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★ＣＲＹＳＩＳ ＵＮＤＥＲＷＯＲＬＤ 統合ナンバー：EX-ATT18501R（MBS22501R） |
（注）当ページには年齢制限情報が含まれております、ご注意ください。
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中央アジアの奥地に、それはあった。
深く入り組んだ山岳地帯の奥に、幻想的な洞窟と滝があるというウワサが拡がったのは2020年頃である。
一帯は余り治安が良くないために、わざわざそこを訪れようとする冒険者は多くはなかったが、
それでも「現地にたどり着いた」と主張する者が、現地の写真をＳＮＳなどに流して知れ渡ったのだ。
そしてそんな中に、若い観光客を現地に連れて行く、小さなツアー会社があった。
治安の問題をクリアしながら、その幻想的な奥地を自由に観光できるという触れ込みであり、
ボディガードが付くことからそれなりに値が張るツアーであったが、
中央アジアにも一定の富裕層がいるため、申し込む者は少なからずいたようである。
2025年に参加した“彼女”もまた、そんなツアーに申し込んだ１人であった。
数人の客と一緒に現地にたどり着いた彼女は、雑木林の１角に深く切れ込んだ渓谷へと案内される。
客から歓声が上がった……その渓谷の奥にある幻想的な風景のためだ。
渓谷は岩の割れ目に蛇行しながら続き、半分ほど洞窟のような窪みになっており、
そこに上から落ちてきた清流が、複数の小さな滝を作り出しているファンタジックな光景が拡がっている。
「うわぁ……ステキ……！」
彼女が見とれていると、ツアーの添乗員を名乗る男が近づいてきて、小さく耳元で囁いた。
「実はこの奥に、もっと幻想的な所があるんだ……特別に案内するから、行ってみないかい？」
「え、ホント！？ 見たい見たい！」
彼女は即答した……ここ以上に素晴らしい場所があるなら、是非見たいと思うのは当然の心理だ。
まさかそれが“魔物の罠”であることなど――彼女は思いも寄らなかったはずである。
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ＣＲＹＳＩＳ ＵＮＤＥＲＷＯＲＬＤ
クライシス・アンダーワールド 狂気の殿堂
ユーラシア・ダンジョン 〜メタラム・トラップ実験記2025〜
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男の言葉に違わず――その場所はとても神秘的な風景であった。
窪みに作られた小さな“半洞窟”に沿って、レースのカーテンを思わせる小さな滝が何本も流れ落ちている。
岩陰の上の方から木漏れ日が柔らかく降り注ぎ、まさに神話の世界だ。
「夢みたい……」
うっとりと見とれていると、男は再び小声で彼女に囁いた。
「ここの水は豊かなミネラルを含んでいるんだ――水浴びでもしたらどうだい？」
「えっ……水浴び？」
彼女が戸惑うと、男はにっこりと笑って言葉を続けた。
「あぁもちろん、僕は席を外させてもらうよ……そうだな、1時間くらいしたら戻ってくるから、楽しむといい」
「え、で、でも……」
「大丈夫さ、危険がありそうならすぐに伝えに来る、それじゃあ――ごゆっくり」
戸惑う彼女を置いて、男はさっさと渓谷の奥に引っ込んだ。
「あっ、ちょっと……もぅ……」
彼女は困ったような表情を浮かべる……急に男が怪しく見えてきた。
この幻想的なスポットに到達するまでの道のりは1日や2日ではなかった……その間、男は実に誠実で、
とても気の利いた振舞いを見せてくれたため、彼女は信用しきっていたのだが。
溜息を吐くと、彼女は改めて「自分だけのために紹介されたスポット」を見渡した。
（画像挿入予定orz）
確かに素晴らしい風景だ……こんな場所に１人、というのはちょっと寂しく、怖さもあるのだが、
風景の素晴らしさがそれに勝っていた……そして足下に拡がる小さな細長い“湖”は、驚くほど澄み渡っている。
この細長い小さな湖を、まるでオーロラのようにカーテン状の滝が複雑に彩っているのである。
彼女は水に触れた……冷たい水だが、とても気持ち良く、心が洗われる気がする。
清流の効果なのか、土臭さもなく、空気もとても良い……草花の匂いなのか、良い香りさえ漂う。
こんな楽園のような場所が、地上に存在するなんて……。
「……少しくらい、良いかな……？」
誰ともなくそう呟くと、彼女は戸惑いがちに服を脱ぎ始めた。
幸い今は夏だ……少し標高が高い所為か、暑いわけではないが、半袖が逆に心地良いくらいである。
そして一糸まとわぬ姿になると、彼女は細長い小さな湖の中に、足を踏み入れた。
浅い湖の底はサラサラの砂だ……表面は固いものの、指先で掘るとすぐに足首が埋まる程度には細かい。
