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★ＣＲＩＳＩＳ２００１ 統合ナンバー：EA-ATT18501N（N-E2001A03） |
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闇夜を切り裂くサイレンの音に、慎一は病院のベッドから飛び起きた。
「――な、なんや、火事か！？」
負傷した息子と１晩付き合うつもりで病院に来ていた父の清太も、思わず廊下に飛び出した。
廊下は既に慌ただしい空気に包まれている。
「何の騒ぎですか……火元は？」
「この病院ではありません、山火事のようです！」
「えっ……山火事――ですって！？」
「親父――山裾が真っ赤やぞ！！」
病室と連絡するテラスに松葉杖を付いて出ていた慎一の大声が聞こえて、清太はテラスに出た。
そしてすぐに“火元”を確認した。
「なんや、あれは……」
村の背後にのしかかる山の峰近くに、まるで火山噴火のような巨大な火柱が上がっていた。
しかし何の前触れもないのに、いきなりこんな火柱が噴き上がるのはおかしい。
火勢が強まって一気に燃え上がることはあっても、煙が上がった時点で通報くらいあるはずだ。
もちろん――紀伊半島は火山地帯などではない。
「いったい、どうなってるんや……！？」
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ＣＲＩＳＩＳ ２００１
クライシス――地球大変動２００１
★ 王仁 人外の悲劇 ★
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「何だ――この音は？」
山村にサイレンの音が鳴り響く数分前――瀑羅は何かが爆発するような音を聞いた。
轟羅と暮らす洞窟を出て、侵食された小さな渓谷の向こうにある大きな絶壁の前に踏み出すと、
数百ｍほど斜め下にある、沢沿いの森林に巨大な火の手が上がっているのが見えた。
「いったい、どうなっている……どうしていきなり、こんな火の手が！？」
「“奴ら”だ――ついにここまで来たか」
瀑羅がその声に振り向くと、険しい表情を浮かべた轟羅が、すぐ横に立っていた。
「轟羅――何してるんだ、無理をするな！」
「この洞窟ももう終わりだ、無理などと言っている場合では、もはやない」
「どういうことだ？」
「我々を滅ぼし、奴隷にしようとする奴らが、この山に火を放ったのだ」
轟羅の言葉に、瀑羅は絶句して、飛び出さんばかりに目を剥いた。
しかしそれは、聞いたことのない事態に対する、驚きの表情ではなかった――むしろその逆である。
彼自身の“トラウマ”でもある、忌まわしき過去を呼び覚ます言葉だったのである。
「奴らが……父を殺した奴らが……ここまで来たというのか！？」
「そうだ……奴らは人間たちの中でも特に勘が鋭いが、同時に人間たちの中でも最も残虐だ。
我々の種族を稲穂のように刈り取って、奴隷化することに専念し続けている」
「畜生め――奴らはどうして、そこまで我々を追い回すのだ！」
「“力”を得るためだよ……世界の全てを支配する、究極の力を得るためだ」
哀しげな言葉で言う轟羅に、瀑羅も動揺に満ちた、悲痛な表情を浮かべて言葉を返す。
「究極の力だと……確かに我々は人間よりも力が強いが、究極の力と言うほどではないだろう」
「奴らが欲しているのは我々の力だけではない……あらゆる力を求めているのだ。
そして自分たちよりも強大な存在を決して許さない、そんなものがあっては世界を支配出来ないからだ」
「理解出来ぬ……どうして、そこまで支配に固執するのだ、奴らは……！」
「人間という種族は元々分不相応に貪欲だがな……その中でも奴らの欲望は突出している」
数百ｍという距離があるのに、小さな火の粉が崖の上まで飛んでくる……瀑羅は歯軋りの音を立てた。
