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★狂わされた世界 統合ナンバー：EA-ATT19601N（N-003） |
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――怖いよ……
――寂しいよ……
――助けて……
――誰か……
――そう訴えたいけど、訴えられない。
凄く寂しくて、怖くて、今にも狂ってしまいそう。
何が起きたのか、今でも分からない――だけど１つだけ言えること。
それは僕自身が、突然――謎の怪物になってしまったこと。
夢なら覚めて欲しい――今すぐに。
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狂わされた世界
ガロヌ――カーボロイド奇譚
★ 第３話 魔境からの脱出 ★
（想定年代：AWO001頃）
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外から、幾つもの奇声や悲鳴が響いてくる。
外で何が起きているのかって？――もう地獄絵図だよ。
怪物同士の殺し合い……でもただの怪物じゃない。
多分だけど――数時間前まではみんな、“人間”だったはずなんだ。
だって……僕自身が、同じ怪物の姿になっちゃってたんだから。
誰もいない、空き部屋の１番奥……その片隅に、僕は座り込んでいる。
怪物になっちゃった人たちから必死で逃げて、やっとこの部屋に転がり込んだ。
その怪物の中には……僕の両親もいた。
こんな悪夢……信じられない。
ガラスが割れた窓から、空が見えている。
空は灰色と紫色を混ぜたような不気味な色に染まって、薄暗い。
まだ日暮れには早いはずなのに。
いつまでここにいたらいいのかも分からないけど……今は動きたくない。
せめて……外が静まりかえるまでは、ここに。
いつ……見つけられてしまうかも分からないけど。
「ヴぁ……あヴぅァ……」
ぽつり――何かを喋ろうとして声を出した……けど、途中で止めた。
（画像挿入予定）
怪物の姿になってから……声が変わって、全く喋れなくなってしまった。
舌がなくなってしまったような変な感覚があって、呻くような声しか出せない。
外の人たちも、みんなそんな感じみたい。
だからみんな――おかしくなってしまったのかも知れない。
僕自身が、今にも狂ってしまいそうな気分になったぐらいだから。
僕はまだ“心”は残ってると思うけど……どうやったら伝えられるんだろう。
いや、それ以前に……誰が聞いてくれるんだろう。
父さんも母さんも、まるで猛獣みたいになってしまった。
両親から逃げなきゃならないなんて、考えたこともなかった。
哀しくて寂しくて、泣きたいような気分だけど……涙が出ない。
いや……出せない体に、なっちゃったのかも知れない。
着ていた服もぼろぼろ……破れたというより、朽ちてしまったような感じ。
まるで昆虫のような甲殻に覆われた、剥き出しの手足が見えてる。
これから……どうなっちゃうんだろう。
僕も、いつかはあんな風に……猛獣みたいになっちゃうのかな。
何も考えられなくなっちゃうのかな……
そんなの考えたくもないことだけど、今はわけが分からない。
途方に暮れるって、まさにこういうこと。
明日明後日どころの話じゃない……１時間後に何が起きるかも、今はとても怖い。
ホントに夢なら……どんなに良かっただろう。
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“異変”が起きたのは、僕が家に帰宅して２〜３時間後だった。
突然――都心部の方で閃光がきらめいて、その数分後に建物が激しく揺れた。
突風が窓を激しく打って、割れてしまったところもあった。
母さんが僕を連れて、避難用のエリアに向かおうとした――その途中だった。
多くの人たちがうずくまってもがいている光景が目に入った。
僕や母さんも、突然の体調不良に襲われた。
体の中で虫が這い回るような……気持ち悪くて痛くて、立ち上がれないほど。
そのすぐ後だった――人々が怪物へと変貌して行ったのは。
着ている服が見る見るうちに崩れて、剥き出しになった皮膚に深いシワが刻まれて行く。
