 |
★Active Solid Girls 統合ナンバー：EA-ATT18501NA（NA-E095B） |
|
旧奥沢村の地下基地では、なおもメドゥアスとライカの戦闘が続いていた。
春海たちの脱出気配を確認すると、ライカはルイとオーラを連れて“広間”を飛び出した。
その後をメドゥアスが追う……しかしこれもライカの作戦だった。
メドゥアスの“髪触手攻撃”は、ある程度のスペースがなければ威力が半減するからだ。
「どこへ行くつもりだ、私が逃がすと思ったか！」
「こちとら、あんたの土俵で戦うつもりはないからね！」
（あ、あの……脱出するなら、そっちの方が……）
「あら、あなた意識が戻ったのね、良かったわ」
ライカの腕に抱えられたオーラが、意識を取り戻したようだ。
|
ＡＣＴＩＶＥ ＳＯＬＩＤ ＧＩＲＬＳ
★ 第９章 明かされる真実 ★
第５話 戻れない道（後編）
|
オーラの額の結晶体にはヒビが入っている……体に力を入れることは難しいようだが、
結晶体が損傷したことで、メドゥアスの支配からは結果的に脱していた。
「ち――制御を逃れた者がいたか……ますます逃がすわけには行かんな！」
「ホントならここであんたをお縄にしてやりたいところだけど、今回は諦めてあげるわ。
近いうちに逮捕状を持ってくるから、そのつもりで置きなさい！」
「ほざけ、それはここから脱出できてから言ってもらおう！」
「ライカさん、こっちみたいです、さっきユウ君たちが行った方向ですね！」
オーラの指示に従い、ライカとルイは来た道と反対方向に進路を取る。
ちょうど数分前、春海たちが取った進路である。
そしてその“玄関前”には、まだレイアとアクアが壁に体を預けて立っていた。
（あっ……オーラ！ 無事だったのね！）
（良かった……心配した――）
そこまで反応した２人の体が、急に機械的に引き締まった。
どうやら再び――メドゥアスの強制制御下に入ったらしい……表情も消えている。
（くっ、レイア、アクア……どうしたら２人を解放できるの……？）
「そんなの……簡単なことよ！」
言うや、ライカはその白銀の腕で、続けざまに２人の額に掌打を加えた。
亜音速の鋭い打撃を受けて、２人の額に埋まっていた結晶体にピシリ、とヒビが入る。
その瞬間、レイアとアクアはまるでつまずくように、廊下に倒れ込んだ。
「ルイちゃん、１人頼めるかしら、もう１人は私が運ぶわ！」
「は、はい！」
「舐めるのも……いい加減にしないかぁあぁ！！」
メドゥアスが雄叫びと共に、その槍のような髪触手を持ち上げた。
すでに笑みは消えて久しいが、今や怒りと憎悪に引きつり、まさに魔物である。
更に“玄関”では、天井からズリズリと、防火扉のようなものが降り始めている。
「最初から、ただでは帰れぬと思っていたのだろう……なら大人しく観念せよ！」
「誰がただで帰るもんですか、それじゃ来た意味がないじゃない！」
「ライカさん、早くしないと！」
狭い廊下で、メドゥアスの攻撃が容赦なく再開される。
狭さのため全ての髪触手を攻撃に回すことは出来ないが、もはやお構いなしだ。
鉱物娘の衝撃に耐えたはずの壁に、見る見るうちに抉り取るような傷が付いていく。
ライカ側もこの狭さでは存分に交わせない……必然的に傷が増えていく。
直撃弾こそ回避しているが、手足はすでに傷だらけで、メタロイド特有の“痛み”もある。
仮にこのまま“変身”を解いたら、返って危ないかも知れない。
その背後では、玄関扉が脱出可能時間のカウントダウンを続けていた。
|
|
再び“核攻撃”カウントダウンに入ったセンターＤ。
スイが３階天井のスプリンクラーを止め、ブレーカーを落とす。
ガチャン、と鈍い音が建物内に響き、シャワーのような放水が停止した。
「よし、行くぞ」
「お前らは隠れられる場所に隠れておけ」
ホルスとアイガーが階段を下りようとした時、ふと背後の気配に気付いた。
振り向くと、コナとジュリが立っている。
「どうした、早く避難しろよ」
（避難はするわよ、あんたたちをちゃんと１階まで送り届けたらね？）
（そうですよ、もしもってこともありますし、リンさんたちにも連絡したいですから）
