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★Active Solid Girls 統合ナンバー：EA-ATT18501NA（NA-E101） |
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（――！ こ……この感覚は、まさか！？）
午後６時４４分。
エミは突如、全身を駆け抜ける妙な感覚を覚えた。
しかも……それは、前にも感じた感覚。
記憶が失われていた以前だったら、それが何なのか分からなかったのだろうが、
記憶を取り戻した今なら、思い返すことが出来る。
約２年前――謎の組織・メドゥアスに拉致され、石化された時のあの感覚だ。
（でも何で今頃……第一、ここはあたしの家なのに）
エミは思わず――手にした携帯電話の画面を見る。
そこにはついさっき、愛する母親から送られてきた、メールの文字が。
声を出すことが出来ないエミと、母とのコミュニケーション手段の１つである。
『恵美ごめんね、今夜はちょっと遅くなります』
この“異変”の数分前に港の方から響いてきた、地震のような鳴動と不気味な轟音も気がかりだ。
今エミがいる建物から港の方角は木立に阻まれて見えないが、心配である。
港の外れには、センターＤの建物があるからだ。
（お母さん……大丈夫かな？ ――そっか、あたしも送れるんだよね）
エミはすぐに、母に返信を返した。
エメラルド色の硬い指が、滑らかにキーを打つ。
だが――
（――あ、あれ？ なんで？ お、おかしいな）
返信ボタンを押した直後、第２の異変は起きた。
画面に表示される『圏外』の２文字。
（お母さんからは届いたのに……どうして？）
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ＡＣＴＩＶＥ ＳＯＬＩＤ ＧＩＲＬＳ
★ 第１０章 解き放たれた革命 ★
第１話 朝陽市の変質
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エミはおもむろに立ち上がろうとして、新たな違和感に気付いた。
（あれ……なんだろう、服がヘン？）
最近着ている、スパッツ状の服に、妙に引っかかる違和感を感じたのだ。
日常生活に支障がないくらいに動けるとは言え、やはり動きやすい服装の方がいいので、
こういう服装を選んだはずなのに……まるでゴワゴワのコートを着ているようである。
よくよく見ると、ポリエチレン製の黒いスパッツ状のパンツが、やけに“てかっている”気がした。
そう――まるで“ガラス繊維で出来ている”かのように。
（……どうなってるの？）
その時――エミははっとした。
何かが聞こえた気がする……まるで悲鳴のような。
エミしかいない家の中ではない……外の道路からである。
――恐ろしく嫌な予感がする。
（ど……どうしよう、あたし、こんな姿なのに）
エミが戸惑っているのは、露出の多いスパッツ風の服装だからではない。
何しろ今のエミは、エメラルド色の“歩く石像”なのだ。
母の恵子こそ、こんな非常識な変貌を遂げた娘と、共に生活する道を選んだわけだが、
外の人々は、木下家の１人娘がそんな姿で生活していることを知らない。
しかし……この場に留まって、母の帰りをひたすら待つことも、エミには無意味な予感がした。
根拠はない、しかし「それどころではない」気がして仕方なかったのである。
ためらいながらも、ゆっくりと玄関に歩み出し、サンダルに半透明の足を通すエミ。
そのサンダルの感触もいつもと違って、ゴワゴワと硬く弾力がない。
ゆっくりと、扉を開ける……幸い、すぐに門扉ではなく、小さな植木があり、玄関は外から見えない。
だが――次の衝撃は、まさに目の前にあった。
（……！！ そ、そんな……ウソでしょ！？）
目の前の植木が、エメラルド色の結晶体に変化していた。
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ほぼ同時刻、朝陽市北部の林道を、港の方角に向かって走るライトバンがあった。
旧奥沢村の地下基地――メドゥアスの拠点から、何とか逃げ出すことに成功したライカたちである。
