生ですものね……）
（ほらほら、コナさんもサラさんも、しっかりしようよ、仲間を信じなきゃ！）
「――何をボソボソくっちゃべってるんだ、諦めろ、何をやったって無駄だ！」
「うるせぇぞアリエル、裏社会のエリートだったらもう少し気品を持ったらどうなんだ？」
「黙れアイガー、貴様に呼び捨てにされる覚えはない！！」
そんなやり取りを悠々と眺めていたタイタンが、ふとわずかに表情を変えた。
どうやら―― “ホットライン”が入ったらしい。
（――進捗状況はどうだね？）
タイタンに思念通話を入れてきたのは、あのセラフィだった。
（余り思わしくはないな。取り合えずホルスは戦闘不能にしておいたが……）
（おいおい、まさかそれだけか？ 裏工作に通じたメタロイド８人がかりで押しかけておいて。
主戦力の男も女もいない、いるのは裏切り者と実験体だけのはずだろう）
（貴様は現場を見てないから分からんだろうが、この建物は異常に頑丈でね……何を仕込んでるか知らんが、
サイバーナイフがまるで役に立たんのだよ）
（まさかそんなことはないだろう……その刀、錆び付いてるんじゃないのか？）
（……志願してもいないのに、私にその刃を練り込んだのはどこの誰だね？）
（今や断れる身分でもなかろうに……しかし、サイバーナイフが効かん建物というのはにわかに信じがたいな。
あれは戦車の装甲も切り裂けるはずだが）
（――空間を切断している可能性がありますね）
ふと――２人のホットラインに、別の言葉が割り込んだ。
（……今のはアグネムか？ お前も思念通話が出来るのだな）
（アグネムは私を改造した天才だからな、今更何が出来ても驚かぬよ）
（ゼロから聞いたことがあります、空間を切断する奥義を使えば、どんな攻撃も無意味になると。
あの建物の所有者は、この世界の住人ではない可能性があるのでしょう？）
（それが事実なら、この建物は魔術結界のようなもので守られているということかね）
（ゼロが警戒するほどの相手です、できても不思議ではありません）
セラフィとアグネムのテレパシー波を受けながら、タイタンは暗いセンターの天井を見上げる。
視覚的にはどこにでもある倉庫のようだが……これが魔術の要塞だというのか？
（霊力の資質が高い者は、空間の壁にも干渉できるらしいですが……）
（タイタンやネメシスには期待できん資質だな）
相変わらず嫌味を絶やさないセラフィの言動に、タイタンはかすかに歯軋りの音を立てる。
（それで……わざわざホットラインを開いたのはそれだけか、セラフィよ）
（おっと忘れてた……建物の方はひとまず放っておいて、さっさとアイガーを仕留めて来い。
実験体だけならどうとでもなる。そろそろ“最終計画”の準備を始めねばならんのでな。
お前たちでもいないよりはましだ、その時には戻ってもらわねばならん）
|
|
――ゴゥッッ！！
猛烈な衝撃音と共に、１体のメタドッグが頭から突き上げられるようにのけぞった。
先刻“標的”に突き立てた、爪の１撃の代償を食らったらしい。
そのまま、背後から仕掛けようとしていた、もう１体のメタドッグの上にひっくり返る。
折り重なった２体を回避すべく、横から回り込んで飛び掛った３体目――だが。
“標的”パドルの後回し蹴りを顔面から食らい、クラッシュしたレーシングカーのように吹っ飛んだ。
鉄骨で力任せに殴ったかのような轟音が、地下のロビーに反響する。
右肩に痛々しく残る傷跡……出血はまだ止まっていないはずなのに、パドルの戦闘力はいささかも衰えない。
もっとも――それは“番犬”メタドッグも大きな差はない。
アイガーやアリエルを１撃でＫＯ寸前に追い込んだ、人間離れした打撃をすでに何発も食らっているはずだが、
すぐにひっくり返ったボディをバネのように伸縮させ、体勢を立て直してパドルに向き直る。
パドルに対する決定的な攻撃能力こそないが、その打たれ強さは重戦車並みだ。
当初４体いるかのようにも見えたが、この回復力が錯覚を見せたのだと分かった。
こんなものがもし本当に戦場に投下されでもしたら、凄惨な光景が繰り広げられることだろう。
――ギィイィイィィィィ！！
３体揃って張り上げるチェーンソーのような唸り声が、不快な合唱となって轟音の余韻に重なり合う。
感情を感じさせないルビー色の６つの目に睨まれたパドルは、苦笑しながらも睨み返す。
だがその目の中にある瞳は緊張でギュッと収縮し、突き刺すほどに鋭い三白眼となっているのだ。
