ＧＤＷ雑記帳

　　　　　

　
★考察１３２――平和主義を幻想で終わらせないために必要な視野について　前編　（2024年12月22日作成）
　

　　（※このテキストは12月初旬に書いたものを編集しています^^;）

　　本考察は、考察99と考察124の広義の続編である（例によって前後編だ^^;）
　　過去何度か似たようなことを書いてきたので、被っているところもある（汗）のだが、
　　今回改めて、少し視点を変えて書いてみたくなったのである（苦笑）

　　きっかけの１つは、第２次トランプ政権の誕生が確実になったことだ。

　　ただトランプ旋風は象徴の１つで、広義には欧州などでも話題を集めるアジェンダの１つ、
　　“移民問題”の拡大を巡る様々な報道に、改めて思うことがあったのである。
　　日本国内でも欧米ほどディープなテーマにはなっていないが、
　　外国人労働者を巡るトラブル問題が注目を集める機会が増えているのは、よく知られている。
　　日本は基本的に「移民に厳しい国」の１つだと言われているが、
　　それでも国内には100万人を越える外国人が暮らし、総人口の１％を越えているため、
　　何のトラブルもないはずもなく、その意味では「他人事ではない」のだ。

　　また厳密には移民ではないが、日本は観光地として外国人人気の高い国の１つなので、
　　観光客によるトラブル、つまりオーバーツーリズムの問題もよく話題になる。
　　こうしたトラブルの結果、外国人に対して不信感や不快感を感じたり、
　　極端な場合には「差別や敵対感情」につながってしまうリスクもあるわけである。
　　もちろん日本のそれは恐らく「まだマシな方」であり、より深刻な国は多数あるだろう。


　　そこに加えて、最近問題視されているテーマの１つがポリティカル・コレクトネスである。


　　フェミニズムやダイバーシティという“お題目”が１人歩きしてしまった結果、
　　返ってトラブルを増やしたり、社会のカオス化を招いているという指摘が最近相次いでおり、
　　移民問題もこのテーマと密接に絡んでいるアジェンダの１つなのだ。
　　性の自由化や多様性という概念の浸透や発達により、新たな価値観の“分断”が生じており、
　　これに社会主義に代表される、旧来のイデオロギー闘争が複雑に絡んでいるのだ。
　　その結果、こうした概念それ自体を「政治闘争のため」だと見る風潮が１部に出てきており、
　　ますます対立と分断の悪循環が高まっている、という印象を強く感じるのである。

　　ポリティカル・コレクトネス（略してポリコレ）は「政治的な正しさ」と訳されるが、
　　その訳語からも分かるように、ある種の政治活動の側面を強く持っている。
　　もっと直接的に言ってしまうと、ポリコレ自体が広義の“政治闘争”となっている所がある。
　　これはポリコレ活動家の多くが左派（革新系）であることと無縁ではないだろう。
　　左派は狭義には社会主義者を指すが、広義にはリベラリスト（自由主義者）を内包しており、
　　「国境を排して世界を統合する」ことを最終目標と見なす価値観の集団と言って良い。
　　（論客によって細部は違うだろうが、大きく外れてはいないと思う）

　　そしてポリコレ活動家や、これとよく連携するフェミニズム活動家たちは、
　　「多様性の尊重」という言い回しを呪文のように展開し、旧来の価値観を激しく批判する。
　　旧来の価値観の多くを「差別的な考え方」だと決めつける傾向が強いのだ。
　　確かに家父長的な家系重視傾向は保守的な社会に良くあるが、
　　そうした概念の全てが、女性差別や女性蔑視になっていると決めつけるのは乱暴に違いない。
　　人種問題や民族問題も同じで、肌の色を区別化して語ることをタブー視したり、
　　極端なケースでは「区別と差別を混同」し、全てを画一化するような主張も見受けられる。

　　多様性をお題目にしながら、行き着く先は画一的な統制という、本末転倒な傾向があるのだ。

　　考察124でも書いたことだが、「多様性の誤解」を強く疑う主張もよく耳にする。
　　「多様性を尊重しろ」と主張しながら、特定の価値観を否定したり敵視することがよくあり、
　　自分たちの価値観を強要しようとしていることに、気付いていない節があるのである。
　　多様性を尊重するなら、違う価値観にも尊重の視点を持つべきだと筆者は思うが、
　　しばしばそうならない「矛盾」を放置するポリコレ活動家が少なくない、という現実がある。

