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★ＣＲＩＳＩＳ外伝／ＣＦＤシリーズ 統合ナンバー：EA-ATT18501N（N-EA221A02） |
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「――例の件はどうなった？」
ビルネスト皇国首都、ビルクロストの皇宮で、ハイドレ・ヴァーザノムは呼び止められた。
皇立騎士団長として皇立政府の準閣僚ポジションにある優れた魔法剣士である。
ハイドレを呼び止めたのは、皇立政府元老院議長を務めるグリオン・セルボルーナ。
皇帝ビルザートⅦ世に次ぐ権力を有する“首相クラス”でもある。
元々は皇立防衛軍を統べる防衛大臣であり、ハイドレとは事実上の師弟関係にある。
「申し訳ありません……鋭意調査中なのですが、まだ尻尾をつかめておりません」
「まだかね……オルビルディア山脈で帝国の魔術師が目撃されてから、もう３ヶ月だぞ」
「帝国の魔術師は手練です……とりわけウォリフ親衛隊の配下は手強い存在です」
「そんなことは分かっておる……だから早く討伐せよと言うておるのだ」
「無論です……ですが相手を十分に知らねば、我が騎士団の団員と言えど返り討ちに遭います。
曖昧なウワサを無邪気に信じれば、向こうの思う壺でしょう」
表情をほとんど変えず、冷静に言うハイドレに対し、グリオンは苛立ちが顔に出やすい。
呻くような小さな声を上げると、枯れ枝のような細い指を“元部下”に突きつけた。
「とにかく急ぐのだ……皇政300年の記念式典が間もなく始まる……それまでには出来るな？」
「全力を尽くします」
断定しない騎士団長の言葉に、グリオンは「ふん」と鼻を鳴らして歩き去った。
グリオンの影が見えなくなってから、ハイドレは小さく呟く。
「……まったく、これだから手柄しか見えぬ勇み足の老害は困る」
その表情は、先ほどのクールさとは打って変わって、どす黒い感情に満ちていた。
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ＣＲＩＳＩＳ ＣＦＤ
クライシス外伝――ＣＦＤシリーズ
★ 聖なる泉 ★
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亜人の村に朝が来た。
「ジーラさん、今度はこっちお願い！」
「ほっほーい」
（そこが終わったら、うちもね！）
「うっほほーい」
“異世界転移”して最初の朝を迎えた“怪獣人”ジーラが駆けずり回っていた。
彼が“火属性”の能力者だと知って、村の住人たちが“火入れ”の手伝いを頼むのだ。
人の良いジーラは朝からてんてこ舞いである……ってほとんどパシリじゃねーか。
「……おいらってこのために村に来たんだっけ？」
「まぁまぁそう言わないで、頼りにしてるんだかｒ――」
猫耳を生やした小柄な獣人少女――例に漏れず彼女も元人間である――が言いかけた時。
「こら、何してるんだ、火起こしくらい自分たちで出来るだろう！」
案の定――“村長”ナセルの甲高い怒声が渓谷の村に響き渡った。
猫耳少女は「やばっ」と顔色を変えて急いで逃げる……ほとんど“４脚体勢”で。
容姿だけでなく、能力もそれに近いのだろう……人間離れした身体能力だ。
その直後――翼を大きく広げたナセルが、ばさっと音を立ててジーラの脇に舞い降りた。
飛翔能力を持つ彼女――元は“彼”だが――はこうやって渓谷を素早く移動出来る。
「ジーラ殿、そんなことをしてやる必要はない、彼らはただ甘えているだけだ」
「いやーめんごめんご、頼られると断りにくくてさぁ」
ナセルはそう言って、首をシャフ度に傾けて斜め上を睨み付ける。
さっと壁の奥に灰色の顔が引っ込んだ……こちらは“石の体”を持つタイプらしい。
石化されたタイプも、活動能力を得るために熱が必要なのだ。
良くあることなのか……ナセルは小さく溜息を吐いた。
「……いつもこんな感じかぃ？」
「面目ない……元々が若かった所為か、愛情に飢えているのか、甘える者が多いようでね」
「苦労してるだろうしねぇ……甘えたくなるのも分かる」
「私も理解は出来る、だが自立して暮らせるようになってもらわないと」