「……そうかい、じゃあ好きにしな」
アイガーは別に突き放したわけではない。
この数時間の“交流”で、ある程度相互に信頼関係が生まれていたからだ。
コナやジュリが、物好きで“支援志願”しているわけじゃないと分かっていた。
その意思を止めるのは、この場合ただの野暮でしかない。
とはいえ時間はない……４人は遠慮なく階段を駆け下りる。
万が一、階段が壊れて１階に落下しても、死ぬような体ではないからだ。
１階の廊下には、まだネメシスたちが無言で倒れている。
あれだけ電撃を浴びせれば、死にはしないだろうがしばらく立ち上がれないはずだ。
しかし絶対ということはない……慎重に距離を取りながら、ホルスは地下室への扉を開けた。
背後でアイガーが慎重に爆弾を持ち上げ、ホルスに続いて扉をくぐる。
コナとジュリはネメシスたちに注意を払いながら、管理人室へと向かう。
リンと眞希、そしてエリに、部屋から出ないように注意を促すためだ。
そうしている間に、更に何人かの鉱物娘が３階から１階へと降りてくる。
“避難所”の１つである、１階最奥部の被害者保管庫へ、向かおうとしているのだ。
コナがリズムをつけて管理人室の扉を叩く……これもサインの１つだ。
かちゃり、と音がして、扉が軽く開かれると、中にリンの黄緑色の顔が覗いた。
（コナさん……終わった？ なんか爆弾とか聞こえたんだけど）
（残念ながらまだよ……だから終わるまで、ここから出ないようにして、良いわね？）
（爆弾は地下室に持っていくようです、私達も別の部屋に避難します）
（そっか……分かった、お互い無事だと良いね）
その後ろにちらり、と白い鉱物娘が近づく……変身中の翔子だ。
（あ、あの、ゴメン……あたし、この部屋に避難して良いかな？）
（あ、翔子さん……うん、そうだね、翔子さんは眞希さんと一緒の方が良いよね）
「あ、翔子……何だか、大変なことになったね」
（全部あいつらの所為よ、だから絶対、あたしたちは生き残らなきゃ）
「うん……そうだね」
恐怖心を押し殺し、強がりながらも笑顔を交わす翔子と眞希。
そして翔子は眞希の手を握り締めながら、そっと管理人室へと入って行った。
しかし……その背後で、倒れているアリエルの指がピクリと動いた。
誰も、そのかすかな変化に気付く者はいなかったが。
|
|
三度、メドゥアス第１ラボ中央室。
“最終計画”の要となる“制御核”を巡って、情勢に変化が起きていた。
セラフィとアグネムは“新型”の石化少女を改造し、パドルへの攻撃に使ったが、
パドルが人間離れした忍耐の末に放った“霊気の衝撃波”で、手駒を失うことになったからだ。
傷だらけ血だらけにも関わらず、セラフィに組み付いたパドルは離れない。
１人でアーケードを残骸に出来る怪人ですら、予想できないほどの怪力を見せ付ける。
「アグネム、降りて来い、貴様が制御核を守るのだ！」
「わ、分かりました！」
セラフィの叱咤を受けて、アグネムが渡り廊下の端に架かっている梯子に足をかけた、だが。
「やらせはしないぞ、アグネム！」
「クリスタ……いや違いますね、末留警部！」
梯子の下で、仁王立ちになってアグネムを睨むのは、末留警部であった。
アグネムは苦虫を噛み潰した表情を浮かべ、末留を睨み返す。
生身の人間である末留にメタロイドは相手に出来ない……だがアグネムは別だ。
「クリスタになっていた時の……記憶も戻ったのですか」
「そういうことだ、だから命に代えてもこの計画は実行させないぞ！」
「全く……人間の抵抗というのは、実に厄介ですね……そう思いませんか、クリスタ？」
「あぁ、同感だよ」
ふと――セラフィともアグネムとも、パドルとも末留とも違う声が、中央室に響いた。
末留が首を傾げた、その直後だった。
――ぶすり。
「……！！？」
「末留警部！？」
末留警部の腹を、銀色の槍のようなものが貫いた。
その“槍”の先に、スミレ色の“新素材”の怪人が１人、立っている。
女性とも男性とも付かない、中性的な外見で、簡素だが組織の工作員の服を着ている。