その細かい砂が、まるで足の裏をマッサージしてくれているようである。
「冷たっ……でも気持ち良い……ふふ……あたしだけ、独り占め……贅沢だなぁ」
いつしか彼女はその雰囲気にすっかり魅了され、軽く水浴びをしただけでは飽き足らなくなり、
夢に浸るような表情で、ビロード状の滝が流れ落ちる、湖の奥へと歩いて行った。
服を脱ぐ前に感じていた戸惑いや、添乗員の“怪しさ”など、既に彼女の意識から消えていた。
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１〜２分ほど進むと、ビロード状の滝の中に、円形の空間があることに、彼女は気付いた。
「何だろう、ここ……？」
冷たい水を頭から浴びながら、その空間に潜り込むと――息を呑む風景があった。
「何これ……ウソみたい……！」
カーテン状の滝がぐるりと取り囲み、まるで個室のような小さな空間がそこにあった。
流れ落ちる清水の音に全てが呑み込まれるように、先ほどまで聞こえていた風の音も聞こえない。
まるでこの空間だけ、異世界に切り離されたかのような、そんな風景である。
「あはは……これ、試着室みたいだ……」
見とれるように周囲を見回していると、ふと視点が止まった。
さっき潜ってきた位置から、ちょうど反対方向になるのだろうか……ビロード状の滝の奥に、
もう１つ似たような“個室の滝壺”がうっすらと見えており、そこに人影のようなものが揺らめいている。
その人影は彼女より少し背が低く、砂地の川底に座っているようにも見える。
「えー、何よ……あの人、あたしだけとか言って……先客がいるんじゃないの、なーんだ――」
彼女がその人影に向かって歩いて行こうとした――まさにその時だった。
突然足下の川底が柔らかくなり、足首が吸い込まれるように動かなくなったのである。
「えっ……ちょっと、何これ！？」
足の裏にどろりとした不思議な感触が当たった……川底の下には泥があるのだろうか。
しかし間もなく――彼女はその“ぬめり気”の正体を知った。
「えぇっ……な、何これ、泥じゃ……ない……！？」
彼女の足首にまとわりついてきたのは――まるでコールタールのような、黒い粘性の物体であった。
その物体はまるでアメーバのようにうごめきながら、足首を沿って這い上がってくるではないか。
粘液のようにも見えるが、そこから足を引き抜くことが出来ない……彼女の顔から一気に血の気が引く。
このアメーバのような物体は、まさか自分を「襲うつもり」ではないのか。
「ちょ、イヤ……足が抜けない……やだ、誰か助けて！」
黒い物体は意思を持つように這い上がり、間もなく彼女の膝辺りまで覆い尽くした。
清流の冷水とは違う生暖かさが不気味である……彼女は“滝壺の奥の人影”にも訴えかける。
「ちょ、ちょっと……助けて、助けてください！」
しかし人影は目立った動きを見せない……この滝の音にかき消されて、聞こえないのだろうか。
彼女は声を張り上げるが、人影はやはり反応しない。
「ちょっと助けて、どうして聞こえないの……ヤだ、呑み込まれちゃうよ！！」
そうこうしているうちに、黒い物体は彼女の上半身にまとわりついてきた。
発育はそれなりにあるが、まだ幼さを残した彼女の顔の中の円らな目に、大粒の涙が溢れる。
こんなところで“事件”に巻き込まれるなんて……
――まさか自分は「騙された」のか？
そこで初めて、彼女は添乗員の男の怪しさと、今遭遇している“異変”が結びついた。
だがそれは――余りにも遅すぎた“気付き”であった。
「イヤ……やだよ……助けて……誰か……死にたく、ない……！」
彼女は必死にもがくが、柔らかいはずのその黒い物体から抜け出すことが出来ない。
そしてついに――彼女の全身が、黒いアメーバのような物体に覆われてしまう。
少女の頭部を呑み込むように物体ががばっ――と覆い被さり、彼女の視界が闇に閉ざされる。
「ヤだっ……助け――むぐっ、んむ――！！」
コールタールのような不気味な物体に覆われた、彼女の抵抗が、物体にゆらゆらと反映する。
しかし彼女は手首さえ――その外に出すことが出来なかった。
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そして――数分ほどが経過した。
“個室の滝壺”の中に立っている黒い塊が、動きを止めている。
「呑み込まれてしまった」彼女はどうなってしまったのか……どうして抵抗の痕跡を見せないのか。
間もなく――黒いアメーバ状の物体が再び動き始めた……砂底に潜るように沈んでいく。
そしてその中から人影が姿を現す――だが、それは「普通の人間」ではなかった。
砂岩のような質感の表面に、細かいヒビが走る――「少女の石像」だったのである。
その顔は確かに、数分ほど前までここに立っていた、彼女のそれであった。
しかし苦悶の表情を浮かべたその顔は今や音もなく静止し、目からは瞳の影が失われている。