「そだねー ……ところで気付いたんだけどさ、シャワーとかどうしてんのかな？
昨夜泊まった村長の家にはなかったっぽいけど……あれもしかして、そういう概念ない？」
「いや、言われていることは分かる……だが残念ながら、そういう設備はこの村にはないな。
火起こしして温めた湯で体を拭くか、“聖なる泉”に出かけるしかないだろう」
「……聖なる泉？」
聞き慣れない言葉が出てきて、ジーラはきょとん、とした表情を浮かべた。
体形こそかなり筋肉質だが、顔立ちは少年のように若い所為か、これはこれで愛嬌がある。
「……そうだな、久し振りに泉を訪れても良いかも知れない。
あの泉は魔物の瘴気に犯されていない聖なる土地、新しい仲間の紹介にも良いだろう」
ナセルはそう言って、可愛らしい白い顔に意味ありげな笑みを浮かべた。
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数時間後――ナセルはジーラを連れて、亜人の村を出た。
村の警備が手薄にならないように、ミリナやカーサは今回“留守番”である。
ミリナも綺麗好きなのか、２人が出かける前やたらと「いいなーいいなー」を連呼したが。
その代わりに、別の“お供”が２人付いている。
１人はキツネ風獣人のジル、もう１人はさっきナセルに叱られたばかりの猫耳少女である。
名をシェルム・オービルと言い、今の姿にされてから４年ほど経っている。
顔つきはほぼ人面だが瞳は細く、全身にネズミ色の縞模様の毛が生え長い尾がある。
因みにジルは“獣人歴”３年で実はまだ結構“若手”だったりする。
「外の世界も久々ですね」
「全くだねー、あたし村長に怒られたから、何でかと思ったよ」
「２人は結構素早いからな、いざという時にも、身を守りやすいだろう」
「そっかー、村長から逃げ回る日々は良い訓練なんですねー」
あっけらかんと言い放つシェルム……ナセルが睨むとペロッと長い舌を出す。
その横でジルは苦笑いをしているが、シェルムの態度がその原因ではないようだ。
「……自分、もしかしたら運動不足かも……」
「そうでもないだろう、あの村で動き回ればそれなりの運動量にはなる」
「だと良いんですが……」
「あ、ジル君の背後に黒い影」
「――ひゃぁっ！？」
ふと呟いたジーラの言葉に、ジルは悲鳴を上げてジャンプした――１瞬で木の枝の上に。
村でも４脚で駆け回るシェルムが思わず、呆気に取られたほどの瞬発力だった。
「……そんなに運動不足じゃないっぽいよ？」
「じっ、ジーラさんっ！？」
「ぷくっ、きゃははは……今のはウケたわぁｗｗｗ」
ジルは赤面し、シェルムが爆笑する……今度はナセルが苦笑いを浮かべている。
「……さすがだな、今のは私も少し意表を突かれた」
「別にからかったつもりはないよ、咄嗟の判断が実力を左右するもんだろ？」
「あぁ、確かにその通りだ」
「良かったじゃんジル君、きっちり鍛えてたんだねぇ」
「勘弁してくださいよ……あぁ恥ずかしい」
「それなら――いつでも逃げ切れそうだね？」
ふと――今度はジーラが意味ありげに呟いた……すぐにナセルが反応する。
そして間もなく、ジルやシェルムも“察知”したようだ。
「この気配は……！」
「えっ…… ――あっ！？」
「やばっ……大声で笑ったから、何か引き寄せちゃったかな？」
「村長……例の泉まで、あとどんくらい？」
「そうだな……小一時間くらいだろう……空を飛べば逃げ切れると思うんだが、この森の中ではちょっと……」
「そっか……じゃあ、準備しといた方が良さげだね」
にやり、と笑みを浮かべるジーラ……その楽しそうな表情に、ナセルは思わずゾクリとした。
「……それが、ジーラ殿の“本性”というわけか」
「やだなぁ村長、変な言い方しないでよ、余裕だと受け取って欲しいなｗ」
そう言いながらも、彼の“背ビレ”は、じわじわと光を蓄えつつあった。
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数分ほど――周囲を警戒しながら歩いていた時だった。
膨れ上がる殺気と共に、苔むした地面の下から、急にじわっと泥水が染み出してきた。
泥水は一気に水位を上げる……この辺りは別に盆地ではないはずなのに、お構いなしである。