　　これはあくまでも筆者の“憶測”を含んだものであるが、
　　こうした「新しい価値観」を声高に主張する思想家や活動家は、欧米諸国に多い印象がある。
　　（もちろんあくまでも「多い印象」に過ぎず、日本にそういう集団がいないとも思わない）
　　そしてこうした欧米諸国の急進的な活動家がしばしば「思想統制志向」なのは、
　　キリスト教に代表される“１神教的世界観”が影響しているのではないか、と思う時がある。

　　こういう文化圏の人々は、世界に唯一的な正義と真理がある、という世界観に親和性が高い。
　　それ故に「自分たちの価値観」を至上として周囲に押しつけようとする傾向があるのだ。
　　左派（社会主義者や共産主義者）の発祥の地もヨーロッパであり、
　　社会主義自体は無神論を標榜するものの「唯一的な思想を絶対視する傾向」に共通点がある。
　　ポリコレも左派の活動家がしばしば強く関わっているように、
　　「21世紀の社会主義」と呼べるようなカラーを持っているように、筆者には見えるのだ。

　　国境を越えるリベラリズムやグローバリズムも、欧米諸国が広めた概念に当たるだろう。
　　そこに大航海時代に世界を席巻した、欧米列強の植民地主義が被って見えるのは筆者だけか。
　　一見して「高尚な理想」を唱え、意識が高いように見えるが、
　　その実「世界基準は常に俺たちが作る」という傲慢さが見え隠れしているのである。
　　急進的な欧米のリベラリストなどが、しばしば「上から目線」にも見える行動を取るのは、
　　「１神教的世界観に根差しているのではないか」と筆者には思えるのである。


　　そしてこうした悩ましい不信感や摩擦は、「平和主義」という言葉にも反映される。


　　争いのない世界秩序を目指し、平和を重視することは本来「素晴らしいこと」のはずなのに、
　　保守系の論客の１部に「平和主義を否定する論調」が存在することはとても残念だ。
　　といっても、こうした論客が「戦火に明け暮れる血生臭い世界」を肯定するわけではない。
　　平和主義という“固有名詞”を、「政治闘争のために使う」左派系の活動家が存在するため、
　　平和主義という言葉も「政治闘争のための用語」だと思ってしまうことが背景にあるのだ。

　　左派の１部に見られる「急進的平和主義者」は、軍事力保有を否定的に見るケースが多く、
　　例えば自衛隊の存在自体を「憲法違反だから解体しろ」などと主張するのもこうした集団だ。
　　日本国憲法で有名な“第９条”にある“戦力不保持条項”を極端に解釈し、
　　一切の武器を持たない国家になるべきだ、と主張する集団が一定数いる（少数派ではあるが）
　　ここまで極端ではなくても「軍拡につながりそうな選択」に拒絶反応を示す集団も存在し、
　　こうした集団はしばしば、呪文のように“平和主義”という言葉を使いたがるのだ。

　　マスコミもこうした活動に親和性を持つケースが多い（実際メディアはしばしば左派に寄る）
　　そのため、安全保障上の要請から防衛費を増やしたりすると激しく反発することが多く、
　　「平和主義に逆行する選択だ」などという主張も口癖のように言われたりする。
　　保守派はこうした感情的にも見えるステレオタイプの主張を「聞き飽きている」こともあり、
　　平和主義という言葉自体に「胡散臭さ」を感じてしまうのだと思う。

　　しかしこれは、少々“危うい”雰囲気でもあると筆者は思う。

　　筆者自身は、政治信条的には“中道右派”を自認するが、同時に“平和主義者”でもある。
　　しかしここで強調しておかねばならないのは、ここで言う“平和主義”とは、
　　左派の活動家やそれに便乗するマスコミが言う“平和主義”とは意味合いが違うことだ。
　　より根源的と言うべきか、より純粋に「平和的な世界秩序を目指すことを重視する」考えで、
　　左派系の活動家のように「狭量な政治闘争のために利用する」ことを戒めるのである。