この火勢では、洞窟のあるこの岩場が呑み込まれてしまうのも、そう長くはないだろう。
「……逃げよう、轟羅。 悔しいが、それしか我々に生き延びる手はない」
「いや――瀑羅、お前だけ逃げろ、我はここで、奴らの時間稼ぎをする」
轟羅の驚くべき言葉に、瀑羅は再び目を剥いた。
「何を言っているのだ、轟羅……むざむざ、奴らのために命を投げ出すつもりか！？」
「誰が奴らのために死ぬものか、しかし我はもう長くは生きられぬ……お前も分かっているはずだ、
我がすでに――この山を下りる力さえ、ほとんど残っていないと」
轟羅の覚悟に満ちた言葉に、瀑羅は再び歯軋りの音を立てる。
確かに轟羅の病状はかなり悪い……この急峻な崖を降りて逃げるのはほとんど無理だろう。
しかも火勢は岩場を取り巻く森林に急速に燃え広がっている……轟羅を担いで逃げるのも難しい。
「だがお前だけならまだ望みがある……あの人間――慎一のように、信頼出来る人間も世界には存在する。
全ての人間が冷酷で残虐なのではない、それをお前自身の目で見届けて欲しいのだ！」
「轟羅……たった１晩、面倒を見てやっただけの人間に、どうしてそこまで言うのだ？」
不思議がるように瀑羅がそう言うと、轟羅はにやりと意味ありげな笑みを浮かべた。
「お前は――我が言わずとも、既にその答えを知っているはずだぞ？
我々の存在に恐れの感情を見せず、礼節を知り、対等に言葉を交わせるということが何を意味するのか。
奴らの行動とは比べものにならぬことを、お前はすでに見ているはずだ」
瀑羅は言い返すこともなく、黙っている……確かに、轟羅の言う通りだと思ったのだろう。
種族から違う相手に、言葉が通じるとは言え、冷静に意思疎通を図れることがどれだけ理性的なのか。
力を渇望し異種族を狩ることしか知らぬ人間もいれば、異種族と理性的に向き合う人間もいるのだ。
「お前の父――森羅（シンラ）は勇敢な戦士だった……お前と我を逃がすために、その身を捧げたのだ。
だから今度は我の番だ……お前ではない。 お前は生き延びて、父と我の生きた証を後世に伝えるのだ」
瀑羅の目に――人知れず大粒の涙が溢れた。
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「何を言っとるんや――自分がどういう状態か、分かっとるんか！？」
麓の村の中央病院では、別の口論が起きていた。
慎一が再び、山に入ると言い出したのだ。
まだ昨日の今日で、折れた骨はつながっていない……右肩を三角巾で釣り、左足にギプスをはめているのに、
昨日出遭った青緑色の異人――瀑羅が心配だからと、言うのである。
しかもその山では大規模な火災が起きており、狭い村に消防隊の応援が続々と駆けつけている。
「こんな状況やと、瀑羅たちはもうあの洞窟では暮らせへんやないか、でもどこに逃げたらえぇねん！
人間をあれだけ尊重してくれてるのに、助けることも出来へんのか！？」
「あのな、そういうのは自分が出来るかどうかを考えてから言うもんやぞ……満身創痍のお前に何が出来る！」
「山の上まで行かへんでも、登山道まで上がったらどうにかならへんか？
このままやと炎に呑み込まれてまう……でも麓に降りて助けを依頼することは出来へんのやぞ！」
慎一の目には小さな涙が浮かんでいる……種族を越えた絆をこのまま無にするのは耐えられないのだ。
清太は小さな溜息を吐いた……彼としても、人間に理解を示す異人を見殺しにはしたくない。
だが無謀に山に入って、ケガをして帰ってきた息子を、再び火災が起きている山に入れるのは論外でしかない。
すると慎一は、清太に新たな提案をし始めた。
「それやったら……親父が一緒に着いてきてくれ、行けるところまででえぇから！」
「俺に病院脱走の協力をしろって言うんか、お前は！？」
清太はとんでもない、という表情を浮かべるが、慎一はいたって真剣である。
「俺１人やったら確かに危ないとは思う、でも親父が一緒やったら不可能も可能になるやろ？」