傷ついたライカ自身がハンドルを握り、助手席にはルイ、後部座席にはユウたちが乗っている。
保護したオーラたちを含め、全員が鉱物娘状態だが、今は人目を構っている暇はない。
地下基地でメドゥアスが言い放った「新時代」、そしてセンターＤ方面で起きた“謎の爆発”、
その両方が何を意味することなのか、少しでも早く確認しなければならないからだ。
だが、市街地に入る小さな交差点を通過した直後に、奇妙な違和感がライカたちを襲った。
いや……厳密に言うと「既に経験した違和感」だったのだが。
（何、今変な感覚が……）
（変って言うかこれ、さっき旧奥沢村で感じたのに似てます！）
そして間もなく、ライトバンのエンジンの調子がおかしくなった。
まるでエンストを起こしたようにエンジンが空回りし始める。
座席のシートもまるで、氷が張るかのように、パリパリと音を立て始めた――まだ晩夏だというのに。
「まさかこの感覚……全ての有機物に作用するというの！？」
ライカは銀色の眉をひそめる……どうやらこの“異変”の効果に薄々、感づいているようだ。
（ライカさん、危ない、前！！）
ルイの呼びかけにライカが前を見ると、横断歩道に誰かが立っている。
エンジントラブルを起こしたライトバンが突っ込んできているというのに、避けようともしない。
ライカは急ブレーキをかけると同時に、回避のためにハンドルを回した。
ブレーキの利きも不自然に悪い……ライトバンはまるでドリフト走行のように斜めに車体を滑らせながら、
横断歩道に車体の半分を重ね、対向車線にはみ出してようやく停止した。
（ちょっと……この人って……！）
（ルイさん、急に外に出たら人に見られるって！）
「どうも……その心配はないみたいね……」
横断歩道の中ほどに立っていたのは、“石像”だったからだ。
２０歳前後くらいなのだろうか、トートバッグを手に持った女性の石像である。
エメラルドにしては薄い、アクアマリンを思わせる半透明の質感で、夕日を浴びて光沢を放っている。
身をよじり、突然体調を崩したような姿勢で、表情も苦悶を浮かべている。
（もしかしてこれ……ただの石像じゃないんじゃ……）
「ルイちゃんの言うとおりよ、あなたたちと同じ……“石化された人間”だと思うわ。それにほら、周りの草木をよく見て」
（えっちょ……草木まで……！）
道路の脇に生えている樹木や雑草も、有機物とは思えない不自然な光沢を放っていた。
ライトバンを発進させた林道の奥では、見られなかった現象である。
広く見渡すと、“変化”は１００ｍほど手前の交差点から始まっているように見える。
ちょうど、ライトバンがエンジントラブルを起こした場所に近い。
ライカたちが乗ってきたライトバンにも、変化が及んでいた。
座席のシートは前述の通り、まるで水をかけて凍らせたようにゴワゴワとしており、
４輪全てのタイヤが、まるでガラス繊維のような不自然な光沢を放ち、細かくひび割れていた。
変化を起こす前よりも硬くなっているため、かろうじてパンクは回避したようだが、
これ以上走行させるのは難しそうな状態に見えた。
（これってもしかして……奥沢村を破壊したのと同じ現象じゃ……）
心の声で小さく呟いたのはオーラだ……ライトバンの後部座席から、金色の顔だけ出している。
「多分そうだと思うわ。 メドゥアスが言っていた新時代って、このことだったのね」
（つまり……どういうことなんスか？）
「旧奥沢村を滅ぼしたのと同じシステムで、朝陽市も変化させるつもりだったのよ。
そうすれば、メドゥアスの支配圏が実質的にこの町まで拡大することになるわ。
ルイちゃんたちと同じか、今のあたしのような“キャリア”でない限り、侵入できないんだから」
（そんな……それじゃあ、朝陽市の市民は今、みんな石像に！？）
クリスタル色の顔に、悲痛な表情を浮かべる瞳。
無理もない……自分が生まれ育った町が、鉱物の怪人達に制圧されたかも知れないのだから。
「そこまではまだ分からない……でも、それも確認する必要がありそうね」
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我が家の門扉の前で、エミは立ちすくんでいた。
眼前に広がる、世界の常軌を逸した変貌の所為である。