　　それ故に、筆者は平和主義を自認しながらも「軍事力の保有」は明確に肯定している。
　　侵略や征服のためではなく、「平和維持のため」に軍事力を使うことを肯定するためである。
　　「武器があるから戦争になる」といった主張をする人がいるが、それは正しくない。
　　武器が自分の意志で戦争をするわけではなく、「使う人間」がいるから戦争になるはずで、
　　究極的には「武器を使う人間の理性」が戦争の是非の最大の要因になるはずなのだ。
　　戦争を忌避する理由で「全ての武器を否定」するのは、結局は「責任転嫁」に過ぎない。
　　「人を傷付ける道具はダメだから包丁を持ってはいけない」と言っているようなものである。

　　しかも人間が生きていく際に遭遇するリスクは、人間だけではない。
　　肉食獣など「言葉が通じないリスク」だってあるのだから、武器を持つこと自体は悪でなく、
　　「身を守るための用途以外に武器を使おうとする」選択にこそ問題があるのだ。
　　筆者がよく「軍事力の保有には賛成するが、核武装には反対する」理由もここにある。
　　核兵器は「身を守る手段」にしては、余りにも破壊力が強すぎるからである。
　　１発で街１つを焼き尽くしてしまうほどの兵器が「生きるために必要」だとは思えないのだ。
　　抑止力として保有するなら「核兵器でなければならない理由はない」という考えなのだ。

　　……今回は核兵器の是非がテーマではないので、この話はこの辺にしておきたい。
　　（結構こだわりのあるテーマなので、気になる方は考察89などを参照して頂きたい^^;）

　　筆者が言いたいのは、「政治闘争とは関係なく、平和を追求するのは大事なこと」であり、
　　それは必ずしも「軍事を否定するための概念ではない」ということである。
　　侵略や征服といった、組織や国家（稀に個人もある）の欲望を実現するための行動に対して、
　　軍事力を含む抑止力を持って向き合うことも「平和維持の手段」であり、
　　それを含んだ上での「現実主義的な平和主義」を筆者は重視しているのである。
　　故に「政治用語だから」という理由で、平和主義自体を否定するのは「過剰反応」であり、
　　左派の論客に返って「付け入る隙」を与えてしまうという懸念がある。

　　それは戦後日本でしばしばタブー視される“軍国主義”にも当てはまることである。

　　大東亜戦争でアメリカ率いる連合軍に敗退した日本は、戦前の大日本帝国体制に対して、
　　「邪悪な軍国主義で世界に君臨しようとした」などと決めつけられ、
　　教育でもそうした言葉が繰り返し使われ、戦後の日本国民に「刷り込んできた」経緯がある。
　　確かに1930〜1940年代の日本は、軍部の意向が強く反映される状況にあったとは思うが、
　　特別なイデオロギーを持っていたかのような見方は、後世の決めつけ要素が強いと思うのだ。

　　上で「守るための軍事」について書いたように、軍事それ自体は決して悪ではない。
　　軍事力を保有すること自体が悪になるのなら、大東亜戦争で戦ったアメリカや西欧諸国も、
　　日本に負けず劣らず“軍国主義”だったはずであり、軍事力の大小が国力を示すというのは、
　　20世紀以前の世界秩序では、むしろ当然のステイタスの１つだったはずである。
　　戦後日本を縛る「軍国主義の悪印象」は、敗戦国に植え付けられた後付けのイメージであり、
　　それこそまさに平和主義以上に「政治用語としての意味合い」が強い概念であろう。

　　つまり私たちは、“○○主義”という言葉を「どういう意味合いで使っているか」よく考え、
　　政治活動家の印象操作に流されることがないように、気をつける必要があるのだ。
　　当然にして、先入観や固定観念に基づいた「１方的な決め付け」も戒めるべきであり、
　　「常識とされていることを疑ってかかる」くらいで良いのではないかと思う。
　　筆者自身の考察にも言えるが、「恣意的にレッテルを貼る」ような言い回しは極力避けて、
　　論理性を持って自らの意見を語れるようになりたいものだと、常に考えている。


