 |
★Active Solid Girls 統合ナンバー：EA-ATT18501NA（NA-E051） |
|
闇の中で、ルイはもがいていた。
虹色の閃光を放つ白い縄のようなものが、体の自由を奪う。
もがけばもがくほど、その光の縄はルイに吸い寄せられるように絡んできた。
ただし――そこにいたのは、ルイだけではない。
４体ほどの……石化した娘たちの“彫像”。
ただしその下半身は不明瞭で、まるで幽霊のように揺らいでいる。
彫像化した娘たちは、全く動くことなく、白い光の縄に絡みつかれ、
ルイの抵抗に応じて縄が動くのに任せて、音もなく虚空を漂っていた。
いや――違う。
（……あな……た……動……けるの？……）
（…………羨ま……しい…………いいな……）
（……私……も…………動き…………たい…………）
（……こ、これは！？…………みんなの、声が……！！……）
漂う少女像の“声”に、動揺するルイ。
その時……その中の１体が、さらにルイに語りかけてきた。
（…………お願い……が……あるの…………）
（え……お、お願い、って……何……）
（……私…………たちを……動ける……ように…………して…………欲しい……の…………）
（動ける、ように…………ごめん…………できないよ、あたしには…………）
（…………大丈夫…………あなたなら…………できる…………）
（……え！？……そ、それって、どういう意味――）
|
ＡＣＴＩＶＥ ＳＯＬＩＤ ＧＩＲＬＳ
★ 第５章 常識という名の壁 ★
第１話 センターＤ反省会
|
ふと――ルイは目が覚めた。
というより……意識を取り戻した、といった方がいいかも知れない。
鉱物娘、つまりメタロイドには“睡眠”がないからだ。
精神の休養のために、意識や思考を１時的に止めるだけ。
精神的には睡眠と言えるのかも知れないが、肉体的に眠ることはないのだ。
（あ、ルイさん気がつきました？）
ルイを心配そうに見下ろしていたのは、エミだ。
エメラルドを思わせる深緑色の顔が、やや不安そうな表情を浮かべている。
（……エミちゃん……ごめんね、迷惑かけて）
（い、いえ、あたしは全然……でも、ルイさんが無事で良かったです）
（ありがと……でもやっぱダメだよあたし……みんなの脚を引っ張ってばっかりだ）
（そんな……自分を責めないでください、あんな状態だったら、何もできないですよ）
（……そうかな？ ……あ、そう言えば、翔子さんと眞希さんは？）
（大丈夫です、２人とも無事ですよ♪）
（翔子さんたちにも謝らなきゃ……今どこに？）
|
|
「……あ……れ？……あた、し……」
ふと――少女は目が覚めた。
気付けばそこは、病室のような部屋。
柔らかい光が天井から降り注ぐが、窓はない。
「気がついた？春海ちゃん」
「え？……ハルミ……そっか……あたし……あれ？」
少女――春海に声をかけてきたのは、背の高い女性看護士。
シルクのように美しい黒髪と、ナース服を押し上げる豊かな胸、青みを帯びた瞳が印象的だ。
しばらく、夢うつつな表情でその看護士を眺めていた春海は、ふと我に返ったように自分の手を見た。
色白の細い腕――けれども、健康的な手の平。
「あなた、ずっと昏睡状態だったのよ……気が付いて良かった」
「……嘘です」
「――え？」
だが……にこやかに微笑みかける看護士の言葉を、春海はきっぱりと否定した。
「あたし……さっきまで別の場所に……金色の像にされて立ってたんです」
「……春海ちゃん？ 怖い夢を――」
「違います！ほんとに像にされたんです……信じられないかも知れないけど、ほんとなんです！」
「でも……春海ちゃん、よく見て？……ほら、あなたは普通の女の子なのよ？」
看護士は、春海に手鏡を持たせた。
しかし……春海は手鏡で自分を見るや否や、かすかに笑った。
“幻を見た”と理解したのではなく……“やっぱり”と言いたげな表情で。
「……違う……ほら、この目……金色に光ってる」
――嘘ではなかった。
確かに少女の瞳は、まるで黄金のような鮮やかな金色に染まっていたからだ。
薄い茶色などではない……金色という以外に説明の付かない色に。
「――ね、だから信じてください……ほんとだったんです」
「……でも……」
その時――看護士の肩をポン、と叩く者がいた。
振り返ると……逆立った金髪の大男と、ネクタイを締めた中年男性が。
「ライカ、もういい……この娘は真実を受け入れようとしている」
そう――全てはライカの演技だったのだ。
|
|
「あの刑事さん……誰なんですか？ ルイさんたちのことを知ってるなんて」