門扉を折れ、玄関に向かう場所に置いてある、小さな植木が“石化”している。
植木だけではない……敷石の脇にある雑草も、まるでガラス細工のようにキラキラと輝いていた。
そして……そこから先の世界――つまり、外の世界。
エミから１０数ｍほど先だろうか、５０歳代くらいの女性が、犬を連れて立っている。
恐らく、夕食前の散歩をしていたのだろう――だが。
その女性も、傍らの犬も、身をよじるような姿勢で“石化”していた。
誰かが石像をどこかから持ってきて、ここに置いたのでないことは明らかだった。
“その時何が起きたのか”今のエミには手に取るように想像することができる。
恐らくは、石化は突如として始まったのだろう……多分、エミがさっき感じた違和感の時に。
その信じがたい異変に驚愕し、また恐怖し、逃れようと体をよじった――その過程で石化したように見える。
女性は苦悶の表情を浮かべ、愛犬もまた異変に吠え立てるかのような表情のまま、動きを止めている。
エミは試しに念話で呼びかけてみたが……石化のショックが強すぎたのか、相手の返答は聞こえなかった。
（ダメか……でも、どうしてこんなところで、こんなことが？）
家の前の道路を見渡すと、女性と犬の“被害者”の先にも、ぽつりぽつりと、人影が見えている。
いずれも今や全く動かず、苦悶の表情を浮かべ、腕を突き出すように石化していた。
中年前後の女性が多いのは、家の主がまだ帰宅していないことが多い時間帯の所為もあるのだろう。
不幸中の幸いと言うべきか、その中にエミの母親の姿はなかった。
被害者によって“石質”が違うらしく、手前の“愛犬と歩く女性”はサファイア風の深い青、
奥のハンドバッグを抱えた女性は、トパーズのようなオレンジ色の輝きを放っていた。
また肉体と衣服などの変化は同一ではないらしく、パッと見、石像が服を着ているようにも見えるが、
その服も、近づいてみればややてかりを放ち、何らかの変質が起きているように見えた。
そう、ちょうど――エミ自身が着ている服と同じように。
（まさか……街中がこんなことに？……そ、そんな、それこそまさかだよね）
恐ろしい想像をした自分を否定するように、エミは被りを振った。
否定する根拠はない、しかしそれは余りにも信じがたい出来事に違いない。
幾ら自分自身が、常軌を逸した鉱物の体で生活しているとしても。
その時だった。
（おねぇ……ちゃん？）
（……え？）
エミの背後から、テレパシー波と思われる“音のない言葉”が飛んで来た。
反応するように振り向いた――振り向かずとも“見る”ことはできるが――エミの視界に、人影が１つ。
全身、クリスタルのような鉱物と化した、小学生くらいの少女だ。
ふと――エミの記憶に、数週間前に朝陽駅前で起きた、あのテロ事件が蘇る。
（も……もしかして、あの時の？）
エミの問いかけに、戸惑いながらもゆっくりと頷く、クリスタル色の少女。
その少女はまさに、あのテロ事件の時、重傷を負った母親の目の前で、アリエルに石化された少女だった。
そしてその際、エミはこの少女と接触し、「必ず戻れる」と励ましたことがある。
（やっぱり……で、でも……嘘みたい、動けるんだね……）
（あ、あたし……どうして……隣のおばさんも、石に……でも、動けないの）
（えっと……あなたは多分、前に石になったから、動けるんだと思う……他の人は初めてだろうし）
（そ……そうですか……あの……あの時、あたしを励ましてくれて……その、ありがとうございます）
まだ戸惑いを隠せないぎこちない表情で、ぺこり――と頭を下げる少女を見て、
エミは何かを決意したように、少女の前に歩いて行った。
（えぇと、あたし、エミ……あなたのお名前は？）
（え……あ……りょ、涼子……）
（涼子ちゃんね、宜しくね……大丈夫、きっと元に戻れるから）
（は、はい……えっと、その……おばさんたちも？）
（うん……すぐには無理かもだけど、きっと戻れるよ……ううん、戻してあげなきゃ）
涼子と名乗った少女に、にっこりと笑いかけるエミ。
エミの“瞳のない笑顔”は奇妙でもあるが、涼子は自分も同じ状態だと理解しているのか、
ややぎこちないながらも、同じような笑みを返してきた。
（で、でも……どうやったら……？）
（ごめんね、今は分からない……でも、きっと見つけるから）