その目はパドルの作戦で停止した被害少女たちと同じく、サファイア色の結晶体になっている。
「中々良い感度だな、完成したばかりの試作品にしては悪くない」
「仕方ありませんよクリスタ、こうも急いでデビューする予定ではなかったのですから」
スミレ色の怪人は――“新たな体”を得た、クリスタであった。
セラフィのような巨体ではなく、コンパクトな体形だが、銀色のラインが体に走り、
その１つから槍状のサイバーナイフを形成して、末留の腹を貫通せしめたのだ。
“新生クリスタ”の姿を認めたセラフィにも、再び笑みが戻る……苦笑に近いが。
「……最新型のメタロード・クローンを、早速引っ張り出したのかね」
「誰かさんが予想外にしぶとかったものですから」
「……う……あ……！」
クリスタがサイバーナイフを引き戻すと、末留はよろめきながら倒れ込んだ。
「ぐぅ……ち、畜生……！」
鮮血に濡れる腹を押さえ込み、末留は苦悩の呻き声を上げる。
その末留に向かって、クリスタが悠々と歩いてくる。
「私を裏切った報いだよ、警部。罪の意識に潰される直前だったのだからちょうど良かろう」
「くそ……こ、このぐらいで……！」
「そうだな、心臓ではないから致命傷ではないか、それも予想の範囲内さ」
――どす。
「ぐぁあぁっ！？」
再びクリスタのサイバーナイフが、倒れている末留の肩を貫いた。
「しばらくは生きててもらわないと、楽しめないからな。
何しろこいつは……“人間を使った、最後の余興”になるのだから」
|
|
「――ライカさん！？」
再びメドゥアスの地下要塞。
動揺を隠せぬ声を上げたのは“変身状態”のルイだ。
サファイア色の視線の先には、膝をついたライカの姿。
その銀色の両足には、ナタで切りつけたような傷が幾つも付いている。
「く……あんたってやつは、ホントに外道ね！」
「戦術と言ってもらいたいものだな、私から余裕を奪ったのだ、誇りに思うがいい」
メドゥアスは最も抵抗力の高いライカの動きを止めるために、集中して足を狙ったのだ。
“擬似メタロイド化”しているとはいえ、これだけ傷が増えれば力は入らない。
「さぁチェックメイトだ、ライカ捜査官、今度こそ覚悟してもらおう！」
「覚悟なら最初からしているわ……あんたが期待してるのとは正反対だけどね！」
そう言い放つと、ライカは迫り来るメドゥアスに向かって掌を突き出した。
瞬間、その先から淡い緑色を帯びた光が放射される。
ホルスらメタロード強化体などが放つ電撃に比べると、弱弱しい光に見える――だが。
その光は大股で歩いてきたメドゥアスの動きを、鈍らせる効果があった。
「ち、また霊気放射か……つくづく、往生際の悪い女だ！」
「あんたが魔族で好都合だったわ、そうじゃなきゃこの戦法は効かないからね！」
いわゆる“破邪”の効果を持つ霊気の放射である。
先ほど、オーラたちのコントロールをキャンセルした技と基本は同じだが、
“魔物”を弱体化させる効果も持っている……メタギュランのメドゥアスとて、その例外ではない。
しかし――弱体化しているのは、ライカも同じだった。
“フル充電”なら、ライカの霊気放射は、メタギュランを苦しめる威力は十分にある。
メドゥアス自身が認めるように、彼女の本来の能力は、非常に強力なのだ。
だが傷付いている今の状態では、メドゥアスを足止めするのが精一杯だった。
「だがその力、その体では本来の状態より負担が大きかろう、いつまで持つかな？
……いや、どの道扉を閉じてしまえば、無駄な抵抗となるのだ！」
「ライカさん、あたしの手を！」
「ダメよルイちゃん、あなたには彼女達を救出する仕事があるのよ！」
「そういうことだ３３号、貴様１人ではどうにもならんということだ！」
（だったら――人手が多けりゃ良いんだろ！）
突然――じりじりと下がる扉の奥から駆け込んできたのは、ユウと春海だった。
すぐさまユウがルイを支援してアクアを抱え上げ、春海はライカに駆け寄る。
瞳も扉の下で片膝をつき、スタンバイしている。
そしてオーラとアクアはそのまま、扉の外へと担ぎ出される。
額の結晶体が“機能停止”している状態なら、扉の外へも出られるようだ。