「これは――“ヤツ”か！」
「ちょっとちょっと……この辺アイツの縄張りでしたっけ村長！？」
「えーと村長、異世界出身のおいらに解説お願い！」
「“マッドヴァイパー”……泥の中に棲む竜族系のモンスターだ！」
ナセルの簡潔な説明とほぼ同時に、泥水の中から肉食恐竜の頭部のようなものが持ち上がり、
ぐわっと口を開いて伸び上がってきた……グブブブブ、と不気味な音を立てながら。
「サンショウウオみたいなもんやね！」
……清流を好むサンショウウオに怒られますぜジーラさん。
ナセル、ジル、シェルムはいずれも大きく跳躍し、木の枝などを使って距離を取る。
マッドヴァイパーは粘土をこねるように姿かたちを整えながら、泥水をまき散らして迫る。
顔つきは肉食恐竜のようにも見えるが、どうやら脚は生えていないようである。
しかしその中で、ジーラだけは地面の上に立ったままだ……膝ほどまで泥に浸かっている。
「ジーラ殿、何をしている！？ ヤツは泥で動きを封じた獲物を襲うんだぞ！」
「おーかたそんなこったろうと思ったよ……残念だけど、そいつはおいらの想定内だ！」
そう言いながら、ジーラは迫り来る泥――いや粘土の塊のようなものに飲み込まれるが――
青白い光が煌めいた直後、泥の塊がドーム状に膨れ上がって、粉々に吹き飛んだ。
ジーラの能力――怪獣ゴジラ由来のプラズマを全身から放射する“体内放射”だ。
普通に“火炎放射”をすると森を燃やしてしまうため、この戦法を採ったのである。
プラズマの莫大な熱エネルギーにさらされた泥はすぐに乾燥し、細かい砂礫となって崩れ落ちる。
自らの戦法を完膚なきまでに吹き飛ばされたマッドヴァイパーは絞り出すような鋭い奇声を上げた。
“爆心地”に立つジーラはオーラのような白煙を上げながら、赤い目で睨みを利かせる。
「そのくらいにしとけって……諦めるんだったら、おいらも追わねーよ」
その言葉が届いたのか、マッドヴァイパーは威嚇の咆哮を上げながら徐々に後ずさりする。
そして十分な距離を確認するように、再び泥の中に潜るように姿を消した。
「みんなぁ、もー問題ねーみたいだよー」
その言葉を受けて、最初に降りてきたのはナセルだ……２人はまだ枝の上にいる。
ジーラが見せた能力に、少し放心状態のようだ。
「……悪ぃな、少し驚かせ過ぎたかぃ？」
「いや、多少は想定していたことだ……もっとも、想定以上の成分もかなりあったがな。
大丈夫なようだ、２人とも降りてきても良いぞ」
ナセルの“太鼓判”を確認して、ジルとシェルムは戸惑いながら降りてきた。
「……びっくりしたぁ、久し振りに凄いモノ見ちゃった」
「直接戦わずに、マッドヴァイパーを退けるなんて、初めて見ましたよ……ねぇ村長？」
「全くだな……ジーラ殿の能力の元になった竜族とは、どれほどの格の持ち主なのか……」
「んまぁ、確かにそんじょそこらのモンスターじゃないかもね……」
ジーラは「派手過ぎたパフォーマンス」に、少し反省したようである。
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マッドヴァイパーを退けて、更に１時間ほど森の中を歩いた頃である。
急に視界が開け、青々とした清水をたたえた小さな淵が姿を現した。
淵の上だけ空が開け、水面に反射して青緑色の神秘的な光を周囲に反射している。
「ここが“聖なる泉”だ……清らかなる精霊に守られ、魔物の支配もここには届かない」
「おぉ……綺麗なところやねぇ」
無防備にのそのそと近づいていくジーラだが、ジルやシェルムは顔色を変えた。
「えっ、ちょっと……」
「ちょっとジーラさん、いきなり踏み込んだら――」
「え、ダメなの？」
そう言いながら水面に脚を浸そうとした時だ――急に水面が後退した。
「……へっ！？」
状況が良く分からないまま、後退した水面を追うジーラだが、
水面は更に後退したかと思うと、レースのカーテンを揺らすように大きく膨れ上がり、
そのままジーラの全身をバブルのように包み込んだのである。
「んなガボッ！！？」
「ジーラさん――ナセルさん！？」
「ダメだ、手を出してはいけない……精霊の試練を邪魔すると、お前も審判されるぞ！」