そう言って、エミは視線を遠くに向けた。
この辺りは、朝陽中央駅から高台に向かう住宅地の１角だが、今は恐ろしいほど静まり返っている。
この“石化異変”がどこまで及んでいるのかは分からないが、この近所は多分巻き込まれているのだろう。
とんでもない話だが、ここいらの住人が皆、石化されたのだとしたら、静まり返っているのも分かる。
セミやカラスの鳴き声さえ聞こえないが、それらも皆、石にされてしまったのかも知れない。
都心や港と、この高台の間に見える木立も、そう言えば不自然な光沢を放っているように見える。
まるで世界が死んでしまったようにすら、エミには感じられた。
（これも……やっぱり、あいつらの仕業？……なんてひどいことを……）
（あ、あいつらって……あの駅前の……？）
（うん……分からないけど、他に思い浮かばないから……）
（ど、どうして、こんなことするんですか？）
（どうしてだろうね……あたしもあいつらに聞いてみたいよ）
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その頃、秘密結社メドゥアスの第１ラボ。
“宇宙人の本性”を開放したパドルが、渋い表情で立っている。
薄いレモン色の肌に長い耳……人間に似ているが人間ではない、彼本来の姿だ。
パドルが本来の力を解放したのは、メドゥアスの“最終計画”を阻止するためだった。
これまでの“人間に擬態した状態”では、間に合わなかったためだ。
だが、わずかな時間……０．１秒、届かなかった。
最終計画の制御核と思しき、部屋にあったドーム状の装置は、強引ながら損傷させることに成功したが、
組織が“サークル”と呼ぶ補助的な装置の作動を、強行される結果になったからだ。
引きつった表情で立っているのはパドルだけではない……スミレ色の体を持つ小柄な人物。
メドゥアス・ゼロの片腕である異界の科学者クリスタ。
長く末留警部の体を乗っ取っていた“科学者の霊”が、メタロイドの体を獲得したものだ。
「この部屋に変化はないな……つまり“サークル”ってのは装置の子機ということか。
末留警部もそんなことを言っていた……操られていたとは言え、組織の最高幹部だったわけだからな」
パドルはそう言うと、部屋の隅に倒れている末留を抱き起こした。
淡く光る手の平を、血に濡れる末留の傷口に当てる。
「済まない警部……ほんのわずか、完全阻止が及ばなかったようです。
あなたにこんな重傷を負わせたのに、結果が振るわずに全く持って申し訳ない」
「き……気になさらずに……ぱ、パドル殿がいなければ……ここまでも……できません、でした」
高度に進化した種族の“癒しの力”を使っているにも関わらず、末留の傷の治りは遅い。
どうやら……生命力は既に“人間の限界”を超えてしまっているようだと、パドルは判断した。
応急処置としてわずかな延命は出来たとしても、もう長くはないだろう。
“宇宙人の本性”も、決して万能ではないのである。
「生命力の消耗が著しい、１時的な延命は出来ても、長くは持ちそうにありません」
「す、凄いですな、パドル殿は……これも私の、報いです……償いのために、死ぬ覚悟は……出来ている」
「いいや、まだあなたには生きていてもらわねばならない、娘さんとの再会を果たすまでは！」
「娘……え、絵梨のことを……？」
「そうです、彼女は意識を取り戻し、あなたのことも覚えていた、父として会ってやらなければ！」
そう言って、パドルは末留を抱え上げた。
「せめて娘さんと会うまでだけでも、その命、つなぎとめていてください、彼女もきっと望んでいる。
私も出来る限りのことはやらせて頂きます」
「そう簡単に……我々が貴様達を逃がすと思っているのかね？」
引きつった表情ながら、強烈な殺気を突きつけるクリスタ……だがパドルはいささかも動じない。
「その言葉、そのまま返すよ。 そう簡単に、今の俺を阻止できると思っているのか？」
「メドゥアスを甘く見るな、新時代の世界を支配するために、何年も力を蓄え続けてきたのだ！
貴様が仮に普通の人間でなかったとしても、それは同じことだ！
メタドッグはまだ２体残っている……死にかけの男を抱えた状態で、さっきと同じことが出来るか？」
「このヤヌス・パドルを馬鹿にするなよ。 能力をセーブする必要がないなら、何だって出来る。