呻き声が悲鳴へと変わり、そして再び呻き声に戻る――その繰り返しが何度か続いた。
そして同じことが……周りの人たちだけじゃなく、僕や母さんにも起きたんだ。
そんな中……作業場から父さんが、よろめきながら上がってきた。
父さんももう半分くらい怪物に変わってたけど、僕と母さんのところに駆け寄ってきた。
その間にも、僕や母さんや父さんの体は、昆虫のような外殻に覆われていった。
そして――悲劇が始まった。
完全に怪物へと変わり果ててしまった人たちが、次々と他の人たちを襲い始めた。
鋭く尖った爪を振るうたび、変色した血――というよりも体液が飛び散った。
既に言葉はなく、猛獣としか言いようのない声を上げて。
気付いたら、僕自身も――言葉を発せなくなっていた。
声が変わってしまっただけじゃない……もう、口の中に舌の感覚がなかった。
物凄い不安に襲われて、父さんと母さんのところに行こうとした時だった。
父さんと母さんが――絞るような声で言った。
「リノ――逃げ……るン――ダ……！！」
「……逃ゲ……テ……！」
その言葉が……僕が聞いた、父さんと母さんの最後の言葉だった。
そして――僕は見た。
父さんと母さんが、まるで別人のような奇声を張り上げ、お互いを切り裂き始めたのを。
僕の目の前で、２人の体液が派手に飛び散り、撒き散らされる。
もう――正視出来る光景じゃなかった。
今すぐにやめて欲しかったけど……僕は既に、それを訴える言葉を失っていた。
何も言えないまま、駆け寄ろうとした僕に向かって、２人は腕を振り上げて吠え立てた。
嫌だ……こんな父さんと母さん、もう見たくない。
僕は怯え切って、無我夢中でその場から逃げ出すしか――出来なかった。
今思えば――逃がしてくれたのかも知れない……最後の理性を振り絞って。
あの時逃げなければ、僕もその地獄に参加していたかも知れない。
何もない、暗い空き部屋の端で、自分の手を見つめる。
金属じゃないけど、凄く頑丈そうな甲殻に覆われた手の甲と、指先には発達した爪。
しかも人造石でできた部屋の床に、簡単に突き刺せるほど硬くて鋭い。
こんな手で普通の人を引っぱたいたら、間違いなくそのまま切り裂いてしまうだろうな。
もう、あの時の気持ち悪さや痛さはない……多分“完全に変わってしまった”んだろう。
でもその代わりに心が痛い……きっとこっちは、これからも痛み続けるはず。
それこそ僕が、他の人たちと同じように、理性をなくしてしまわない限り。
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そう言えば……ケイン先輩、今頃どうしてるかな。
嫌な想像だけど……もしもケイン先輩が、僕と同じように怪物化していたら。
確信は出来ないけど……あの“閃光と突風”が、この異変を引き起こした気がして仕方ない。
もしもそうだとしたら……この地区が見舞われたような事態は、
もっと広い範囲に及んでいるだろう……ヘタすれば、ガロニアス全土かも知れない。
そうじゃなかったとしても、僕はケイン先輩にどうやって意思を伝えたらいいんだろう。
能力開発の講義で聞いたように、“念話能力”ってやつを鍛えたらいいのかな？
鍛えれば誰でも出来るとは聞いたけど……正直、自身がない。
僕なんて所詮、凡人でしかないから……今は怪物化しちゃってるけど。
「リノ……リノ……どこだ！？」
はは……幻聴が聞こえちゃってるよ……僕も末期なのかなぁ。
「リノ……いたら返事してくれ、僕だ、ケインだよ！」
…………え？
幻聴じゃ……ない？
僕は思わず、跳ね起きるように、割れた窓に飛びついた。
ガラスの破片が手に触れたけど、全然痛みはない……むしろ、砕いてしまったくらい。
そして――――僕は見た。
貨物運搬用のランドフライヤーが、建物のすぐ前に止まっていた。
その上には、僕と似たような姿――怪物化した人々が、何人も乗っている。
そしてその端に――白い甲殻に覆われた、見覚えのある顔。
「ヴぁ……あ”ヴっ！？」
言葉にならない声が思わず口をついて出る。
僕としては“ケイン先輩”と言いたかったんだけど……やっぱり無理だった。
白い顔の中にあるエメラルドグリーンの目が、僕の姿を見て悲痛に歪んだ。
「リノ……リノなのか！？」