「あのな……親を便利屋みたいに言わんといてくれへんか？」
「頼むわ親父……ここで動かへんかったら、俺絶対、一生後悔すると思うんや！！」
そう言って、慎一はなんと清太の目の前で土下座までするのだ。
清太は再び溜息を吐く……息子が行動的で、じっとしていられない性格なのは彼もよく知っている。
決断を間違えない限り、その行動力は高く評価して良いものだ。
１〜２分ほどの時間が流れた……その間、慎一はずっと土下座で父に許しを請うている。
「そんなに行きたいんやったら、好きにすればえぇ――せやけど、俺はお前をここに連れ戻すやろう、父親として」
「えっ……！？」
呟くようにそう言った清太の言葉に、慎一は首をかしげる……言ってることがよく分からないようだ。
そんな慎一を無視して、清太は更に言葉を続けた。
「だからお前は俺が病室を留守にしてる間に、ここを抜け出さんとあかん……消防隊員たちの目も盗んでな。
俺は気付いたらお前を連れ戻すために追いかける……どっちが早いか、勝負しようやないか」
「親父――悪い、恩に着る！！」
清太の言わんとしていることを理解したらしく、慎一は再び床に頭を打ち付けるように土下座した。
つまり――こういうことである。
清太の立場としては、手負いで火災が起きている山に入る息子の暴挙を、許すわけにはいかない。
だからどうしても行きたいなら、慎一は清太の目を盗んで病室を抜け出すしかない。
しかも消火のために駆けつけている、消防隊の目も盗んで山に入らなければならないのだ。
消防服の上着をどこかから拝借して、変装する必要があるかも知れない。
しかしこれは建前だ……実際には清太と慎一が「一緒にそれをやった」としても、
後で「息子が病室を抜け出して山に入ったから、父親が追いかけて連れ戻した」と言い訳することは可能だ。
もちろん社会人である清太が、消防隊に無断で山に入るのも本来は叱られる行為であるが、
「病室を脱走した息子のため」なら、その衝動も理解してもらえる可能性が高いだろう。
つまり清太は、本気で瀑羅の救出に行きたいなら、それらの状況を全部覚悟しろと慎一に伝えたのだ。
勝手に火災の山に入る暴挙、親の制止も無視したその行為は必ず批判されるだろう。
それらを全部覚悟し、抱えるつもりでいるなら、陰ながら手を貸してやる――というわけである。
「俺はちょっと便所に行ってくる……くれぐれも、無茶をするんやないぞ」
そう言って、清太は病室を後にした――実際にはそれが「ミッション開始」の合図であったわけだが。
そして慎一は、病室のドアが閉まるのと同時に、行動を開始した。
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慎一が清太を説得していた頃――崖の上にある洞窟前の小渓谷に、２つの影が立っていた。
１つは瀑羅を逃がした轟羅、そしてもう１つは黒服の工作員の指揮官――ベータ・ラグニクである。
強大な発火能力を持つベータは、自らこの山火事を起こした張本人でもある。
「何だ――貴様１人か？ あの緑の竜人の息子を逃がして、俺を１人で食い止めようという魂胆かね。
俺も随分と、舐められたもんだなぁ」
どうやらこのベータという男も、轟羅や瀑羅、そしてその父である森羅と既に面識があるようだ。
「息子？ 知らぬな、あやつはとうの昔にここを離れた、残念だったな」
「ウソはもう少し上手く吐くんだな、息子の気配を感知できぬほど、俺が鈍いとでも思っているのかね？」
「気付いているのなら追えば良いものを、何故逃がした？――我も舐められたものだな」
轟羅がそう言うと、ベータの両手に炎が燃え上がった。
「舐めているのはどちらかね……あの息子の行方を突き止めるなど造作もない、貴様らは既にカゴの鳥だ。
そして最後の詰めは、貴様の口から引き出せば良いことだ」
言うや――ベータの炎が轟羅を襲った。