更にレイアも、ルイとユウが運び出そうとする。
春海の担当はライカだ……今の彼女は能力上、最も大きな質量に対応出来るからだ。
「うぬ、貴様ら、まだおったのか……せっかく逃げられたものを、まったく愚かなやつらだな！」
「ユウ君、春海ちゃん……どうして」
（心配だったんです、わがまま言ってごめんなさい）
（逃げるだけが、俺らの出来ることとは限らないって思って……）
（そうですよ、幸い、今は硬い体ですから！）
「その程度の硬さが何になる、このメドゥアスを侮るのもいい加減にしろ！」
「……侮ってないわ、あんたこそ、あたしたちを侮ってるんじゃないの？」
「言うか貴様！！ その程度の霊気で、このメドゥアスが止められると本当に思ったか！」
激高したメドゥアスの髪触手が、ひときわ激しい動きを見せた。
その触手はライカの霊気放射を強引に突き破り、背後のルイたちを切り裂くように見えた。
だが触手はかろうじてルイたちの横をかすめ、扉のある通路の先端を抉るように切り裂く。
そしてその瞬間――メドゥアスの悪鬼の如き形相が、不自然に歪んだ。
「ぬぅっっ……図ったな貴様！！」
下りてくる扉のすぐ下に出来たわずかな“段差”に、扉がガチン、と引っかかる。
そう――ライカはこれを狙って、霊気放射の力場に意図して“抜け穴”を開けたのだ。
メドゥアスの感情が高ぶっていなければ、読まれた作戦だったかも知れない。
動きの止まった扉を確認すると、ライカは春海の肩を借りるように後ずさりする。
霊気放射の“照準”を、なおもきっちりとメドゥアスへ向けながら。
「科学者だって完璧に冷静ではいられない……良い論文のネタになったじゃない♪」
「おのれ覚えておれ、この屈辱、すぐに１００倍にして返してやる！」
段差はわずかなもので、扉の下降を止められたのはわずか数秒だったか、
ライカの傷付いた体はギリギリ、その下を通り抜けることが出来た。
|
|
再度センターＤ。
地下室では、傷だらけのホルスとアイガーが、爆弾処理を試みていた。
カウントダウンを続けるメーターは、残り５分を切っている。
「……どうも、コイツは無理かも知れないな」
「やけに結論が早いな、お前にしちゃ弱気じゃないか、ホルス？」
「見てみろ」
ホルスが渋面のまま、アイガーに爆弾の中を開けて見せた。
「……なんだこりゃ？」
繊細なリード線や基盤、起爆装置が組み合わされているとばかり思っていたアイガーだが、
ケースの中に入っていたのは、淡く光るモノリス状の物体だった。
中性子爆弾の核となる装置は、その内側に組み込まれているらしい。
モノリスには、古代文字のような不思議な文様が、淡く浮かび上がっている。
「どうやら、魔術的な起爆装置らしい」
「おいおい、そんなシロモノがこの世界にあったのかよ！？」
「話だけは聞いたことがある……実物を見たのは今回が初めてだがな。
メドゥアス・ゼロが、自分の住んでいた世界から、持ち込んだアイテムかもな」
「……俺達メタロイドといい、世界って奴は想像以上に変なモノが溢れてるってことか」
「あの男やあの女だったら、処理の方法が分かったのかも知れんが……残念だ。
こいつはここに置いて、俺達も避難した方が良いだろう」
「だな、そうと決まったら急ごうぜ」
「させると思うのか？」
爆弾を置いて立ち上がったホルスとアイガーに、ふと別の言葉が投げかけられた。
振り向いた視線の先に、グリーンメタリックの怪人が１人……アリエルだ。
まだ電流の衝撃から完全には立ち直っていないらしく、膝が笑っている。
アイガーがその鉄色の顔に、明らかに呆れたような表情を浮かべた。
「……思ったよりもしぶといな、あれだけ電撃食らって、もう動けるのかお前」
「貴様を倒すために訓練を積んだと言っただろう……この屈辱、末期の代まで許さんぞ。
今度こそ貴様の公開処刑だ、覚悟しろ！」
言うや否や、再度サイバーナイフを起動するアリエル。
「お前も結構脳筋、いや脳金だな……核爆発が起きるかも知れん時に、何言ってやがる」
「そんなことは関係ない！ 僕にとっては、貴様を処刑することが全てだ！」
「そうかい、上等だぜ……ホルス、先に上がっておいてくれや、こいつの相手しとくわ」