「タフな番犬だぜ……伊達に秘密結社の総本山を任されてはいないか」
その時――後ろで不安げに戦闘を見守っていた男……正気を取り戻した末留が歩み寄ってきた。
「パドル殿……このままでは埒が明きません、メタドッグは歩く戦闘機と言っていい代物です」
「警部……もしやとは思うが、こいつらのことをご存知で？」
「はっきりとではないですが覚えがあります……“あの男”が主導権を握っていた時、
私の意識も多少はあったのです……今まではその記憶が封印されていたのですがね」
末留が言う“あの男”とは、末留の体を乗っ取っていたメドゥアスの最高幹部“クリスタ”のことだ。
クリスタは今、本来の自分――事故で体を失ったマッドサイエンティストの霊に戻り、
この基地のどこかを、人知れずさまよっているはずである。
「おぞましい記憶だ……こんなことに関わっていたなんて信じたくはないが……信じなければならない」
「それで――何か効果的な対処方法があるわけですかね？」
「メタドッグの制御権はクリスタと、この施設の中枢にある制御核だけのはずです。
そこに向かえばメタドッグの停止も可能ですし、“最終計画”も阻止できるかも知れません」
「ほほぅ、そいつは素晴らしい情報ですな――もっとも」
そこまで言いかけたパドルは、やおら体を捻った――胸をかすめるメタドッグの爪。
次の瞬間には、猛烈なボディブローがメタドッグの銀色の腹にヒットしていた。
重い金属音と共にメタドッグの体が浮き上がる……１トン以上あるはずの金属の番犬が。
「“今すぐにこの番犬をどうにかする方法”はないようですな――だったら、ボサっとしてても仕方ない。
警部、その記憶に従って、自分をその“制御核”とやらに案内して頂けますか？」
「分かりました……しかし、こいつらが通してくれるか……」
「心配は要りません、どのドアをくぐれば良いかさえ分かれば、時間はいくらでも稼げますよ」
「そ、そうですか……それでは、あのドアを抜けてください」
そう言って、末留が指差したのは――メタドッグたちを挟んで反対側にある、片開きの扉だった。
思わず――パドルの口から苦笑が漏れる。
「なんとまぁ――お約束の場所にあるもんだぜ……仕方ない、少し本気を出すか。
警部、あいつらは自分が引き付けておきますので、ドアを開けてもらえます？」
「は、はい、分かりました！」
――グガァアァアァァァァァ！！
破壊の雄叫びを上げて、メタドッグたちがパドルに飛び掛る。
まるで「そうはさせるか！」と言っているようにも見える――だが。
パドルに覆い被さった３体が、ほぼ同時に姿を消した。
末留に“見ることが出来た”のは、左右の壁と天井に“突き刺さった”３体のメタドッグ。
それはまるで瞬間移動でもしたかのように、極めてわずかの間に起きたことだった。
メタドッグがパドルの姿を隠す直前――パドルの体が光を放ったようにも見えたが、よく分からない。
だがパドルの攻撃が、今までの格闘とは全く次元の違うレベルに至ったことだけは分かった。
そうでなければ、３体のメタドッグが壁を突き破ってオブジェのように刺さったりはしないだろう。
この場所でダイナマイトを爆発させても、こんな光景には遭遇しないのではなかろうか。
「警部、今のうちです、あいつらが体を壁から引き抜く前に！」
|
|
（――春海ちゃん、大丈夫だった！？）
（あっ……た、滝川先輩！？）
“中２階”のデッキから下の階に降りようとしていた春海は、階段を上がってきたユウと瞳と鉢合わせた。
（さっきのクリスタル色の人って、やっぱり先輩だったんですね……）
（う、うんまぁね……あたしもほら、一応は“経験者”だからさ）
（あ、えーと春海ちゃん、この建物の間取りとか分かる？分かったら出口とか、教えて欲しいんだけど）
再会を祝うように手を取り合う春海と瞳の横から、ユウがぼそりと割り込む。
（え、で、出口ですか？）
（何か連れ回されてたみたいだけど……やっぱ出口までは無理？）
（ご、ごめんなさいユウさん……あたしも案内されてここに来たから……）
（出口だったら――あたしたちが分かるよ）
階段の踊り場付近で“会話”する３人に、更に上から別の言葉が割り込んできた。
３人が振り向くと、シルバーカラーとブルーメタルの２人の、人形のような姿の少女像が。
（なっ……こ、この人たちって、自意識持ってたのか！？）
（あっ……レイアさん、アクアさん、大丈夫なんですか！？）
（うん、さっきはごめんねハルミちゃん……アイツの命令には逆らえなくて）