狭い渓谷の中で、まるで毒蛇のように揺らめく炎は、じりじりと轟羅のウロコを焦がしていく。
「丸焼きになる前に吐けば――命だけは助けてやるぞ？ あと貴様が病人だということも既にお見通しだ。
貴様の命の炎が燃え尽きる寸前だということもな……逃げる気力がないから、残ったのだろう？
我が組織の生命工学の力を持ってすれば、その消えかけた命を救うことも出来るのだぞ」
「だから舐められたものだな、と言っているのだ……我がどうしてここにいるのか、本当に理解していないのか？
全てを覚悟した者の執念というものを、どうやら貴様は知らぬようだ」
「ほう――全てを覚悟しているというのかね……では、じっくりと証明して頂こうか」
ベータが放出する炎の勢いが上がった。
周囲は火災現場のような灼熱地獄になり、岩の隙間から生えている雑草が自然発火する。
まるでバーベキューの炎を浴びる肉のように、轟羅のウロコの隙間から血と脂がポタポタと滴り落ちていく。
それでも轟羅は歯を食いしばり、呻き声１つ上げない……凄まじい精神力である。
「つまらぬヤツだ……このままステーキになるつもりかね、まったく拍子抜けだな」
「覚悟の意味を知らぬ者には――死ぬまでこの執念は理解出来まい、貴様こそ哀れで仕方ないよ」
「そうかよ――じゃあ、先に燃え尽きな」
ベータの表情から笑みが消えた――そして直立不動だった姿勢から、手を大きく振って轟羅に突き出すと、
ガス爆発のように急激に炎が膨れ上がり、轟羅の全身を一瞬で呑み込んだ。
それだけではない――余りに急激に圧力が増したため、周囲の岩場も爆発するように吹き飛んだのだ。
それはまさに、遠目からは火山爆発のように見えたことだろう。
だがその猛火の中から――人型の燃える塊が、どっとベータに向かって飛びかかってきたのである。
「何――だと！？ バカな、この炎を浴びて、生きていられるはずがない！」
轟羅の形をした炎の塊は、そのままベータの体を崖の上まで押し出した。
そのまま落下するベータだが、途中でくるりと体を回転させて、沢に向かって手を突き出す。
すると再び爆発音が響き、上昇気流を受けたベータは岩場の上に柔らかく着陸することが出来た。
「よくもやってくれたな、この死に損ないめが――！？」
だが――ベータを崖の上に押し出した轟羅の影は、ベータの目の前で輝くガスとなって消えていった。
ガスは次第に光を失い、いつしか沢の上は焼け焦げた岩だけが残る、暗がりの空間となった。
山火事のフロントは既に洞窟があった岩場の峰を越えて、山裾の反対側に回りつつある。
奇妙な現象を目の当たりにしたベータは、誰ともなく渋面で１人、呟いた。
「ちっ、あの赤鬼め……魂の執念だけで、俺を押し出したというのか……？」
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延焼が進む山腹に、大きな影がうごめいている――瀑羅だ。
轟羅に説得され、後ろを振り返らない覚悟で山を下りてきたが、
先ほど後方でひときわ大きな爆発音がした時には、思わず振り返ってしまったのだ。
木々の隙間から、洞窟のあった峰伝いの岩場が粉々になるのを見て、彼は再び絶句した。
それはまさに――轟羅がベータにとどめを刺された時の爆発であった。
数秒後、爆発する感情を止めることも出来ないまま、絞り出すような叫び声を上げてしまったが、
再び脚を無理矢理押し出すように、斜面を降り始めていた――その時である。
これから向かう先の登山道の周囲に、不穏な気配を彼は察したのだ。
自分のような“竜人”が人前に出れば、大騒ぎになるだろうことを彼は熟知している。
生活のため、食べ物を探す課程で登山道をまたいで歩くことも何度もあったが、もちろん人目は避けた。
木陰に隠れて登山道の方角を凝視すると、気配は複数あった。
この深夜、しかも山火事が起きている時にこんな所を集団で歩いているのは不審なことだ。