だがアイガーは、ホルスから意外な言葉を返された。
「いや、お前が先に上がってくれ、コイツの相手は俺がする」
「……は？ ホルス、分かってるのか？ こいつの相手をするってことは……」
「分かってるさ、だがもう俺は手負いだ、大して戦える自身はない。
お前はまだ戦えるだろう、実験体たち……いや、被害者を守れるだけの力が残っている」
「……お前がそんな、ヒーローみたいなセリフを吐くとは思わなかったぜ」
ホルスの“志願”に、アイガーは溜息のような素振りを見せた……息はしないが。
「ヒーローなもんか、お互い裏社会で生きてきた罪人同士だ、だから償い時なのさ」
「……もう少し、お前の相棒を続けていられると思ったぜ」
「感傷病か？ その感情は、被害者達のために残してやりな。 俺は先に地獄で待ってる」
「……おぅ、待ってろ。 面白そうな土産話を山ほど作って、押しかけてやるぜ」
そう言うと、アイガーはホルスに背を向け、１階への階段に足をかけた。
カウントダウンは２分を切った……アリエルは再び吠えるが、ホルスがゆらりと近づき、
後ろから羽交い絞めの形でその動きを止めた。
「逃げるのか！？ 僕が貴様を逃がすとでも……くそっ、離せ裏切り者！」
「そうさ、俺は裏切り者だ……だから憎まれついでに最後の仕事をするのさ。
一緒にゼロ距離で放射能を浴びようじゃないか、２度とない貴重な経験だろ？」
「黙れ、僕はこんなところで死ぬわけには……死に損ないはさっさと死ね！」
アリエルはサイバーナイフを起動し、闇雲に振りまくる。
更に背中に仕込んだ暗器型サイバーナイフが、ホルスの胸にざっくりと突き刺さった。
だが覚悟を決めたホルスは、いささかも怯みはしない。
「生憎それじゃ最後の仕事を果たせないんだよ……あと、どうして俺が残ったか。
まさか本当に、戦力外の残骸だからだと思ってはいないよな？」
「な、何だと……どういうことだ……はっ！？」
アリエルが表情を変えた次の瞬間、ホルスのルビー色の結晶体がスパークした。
「お前みたいな好戦的な奴を食い止めるのには、俺の能力が最高に相性が良いのさ」
「やっやめろ……離せ裏切り――がぁあぁあぁぁぁあぁぁ！！？」
バリバリバリバリ。
再び、地下室で強烈な電撃が炸裂した……アリエルの断末魔が響き渡る。
そしてその１分余り後――圧倒的な閃光が、地下室を真っ白に染め上げた。
|
|
そして第１ラボの制御核ルーム。
新たな体を得たクリスタの攻撃に、末留が苦痛に顔を歪めていた時だった。
ズズズズ、という地鳴りのような音と共に、部屋全体がギシギシ、と揺れた。
「――む、どうやら爆発したようですな」
「そのようだ……だが設計威力の割には鈍いな、まるで地下で爆発したかのようだ」
「な……何をしたんだ！？」
クリスタに刺された肩と腹の傷を押さえながら、弱弱しいながらも末留が声を上げる。
その問いに、クリスタは冷酷な笑みを浮かべて言葉を返した。
「例のセンターに、タイタンが置いて来た超小型の中性子爆弾が爆発したのさ。
いくら魔術の要塞でも、核爆発の破壊力には耐えられまい」
「かっ……核爆発だと！？」
「これで脅威の１つは確実に消えた……後は計画を遂行するだけだ、さぁアグネム、始めろ」
パドルに組み付かれたままのセラフィだが、「爆破成功」を知って表情が緩んだ。
対照的にパドルの表情が渋くなったことは言うまでもない。
「そうですな、あとはここのトラブルが解消すれば、新時代がスタートする」
「さ……させるか、命に代えても――ぐっ！？」
搾り出すような声で叫ぶ末留の首を、クリスタが乱暴に掴んだ……そのまま持ち上げる。
メタロイド・クローンの体は中性的な体形だが、体格は少女のように小さい。
末留の体を完全に宙に持ち上げるには至らないが、その首を締め上げる力は強力だ。
「死に損ないは黙って見ていろ……もしかしたら、生きて新時代を迎えられるやも知れんぞ。
もっとも……どうなろうとも、最後には始末することになるがな」
「……救えない連中だよ、お前達は」
ふと――ぼそり、と呟いたのはパドルだ……血に濡れた顔は表情が分かりにくいが、