（さっきの光の所為かな……今は大丈夫みたい……まだ少し、ふらふらするけど）
確かに２人は、上半身を階段横の壁に預けるようにして立っている。
球体関節のようなものが仕込まれた腰や膝は、上手く力が入らないのかかすかに震えていた。
（その姿……あなたたちも“外の世界”で石化した経験があるんですね）
（えっ？ あっ、あたしたちのことですか！？）
（あ、レイアさんとアクアさんは、元々奥沢村の人だったんです、町の人に会ったことがなくて）
（じゃあ、あんたたちも“被害者”なのか……下にいた“灰色の子たち”だけじゃなかったんだな）
（そうですね……あたしたちやオーラも元はあの子達みたいに、灰色で意識もなかったんですけど、
メドゥアスに“加工”されて、今の姿に……だからメイドみたいなものなのかな？）
そう言って、銀色の少女――レイアは寂しげな笑顔を浮かべた。
（あのオッサン……とんでもないことしてくれやがってるよ……ライカさんが言ったとおり、外道の見本だ）
（でも、ハルミちゃんは逃がしてあげたかった……方法は分からないけど、まだ元に戻れると思うし）
（あ、だ、大丈夫ですよ、あたしも春海ちゃんも“経験者”だから、村を出たら元に戻れるはずです！）
瞳の言葉に、レイアもアクアもほっとしたような表情を浮かべる。
しかし、ユウは１人浮かない表情をしている……それとは別に、“気になること”があったからだ。
（でもさ……君らはどうするのさ？ 多分、人間には戻れないんだろうけど……）
言い難いことだが、それは確認しておくべきだった……何しろ彼女たちも“被害者”なのだから。
（仕方ないですよ……仮に上手くいって、メドゥアスから開放されても、結局あたしたちは石像ですからね）
（そ、そんなことないですよ！ センターに行ったら、仲間も大勢いるし、ルイさんやユウさんだって！）
（そう言えばさっきハルミちゃんが言ってた……そのセンターって、あたしたちみたいなのがいるってこと？）
（というか、今ユウさん、って言ったよねハルミちゃん……ユウさん、ってこの人ですよね？）
２人の視線が――瞳はないが鉱物娘は感覚で分かるのだ――ユウに注がれる。
（えっと……まぁその……確かにユウ、ってのは自分ッスけど）
（あなたももしかして……その……“戻れなくなった人”なんですか？）
（…………そうッスね……確かにもう“人間だった頃”には戻れないッスね）
アクアに問いかけられた時――ユウは胸が締め付けられるような感覚を覚えたことを悟った。
“戻れなくなった人”として覚悟を決めたはずの“運命”が、まだ自分の心にも影を落としているらしい。
さっき自分が同じことを問いかけようとしていたのに、無様なものだとユウは感じた。
そして同時に――その“運命”が決して楽なものではないということを、ユウは思い返した。
かつて普通の人間だった者が――完全に人間でなくなったモノとして、生きていかねばならないのだ。
レイアたちにそれを問うということは、そういうことだということ。
その“重さ”を理解できる人じゃなければ、そう易々と言って良い言葉じゃない。
だからこそ――自分はこの程度の言葉で、凹んでいる場合じゃないのだ。
（そうなんですか……外の世界にも、そういう人がいるんですね……）
（そうッスね……でもまぁ――大丈夫ッスよ）
重かろうと酷かろうと、受け入れた運命と共に生きる者の姿を、体現しなくてはならない。
（さっき春海ちゃんが言ってたみたいに、自分みたいな境遇の子が、そのセンターには大勢いるからね♪）
そう言ってユウは、アメジスト色の顔に満面の笑みを浮かべた。
そんなユウの姿を見て、レイアとアクアは戸惑う素振りを見せたが、やがて吊られるように笑みを返す。
（強いんですね……ユウさんって）
（そんなことないッスよ、何年もここで耐えてきた君らだって十分）
そう――強さとは決して、誇示するものではない。
相応の経験を積み、学んできた人間であれば、自然と体から滲み出るものなのである。
|
|
再び――メドゥアス第１ラボ。
施設の中枢である“制御核”につながるという、狭い通路を末留とパドルが歩いている。
メタドッグは追ってこない……通路の入口でこっちを睨んでいるだけだ。
「追ってこないな……侵入を許した相手には寛大なのか？」
「多分……防御スペースが決まっているのだと思います、こちらは研究施設が集中してますからね。
ロビーで見せたみたいな戦闘をこっちでもやると、運営に支障をきたすのでしょう」