ジーラを救おうとしたジルだが……それをナセルが制する。
どうやら――ナセルにはこの現象がある“儀式”であると分かっているようだ。
清水のバブルの中で、ジーラはしばしもがいたが、やがて脱力した。
溺れたわけではない……元々ジーラの体に組み込まれた“怪獣”は水陸両棲だからだ。
水中に適応するために、ジーラは普段余り使わない、首筋のエラを解放する。
そして全てを受け止めるように、水底に腰を下ろして、瞑想するかのように目を閉じた。
「ジーラさん……窒息するかも知れないのに、どうしてあんなに冷静なんですか？」
「元々、彼の“能力”は水中でも適応できるのだろう…水竜の体形に似ていたからな。
それにマッドヴァイパーと違って、泉の主には殺気がない……それが分かるのだろう」
ナセルの予想通り――水のバブルは数十秒ほどジーラを包み込んでいたが、
やがて何事もなかったかのように退いていく……後にはずぶ濡れのジーラが残った。
水面はジーラを受け入れ、迷彩ズボンの半分ほどが清水の中に浸かっている。
「どうやら泉の精霊も……ジーラ殿を受け入れたようだ」
「いやぁ……中々面白い体験だったよ、水中なのにお寺で座禅でもしてる気分だったなぁ」
「ジーラさん、首筋から血が……！」
「え？ ――あぁ、これは血じゃなくてエラだよ、水中で呼吸するために使うのさ」
「やはり……水中で呼吸できる能力の持ち主だったか」
ナセルはそう呟きながら、座っているジーラの横に立った……水面は逃げない。
「村長も嫌われてないね……そりゃそーか、前にも来てんだしな」
「私も最初は試練を受けたさ……何しろこの姿だからな、水中で息は出来ないし、
もはやこれまでかと思ったものだが、最後は受け入れてくれた」
「あぁそうか……この泉って、本来なら“魔物禁制”なんだっけか」
「そういうことだ……しかしおかげで今は、その経験が大きな自信につながったのさ」
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「――村長、水を頂いても良いですかね？」
「あぁ、そうだな……ジルが入って水が逃げなければ、問題はないはずだ」
「……水を頂くって？ 水浴びするだけじゃないの？」
再びきょとんとするジーラ……その横でジルが水面に脚を浸す、こちらも逃げない。
「村にも水源があるが、時々ここから清水を拝借するんだ……全体量からすればわずかだが、
ここの水があるのとないのとでは、使う水の質が全く違うのだよ」
「拝借するっつったって、水袋みたいなもん、持ってきてなかったんじゃ――」
そんなジーラの目の前で、ジルが小袋から灰色の石を取り出し、泉に浸した。
すると清水が渦を巻くように、石に吸い込まれて行き、石が少しずつ青みを帯びて行った。
「魔術体系の１つでね、“精霊石”に水袋100個分ほどの水を溜めることが出来るんだ。
空の時は灰色だが、あぁやって水を溜めれば、青くなるというわけだ」
「おぉう、やるじゃねぇかファンタジー！」
「溜めた水を出す時は炎で石を軽くあぶれば良い……最初は蒸気だが、すぐ冷えて水になる」
「あれって面白いですよねぇ、部屋の中なのに雨が降るみたいで」
「そりゃあ良いね……それじゃあ、もう少し精霊さんに受け止めてもらおっかなｗ」
そう言うと、ジーラは立ち上がり、淵の中央に向かって踏み出した。
そして胸ほどの深さになると、そのままゆっくりと水中に潜り込む……エラを広げて。
伸び伸びと泳ぐジーラを、ジルやシェルムは羨ましそうに眺めている。
「……水中で息出来るって良いなぁ」
「こんな話聞いたら、ミリナが地団駄踏んで悔しがりそうだな……彼女も水竜系だし」
「あぁーそーだね、あの子も水中で息出来たっけ」
「ミリナは水中で息が出来ると言うよりも、呼吸用のバブルを自分で作って潜るんだがね。
彼女は若いが優れた魔術師だ、お前たちも習ってみたらどうだ？」
そう言いながら、ナセルも浅瀬で水浴びを始めた。
ネグリジェに似たローブ状のインナー１枚で、ゆっくりと清水に全身を浸していく。
ミゾレのように白い肌とグラマーな肢体が、青緑色の光を写して幻想的な淡い輝きを放つ。
背中から生えた翼と細い尾、髪の毛と角だけがまるで影のようなコントラストを見せる。