わずかながらもゾクリ――という悪寒を、全員が感じる底知れなさがあった。
「……何とでも言え、時代の潮流は止められんと言ったろうが。
さぁそろそろ、その手を離してもらおうか……もう何をしようと、無駄なことなのだから」
「そういうことです……では私は“サークル”の方を起動してくるとしましょう。
クリスタ、セラフィ、後はお任せしても宜しいですかな？」
「そうだな……だが念のためだ、メタドッグの管轄をここまで広げておいてくれ」
「了解しました、それでは」
アグネムがそう言って、制御核ルームを出ようとした時だった。
やおらパドルが、セラフィから手を離した。
「やっと観念したか……さぁて、どう処分してくれよう――？」
そこまで言いかけたセラフィの銀色の顔が、不気味に歪んだ。
パドルの肌が妙に白くなり、耳が長く伸びて、その腕が淡い光を放っていたからだ。
「なんだ……こいつは――」
――ズッ
そして次の瞬間には、パドルの腕が難なく、セラフィの胴体を貫いていた。
プラチナ同然の強度を持つはずのボディが、あたかもナイフを刺し通したステーキのように。
「――がっ！？」
「なっ！？」
制御核ルームに居合わせた全員が、その光景に息を呑んだ。
パドルの“変貌”は、裏社会で鍛え抜かれた彼らですら、予想できないものだった。
いや、予想できるはずがなかったのだ……“宇宙人”パドルの真の姿など。
一瞬でセラフィの胴体を拳で“撃ち抜いた”パドルは、そのままセラフィを持ち上げる。
身長３ｍ近く、１トン以上ある金属の怪人を、しかも片手で。
「うがっ……ど、どうなっているのだ！？」
「悪党でも……出来れば殺したくはなかったんだが――俺もまだまだ甘いってことか」
パドルの表情は鬼神の如き険しさを持ちながらも……深い悲しみを含んでいた。
|
|
旧奥沢村の地上を、朝陽市の方に急いでいたライカたちも、地響きを感じ取った。
「えっ……何これ、地震！？」
（くっ……何だよ、体がしびれる……電撃を受けたみたいだ）
（か……体が痛い！？……こんな感覚、初めて）
オーラに肩を貸していたルイ、レイアに肩を貸していたユウ、
そしてアクアに肩を貸していた瞳はいずれも、顔をしかめて立ち止まる。
いや――春海に支えられるように歩いていたライカも同じ表情だ。
「どうなってるのよ……雷が落ちるような天気じゃないのに」
「……雷じゃないわ、これは……人工的な電磁パルスよ……まさか……でもいくら何でも」
空は晴れている……青天の霹靂とはまさにこのことか。
実はライカには、“電磁パルス”の原因に思い当たりがあったが、
それは控え目に見てもなお、最悪の事態という以外に説明の付かないものだった。
朝陽市街に向かう林道を、可能な限り急ぎ足で向かう８人。
背後からメドゥアスが追い上げてくる気配は今のところないが、油断は出来ない。
オーラたちはまだ足取りが覚束ないが、それでも気力を振り絞って足を前に出す。
（うぅ……体に力が入らない……すいません、迷惑ばかりかけて）
「気にしないで。みんな、あなたたちを解放してあげたい気持ちは同じだから」
しかし８人はいずれも“鉱物娘”形態だ……こんな所を人に見られたら大騒動になるが、
“異変”の正体を確認することの方が、今は先決だという意識があった。
そして“地響き”を感じてから数分後……８人は林道の視界が開けるところまで来た。
（あっ……みんな、あれ見てください！）
異変の正体に、最初に気付いたのは春海だった。
ライカに肩を貸しながら、金色の指でその方向をまっすぐに指差す。
（えっ……な、何ですかあれ……！？）
（ちょっ……いったい、何が起きたんだよ！？）
数ｋｍほど離れた視界の先に、灰色の雲がマッシュルームのように立ち上っていた。
どう考えても、普通の火災の煙などではない。
しかもその“キノコ雲”は、まさにセンターＤがある方角から立ち上っている。
（げっ……原爆！？）
ひときわ強張った表情で、立ちすくんだのは瞳だ。
彼女の記憶から出てきたイメージは、過去に歴史の授業で習った数十年前の戦災。