“病室”に擬装された個室の外側では……翔子やサラ、パドルらが会話していた。
因みに翔子は、既に“元の姿”に戻っている。
あれから元に戻ることができるまでの２時間ほどを、翔子はこのセンターＤで過ごした。
もちろん、親友の眞希も一緒にだ。
そしてそれから間もなく……ライカの付き添いで、帰宅したのである。
今は……その翌日に当たる日の、昼前だ。
秘密結社メドゥアスによって彫像化された少女たちのうち、
最も新しかった金色の少女像――第７０号変異体“ハルミ”を、元の姿に復元する作業が行われた。
石化から約１ヶ月が経っていたが、復元はギリギリ可能だったようである。
ただ復元の過程で春海は気を失ったため、あるいは“夢工作”も可能かも知れないと、
ライカが看護士に扮して演じたのだが、通用しなかったようだ。
１ヶ月という長い間、彫像状態でいた経験が、春海に“夢ではない確信”をもたらし、
かつ、完全に復元しきれずに残った“金色の瞳”が、決定的だったようだ。
もちろんライカも、そうなることを知らずに、春海に手鏡を渡したのではなかった。
春海が“自分が経験した非常識な事態”を受け入れる余地があるか否か、試したのである。
「正確には警部だけどな……朝陽市警察署の捜査課に所属している、末留（すえどめ）氏だ。
この街にも、常識を超えた怪事件を、追っている人間がいたってことさ」
（じゃあ……私たちのことも知っていると？）
「全てを知っているわけじゃないらしいが、数体の石化された娘を保護したことがあるそうだ。
昨日ライカと２人で朝から出て行ったろ？ その時、その娘たちを見せてもらったんだよ」
（今朝、運び込んでいたのは、その娘たちだったんですね……あ、ルイさん♪）
サラが手を振った先に、エミに付き添わせてルイが歩いてきた。
「……よ。少しは元気になったみたいだな」
（はい……すいません、迷惑かけて……それと……その……翔子さん、眞希さん）
「……ん？何？」
（ご……ごめんね、本当にごめんね……あたしなんかと関わったばっかりに……）
「そんなことないよルイさん……あの廃校で奴らに襲われた時から、既に縁はあったもの。
むしろ感謝したいくらいだよ……ルイさんがいなかったら、あたしたちも今頃……」
「しょ……翔子ぉ、今その話は怖過ぎるよぉ」
「しっかりしなさいよ眞希……あの廃校にあたしを誘ったのは誰？コンテナ群に誘ったのは……」
「うぅ……そ、そうだけどさぁ」
（ま、まぁ……みんな無事だったわけですから）
「えーと、ちょっと宜しいですかね？」
（ぅわっっ！？）
気付けば、翔子たちのすぐ横に、末留警部が立っていた。
４０歳代後半くらいの、精悍な顔立ちをした男だ……眉毛が太く、正義感が強そうに見える。
「どうしました、警部？」
「えぇまぁ……えっと、あなたがサラさん？」
（え……はい、そうですけど）
末留警部は、ふとサラに向かって話しかけた。
やや戸惑いながら、サラが頷く。
「さっきの少女……日ノ本春海さんが、あなたに会いたいと」
（え……わ、私ですか？）
|
|
（え、えぇと……お、お邪魔しま――）
「――サラさんっっ！！」
（え？――ふぁっ！？ ちょ、は、春海さん！？）
サラが個室に入るや否や、春海はほとんど、飛び掛るような勢いでサラに抱きついた。
（だ、ダメですよぅ、そんなに勢いを付けたら、柱にぶつかるのと同じ……って、春海さん？）
ひっく、ひっくとしゃくり上げる、小さな嗚咽。
……春海はサラの胸の中で、肩を震わせて泣いていた。
「サラさん……会いたかった……ごめんね、ごめんなさい……」
（……ど、どうしたんですか、春海さん……あ、えぇと、私の声、聞こえます？）
こくこく、と頷きながら、それでも春海はサラの胸に埋めた顔を上げようとしない。
「だって……だって……あたしだけ……みんな……みんな、石のまま、なのに……ぇぐっ……
サラさんだって……ひっく……元に戻れなかった、のに……ぐすっ」
（……春海さん……）
春海は彫像状態で第２ラボに置かれていた時、サラと出会った。
さほど滑らかではないが、それでも自分の足で歩き、
自分たち被害者と積極的に交流しようとするサラに、春海は強い親近感を覚えたのだった。
サラはなおも泣きじゃくる春海に肩に手を置き、そっと腰を落とした。
しゃがむような姿勢になり、むしろ春海を見上げるような形で、にっこりと微笑む。
石の体とは思えないほど、そっと静かに包み込むように、春海の腕にその青い手を沿わせた。