「……ナセルさんってスタイル良いよね」
「ちょっ、シェルム、それはダメだよ……村長は元々――」
「別に構わんよ、12年も前の話だ、いちいち悩んでいたら、今の私はないさ」
「よぅっし、あたしも泳いじゃおう、ジル君あとはよろしく～」
「えぇっ、ちょっズルいよシェルム、そもそもネコは水が苦手じゃ――」
「だってココロは人間だもの、そりゃーーーーっ」
ざっぶーーーん。
大きな水しぶきを上げて、シェルムはぱしゃぱしゃと水を掻く。
一見して、見様見真似で泳いでいるように見えるが、実は足が底に付いている。
「うひょーーー、気持ち良い ――ひゃぅあっ！？」
上機嫌で水を弾いていたシェルムだが、ふと顔色を変えて飛び上がった。
よーく水面を見ると、水底に赤と黒のモヤモヤが……いや、にやけたジーラの顔である。
シェルムの脚を後ろから触って、驚かせるつもりだったようだが――
「モゴゴゴゴ……ゴブフッ！？」
そして今度は思いっきり、シェルムにその顔面を踏みつけられたのであった。
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「……鼻血出るかと思った」
「乙女を怒らせたバツ、反省してよね！」
「今朝おいらをパシリ同然に使ったの誰だよ」
……獣人ネコ娘に思いっきり踏まれて出血しないんだから頑丈な顔面では？
「ナセル――新しい住民かい？」
水際でコントしている２人から10ｍ余り離れた岸部から、若い男性の声がした。
一行が振り向くと、そこに長い耳の青年が１人、立っている。
いわゆる“エルフ”の容姿を連想させ、肩には大きな弓と、細長い矢筒を担いでいる。
「イルサか、久し振りだな――あぁ、紹介しよう、ジーラ殿だ……異世界転移者らしいぞ」
「へぇ、そうなんだ……道理で余り見かけない姿だと思ったよ」
「……えーと村長、どなた様で？」
「イルサ・クルストロム――ナセルとはちょっとした縁があってね……宜しく、ジーラ殿」
ナセルが答えるよりも先に、青年――イルサが軽く礼をして自己紹介をした。
森の狩人を思わせる出で立ちだが、振舞いは意外と紳士的だ……出自は由緒正しいらしい。
インナー１枚のナセルとは直接目を合わせず、少し頬を赤らめている。
まぁ無理もない……中身こそ“元王子”であるが、ナセルの外観は“魔物娘”なのだから。
ナセルはその態度に慣れているように、インナーの裾を絞って岸に上がる。
「そーなのか、こりゃご丁寧にどうも。 あの村の住人じゃないってことかなこれは？」
「そうだね、僕自身は元々、ハルトラン公国が故郷になるかな」
「ハルトラン公国はオルビルディア山脈の北東方向にある諸侯国だ、彼の同族が収める」
「……何となくエルフっぽいけど」
「僕の種族をそう呼ぶ人も確かにいるよ、色々な呼び名があるけどね」
「ところでイルサ――ここに立ち寄ったということは、私に話があったのではないか？」
ナセルは持ち前の発火能力でインナーをあぶって乾かし、慣れた手つきで上着を羽織る。
“彼女”がいつもの服装に戻ったのを確認するように、イルサはやっとナセルを見た。
「君を追っている“帝国”の魔術師が、この近くに現れたという話を聞いたんだ」
イルサの“報告”に、ナセルの表情が深い影と共に引き締まった。
いやナセルだけではない……ジルやシェルムの表情も、急に厳しくなる。
「あのトカゲ野郎……もしかして、あたしらを尾行していたり？」
「いや、それはないだろう……近くにいたら、私が気配に気付かなかったはずがない。
……そうか、マッドヴァイパーを仕向けたのは“ヤツ”か」
「マッドなんとかって、さっきおいらが遭遇した泥の蛇？」
「マッドヴァイパーがこの近くに出現したのかい？ ……それは確かにちょっと疑わしいね。
それを撃退したなら、その時にナセルがいることを知ったかも」
「いや……退けたのは私じゃないんだ」
苦笑いするナセルにイルサは首を傾げた……そして視線の奥のジーラはドヤ顔で応える。
「……あんたが退けたのか、ということは魔術の心得があるんだね」
「魔術とゆーか、発火能力なんだけどねぇｗ」
多分恐らくきっと似たようなものである、うん。
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ほぼ同時刻。