　　そしてこうした戒めは、移民問題に対しても同様に当てはめることが可能である。


　　21世紀の移民問題の強い焦点になっているのは、ムスリム（イスラム教徒）系の移民である。
　　トランプ氏が問題視する移民問題の焦点もムスリム系が多いし、　
　　欧州諸国のストライキで大騒ぎしている集団も、ムスリム系の比率が高いように見える。
　　日本でも中東出身のクルド人などが、しばしばトラブルを起こして問題視されるのに加えて、
　　頻発する“聖戦テロ”の影響で、ムスリムに強い警戒感を持つ人々が一定数いる。

　　それ故なのか、日本国内のムスリムに対する見方は２つに割れている印象がある。
　　１つは「テロリストのイメージ」から、危険な民族だと思い込むパターンであるが、
　　もう１つは「ムスリムは平和主義者だ」と真逆のイメージを主張するグループがいるのだ。
　　しかし筆者の認識では、この２つの見方は「どちらも正しくない」のである。
　　そしてそれは結局のところ、日本人がそれだけ「イスラム社会を知らない」証拠と言える。

　　アルカイダがアメリカで2001年に起こした9・11テロが象徴的であるように、
　　確かにムスリムの中には、強硬なジハーディズムに基づいて活動するテロリストがいるが、
　　テロリストはムスリムの中でもあくまでも“過激派枠”であり、決して多数派ではない。
　　好戦的なテロリズムがムスリムの“世界標準”なら、もっとテロが頻発しているだろうし、
　　現在ガザ地区で起きているような宗教紛争が、それこそ世界中で多発しているはずであろう。
　　何しろムスリム人口は約20億人、世界人口の４分の１もいるのだから。

　　その１方で、「イスラム教は平和主義だ」という見方も、正確であるとは言えない。
　　（過去の考察では筆者もこういう見方をしたことがあるが、今では多少変わっている）
　　何故ならイスラム教の教え自体は「原則として価値観の多様性を認めない」からである。
　　ただしこれはイスラム教に限ったことではなく、ユダヤ教やキリスト教など、
　　ルーツを同じくする中東発祥の“１神教グループ”に共通する“世界観”でもあるのだ。
　　つまり上記したように、「絶対かつ唯一の正義と真理」を認定する１神教的世界観の影響で、
　　「価値観の異なる別の集団を認めない」頑固さを潜在させる人々が多い傾向があるのだ。

　　「平和を否定している」わけでは必ずしもないが、多様な価値観が共存する世界ではなく、
　　「唯一的な創造神の真理」によって統制される世界こそ、究極の理想郷だと考えているのだ。
　　この文脈において、彼らがイメージする理想世界は、共産主義者の世界観に似ている。
　　「唯一かつ究極の理念」が存在し、それが全世界を支配することを理想と考えているために、
　　異なる価値観の集団を撃滅することを「聖なる戦い」だと考えがちなのである。

　　そしてこうしたジハーディズム（聖戦主義）は必ずしもムスリムだけの専売特許ではなく、
　　キリスト教やユダヤ教にも見られるもので、特にキリスト教徒は往年の十字軍遠征や、
　　大航海時代の植民地主義に、その発想を適用させていたように見えるのだ。
　　現に近世の欧米列強は、アフリカや中南米を征服し支配することを「開放」と表現している。
　　自分たちが信奉する思想を唯一の真理と考えるからこそ、こういう表現になるのだ。
　　20世紀の共産主義も同様で、武力革命により異国を「開放する」ことを正義と主張している。

　　つまり「ムスリムがヤバい」のではなく、「１神教世界観」自体がこういう発想をするのだ。

　　近年ムスリム系のテロリストが悪目立ちしている背景の１つは、
　　イスラム圏の発展が欧米に比べて「出遅れている」ことも理由にあると筆者は見ている。
　　これは中国にも当てはまることで、アジアで真っ先に近代化した日本に比べると、
　　中国の近代化はずっと遅れたわけで、それ故に「世界列強化」したここ数十年の振舞いが、
　　戦前の日本のように「欧米諸国に警戒される」時代を迎えているのである。

　　加えてイスラム圏は、過去に欧米列強に征服され、植民地化された歴史もある。
　　「アッラーの教えで世界を開放しよう」などと考える余地もなく、異教徒に支配されたのだ。
　　現在イスラム系のテロが頻発するのも、この辺りに因縁の根っこがあるように見える。
　　何度でも言うが、イスラムそのものが本質的に危険だという見方は間違いであり、
　　「独善的な“世界征服志向”を持つ１神教文化圏」の１つであるに過ぎず、
　　その上で「欧米に支配された歴史」があるため、欧米に反感を持つ人々が今も多いのだ。