僕は頷く……言葉が通じない以上、身振りで示すしかないから。
それにしても……本当にケイン先輩まで、怪物の姿になってしまっていたなんて。
言葉は失っていない感じだ……ちょっと声は変わってる気がしたけど、それでも良かった。
「リノ……そこから飛び降りるんだ、こいつの屋根の上に！」
え……と、飛び降りるって！？
僕は思わず首を振った……だって、ここは雑居ビルのほぼ最上階。
ランドフライヤーが停まってるＧ階まで、５デッキはある……脚が折れちゃうよ。
「大丈夫だ、その体だったら出来る！」
「リノ、自分を信じろ、きっと出来る、賭けてもいいぞ！」
ケイン先輩（？）の隣にいる人――やっぱり怪物化してる――も、同じように僕を呼んだ。
崩れた服でよく分からないけど……顔立ちからしてまさか、駐在所のミロスさん！？
２人の声に合わせるように、荷台に乗っていた人たちも、僕を見上げて口々に叫んだ。
ただ……こっちは全然言葉になっていない、僕と似たような呻き声だったけど。
けど多分、僕と同じように……理性までは失ってない人たちなんだろうな。
僕はつばを飲み込むような気分で、窓枠に足をかけた。
どうしてだろう……不思議と、跳べそうな気がした……“自殺落差”と言ってもいいのに。
「来い、リノ――跳ぶんだ！」
僕は両手を握り締め、夢中で窓枠を蹴った。
一瞬の間の後――ゴンッ、と豪快な音を立てて、僕の足はフライヤーの屋根を踏みしめた。
着地の衝撃が体を貫通する――と覚悟した割には、さほど衝撃が来ない。
とんでもない高さから飛び降りたはずなのに……何でもないような感じ。
これが……僕の体だっていうの！？
信じられない……なんか本当に、怪物じみた体になっちゃったみたいだ。
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僕を乗せたランドフライヤーは、郊外へ向かって走り始めた。
荷台に降り立った僕は、改めて“乗客たち”をまじまじと眺める。
人によって微妙なディテールの差はあるけど……全員、人間ではない姿になっている。
時折漏れる声も、言葉にならない呻き声ばかり――２人を除いては。
白い甲殻に覆われた若い“変異体”――多分、ケイン先輩――が、僕の手を取った。
「もう１度確認していいか？……リノだよな？」
大きく頷く。
出来れば僕も聞き返したかったけど……言葉にならないんだから仕方ない。
「そう、か……えぇと、僕はケイン……まぁ、知ってるだろうけど」
やっぱり――ケイン先輩だった。
僕は精一杯の笑顔で“返事”を返す……ちゃんと笑えてるかな？
「それでこっちはミロスさん……ミロスさんが、みんなを助けてくれたんだよ」
「助けるなんて大ゲサな……ただ落ち着く場所を探さないといけないと思っただけさ」
……やっぱり、ミロスさんだったんだね。
みんな……僕が良く知ってる人はみんな、怪物の姿に変異していた。
「まぁその……リノも大変だったよな……いきなりでビックリしただろ？」
「何が起きたのか分からんだろうが……実は俺たちにもよく分からないんだ」
「ヴぁッ…………ヴ……」
あぁ、ケイン先輩と言葉を交わしたい……そうしたら、少しでも楽になるのに。
僕が見たことを話して、聞いてもらえるのに。
今朝まで――それが当たり前のことだったのに。
「えーと……なぁリノ、ちょっと試して欲しいことがあるんだけど」
……え、試して欲しいこと？……なんだろう。
「僕に言いたいことを、心で強く念じてくれないか？」
それって、心の声――念話能力のこと？
む、無理だよ……あれって確か、訓練しないと開発されないはずだよね？
（１度、試してみるといい……意外と、できるものだ）
――え！？
こ……この“声”は……ミロスさん？
僕が驚いてミロスさんの方を見ると、そのベージュ色の顔がにやっと笑った。
（騙されたと思って、念じてみなよ……きっとできるからさ♪）
こ、今度は……ケイン先輩！？
ど、どうして、２人ともそんなに簡単にできるの！？
「どうもこの体は、そういったことが比較的簡単に、出来るようになってるらしい」
「どうしてか分からないけど、それもこの“体”の能力なのかもね」
（どうやら、それっぽいようだよ？）
（私も驚いたんだけどねぇ）
（そうそう、だから君もきっとできるよ♪）