“聖なる泉”から数ｋｍほどの距離にある岩山の上で、黒服の人影が立っていた。
ローブの中から覗く瞳はネコのように細く、手足はウロコに覆われ、細い尻尾が見えている。
竜族らしき黒服の“異人”は、紫色の水晶玉のような者を持って、誰かと話していた。
恐らく――魔術スキルを使った、通信術式の１つなのだろう。
『マッドヴァイパーを退けたのは――あの王子ではないというのか？』
水晶玉から発する怪しい光の中に、術者とは別人の声が混じる……声質は女性っぽい。
「はい……気配を悟られぬように距離を取っておりましたが、王子の魔力ではありません。
属性は同じ“火”のようですが、使い方は“光”に近く、爆発的なものでした」
『あの村に、そんな魔力属性の持ち主はいなかったはずだ……となれば、まさか――』
「御意、親衛隊長。 自分も“異世界転移者”の干渉を疑っております。
ただこれまで記録に残る異世界転移者には、今回のような能力の持ち主はいませんが」
『異世界は１つではない……そういう話は、私よりも総統閣下が詳しいがな――分かった。
引き続き偵察を進めよ、他属性のモンスターで出方を試しても良かろう』
「かしこまりました」
通信を終えると、黒服の魔術師は、別の水晶玉を取り出す……こちらは赤っぽい。
小声で何かを詠唱すると、水晶玉が淡い光を帯びた。
『ハイドレ・ヴァーザノムだ……もう少し早く返答が来ると思ってたのだが、遅かったな』
通信の相手は、何と――あの“皇立騎士団長”ハイドレであった。
「急かすなよ、物事には慎重さがいるのだろう、いつもの貴様らしくもないな」
『セルボルーナ議長に急かされているのだ……何か手土産を持たせねば、収まりそうにない』
「あのジジイか……くくっ、貴様も中々に罪深い仕事をしているな？」
黒服の魔術師は、ローブの中で低く、嘲笑うかのような声を出す。
『からかうなヴェノディ、手土産に使えるようなネタはないのか？』
「貴様は運が良い……頃合いの話があるぞ、強い魔力を持つ異世界転移者が暗躍している。
例の旧王国の村の近所にうろついているようだ……爆発性の炎を操る、手柄にどうだね？」
『ほぅ、それは興味深いな……それからもう１つ、もうすぐ皇政300年の記念式典だ。
帝国の親衛隊はしばらく派手な動きを控えて欲しい……それに土産を付ければ議長は黙る』
「その要求を呑むかどうかは、貴様が我が帝国にとって良い知らせを持ってくるかどうかだ」
やや突き放すような黒服の魔術師――ヴェノディの言葉に、少しの間沈黙が続いた。
『…………分かった、それなりの土産をこちらも用意しておこう』
「そうだ、それでこそ我が同志だ――期待しているぞ、ヴァーザノム団長」
ヴェノディは再び低い笑い声を上げて、２つ目の通信を終えた。
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再び――ビルネスト皇国の首都ビルクロスト。
皇宮の７階奥にある小さな窓から、１人の青年が北方の景色を眺めている。
皇都の町並みの奥、深緑の山々が連なる遙か彼方に、薄い灰色の稜線が長く横たわっている。
皇国の北の国境の１部を形成する、オルビルディア山脈の“影”である。
山脈までは直線距離でも数百ｋｍほど離れるが、晴れた日はこうして影が見えるのだ。
そんな「大山脈の影」を、どこか物憂げに見つめている青年こそ――皇帝ビルザートⅦ世だ。
数年前に父であるビルザートⅥ世から皇位承継を受けたばかりで、まだ経験は浅い。
少年というほどに若くはないが、ビルクロストの大学に籍を持つ“学生”でもあるのだ。
もっとも他の学生に交じって、大学のキャンパスを訪れる機会は少ないのだが。
「皇帝陛下――余り長く見つめておられると、“帝国の瘴気”を吸い込んでしまいますぞ」
ふと――そんな言葉が横から投げかけられた……青年――皇帝が振り向くと、白衣の男性が。
ビルクロスト市内に本拠地を持つ大宗教、サンクリスト教団の法王、エルクリスⅢ世だ。
教団のトップであると同時に、若き皇帝の教育係でもある。
「サンクは――私がそんなに病弱だと思っていたのか？」
「っと――これは申し訳ありません、少し言葉が過ぎたようです」