消防隊なら情報交換のため、何かを話し合いながら上がってくるだろう……瀑羅にそういう知識はないが、
無言の集団が暗い登山道を上がってくるのが、奇妙であるという印象はあったのだ。
しかも気配の２つほどは、赤い不気味な光を雑木林の中に放ち、何かを探していることに気付いた。
この山火事という災厄の中で、異様な行動をする集団に瀑羅が警戒心を高めていた時である。
「おいあんたら、そこで何してるんや！」
急に大きな声が響き、無言の集団が赤い光を消して緊張した。
火災の炎にぼんやり照らされているとは言え、ほぼ暗闇の登山道に白い光が２つ輝き、
間もなく銀色のコートのようなものを着た人物が登山道を上がってきた――消防隊のように見える。
「こんなところで何をしてるんや？」
「我々は警察の特殊部隊だ、逃走する手配犯がこの近くにいると聞いて捜査していた」
「山火事の真っ只中でか？ ちゃんと許可は取ってるんか？」
そう言って消防隊らしき中年男性は、無線機のようなものを取り出そうとする――すると。
「済まなかった、我々もちょっと先を急いでいたかも知れない、１度本部に戻るよ」
そう言って、黒い服を着た集団は、そそくさとまるで逃げるように登山道を降りていったのである。
そして不審な集団の気配が消えると、もう１つの声が暗闇に響いた。
「瀑羅――近くにいるんか？ いたら出てきて欲しい」
それはまさに、慎一の声であった……因みに先ほど不審な集団を一喝したのは、変装した清太である。
２人は別々に登山道の入り口に合流した後、一緒に道を上ってきたのだ。
その声に応えるように、真っ暗な雑木林の中から、身長２ｍを越える大きな影がゆらりと動き、
登山道に踏み出してきた……初めてその姿を見る清太の表情が引き締まる。
「慎一か……お前とまた遭うことになるとはな」
「急な山火事で、洞窟を追われたんやないかと心配だったんや、無事で良かった」
慎一が労うと、瀑羅は悲痛な表情を浮かべた。
「……轟羅を置いてくることしか出来なかった」
「あぁ……轟羅は山を下りる体力もなかったんか……本当に残念やな」
「それだけではない、“奴ら”がこの山に現れたのだ」
「奴らって？」
「我々を何年も追い続けてきた冷酷な人間たちだ、我々を滅ぼそうとしている」
そう言って、瀑羅は苦々しそうな表情を浮かべ、小さく歯軋りの音を立てた。
その素振りを見ていた清太が、低い声で呟く。
「異種族狩りをする連中が、この近所にもおったんやな」
「異種族狩りってなんや、親父？」
「人外の異種族を狩猟対象にすることや、獣ではない知的な種族を狩る連中がおるねん。
俺もそんなに詳しくはないんやが、そういう妙な嗜好を持つ連中がウロウロしとったのは知ってる。
ってことは、あの山火事も人為的な放火か、いきなり火柱が上がったから、おかしいと思っとったが」
そう言って、清太は眉を潜めて溜息を吐いた。
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「慎一には謝らねばならぬ……せっかく我々に理解を示したというのに、我々はこんなに無力なのだ」
「気にしたらあかん瀑羅、山に火を放つバカなんか相手にしたらあかんのや！」
「こいつの言う通りや、狩りのために山に放火する連中など、人間界でも最悪の人種やから、無視がえぇ。
山や森の恩恵を理解出来へん人間は、いずれ裁きを受けるんが相場や」
「慎一……お前の父親は大した男だな」
瀑羅の言葉に、慎一が照れくさそうな笑顔を浮かべた、その時であった。
「いたぞ――“ギガンサウロイド”だ、捕まえろ！」
さっき登山道を降りていったはずの黒服の集団が、再び登山道を駆け上がってきた。
慎一達の会話を下の山道で盗み聞きしていたらしい――どうやら、瀑羅の確保が目的のようである。
慎一や清太、瀑羅の３人もにわかに緊張した。
「こいつらグルか……さては消防隊じゃないな、我々を騙そうとしたこと、覚悟してもらうぞ！」