うそ……み、みんな出来てるっ！？
じゃ……じゃあ……騙された気分で――
（……ケ……ケイン……先輩？）
ケイン先輩が、にこっと笑って、ミロスさんと顔を見合わせた。
ミロスさんも同じように笑った。
と……届いた……の？
「どうやら――会話に支障はなさそうだ、ね♪」
そんな……こ、こんなに……簡単に？
あんなに悩んだのに……馬鹿みたいじゃないか。
でも、まぁ……前と同じように喋れないことは、間違いないもんな。
このぐらいの能力はないと、うん。
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僕が“合流”したランドフライヤーは、都心から少しずつ離れていく。
（え、えっと……それで、これから――どこへ？）
「ガロニアスを――出る」
（……えっ！？）
ミロスさんの言葉を、僕は思わず聞き返した。
「この街に留まるのは危ないんだ……だから出た方がいいと思うんだよ」
僕の隣で、ケイン先輩がフォローするように言う。
（……そ、そうなんですか……）
それは何となく分かった……けれど、理屈じゃ割り切れないものもあったんだ。
だってここは――僕の家がある街なんだから。
確かに、今戻っても、父さんと母さんが笑顔で迎えてくれる保障は限りなく低い。
それに２人とも、僕に“逃げろ”と言ってきた――それでも……それでも。
この街を出るということは……この街を捨てることになるんじゃないだろうか。
だって……２度と戻って来れないかも知れないんだから。
少なくとも……今朝までの“日常”は多分、２度と戻って来ない気がする。
「“それでも”――今出ないと、僕ら自身の安全が保障できない」
ケイン先輩が、まるで見透かしたように言ってきた。
出る以外に……もう道はないっていうの？
「僕だって辛いよ……目の前で父さんが死ぬところを見せられたんだから」
もうこれ以上――何も言えなかった。
僕だけわがままを言っている場合じゃないってことに、気付かされた形。
そうだよね……僕がこの姿になって、みんなも同じような姿になってるってことは、
みんな多かれ少なかれ、同じような苦しみを味わってきたってことなんだから。
それでも……それでも……僕の街……故郷だったのに……どうしてこんなことに。
ケイン先輩が、僕の肩に手を添えてくれた。
白い手が何も言わずに、硬い甲殻に覆われてしまった、茶色い肩をさする。
分かってるよ……もう、そうするしかないんだよね……
絶望しかけていた状況の中で、またケイン先輩やミロスさんと会えただけでも、
まだ幸運だったと思わないといけないんだよね。
その日――僕は、変わり果ててしまった、生まれ故郷を後にした。
・
・
・
「でも――ミロスさん……ガロニアスを出て、どこに行くんですか？」
「取りあえずだが――ラガスを目指そうと思ってる」
ラガスか……確かガロニアスに次ぐ、ガロヌ第２の都市核だよね。
北西方向に広がる山岳地帯を抜けた先にある……ここから1,000kmくらいかな。
普通だったら、フライヤーで１日もかからない距離だけど。
「俺の古い友人が、そこに住んでるんだ……ひとまずそいつを頼るつもりだ」
（でも……大丈夫なんですか？ 僕ら……こんな姿なのに）
僕もおずおずと、ケイン先輩とミロスさんの会話に割り込んだ。
念話能力を使いやすい体みたいだけど、やっぱり慣らして行かなきゃいけないし。
「出来れば、行く前に連絡を入れたかったんだけどな……」
「通信機――使えないんですよね？」
ケイン先輩がそう言って、運転席の人に声をかける……運転手の人が頷いた。
（電波障害みたいなのが起きてるみたいだぜ……こいつの機器も壊れちまった）
運転手の人も念話で会話出来るみたい……そう言って、手元の機器を小突いた。
通信機らしきその機器は、雑音さえ出さなかった。
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ラガスに向かう細い街道を走り出して、10分ほど経過した時だった。
ふと――廃墟のようなビルの上のフロアから、小さな影が飛び降りてきた。
（えっ――なっ何！？）
ランドフライヤーの屋根に飛び降りたのは――小柄な“怪人”だった。
全体のシルエットから、どうも女性のように見える。