その目になおも大粒の涙を浮かべながら、春海が戸惑うような表情でサラを見つめる。
「さ、サラさん……」
（元気を出してください、春海さん……あなたが謝ることなんか、なんにもないんですよ？）
「……うぅ、で、でも……」
（私たちが元に戻れなかったのは仕方がないこと……運が少しだけ、なかったんです。
春海さんは戻れたことを素直に喜べばいいんですよ……運があったんですから♪）
「……そ、そんな……よ、喜べないですぅぅ」
（私たちは大丈夫……自分で選んだ道ですもの、なんとかやっていけますよ。
春海さんも久し振りに家に帰って、お母さんを喜ばせてあげなきゃ、ね？）
「……ぅぅ……サラさぁん……ふぇぇ」
ぽろぽろと、春海の目から涙が零れ落ちる。
感情の泉と化した目の中で、金色の瞳がまるで、泉に落ちた金貨のように揺れていた。
|
|
「まったく……非道にも程がありますよ、少女を生きたまま石像にするなんて！」
談話室では、末留警部がその太い眉をシワだらけにして話していた。
末留の向かいにはパドルと、私服に着替えたライカ。
「警察では、この問題をどのように扱ってるんですか？」
「どうもこうもありません……まるで取り付く島もないですよ。
１年前に石になった少女が発見されるまでは、誰も信じようとしませんでした。
いや今もなお……彼女たちをただの石像と言い張る者が少なくありません」
「……まぁ、非常識な事件ですからねぇ」
「特殊事件を扱う部署と言っても、真剣なのは半分もいません……資料課と同じ扱いですよ。
左遷内定部署と陰口を叩く者までいるくらいですからね」
末留はそう言って、悔しそうに拳を硬く握り締めた。
「絵梨も……私の娘も、行方不明のままだというのに……くそっ」
「昨日も娘さんの話をされてましたね……それがこの事件に関心を示したきっかけとか」
「石像として発見された少女の１人が、行方不明だった少女と分かった時は衝撃でしたよ。
なんと彼女のご両親に説明すればいいのか……恥ずかしながら、まだ言い出せません。
今回の日ノ本春海さんの件は、幸運だったとしか言いようがありませんよ」
「多くの被害者は、石化から１年以上が経っていますよね……ルイちゃんたちだってそのぐらい」
「えぇ、それに今朝ここに運び込んだ彼女たちなんか、少なくとも２年以上が過ぎてるんです。
そのうち３人は、行方不明者のリストと一致しますから、正確には２年４ヶ月から２年７ヶ月ですね」
「２年７ヶ月……３０ヶ月以上も石になったままなんて……」
そこで末留は立ち上がり、大きな溜息を吐いた。
手を腰に当て、遠くを見るような目で、なお喋り続ける。
「非常識だろうがなんだろうが、これは人間の尊厳を弄ぶ凶悪犯罪です……何としても尻尾を掴まねば」
「現場からは資料の１部が押収できただけで、肝心なところは全部破壊されてたんですよね……」
「それでも収穫はあった……また忙しくなりそうです。あ、私は今日はこの辺で……
日ノ本春海さんの帰宅に、同伴せねばなりませんしね、早く母親に会わせねば」
「事情をご両親にお話しするのですか？」
「……さすがにそれは難しいでしょう。一般の人に理解できる事件ではないですからね。
春海さんには口裏を合わせるように言っておく必要がありそうです」
「やっぱり……分かりました、それだったら、私が彼女に言ってみます」
「おぉそうですか、お手数かけます、ライカさん」
|
|
「……分かりました。行方不明だった頃の記憶がないって、母に言えばいいんですね？」
「そう、後は刑事さんがフォローしてくれるはずだから……お願いできる？」
「はい、母に言っても多分、悪い夢を見たって言われるだろうし」
個室では、春海が寝巻きから私服に着替え、帰宅する準備を進めていた。
ライカの話を素直に聞く春海の横から、末留が小さなケースを渡す。
「これをして帰りなさい……黒のカラーコンタクトだ」
「あ、そっか……金色の目じゃ怪しまれますもんね」
「昨日まで金色の像にされてたなんて話はまず信じないだろうが、念のためだ。
毎日する必要はない……もしその目を母親に見られたら、コンタクトだと言いなさい」
「あぁーはいはい、この目の方がコンタクトだってことですね、なるほど♪」
カラーコンタクトをはめた春海は、完全に普通の少女の姿になっていた。
翔子たちも身支度をし、春海と一緒に帰宅することになった。
センターの入口のシャッターで、ルイたちが並んで見送る。
もちろん……“あの日”春海の心の支えになった、サラもである。
（気をしっかり持って頑張ってくださいね、春海さん）