　　要は中華思想の影響下にある韓国人が、日本統治時代をマイナスに捉えるのと同じである。
　　日本が朝鮮半島を併合していた35年間を、欧米の植民地政策と同列に見るのも無知だが、
　　（日本の半島併合が「搾取ではなかった」ことは歴史資料から証明可能である）
　　自分たちを「世界の中心にある中華圏の１部」だと考えていた朝鮮半島の支配階級にとって、
　　「蛮族だと思っていた日本人に統治された」のは確かに屈辱的な出来事だったろう。
　　つまり民族の因縁というのは、多角的な視野で見ないと、本質を見誤る可能性があるのだ。

　　もちろん「イスラムは平和主義だ」という主張も正しくなく、余りにも甘い捉え方であるが、
　　１神教世界観が持つ「世界征服志向」がイスラム教にもあるというだけで、
　　イスラム教の危険性を特別視するのは無知である、という認識を持つべきだと筆者は考える。
　　そういう視野からムスリムを見ないと、それこそ単なる民族差別になってしまうのである。
　　日本は歴史的にイスラム圏と因縁がないので、尚更イスラムを知る必要があり、
　　安易な誤解で捉えることは、返って不要な摩擦を生んでしまうことを戒めるべきなのだ。

　　そしてもう１つ知っておく必要があるのは「全てのムスリムが厳格なわけではない」ことだ。

　　確かにコーランやシャリーアには、異教徒と対決することを奨励するような文言があるが、
　　全てのムスリムが異教徒と積極的に戦おうと考えるかどうかは別問題なのである。
　　例えば豚肉食や飲酒を禁忌とすることが、イスラム教の教義としてよく知られているが、
　　「絶対に食べません（呑みません）」と教えを忠実に実行する敬虔なムスリムがいる１方で、
　　「風紀警察などにバレなきゃ良い」とアバウトに振舞うムスリムも一定数いるというのだ。

　　これはキリスト教徒やユダヤ教徒でも同じであり、それぞれが自己都合で宗教を利用し、
　　時には政治闘争や覇権獲得の正当化のために使っている、というのが現実ではないかと思う。
　　もう１度書くが、ジハーディズムが全てのムスリムの行動指針に徹底されているのなら、
　　世界秩序は現実よりもずっとキナ臭く、血生臭いテロが多発しているはずなのである。
　　欧米で問題視されるムスリム系の移民も、時々ストライキや暴動事態は起こしているものの、
　　無差別テロのレベルに至る者は基本的に「ごく少数派である」はずだ。

　　これはしばしばネットで話題に上がる日本の“クルド人問題”でも同じである。
　　問題に神経質な者はクルド人移民を強く警戒し、場合によっては“陰謀論”まで持ち出すが、
　　コーランなどに記された「異教徒との闘争」を全てのムスリムが実行するなら、
　　クルド人問題はあのレベルで留まってはおらず、それこそ新たな民族問題になっていたろう。
　　被害者もいるだろうから「大したことない」などと言う気は毛頭ないが、
　　過激派のテロと同一視するような見方は、余りにもクルド人に対して失礼だと筆者は思う。


　　民族問題は感情論につながりやすく、実はそれこそが「諸悪の根源」だと筆者は考えている。


　　風土も歴史的バックボーンも異なる異民族を、感情論で捉えることは危険極まりないのだ。
　　人類の歴史には、こうした感情論から起きた民族紛争が幾らでもある。
　　異なる環境で生まれ育ったのだから、価値観や常識が違うのは当たり前であり、
　　それをちゃんと知っていれば「線を引いて理性的に付き合う」ことも可能だと筆者は考える。
　　それが出来ないと考える者は結局「世界征服志向を持つ１神教信者」と同じであり、
　　平和や多様性を語る資格などない、と筆者はあえてここで断言しよう。