その“怪人”は猛禽が鳴くような甲高い唸り声を上げて、僕らを激しく威嚇した。
「ヴゥウゥ――ア”ァア”ァァ！！」
「待ってキミ、僕らは敵じゃないよ、落ち着くんだ！」
けれどもその“元は少女だった”っぽい怪人は、威嚇をやめようとしない。
そこで今度は僕が、意を決して語りかけてみた。
（大丈夫だよ、言葉が話せなくても、意思疎通は出来るから！）
念話能力で語りかければ、分かってくれるかも知れない――そう思ったんだけど。
どうも……様子がおかしかった。
“彼女”の“心の声”が聞き取れないんだ……なおも激しく吠え立てる。
やっぱり、もう人の心を失ってしまってるんだろうか……そう思って落胆したけど、
でも何か違う気がする……ハッキリしたことは分からないんだけど。
“この子”は威嚇しつつも、僕らを襲おうとしているように見えないんだ。
そしてその“違和感”は僕だけじゃなく、ケイン先輩やミロスさんも同じだった。
（ケイン先輩……この子、何かを訴えてるような……）
「あぁ、僕もそう思ってた……変異前の理性は失われかけてるようだけどね」
「また別の異変が起きているということか……ノート、何か計器に異常はあるか？」
（その計器も半分くらい壊れてるんだよ……勘で走ってるようなモンさ――）
ミロスさんにノートと呼ばれたランドフライヤーの運転手が、ぼやいた時だった。
ふっ、と街道に大きな影が差した。
僕らが見上げると――小型ビルほどもある、巨大なモンスターの姿が。
（うっうわっ……何これ！？）
「こいつは変異体が合体したやつか！？ ……まるでザイオロードだ！」
「ここまで巨大化するんですか！？」
ザイオロードっていうのは、ひときわ巨大で強大なクリーチャーのことだけど、
確かにこのモンスターは、ザイオロードと呼んでもいいくらい巨大だった。
影で良く分からないけど、顔が幾つもあって、それぞれが唸り声を上げている。
これもしかして、僕らと同じ変異体が合体しちゃってるってこと！？
いったい何人が合体したらこんな巨体に……っていうか、つまり被害者なのか！？
モンスターは何本もある足を踏み下ろして、フライヤーの行く手を遮りながら、
腕とも触手とも付かない物体を振り下ろして、襲いかかってくる。
そしてそれに対して、さっき飛び降りてきた“彼女”が激しく吠えている。
その声はどこか――嘆きの感情を含んでいるような気もした。
もしかしたら……彼女の“元家族”が、取り込まれてしまってるのかも知れない。
この子も……言葉にならない“地獄”を味わってきたんだろうな。
そう思うと、僕はとても切ない気分になった。
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（さっさと逃げるぞ……しっかりつかまってろ！）
ランドフライヤーはモンスターを交わすように、右に左に激しくカーブを切る。
フライヤーのヘリに立っている“彼女”の体がぐらりとよろめいた。
（あっ……危ない！！）
僕は咄嗟に彼女に飛びかかり、抱き締めるように引き寄せた。
「ヴァッ……ア”ゥァ、ア”ァ！」
彼女は唸り声を上げてもがく……でも僕は離さない。
今僕が離したら、彼女はフライヤーから転落し、モンスターの餌食になる。
威嚇し続ける彼女は、僕の腕に鋭い爪を突き立て、ついには力一杯噛みついた。
ナイフを突き立てられるような感覚を覚えたけど、それでも僕は離さなかった。
（大丈夫、大丈夫だから……僕は君の味方、絶対守るから！）
「リノ……凄いよ、噛みつかれても離さないなんて」
「彼はケイン以上に心優しいからな、そして芯はとても強いんだぜ？」
「そ……それぐらい、僕も知ってますよ、幼馴染ですから！」
ちょっ、ミロスさん……そんなこと言ったら、僕照れちゃうってば。
加速を付けるフライヤーは、追いすがるモンスターを徐々に引き離していく。
やがてモンスターはフライヤーを追うのを諦めて、別の方角に歩き去った。
モンスターが追ってこないと確認したノートさんは、速度を落とす。
（奴さん、諦めたな……まぁ、獲物は幾らでもいるんだろうな）
「あぁ、そうだろうな……」
「獲物って……つまり、今の僕らみたいな“変異体たち”のことですよね……」
僕も少し安心して、しっかり抱き締めていた手を少し緩めた。