「その分……突破されにくいようにタフに作っているわけか。確かにとどめは刺さなかったが、
あの１撃を受けて１分もかからずに立ち直るとは思いませんでしたよ」
「私から見れば、あんな生きた重戦車みたいなメタドッグを同時に３体も相手にできるあなたが不思議ですがね」
“蘇ったおぞましい記憶”に苦悩し続けている所為か、末留の苦笑はどこか自虐めいた雰囲気を漂わせる。
「そう言えば、警部には伝えていませんでしたな、私の正体を……」
「普通の人間ではないのでしょう……何となく分かります、こんな組織が警戒するほどのお人だ」
「そう思って頂けると色々助かりますよ……まぁ簡単に言えば、こういう組織の闇を暴くのが仕事のようなもので」
「本当に、とんでもない闇を抱えた組織ですよここは……しかも……私は……」
末留の声質が変化した……息が荒くなり、かすれ気味になる。
といっても、別にクリスタが再び取り憑いたわけではない。
“蘇った記憶”の中にある、正視できないような己の所業を思い返して、苦悩しているのだ。
クリスタに行動を支配されていたとは言え、それは末留としては“最もおぞましい記憶”であった。
「パドル殿――“娘は”……絵梨は大丈夫ですか？」
「末留警部？……まさか――」
ふと――ぼそり、と末留が漏らした言葉に、パドルは思わず問い返していた。
ここに来る前、地下室で末留が言っていた“娘の話”とは、明らかにトーンが違っていたからだ。
「笑ってください……いや笑うなんてものじゃないな、轟々たる非難を浴びるに相応しい父親ですよ。
あろうことか……私は……さ……最愛の、１人娘を……い……石に……変えて、しまったのですから……」
１字１句――詰まるものを必死で搾り出すように、誰ともなしに、末留は呟いた――涙声で。
いつしかその顔は感極まって紅潮し、涙が頬を伝わるままに任せている。
「末留警部……落ち着いてください、あなたの所為ではない。あなたに憑依したクリスタの所業だ」
「だとしても、私は止められなかった……親として……最も、しては、ならないことを……！
絵梨は……私の、顔を……見ながら……石に、なって行った……私を……父親を、呼び続けながら……！」
「警部、落ち着いて聞いてください……あなたの娘さんですが、意識を回復しました」
「――――！！！ ――なっっ、な、何ですと――！！？」
パドルの“報告”に、涙でぐしゃぐしゃになっていた末留の眼が、かっと見開かれた。
衝撃の余りか、全身が熱でもあるかのように、ぶるぶると震えている。
「まだ言葉や感情の発露はたどたどしいですが、わずかながら過去の記憶が残り、自分の名も覚えていたようです。
３年近くも沈黙していたことを思えば、奇跡的なケースだと言えます、娘さんは強い人だ」
「……お……お……おぉおぉ……！！ ――そ、それで、あの子は……わ、私の、ことは……」
言葉にもならないかのように震えていた末留は、やっとのことでそう言いかけたが、すぐに首を振った。
「……いや……覚えていないでしょうな、覚えているはずがない……むしろ、その方が良い」
「まだ両親の記憶については聞いておりませんので詳しくは……ですが警部、だからあなたはしっかりせねば。
３年近くも封印されていた心を、あなたの娘さんは取り戻したのですよ！」
「そう、ですな……いや、そうしなければ。娘や私のような経験を、多くの人に味合わせるなんて断じて。
パドル殿――クリスタは……いや、この組織は、恐るべき“最終計画”を練っているのです！」
「クリスタも警部から離れる前にそんなことを言っていましたね……いったい、どんな計画なのです？」
|
|
「ネメシス、ロイザー。その扉はもういい、先に上だ、アリエルと一緒にアイガーを潰せ」
「……了解しました」
再びセンターＤ。
タイタンの言葉を受けたネメシスが、苦虫を噛み潰しながら２階への階段に足をかける。
先に上がっていたアリエルは、２階の渡り廊下に進み出た。
「ネメシス、下はいいのですか？」
「裏切り者の始末が先らしい」
「なるほど♪ 聞いたか、アイガー。今度こそ貴様の公開処刑だな！」
アイガーは何も言わず、黙ってアリエルを睨みつけている。
「……今度は無視か、つくづく腹の立つやつだ、いったいどう切り刻んでやろうか」
――ぴちょん。
「……ん、雨か？」
「バカを言え、ここは建物の中だぞ？」
ふと、上から水滴のようなものの感触があったらしく、アリエルが変な声を出した。