白黒写真で残された、忌まわしい事件の光景と、目の前の異変は余りに酷似している。
「原爆にしてはかなり小規模ね……街が大々的に破壊された様子には見えないから。
でもあの電磁パルスは、核爆発のそれに良く似ていたわ」
硬い表情を崩さずに、しかし冷静にライカが言う。
確かに今見えているキノコ雲は、“数十年前の白黒写真”の半分以下のサイズだ。
形こそ良く似ているが、キノコの傘の直径は１ｋｍもない。
数ｍほど先に、見覚えのあるライトバンが見えた。
春海を救出するために、ルイやユウ、瞳が乗ってきたあのライトバンだ。
「取り合えず、急いで戻りましょう……どちらにしても、起きていることを確認しなきゃ」
「えっ……ライカさん、そのまま乗るんですか？」
「あたしも今は結構ダメージあるからね、今変身を解いたら多分悪化するわ。
こんなのが車を運転してたら非常識だろうけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。
それよりルイちゃんこそずっとその姿で結構疲れてるでしょう、休めるうちに休んでおきなさい。
さぁ、あなたたちも乗って、後部座席なら外からは見えないわ」
|
|
“本来の姿”になったパドルは薄黄色の肌を持ち、耳は細長く尖っている。
「……ちぃっ、一体貴様は何者なのだ！？」
「言ったところでどうせ理解できねぇだろう、俺もいちいち説明するのもかったるい」
そう言いながら、パドルはそのまま、ぐぅっと脚を踏み出した。
腹を貫かれ、脚が浮いた状態になったセラフィは踏ん張れない……ずるずると後退する。
その背後には、制御核と思しきドーム状の装置が。
「くそぅっ、クリスタ、あなたでも良い、制御核を守るのだ！」
「言われるまでもない――むっ！？」
パドルに向かおうとしたクリスタの脚が止まった。
鉄骨のような硬い腰に、血痕のついた手を必死で巻きつけているのは末留だった。
「命に代えても――させんと言ったはずだ！」
「上等だ警部……ならば望み通り、先にあの世へ逝け！」
ぐさり、とクリスタのサイバーナイフが再び末留の腹に突き刺さる。
末留の顔が激痛に歪むが、目を剥いて叫び声を押し殺した……その唇にじわりと血が滲む。
だがクリスタはそのままサイバーナイフを伸ばし、半ば強引に末留を引き剥がした。
そして串刺し状態になった末留を、まるでボロ雑巾のように放り投げる。
華奢な体形だが、それでも普通の人間など、まるで相手にならない力を持っているのだ。
末留の体が力なく放物線を描き、鮮血を散らして部屋の片隅に転がっていく。
「本来なら止めを刺したいが、先にする仕事があるのでね――！？」
そこまで言ったクリスタの体が、末留と逆方向に吹っ飛んだ。
パドルの念動波だ……セラフィに突き立てた腕とは逆の掌をクリスタに向けている。
抵抗する間も有らばこそ、クリスタのスミレ色の体はそのまま、部屋の壁に激突した。
「うぐ！――ちっ、こんなもので、このクリスタを止められるとでも――ぐ！？」
すぐに立ち上がろうとしたクリスタだが、脚が前に出ない。
パドルの念動波はなおもクリスタに照射され、重力よりも強い力で壁に押し付け続ける。
「いいからそこで見てろ、制御核とやらと一緒に、お前らの野望を今すぐ叩き潰してやる」
そう言うと、パドルはセラフィが刺さったままの腕を、大きく振り上げた。
「くそっ、一体何をする気だ――はっ！？」
「それだけでかくて重いカラダなら――理想的なハンマーになってくれそうだぜ」
――ゴッッ
「――ごぉおぁあぁっっ！？」
パドルはそのまま――セラフィの巨体を制御核装置の真上から、加速をつけて叩き付けた。
装置のドームがぐしゃりとひしゃげ、セラフィの叫び声が轟音と共鳴する。
人間なら背骨が粉々に砕けたのだろうが、メタロイドのセラフィに背骨はない。
それでもその衝撃は、セラフィの胴体をエビのように折り曲げるのに十分だった。
がくがくと痙攣するセラフィから、パドルが腕を引き抜く。
「くそ……せめて“サークル”だけでも……アグネム、早くしろ！」
「わ、分かりました！」
「させるか――」