「畜生、山を下りたと思ったら、途中で盗み聞きしとったんかこいつら！」
「おのれ――貴様らが、轟羅を殺したのだな！！」
絞り出すような唸り声を上げて、瀑羅が思わず黒服の集団に飛びかかろうとした時である。
「やめろ――あんたはこっちに来い、そいつらに付き合うたらあかん！！」
清太のよく響く、気迫に満ちた鋭い声が、瀑羅の動きを止めた。
そして清太は真剣な表情で慎一の側に向き直る。
「おい慎一、手負いには少しキツい道になるで、この上の道から峠を越える気力は残っとるか！？」
「親父――分かった、さっきは一生の願いを聞いてくれたしな、死ぬ気で走るわ！」
「それやったら杖を１本貸せ、そして“彼”を連れて行け！」
言うや――清太は慎一が持っていた松葉杖の１本を構えて、追いすがってくる黒服の集団に対峙した。
「こいつ……そんなもので俺たちを止められると思うな！」
黒光りする散弾銃のようなものを構えた黒服の１人が、清太に向かって引き金を引こうとしたが、
清太は素早くその足下に駆け寄り、松葉杖の先で銃身を明後日の方向にかち上げた。
瞬間暗い山道に銃声が響き、被弾したのか枝葉がバラバラと降ってくる。
「あっ――こいつ、余計な真似を――ぐっっ！？」
散弾銃の男が荒げた言葉を言い終わる前に、清太が構えた松葉杖が男の延髄を打ち据え叩き伏せる。
狭い山道で後続の刺客達が足を取られている内に、清太は更に１人を打ち倒した。
銀色の消防服が暗がりでキラキラと光を反射するために、男達も清太の動きを読み切れていない。
清太の鮮やかな棒術に、瀑羅も思わず目を見張った。
「何ということだ……慎一、お前の父親は何者だ！？」
「清明神社の主催だよ……まぁ、古武術の師範でもあるけどな、さぁこっちや！」
慎一はそう言って、瀑羅を引っ張るように枝分かれした上り坂の方へ向かう。
「この先に別の峠道があるんや、それを越えたら清明神社の近くに――ぉわっ！？」
手負いの体を押して、自ら率先して山道を駆け上がろうとした慎一の足が、ふわっと宙に浮く。
瀑羅が慎一の体を抱え上げたのである。
「道を示してくれ、お前の体は我が預かる！」
そう言って、瀑羅は慎一を抱え上げたまま、まるでカモシカのような軽やかさで山道を駆けていく。
人外の紳士に抱き抱えられる形になった慎一は、再び照れくさそうに笑った。
「……またあんたに、借りが出来てしもぅたなぁｗ」
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およそ１時間後――慎一と瀑羅は山道の先にある狭い峠に立っていた。
数ｋｍほど南東方向に、山火事の炎が今も夜空を赤々と染めているのが見えている。
消防隊のサイレン音も、遠くでまだこだましている。
「お前の父親は大丈夫だろうか……我々を庇うように飛び出してくれたが」
「多分……大丈夫やと思うけどな、保証は出来へんけど、親父もその道のプロやしな」
慎一がそう言った時――瀑羅はにわかに片膝をつき、慎一に頭を下げた。
「ちょっ――いきなり何や！？」
「慎一には感謝してもし切れぬ……轟羅は生きて我らの証を残せと言った、その願いが叶った」
「礼を言われる話やないって、轟羅は助けられへんかったし、瀑羅は自分にとって、新たな友やからさ」
「お前……この我を、人間ではない我を、“友”と呼ぶのか！？」
「えっ、あかんかな……自分にとっては、願ってもない話やねんけども」
「いいや、勿体ない話だ……我々に理解を示す人間は過去にもいたが、友と呼ばれたのは初めてだ」
そう言う瀑羅の頬は、涙で濡れていた。
「泣くほどの話やないって……笑おうや、これからも友でありたいからさ」
「いやぁ――感動するドラマやなぁｗ」
急に別の声がしたかと思ったら、清太が折れた松葉杖を持って、峠道の手前に立っていた。
「おゎっ！？ ――親父脅かすなや、寿命縮むかと思うたわ！」
「済まんな、えぇ雰囲気やったのを、邪魔してしもぅたな」
「良かった……あんたも無事だったか」