それでもお前は俺を止めなければならんのだろう、ならせいぜい足掻いてみろ」
「上等だ、我々も退けぬのでな……メタドッグ、その金髪を八つ裂きにしてしまえ！」
――ギィイィイィィィ！！
クリスタの言葉と共に、２体のメタドッグが扉を突き破って部屋に入ってきた。
仲間をやられた感情があるのだろうか……あたかも憎悪に満ちているように見える。
パドルは軽く溜息をつき、末留を部屋の隅に座らせた。
「少し――ここで待っていてください警部、すぐに終わりますので」
「そうだ、必ずそうすると思っていた……そしてその男は、今ここで私の手で死ぬのだ！」
クリスタはそう言って、再びサイバーナイフを起動した。
だが飛び出そうとした次の瞬間、その目の前に何かが立ち塞がった。
「……？ 何のつもりだ、お前達！？」
「……サセ、ナイ」
クリスタの前に立ったのは、先ほどパドルの攻撃に参加していた、スミレ色の石化被害者だった。
６人いた被害者のうち２人ほどがクリスタの行く手を塞ぎ、１人が末留の場所に立っている。
「き……君は？……い、意識が……あるのか？」
「アナタ、ハ……ワタシ、ガ、マモル」
ショートカットの被害者はたどたどしい言葉でそう言い、ぎこちない笑みを浮かべた。
「おのれ！ お前たちまで組織を裏切るのか！！」
「……裏切るも何も、今まで強制的に使役していたんだろうがよ……当然の報いだ」
次の瞬間、パドルの手から放たれた“熱線”が、襲い掛かるメタドッグたちを切り裂いた。
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夕日が山の稜線に隠れ、夜の闇が迫る住宅地の１角を、２つの人影が歩いている。
１人はエメラルドのような質感を持ち、もう１人はクリスタルのようだ。
エミは涼子を連れて、朝陽中央駅の方角へと歩いていた。
駅に向かうためではない……センターＤに向かうためである。
エミが暮らしている木下家は、センターから駅を挟んでほぼ反対側だったのだ。
（あそこなら……センターＤならきっと、何とかしてくれるはずだよ）
（えっと……あたしも１度、行ったんですよね？）
（うん、初めて石にされた涼子ちゃんが、人間に戻してもらったところだよ♪）
エミはまだ、そのセンターＤがメドゥアスの刺客によって“破壊された”ことを知らない。
木立の上に覗いている、マッシュルーム状の“雲”がその証拠であることも。
家の前から歩き始めて１０分弱……ひっそりと静まり返っていた住宅地に、ざわざわと声が聞こえ始めた。
住人の声だろうか、目の前の交差点を折れた辺りから、聞こえてくるように思われた。
ここに来るまで、出会った人影は皆、石像と化していただけに、ほっとした表情になる２人。
（人の声が……良かった、街中ってことはなかったみたい）
（で、でも……こんなカッコ、見られたら……）
（……あ、そうか……）
涼子の言葉に、思わず足が止まるエミ。
確かにそうだ……エミはもちろん、涼子も今は“動く石像”に等しい。
そんな２人が人前に出て行ったら、大騒ぎになるだろうことは子供でも分かる理屈である。
しかし……じっと隠れていても、仕方ないような事態であることも事実なのだ。
少なくとも、何十人という被害者が出ているはず……その意味では、あの時のテロどころではない。
（……でも、でもやっぱり行かなきゃ。 今とんでもないことが起きてることを、誰かに伝えないと）
（でもあたし、声が……エミお姉ちゃんだって……）
（声が出なくたって、何とかなるはずだよ、ううん、あたしが何とかしてみせる）
―― って、あたし、こんなに勝気だったかなぁ？――
ふと――そんな思いが漏れて、自然と苦笑するエミ……だが、またすぐに表情が引き締まる。
（怖かったら、涼子ちゃんはここに居て、あたしが行ってくるから）
（あ、い、いや、その、あたしも行きますっ）
意を決して、交差点を曲がる２人の鉱物娘。
そこに……
「あ、今、誰か来た！」
「バカな、向こうからは誰も来れないんじゃ……って、何だアレ！？」
「せ、石像が、歩いて……ウソみたい」
「動ける被害者がいたのか！？」
怒涛のような肉声の嵐が、２人に降り注いだ。
呆気に取られるエミと涼子……無理もない。