（翔子さんたちがきっと、いい先輩になってくれるよ、うん♪）
「は、はい……ありがとうございます。 あ、あの……また来てもいいですか？」
「……そうね、ここのことを話さないなら、いいんじゃない？」
「あ、ありがとうございます、ま、また来ます！」
ぺこり、と頭を下げる春海……そして、元気良く頭を上げた――その時だった。
ふとその目が……ほんの１瞬だけ、驚いたように見開かれた。
「さぁ、そろそろ行こうか……ん、どうしたのだね、君？」
「……あ、いえ、なんでもないです」
春海はすぐに向き直り、末留に付き添われ、翔子たちと並んでセンターの門をくぐっていった。
間もなく車のエンジン音が軽く響き、やがてフェンスに沿って遠ざかっていく。
「行っちゃったわねあの子……まぁ、また来るかも知れないけど」
「そうだな、さて……ん、どうした、エミ？」
思い思いに踵を返し、センターの中に戻ろうとする中、
パドルとふと、エミが門の方を眺め続けていることに気付いた。
（……気のせいかなぁ……あの子、あたしの顔を見て驚いたような……）
「視線が合ったのか？……そうか……まぁ、取り合えず中に入ろう。
この前意識を取り戻した、あの翡翠色の子だが、そろそろいいかも知れん」
「今からするの？……その傷でよくやるわねぇ、あなたも」
「お前に言われる覚えはないね……それに意識レベルはもう十分だからな」
パドルの言葉に、エミの表情がにわかに明るくなった。
（あ、スイちゃんもう動けるようにしてあげるんですか！？凄い凄い！）
（サラさんのおかげで急速に回復していったからね、行こ、エミちゃん♪）
（……わ、私は別に何も……は、恥ずかしいですよぅ）
|
|
（……あたしを、動ける、ように……？……嬉しい……待ってたんです……）
センターＤの最奥部、活性化されていない被害者たちを保管する部屋。
そのやや手前に、翡翠色の小学生くらいの少女像が立っている。
先日、サラたちの想いに応えて意識を復興させた“スイ”だ。
「それにしても……この部屋も一気に賑やかになったわねぇ」
「破壊されたあのラボから２７体、朝陽署の資料庫から６体、連れて来たからな。
大きめに作ってはおいたが……まさか倍増するとは」
今日までに、この保管庫に安置された石化被害者の数は、合計６１体。
そのうち１体＝春海は復元したので、今いるのはちょうど６０体だ。
末留が管理していた資料庫に置かれていた６体は結晶や金属ではなく、
全員が大理石や御影石を思わせる“石像”へと変えられていた。
しかも恐らくは、１週間〜半月ほどの間に、活性体が急激に増えることになる。
ラボから保護した被害者うち、１０体以上が意識を維持していたからだ。
しかもそのうちの３体ほどは既に、不定期の活性化能力も発現しつつあった。
……そう、ガラスケースの中で見世物にされていた実験体である。
そのうち半数ほどは当初意識がなかったが、サラの呼びかけやラボの爆発などのショックで意識復興したらしい。
春海以外の全員は、既に人間への復元が不可能な状態であったが、
意識がある被害者のほとんど全員が、メタロイドとしての活性化復元を希望した。
既に活性化されている、ルイたちの存在が、決意の決め手になったようだ。
（…………早く……動ける……ように……なり……たい…………）
（……石の……体、でも……いい…………動け、ない…………よりも……まし……）
（言うのは気楽なんだけどなぁ……これはこれで大変なんだよ？）
（ルイさぁん、せっかくみんなが動きたがってるのに、釘刺したらダメじゃないですか）
（そうですよぅ……まずは動けるようになってから、考えてもいいですし）
（……ごめん。まぁ、そうなんだけどさ……）
「おーい、そろそろ始めるぞ」
そう言って、パドルはスイの小さな背中に、その大きな掌を当てた。
|
|
| （第５章第２話へ続く） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2008年頃に草稿を作成したエピソード。
パドルとライカを除く当事者以外の関係者、末留警部初登場エピソードである（厳密に言うと前話の最後にいるが^^;）
また過去エピソードで黄金タイプの被害者として登場した春海の復元エピソードでもある。
翔子がそうであるように、春海にもメタキャリアの能力があるのだが、その話はまた後のことになる。
そしてここからまさに、鉱物娘のグループが一気に増えることになる……スイはその第１号だ。
キャラクターが賑やかな方が、G-maの筆も進むのである（笑） |