彼女はすぐに飛び退いて、盛大に吠えられるんじゃないかと思ったけど。
彼女は僕から離れない……瞳が判然としないオレンジ色の目を見開いて、
放心したように、踵を返して去って行くモンスターの小さな背中を見ている。
「……ヴァ……ア”……ア”ァア”ァ……」
そして間もなく――喉から絞り出すような声で鳴き始めた。
さっきの警戒心全開の鳴き声とは全然違う……それこそ「泣いてる」みたいだ。
涙は出ない……僕もそうだけど、この体にはそれが出来ないみたいだね。
でも僕はこの子が、これまでの体験を思い返して、泣いてるのだと確信した。
僕はもう１度、今度は優しく彼女を抱き締めた……出来るだけ、柔らかく。
（大変だったんだろうね……大丈夫だよ、もう大丈夫だからね）
彼女は離れようとしない……むしろ、しがみついてくるくらいだ。
心を開いてくれたと思って良いのかな、これは。
（キミ……自分の名前は覚えてる？ 教えてくれないかな……僕はリノ、宜しく）
僕が改めて問いかけると、彼女は僕の方を見て、少しだけ表情を歪めた。
唸り声の中に戸惑いの感情が見える気がする……必死に思い出してるのかも。
そして10数秒ほど経った頃、かすかな「心の声」を僕は感じ取った。
（…………ミ……リ……ア…………）
（ミリア……キミはミリアっていうんだね？）
確認するように僕が問いかけると、彼女は目を見開いて、こくりと頷いた。
その瞬間――僕はとても、暖かい気分になった。
念話でも会話出来ないくらい変わってしまってるけど、記憶は残ってるんだね。
それに僕の問いかけを理解出来るくらいには、まだ知性がある。
そして周りの人たちも、彼女――ミリアに改めて激励の言葉を投げかけた。
（ミリアか……良い名前だ）
（女の子かなと思ってたけど、やっぱりそうみたいだね）
（名前を思い出せるなら、上出来だよ♪）
急にそんな“念話の激励”を浴びて、ミリアは再び戸惑うような表情を見せる。
そしてぎこちないながらも、初めて笑顔を作った……うゎ、可愛い。
これも大切な出会いだね、この子は守ってあげたい。
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モンスターを交わしたランドフライヤーは、丘陵地へと向かうルートに入った。
“大爆発”の影響なのか、ぽつりぽつりと変色した雨が降り出す。
そして間もなく――スコールのような激しい雨に変わった。
「降り出したな……あの爆発が大気をかき回したから、降るだろうと思っていた」
「変な色の雨ですね……これ、浴びても大丈夫なのかな？」
「既に変異してしまってるからな……大丈夫、だと思いたいところだが」
ランドフライヤーにはいちおう屋根があるけど、半分くらいは荷台が剥き出しだ。
元々は全体を覆う屋根があったみたいだけど、壊れてしまったっぽい。
だから乗っている“ミュータント難民”の半分くらいは、この雨を浴びている。
「リノ……さっきの子――ミリアは？」
ケイン先輩の呼びかけに、僕は自分の胸元を指差す。
そこには雨を浴びながらも、すやすやと眠っているミリアの顔があった。
やっと――眠れる場所を見つけることが出来たんだろうな。
それに気付いたのか、屋根の下にいた１部の人たちが、僕の近くにやってきた。
（ミリアちゃん――屋根の下で寝かせてあげなさい）
（そうそう、ここで寝るよりも、屋根の下の方がもっと眠れるはずだからね）
（あ……有難う御座います）
みんな優しい……壊れてしまわない限り、苦労を分かち合えるからかな。
僕自身も変異直後は絶望感しかなかった……父さんも母さんもおかしくなって、
言葉も喋れなくなって、文字通り地獄に突き落とされたようだった。
ミリアもそうだったんだろう……壊れてしまう１歩前で踏み止まれたけれど、
それでも念話での会話も出来ないほど、変わり果ててしまった。
何よりも自分の変貌に絶望しただろうに……本当に強い子だと思う。
ミリアは本気で守ってあげたい……そう決心させるくらいの経験になった。
・
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・
実は――それからも何度か、変異した被害者を保護する機会があった。