交差点の向こうには、何十人という市民が集まり、その前に警官らしき男がテープを貼っていたのだ。
誰かがいるだろうとは思っていたが、こんな群衆が待ってるとは、２人とも予想していなかった。
（う、うわっ……何、この人垣！？）
「き、君たちはどこに住んでるんだ！？ 指が動くなら、この手帳に名前と住所を！」
群衆の前に数人いた警官の１人が、警察手帳のようなものを開いて突き出した。
しかし……妙なことに、テープの手前に歩いてこようとはしない。
「待ちたまえ巡査」
「あっ、部長！」
「緑色の方には見覚えがある……確か、木下恵美という名前だったはず、古い被害者の１人だ」
（あ、あたしの名前を！？）
「どうやら間違いはないようだね……済まないが、テープの前まで来てくれ、我々からは行けない」
部長と呼ばれた中年の警官に、戸惑いながら歩いていくエミ……涼子も後を付いていく。
警官の背後に集まった老若男女から、同情と好奇心が入り混じった視線が降り注ぐのが、エミには分かった。
テープの前に立ったエミに、さっき手帳を出したのとは別の、若い警官が部長と共に歩み寄る。
「巡査部長、通訳は私が」
「おぉそうか、確か君は経験があるのだったね」
（経験……？）
「あぁ、この前のテロで犯人グループにやられた経験があってね、君達の声は聞こえる」
（えっ！？ あっ、あたしたちの言葉が！？）
「あぁ、少なくとも自分には聞こえる、だから普通に話しかけてくれて構わない」
ふと、エミは思い出した。
先日のテロで、セラフィの襲撃を受けて、石化された警官が数人いたことを。
どうやらこの若い警官も、そんな“キャリア”の１人らしい。
（わ、分かりました……えぇと、あたしは木下恵美です、こっちの子は涼子ちゃん）
（え、えと、あの、初めましてっ）
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メドゥアス第１ラボにつながる、朝陽警察署の地下室から伸びる暗い地下道。
機動隊長の前畑誠治をリーダーとした特別隊が、今まさにラボへと突入しようとしていた。
前畑を含め、隊員達は思い思いの銃火器を手にしている。
前回の駅前テロで、警官隊の第２波を指揮した前畑は、相手がどういう存在なのか分かっているのだ。
銃弾の効かない鉱物や金属の体を持ち、腕から細長い刃物を形成する驚異の怪人達。
そんな敵を制圧するには、軍隊並みの武器が必要なのである。
また数名は、ライフル状の武器を構えていた。
だが狙撃用の対人ライフルくらいでは、メタロイド戦士を止めることは出来ないだろう。
彼らが携行しているのは、発信器や捕獲ネットなどを撃つための特殊なライフルだ。
特殊な弾丸からはコードが延び、台車の上に乗せられた発電機につながっている。
これはメタロイドの弱点である、電撃を食らわせるための弾丸なのである。
他の銃火器の攻撃に相手が気を取られた隙に、電撃弾丸を撃ち込んで仕留める作戦なのだ。
地下道に入る前に、パドルが前畑にアドバイスした結果である。
ゆっくりと扉を開けて、ラボのロビーに入る前畑たち。
無機質なロビーはひっそりと静まり返っている……中央に円形の台座のようなものがあるが、
その上には何もない……かつてそこにあったものは、今“最前線”にいるからだ。
「誰もいないようだ……だが気を抜くな、罠かも知れないぞ」
その時、遠くから激しい轟音が響いてきた。
重たいものをビルの屋上から落としたような、そんな乱暴な音だ。
実は“本来の力”を出したパドルがメタドッグを仕留めた際の音だが、前畑たちには分からない。
「何だ今の音は！？」
「まさか、これまでの事件のように、爆破して証拠を隠滅するつもりでは？」
「その可能性もあるが……まだ断定は出来ない、とにかく進むぞ」
「そこまでだ諸君」
ふと、奇妙な残響を伴う声がロビーに響いた。
前畑たちが声のした方――ロビーの上階デッキを見ると、メタリックな怪人が１人立っている。
ゴリラのように肥大化した両腕……センターＤから帰還したタイタンだった。
「む、やはり罠だったか！？」
「まさか、待ち構えていたわけではないさ。 諸君が勝手に侵入してきたまで。
だがここまでたどり着いた以上、我々もこれ以上、諸君の侵入を許すわけには行かぬ」