振り向いた皇帝は窓から離れずに、皮肉めいた笑みを浮かべてそう言った。
サンクというのはエルクリスⅢ世の本名である“サンク・ローゼム”のことである。
エルクリスⅢ世は“法名”なのだ……ついでに言えば皇帝の“ビルザートⅦ世”も称号で、
別に“ラオネスト”という名があるのだが、皇位を継いでからは誰も呼ばなくなった。
「何分、皇政300年の式典が近いですので、少し神経質になっておりましてな……」
「300年か……この国が生まれてから、もうそんなになるんだな……」
「陛下もこの皇国の７代目の皇帝ですから……長きの繁栄は本当に素晴らしいことです。
思えばこの展望階も、陛下の誕生を祝って作られたものでしたな」
そう、今皇帝がいるのは７階――10数年前に彼自身の誕生を祝って“増築”された部屋だ。
皇宮にはもっと高い塔もあるが、鐘楼として使われる建物であるため、
皇帝の“住居”としては、今彼がいるこのフロアが最も高い場所にある。
空を眺めるのが好きだったこともあり、皇位継承直前にはここに天文ドームも増設された。
そのため皇宮の外からも、宮殿の７階にあるこのドームは良く分かり、
今のように皇帝が窓を開けて外を眺めていることを、国民が見つける機会も多いようだ。
皇帝自身も、国民に自分の姿を見せることに、意味があると考えているらしい。
……ただそのために、皇帝の身辺を心配する声もある。
皇帝の命を狙う刺客の奇襲を防ぐために、幾重にも及ぶ魔術結界が施されているが、
絶対に破られないという確証はない……護衛からすれば若き皇帝の行動は冷や汗ものだろう。
加えてサンクは、今回のように「北方の窓」を開けることも、最小限にすべきだと考える。
何故なら――この彼方、オルビルディア山脈の向こうには「魔族の国」があるからだ。
その国はセイフェル帝国と呼ばれ、魔界ではないが魔族が統治する国とされており、
ビルネスト皇国はこの帝国から「人間界の秩序を守る使命」があるという立場を主張する。
そのため北側に面した窓は「帝国の瘴気が流れてくる」と忌み嫌われがちなのだ。
サンクの言葉は、そうしたイメージから出てきたものだった。
皇帝自身も、教育係であるサンクの教えや説法を聞きながら育っているため、
彼が言いたいことは良く分かる……それでも彼は“北”に思いを馳せているようだ。
そしてその理由も、サンクは知っていた。
オルビルディア山脈のほとり、２つの大国に挟まれて、かつてあった小さな国。
「オルディア王国の滅亡は悲劇でした……しかし、引きずることは何の成果にもなりません」
「……あぁ、分かっている」
小さく呟くように言うと、皇帝は少し寂しそうに、窓を閉じた。
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| （第３話） |
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【Meking Memo／設定補記】
2021年に唐突に妄想（爆）したサブエピソード。
近頃流行り（？）の異世界転生モノに、G-maが好きな「後天人外キャラ」を引っかけた小話である。
またＰＡシリーズを読むと分かるが、G-maは異種族と共演するようなドラマが大好きであり、
ＧＤＷ世界観の銀河社会コンセプトもその嗜好が原点にある。
そんなわけで、「異世界に飛ばされてしまったＧＤＷキャラの奮闘」を妄想してこの話が出来た。
（飛ばされた異世界も版権作品が舞台ではないので、広義にはＧＤＷ世界観の１部だが^^;）
自分自身も“後天人外キャラ”で、バイタリティに溢れるキメラノイドのジーラを“主役”に、
人間たちからも魔物たちからも追われた「元人間たち」が暮らす森の奥の村を想定し、
コミュニケーションを展開する風景がふと、ムラムラと湧き上がってきたのである（笑）
第２話に当たるこのエピソードは、複数の舞台に様々なキャラクターが登場するため、
第１話のように第１人称視点では書いていない（ＡＳＧシリーズも途中から第３者視点になる^^;）
闇を持ち魔族と取引をする魔法剣士ハイドレ、大山脈の北にある魔族の国セイフェル帝国など、
物語の鍵を握る設定も、このエピソードで初めて登場する。 |