そしてネメシスがそれに突っ込んだ直後。
しゃわーーーーーー
「なんだ、本当に雨が降ってきたぞ！？」
「ボケるのも大概にしろ、これはスプリンクラーだ！ ――ん、スプリンクラーだと！？」
「どういうことだ、火の気などないのに！」
ロイザーが反対側の階段でそう言ったのとほぼ同時だった。
２階から３階へと上がる階段に脚をかけていたアイガーが、にたりと不気味な笑みを浮かべた。
そしてロイザーとアリエルがそれを視界に入れた時。
ジャラジャラジャラッ
何本もの鎖が、天井から２階や１階の床に向かって落下してきた。
「な――鎖だとっ！？」
「子供だましも大概にしろアイガー、こんなもので我々が怯むと思ったか！」
落ちて来た鎖の１本をサイバーナイフで断ち切りながら、ロイザーが吠えた。
「脳まで金属になって思考が鈍ったのは、どうやら貴様の方だったようだなアイガー！」
「何とでも言え――よしもういいぞ、スイ。『スイッチを入れろ』」
「何、スイスイッチだと？」
アイガーが天井に向かって呟くように言った言葉に、アリエルが反応する。
その反応を聞いて、アイガーは笑い出した。
「く・く・く……くはははっ、やっぱりお前は面白いよ」
そして――くるりとアリエルに背を向けて、ダッシュで階段を駆け上がるアイガー。
アリエルは顔全体に殺気を浮かべ、サイバーナイフを振り上げた。
「笑いやがったな、逃がすと思うかアイガー、いい加減細切れになりやがれ！！」
だが――まさにその時。
ガチャン、と音が響くと同時に、床に垂れ下がった鎖の束にオレンジ色の火花が散った。
「何だ、これ――は―― っご――あ”っ――！？」
「ちっ――それが狙いだったか！！」
“作戦”に気付いたらしく、タイタンはスプリンクラーと鎖の圏内から飛び退る。
バリバリバリバリ。
スプリンクラーに濡れた２階と１階の床いっぱいに、鎖から伝ってきた高圧電流が遠慮なく駆け回る。
そしてタイタンを除くメドゥアスの刺客７名が、その電流をもろに浴びることになった。
「ぅごぁ―― ぁがぁっ――！？」
「ぐがっ……こっ、こいつが、狙い、だったのかっ……がぁっっ」
１階に立っていた銀色の工作員４体は次々に痙攣を起こし、ドミノ倒しのように倒れて行く。
続いて、２階に駆け上がろうとしていたロイザーが、電撃にたまりかねて１階の床に転落した。
ネメシスも階段を上り切った２階の床に倒れ伏す……アリエルはまだ、復讐の執念なのか耐え続けている。
「コ、コ、ン、ナ、モ、ノ、デ……コ、コ、ノ、ボ、ボボボボボ……」
だが時間の問題だったらしく、間もなくがくがくと上半身を震わせながら、２階の渡り廊下に倒れ込んだ。
先の戦闘で傷だらけだった渡り廊下は、数百ｋｇの衝撃にもはや持ち応えられなかったらしい。
アリエルが倒れるのと同時に床が抜け落ち、アリエルはそのまま１階まで転落した。
電撃作戦を回避したタイタンは、３階の上に渡された鉄骨の骨組みを、小走りで駆けて行く小さな影を見た。
「くっ……実験体の中に、まだあんな身軽な奴がいたのか！」
３階天井の骨組みに架けられたスプリンクラーの栓を緩め、
あらかじめ巻きつけてあった鎖を下へと垂らし、非常用ブレーカーを引き上げたのは――スイだった。
|
|
| （第９章第５話・前編へ続く） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2010～2011年頃に草稿を作成したエピソード。
大体このエピソード辺りから、執筆の停滞が始まっている（自爆死）
９章１話の補記でも書いたが、他の設定考証作業に時間を取られるようになったからだ。
実は大雑把なシナリオの展開は１０章まで出来ていたのだが、細部を詰めるのにもたついており、
この４話が完結したのも2011年に入ってからであった。
旧奥沢村地下基地でのハイライトシーンに鉱物娘の“主戦力”を割いた結果、
センターＤ側の展開をどう納めるかで、エピソードの書き始めの頃はプロットの掘り下げが十分ではなく、
「天井のチェーンを床に垂らして高圧電流を流す」逆転劇は実は2011年に入ってから決まったもの。
メタロイド最大の弱点を突いた“電撃作戦”を行う際に、電源設備のある建物を使うことにしたものだ。
鉱物娘を含む“人外キャラ”が数多く登場するため、そういうキャラの異能に縛られる可能性もあったが、
「大半の鉱物娘には戦闘力がない」ため、結果的にはこういう逆転劇を作れたのは幸いであった。 |