ジャキン、と音を立てて、両腕のサイバーナイフが起動される。
キラリと輝く８本の鋭い刃物に、警官隊たちの表情にわずかな恐怖の色が浮かぶ。
「覚悟は決めてきているのだろう、ならば、さっさと始めようじゃないかね？」
そう言ったタイタンが、前畑たちがいる下のフロアに飛び降りようとした時だった。
「悪いがそこで終わりだ、あんたも少し、間に合わなかったようだぜ」
「何だと！？」
振り向いたタイタンの視線の先には、末留を抱えたパドルが立っていた。
その後ろには、スミレ色の“鉱物娘”が１人……あのショートカットの被害者だ。
何も着ていなかったためか、パドルの血のついた大きなジャケットを引っ掛けられていた。
意識を取り戻し、活性化した被害者は３人いたのだが、２人は中央室に待機している。
まだ意識が戻っていない残りの３人の安全を保護するためだ。
「貴様……セラフィやメタドッグを倒したというのか！？」
「見ての通りさ、それでも俺を本気にさせたんだから、厄介な相手だったぜ。
だが今、この組織で戦えるのは、事実上お前さん１人になった……それでも抵抗するかい？」
「おのれ……これほどとはな、だが組織は不滅だ！」
ギリギリ、と金属の歯軋りを立てるタイタン。
そのまま飛び降りるのをやめ、上のデッキを駆け抜けていった……別に逃走ルートがあるのだろうか。
「逃げるぞ、追え！」
「いや深追いはしない方がいい、あんなのでも普通の人間では手に負えないでしょう。
それよりもちょっと、わがままを聞いて欲しいんですが」
「は……はぁ」
戸惑う表情の前畑の元に、パドルが末留を抱えて歩いてくる。
「警部をセンターに連れて行って欲しいんです、会わせたい人物がいる」
「……警部、末留警部ではないですか！ 酷い傷だ、すぐに救急車を手配せねば！」
「残念だがもう長くはない……隊長も現場を知ってるなら、薄々分かってるでしょう。
だからその前に、どうしても会わせたい人物が今、あのセンターにいるんです」
「済まない……前畑隊長……あなたにも、随分……迷惑を、かけました」
弱弱しい声で呟く末留に、前畑の表情も引きつる……だが、戸惑いの色は抜けない。
「……無理なお願いでしょうか？」
「いえ……出来れば私もその願い、かなえさせてあげたいのですが……あのセンターは……」
「……そうか、やはり、さっきの音は……センターが発生源だったか」
パドルの表情が再び、沈痛な色を帯びる。
末留の娘、エリを保護しているセンターＤが今どうなっているのか、薄々は分かっていたからだ。
“宇宙人の技術”でひときわ頑丈に作っていたとはいえ、限度もある。
クリスタが言うとおり、小規模でも核爆発が起きたのなら、幾らセンターでも持たないだろう。
しかし彼女はそこにいるはずなのだ……今も間違いなく。
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再び、テープの貼られた交差点の１角にて。
数人の警官と、それを囲む群集が、警官の横に立つ２人の鉱物娘を見下ろしている。
「部長、奥の少女もこの前のテロの被害者のようです、だから動けるのですね」
「１度石にされた被害者は、再石化時に動けると言われてたアレか……証拠を見ることになるとはなぁ」
「ではこっちから聞きたいことがある……ここより向こうで、普通の人間の姿を見たかい？」
警官の質問に、エミと涼子は顔を見合わせ、間もなく寂しげに首を振った。
「やはり、ここより向こうにいた者は、皆石化された可能性が高いか……」
「そんな、それじゃ妻も今頃石になってるのか！？」
「お母さんが……家があるのに、ペットだって」
「子供が家で待ってるはずだったのに……なんてこと」
巡査部長の言葉を聞いたのか、背後に群がった人々から、動揺と落胆の声が上がる。
どうやら、“テープの向こう”に、人間関係を持つ人たちらしい。
そんな言葉が聞こえたエミも、思わずうつむき加減になる。
――この人たちの家族や友達が、みんな石にされたなんて……あたし、何にもしてあげられない――
涼子も無力感に襲われたのか、エミと同様に項垂れた。
その時である。
「その子たちも……被害者なんですか？」
「そうです、ただこの子たちは今回の事件ではなく、前のテロの被害者でね」
「あっ、この子たち、あのテロの時に見たことある！」