「そうや、親父どうやってあいつら巻いたんや、あいつら銃とか持ってたよな？」
「慎一よ――俺が“法術師”なのを、お前も知っとるやろう？」
にやり、と思わせぶりな笑顔で言う父親に、息子も納得したようだ。
そう、この男は“法術”を使うスキルを持っている……法術は言わばシャーマンの術式の１種であるが、
妖魔を退けたりするだけでなく、相手に幻覚を見せたりすることも出来るのだ。
「連中に幻覚を見せて逃げ道を確保したんやが、奴ら手当たり次第に乱射しよってな、ビビったわ」
「だから杖が折れとるんか……」
「あんたにも礼を言いたかった、この恩は一生忘れぬ」
「そうか――それやったら、うちの神社で少し、アルバイトしてくれへんか？」
瀑羅の目が驚きで見開かれ、慎一の表情がぱぁっと明るくなったのは言うまでもない。
「親父……！！」
「あるばいと……？」
「あぁそうか、あんたはアルバイトって言っても分からへんよな。 神社で仕事を手伝うて欲しいんや。
結構力仕事もあってなぁ、あんたが手伝うてくれるんやったら10人力や」
「かたじけない……！」
瀑羅は再び肩を震わせた……慎一はそれを満足そうな表情で眺めている。
「良かったやん、あぁ俺もサポートせんとあかんな、友として」
「阿呆か、お前は病院に戻るんや、無断で脱走してただで済むワケがないやろ？」
「あっ……」
どうやら、こうなる課程で清太と決めた“作戦”を、慎一はすっかり忘れていたようである。
慎一が思い余って１人で勝手に病院を脱走し、清太が連れ戻す形で言い訳するという作戦を。
そのやりとりを見て、今度は瀑羅が苦笑するような素振りを見せた。
「しっかりケガを治してくれ慎一、それまで我がお前の仕事を引き受ける」
「かなわんなぁ……」
これが――慎一と瀑羅の、60年余に及ぶ掛け替えのない絆の第１章であった。
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【Meking Memo／設定補記】
2023年に執筆したエピソードだが、原案は1999年頃まで遡る。
ＧＤＷ世界観の原風景の１つであり、都市伝説の独自解釈として当時検討した短編構想を、
現在の解釈で焼き直したものであり、細部は異なるが基本的なシナリオは構想当時とほぼ同じである。
ベータ率いるエグゼクターの刺客が、瀑羅や轟羅を襲撃する展開は新たに用意したハイライトだが、
原案の段階で「秘密結社の暗躍」というプロット自体は既に出来ていた。
（エグゼクターの設定自体、確立したのは2002〜2003年頃なので、1999年当時はまだなかった）
草案だと単品のドラマとして、実は轟羅だけでなく、現在の瀑羅に当たるキャラも死亡するオチなのだが、
基準時空に関わる話として再編する以上、瀑羅にはアクエリアスの重鎮になる未来があるため、
「慎一の希望で瀑羅を清明神社に保護する」という展開を新たに用意している。
エグゼクターの刺客に見つかってしまった時、清太が慎一と瀑羅を逃がそうとするのもこのためだ。
清太１人で刺客に立ち向かうのは無茶に見えなくもないが、彼は古武術の師範であるし、
このシーンではベータがいない（轟羅と勝負してる最中だからだ）ので、何とかなると踏んだ（苦笑）
深読みすれば、エグゼクターの刺客＝ＺＯＡにも当時既にベータ以外にも“エスパー枠”が想定出来るが、
ベータほどチートな能力者が他におらず、法術スキルを持つ清太なら対応できた可能性はある。
またこの頃（2001年頃）は、ＺＯＡにもまだジェネティック戦力は参加していない。
限りなく普通の特殊部隊の延長線として、アクションを展開できると判断したのも背景にあるのだ（笑）
何しろこの時代枠は、まだアクエリアスも結成されていないのである（アクエリアスの誕生は2004年なのだ）
そういう意味では、ストーリー自体がある種のプロローグのようなポジションであるとも言えるのだ。 |