パドルはセラフィから引き抜いた腕を、そのままアグネムが出て行ったドアに向ける。
しかし何らかの妨害をしようとした次の瞬間、その正面に大きな影が躍った。
――ギャァアァシャァアァァァ！！
先ほど“ロビー”でパドルと対峙したメタドッグの１体が、再び正面に立ち塞がった。
「……いい番犬を持ったな、だから俺も本気になってやる！」
そう言うと、パドルはメタドッグの顔面に両手を突き出した。
そしてその手の先から閃光がほとばしり、メタドッグの頭部を槍のように貫通する。
いや、頭部だけではない……閃光は複数の角度に放射されていた。
“生きた重戦車”メタドッグと言えど、全身穴だらけにされてはどうしようもない。
間もなく銀色の猛獣は声もなく、制御核ルームの床に倒れ伏した。
「く、ふふ……最後の最後まで、とんでもないカードを持ってるな、お前は……！」
クリスタは引きつった笑い声を上げる……敗北の瀬戸際なのに、何故笑えるのか。
あるいは“科学者”だった前世の記憶が、感動を呼び起こしているのか。
「殺したくはなかった……だがお前らを止めるためには、これしか手が残っていなかった」
「何だと！？」
その直後、扉の奥から、ガタンと物音が響いた。
アグネムが床に倒れ伏した音だった……その背中には真っ赤なシミ。
メタドッグを屠った“熱線”を放射した時、アグネムも“ロックオン”されていたのだ。
「アグネム！！ ちくしょう、何ということだ！！」
「本気になってやると言っただろう……だが、コンマ１秒、遅かったらしい」
そう言って、パドルがギリリ、と歯軋りの音を立てる。
“サークル”と呼ばれる、制御核と連動する装置のスイッチは、既に入っていた。
「やっぱり……俺は甘かったようだぜ」
パドルの言うとおり……わずか０．１秒、間に合わなかったのである。
|
|
| （第１０章第１話へ続く） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2011～2014年頃に草稿を作成したエピソード。
駅前テロ編の時と同様、文章量が増えすぎてまとめるのに苦労した第２部第１次クライマックスである（爆砕）
そして今回はさすがに長くなりすぎたため、無理矢理前後編に分けることになったorz
エピソード全体がまとまったのは2014年に入った頃で、２年以上筆が進まずに放置していた（滝汗）
（2012年頃は旧ＯＷ企画が軌道に乗り始めた頃だったため、明らかにそっちに執筆の重心があった^^;）
実はこの後編の大部分は2014年に書いたものである。
センターＤで炸裂する中性子爆弾のクライマックスや、パドルがどうやって最終計画の１部を阻止するのか、
ほとんど放置状態だった2012～2013年頃（自爆）には具体化していなかったためだ。
2013年末に旧ＯＷ企画が諸事情で打ち切りになったため、結果的に後編プロットが進んだところがある（苦笑）
（因みに旧ＯＷ企画自体は打ち切りになったが、サルベージエピソードをＰＡシリーズとして再編している）
もっとも、核爆発が地下で起こり、被害を最小限に留める展開は2012年頃には固まっていた。
追加した要素は、その際に事実上、ホルスが犠牲になる展開である。
組織の裏切り者として鉱物娘たちに味方して傷だらけになった彼が、“復讐魔”アリエルを道連れに果てる。
本シリーズにおいて、主要キャラが命を落とすのはこのエピソードが初めてである（合掌）
（脇キャラが死ぬ展開は過去にも実はあったのだが^^;）
そしてパドルが本気になり「本来の姿を見せる」展開も追加したプロットである。
「最初から本気を出せば良いのに～」というのは物語の展開上、野暮な指摘だと思って欲しい（爆）
（そもそもパドルは職業上、本来は最小限の干渉しか出来ない立場である）
そして彼を事実上「キレさせる」ために、末留を利用していた霊体の科学者・クリスタに“活躍”してもらった。
“新素材タイプ”に実戦型が１名いるのは“奥の手”として2013年頃に考えたものであり、
肉体を失ったクリスタの「新たな肉体」にしたのはこのエピソードの最終考証段階であった。 |