幸いにして、ミリアみたいに「壊れる１歩前」ではなくて、
みんな僕と同じように、「肉声では喋れないけど念話は使える」人ばかりで、
先に脱出した人たちに気付かれずに、置き去りにされた人たちだった。
だから今――このランドフライヤーは被害者たちでいっぱいになっている。
スピードも余り出ていないようだ……多分“過積載”なんだろうな。
更に平坦な地形じゃないところは、重力を制御するフライヤーも不安定になる。
雨に加えて日が落ちてきたのか、周囲は更に暗くなってきた。
視界が不明瞭な丘陵地帯の細いルートを、ランドフライヤーは飛び続けている。
どうやら上空も荒れている様子で、高度を上げるのは難しいらしい。
高度を上げれば、目的地までもっとまっすぐ飛びやすくなるんだけどね。
小降りになった雨に打たれながら、少し眠気に襲われた――その頃。
ちょんちょん、と露出した腕を突く感触があった……振り向くとミリアの顔が。
僕の胸の前で“寝落ち”してから、まだ２時間くらいしか経ってないけど。
（ミリア……どうしたの、ここは雨ざらしだから、向こうの方が寝やすいよ）
僕がそう言うと、ミリアはふるふると首を振って、僕の腕にしがみつく。
相変わらず念話の波動はほとんど感じない……知性や記憶はちゃんとあるのに、
言葉だけ出て来ないとか、きっともどかしいだろうな。
「アゥ……ウァッ……ヴ……ム〜……」
僕よりも高い声を出して、何か言いたげな表情をするけど、
言葉にならないためか、不機嫌そうな表情をする……それも何だか可愛らしい。
最初に遭った時はもっと険しい表情だったけど、今はリラックスしている。
「ヴァッ……ヴン、アゥア……」
試しに僕も何か言うつもりで声を出してみる……相変わらず言葉にはならない。
でもミリアはそんな僕の“肉声”を聞いて、再びオレンジ色の目を見開いた。
（驚いた？ 今のが僕の声だよ……僕も“声で喋る”ことは出来ないんだ）
「ア……ウ……」
ミリアは再び、言葉にならない声を“呟く”と、また僕の腕に抱きついてきた。
今度は少し、安堵した表情に見えた……小雨の中で、うっすらと目を細める。
こんな僕でも……彼女の“癒し”になれるのなら、頑張らないとね。
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（第４話／第５話）
（第４話は第２話の続き、第５話は直接の続き） |
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【Meking Memo／設定補記】
2025年に作成したエピソードだが、草案は1990年代にほぼ固まっていた。
今回はケインの幼馴染であるリノを、第１人称に置いたエピソードになっている。
“獣顔”の成人変異体ノートもここが実質的な初登場だ。
（エピソード順としては第２話で既に登場しているが、こちらの方が過去なのだ^^;）
前半部分は2010年頃に作成済で、その際には独立したエピソードだったが、
尺が少し短かったため、後半を2025年に加筆して完成させた。
「半分野獣化」した少女の変異体、ミリアは2025年に新しく作ったキャラである。
加筆した後半部のエピソードを実質的に引っ張るポジションであると共に、
「理性を失った被害者」と「理性を残した被害者」のボーダーラインを想定し、
人格崩壊まではしていないけど、リアクションが動物化したキャラを作ってみた。
こういうボーダーラインの被害者もいるだろうと思ったからである。
実は考証中、奇襲を仕掛けてきた“合体モンスター”の犠牲になる展開も考えた。
残酷な話だが、そういう事態も十分あり得るだろうと思ったからである。
ただ執筆を続けていく中で、両親を失ったリノの新たなパートナーになるという、
両者にとって精神の傷を癒すポジションに置くのも効果的だと考えた。
エピソードの主役であるリノにとって、悲しい別れの後の新たな出遭いであり、
それは同時にミリアにとっても「血筋を越えた兄」になり得る関係だからだ。
またランドフライヤーに集う無名の難民たちも10人以上いるはずなので、
この中からもサルベージする形で今後、新キャラを作っていきたいと考えている。
カーボロイドの新キャラはあんまり増えていないので、奮起したい（笑） |