　　何度も書いてきたテーマであるが、人類という“文明種族”にとって最大の難関の１つが、
　　「価値観や世界観の異なる異民族と理性的に共存する」ことであり、
　　悲観的に見ればまさにそれが「ホモ・サピエンスの限界」である可能性も考えられる。
　　これが出来るかどうかが、誇張なく「人類の定義を変え得る」ほど重要な可能性を持つのだ。
　　実際に世界中で起きる民族紛争がその困難さを証明しているし、
　　過去にほとんど克服された試しがないことを理由に「それは不可能だ」と諦める者もいる。

　　しかしこの難関を乗り越えられなければ、恐らく人類は「次の段階」を迎えることはなく、
　　相互不信で足を引っ張り合って、いずれは「自滅」という破局に至る可能性が高いと考える。
　　時折虚無主義的な思想家や作家が現れたり、歴史を巻き戻そうとする人々がいるのも、
　　「人類が次の段階に到達する見通しが見えていない」のが理由なのだろう。
　　異民族と共存ではなく「生存競争のために対立し潰し合う」という選択を突き詰めれば、
　　文明がなかった野生動物の時代に遡るものであり、つまり人類は今なお「半分野獣」なのだ。

　　故に筆者は「人類が次の段階に至るのは、進化に等しい変化になる」と考えるのである。

　　実は平和という概念自体、人間が作り出したものである。
　　野生動物には文明のような便利な道具がないので、「生き延びるだけで精一杯」であり、
　　自分と直接関係ない集団には無関心だし、思いを巡らせる“余裕”もないはずだからである。
　　人間だって戦時中だったり、大災害の真っ最中に、世界平和など考える余裕はないだろう。
　　取り合えず自分自身は「不自由なく生きていられる」から、平和を考えることが出来るのだ。

　　それ故、平和は「ただで得られる」ものではない……「平和になる努力」が必要なのだ。
　　日本のように豊かな国で暮らしていると、その辺りを誤解する人がいるが、
　　近年は周辺情勢が不穏なので、「努力が要る」ことも理解され始めてはいるだろう。
　　平和というのは「安定した秩序」がないと成立しないので、意図的に変化にベクトルを与え、
　　「平和になる方向に誘導」しない限り、平和は実現しないようになっているのである。

　　だから「自分勝手な人間」が多くなれば、世の中が不穏になるのは当たり前なのだ。
　　自分勝手に振舞うということは、つまり野生動物のように生きることを意味するからである。
　　本能の赴くままに縄張り争いをして、別の群れと潰し合っていた時代の再現だ。
　　それが生物の必然だと考えるなら、人類は恐らく文明を失って野生の時代に回帰するだろう。
　　既にその兆候は現れている……もちろんそのまま破局に向かうと決まったわけではないが、
　　人類が“平和”を達成出来ないのならば、いずれそうなる運命だと言えるかも知れない。

　　またこうしたジレンマからも、「全人類を統制すれば良いのでは」という極端論も出てくる。

　　それこそ共産主義者などが思い描いた「画一化された社会」の姿であるが、
　　自我が強い人間という動物に、果たしてそんなことが可能だろうか。
　　現に全世界の統制を夢見た共産国家が、大成功を収めた実例は皆無に等しい。
　　旧ソ連は既に崩壊したし、中国も体制の存亡を左右する大きな分水嶺の時代を迎えている。
　　現在のポリコレ運動が新たな社会主義運動になる可能性を匂わせているが、
　　旧ソ連や中国がたどってきた道を考えると、バラ色の未来を思い描くのは楽観が過ぎよう。

　　無論、上で書いたムスリムが“世界イスラム革命”を実現するという見通しもない。
　　欧米と因縁を抱える文化圏であることは上記したが、それ以前に内部に様々な宗派があり、
　　その宗派間の対立が激しいことも有名だ……特にスンニ派の盟主を名乗るサウジアラビアと、
　　シーア派の盟主を名乗るイランが犬猿の仲であることは有名だろう。
　　イスラム教という枠内でも団結出来ないのに、世界革命など夢のまた夢だということだ。
　　共産圏も旧ソ連と中国、ベトナムなどがそれぞれ対立し、軍事衝突した歴史がある。
　　そもそも自己中な価値観で世界を支配しようと考える連中が、まとまれるはずもないのだが。


　　……この辺で後編に行こうか（笑）