「緑の子って、行方不明の少女じゃなかった？ ほら、ＴＶで言ってた」
「石の体で動けるんだね……何だか凄い」
「今頃うちの子は石像になってるかも知れないのに、ちょっと不公平じゃない？」
「でも、もし戻れないでこのままだったら……凄く可愛そうじゃないかな？」
先ほどとは少し違う雰囲気の言葉が、斜め上からエミたちに投げかけられる。
ある者は好奇心を隠さず、ある者は同情の目つきで、ある者は嫉妬の色を浮かべて。
「皆さん、少し下がってください、被害者たちにも失礼ではないですか？」
「あぁ、言われて見れば……でも信じられないなぁ、石像が動くなんて」
「それはそうと、いつまでこの状態が続くんですか、これじゃ家に帰れない」
「ですが、この線を無理やり越えると、さっきのあの人のようになりますからねぇ」
警官の１人はそう言って、交差点の奥に立つ人影を指差した。
どうもエミたちが来る前に、警官たちの制止を振り切って、テープの向こうに行こうとした者らしいが、
今や身をよじった状態で動きを止めた、ガーネット風の石像と成り果てていた。
引き返す間もなく、石像に変えられてしまったらしい。
「フェリー乗り場の前の公園などに、避難所を設置しておりますので、今夜はそこに行くしかないかと」
「なんてこった……まるで難民キャンプじゃないか」
「市の外にも電話がつながらないんだけど、これはどうしてなんですか？」
「電波障害のような現象が起きてるようですが、詳しいことは我々にも……」
不安な表情でざわざわと、市民たちの声は収まらない。
ここにいてもどうしようもないような事態なのだが、本音は「早く家に帰りたい」のだから仕方ない。
そんな光景を眺めていたエミだが、ふと思い出したように通訳の警官に歩み寄った。
（あっあのっ、あたしたち、行きたいところがあるんですけど）
「行きたいところ？ そう言えば、どこに行くつもりだったんだ？……まさか、あのセンターかい？」
（え……し、知ってるんですか！？）
「あの時は意識がなかったが、あそこで復元されたことは後から聞いたからね……しかしなぁ」
（え……あ、あの、何か、まずいことがあるんですか？）
エミは“当初の目的”を警官に伝えるが、何故か警官の方は妙に反応が鈍い。
そして間もなく、信じがたいことを、エミは彼の口から聞くことになる。
「３０分ほど前だが……あのセンターの辺りから、閃光と火柱、黒煙が上がってるんだよ」
（え……えっ、えぇえぇぇえぇぇぇぇぇっっ！？）
仰天するエミ……涼子もクリスタル色の目を見開いた。
「ほら、あの木立の向こうに灰色の雲が見えるだろう、あれがその黒煙が変化したものなんだ」
「あの雲……なんだか原爆のキノコ雲に似てますよね」
「そうだよ、だから港の方よりも、街の外に出たいんだ我々は……被爆してるかも知れない。
あの閃光が核爆発だとしたら、電磁パルスで電子機器が使えないのも分かるからな」
「ちょ、ちょっとあんた、物騒なこと言わないでくれよ！」
思わず沈黙する――肉声は最初から出せないが――エミ……これから向かおうとした場所が、
爆弾のようなもので、既に破壊されているかも知れないのだから。
なおもざわざわとする群衆の中で、エミは１人、悲痛な表情でエメラルド色の自分の体を抱き締めていた。
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| （第１０章第２話へ続く） |
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【Meking Memo／設定補記】
2012～2014年頃に草稿を作成したエピソード。
実はその半分以上が、９章５話の後編よりも先に出来ていたエピソードだったりする（爆）
９章５話の展開がまとまる前に、１０章以降の流れが概ね固まっていたためだ。
ただし旧奥沢村を脱出したライカたちのその後のパートや、
第１ラボを後にするパドルたちのパートは、９章５話後編完結後に書いている。
タイタンは第１ラボでの“決戦”には参加していない（センターＤ攻撃の事実上の指揮官だったからだ）が、
セラフィから帰還支持を受けているため、どこかで顔出しが必要と判断し、ここに出している。 |