黒い物体は間もなく砂底に姿を消し、「石像化した」彼女だけが“滝壺”に残された。
（………？………！………！？）
そしてそこには、まだかすかに意識が残されていた――既に思考は止まってしまっていたが、
黒いアメーバ状の物体に「呑み込まれた」自分が、まだ形を保っているという実感はあったようだ。
しかし「石像化されている」ことは認識出来ていなかった……ずっと覆われていたためである。
それでも――冷たい水が当たる自分の体が「全く動かない」ことの不気味さには気付いていたようだ。
それが「何を意味するのか」彼女は既に思考することが出来ない。
しかしそれでも、「動けない状態」で滝壺に放置された自分が、既に助けを呼べない状態であること、
何も見えず、何も聞こえない「暗闇の世界」に閉じ込められたことに、激しく動揺していた。
（………！………！？………！！）
意識はハッキリしているはずなのに、既に何も思考することが出来ず、言葉ひとつ、連想できない。
滝壺の冷たい水を頭から被り続ける少女の石像は微動だにしないが、
その中には非常識な境遇に襲われた“彼女”の意識が、終わりの見えない苦悩と恐怖に翻弄されていた。
既に瞳の影を失い、視力も失われてしまった彼女の“視線”の先にある人影も、先ほどから変化がない。
黒い謎の物体に呑み込まれる前、どれだけ声を張り上げて訴えても反応がなかった謎の人影。
しかしそれは「無理もないこと」だった……その“人影”もまた、“彼女と同じ存在”であったからだ。
彼女が石像化された“個室の滝壺”とそっくりの空間の中には、もう１体の“石像”がいたのである。
こちらも女性の風貌だが、髪は短い……頭身のバランスは“彼女”よりも長身であることを示唆するが、
太股辺りまで砂の中に埋もれているため、彼女には「座っている」ように見えたのだ。
この“石像娘”は――実は１年ほど前に、この洞窟を訪れた“別の観光客”であった。
そして彼女と同様に、誘い込まれるように“個室の滝壺”に潜り込み、同様に襲われたのである。
深い砂地の湖底の奥底に眠る漆黒のアメーバ――いや“スライム”とでも呼ぶべき不定形の生命体に。
どれだけ叫んでも反応がなかったのも当然だろう……１年前に石化されたこの女性には既に意識がない。
背後から「自分と同じ境遇に遭った被害者」が必死で訴えても、反応する余地などとうの昔になかったのだ。
そして――更にその奥にはもう１つ“個室の滝壺”があった。
さっき石化されてしまったばかりの“彼女”からは、太股まで沈んだ“石像娘”に隠れていたが、
この滝壺の中央にも、やはり同様に“石像娘”が佇んでいた。
ただしこちらは、滝壺の水面から見えているのは頭頂部だけで、残りは水面下に水没している。
どうやら時間と共に、“被害者たち”は砂底深く、埋もれていく運命らしい。
そんな“悲劇の湖”を、湖畔から男がじっと見つめていた。
いや、少し様子が違う……顔つきはまさにさっきの添乗員だが、肌に血の気がなく、角が生えている。
“人外”の男が湖面に手をかざすと、にわかに水面が盛り上がり、黒い“スライム”が姿を現した。
スライムは男を襲うことなく、湖面から体の１部を突き上げたまま、ゆらゆらと揺れている。
「そうか、終わったか……ご苦労さん、また良いのが見つかったら、連れてくるよ」
そう言うと男は踵を返し、石化された彼女を置き去りにして洞窟を後にした。
細い渓谷を数分ほど歩くと、別の観光客が集まっている場所に到着する。
男は観光客に気付かれない影から、何やら呪文のようなものを唱える……すると男の姿が変わった。
肌の血の気が戻り、角が消える……どこから見ても人間の青年である。
「お待たせしました、お客様……それでは参りましょうか」
再び添乗員として、客を引率して男は歩き始めた……不思議と、誰も“彼女”のことを口にしない。
洞窟の最奥部にある“スライムの滝壺”で、人知れず石化された彼女のことを、誰も指摘しないのだ。
「ふむふむ、全員揃っていますね……では今夜の宿に参りましょう」
添乗員の男が手にしたファイルには、６名分の覧がある……しかし今いる観光客は５人。
６人目だろう人物の覧は黒いマーカーで塗り潰され、「キャンセル」と赤ペンでメモされている。
５人がマイクロバスに乗り込むと、外で運転手らしき男が添乗員の男に小声で話しかけた。
「――うまく行ったか？」
「あぁ、順調さ……ちゃんと“結界”も閉じておいたよ」
「残りの客の方は大丈夫か？」
「心配要らない、１次記憶は消してある……今夜の“夕食”で仕上げれば、２度と思い出すこともない」
そう言うと、２人の男は口角を吊り上げて不気味に笑う……その端に長い牙がちらりと見えた。
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2027年のある日――紀伊山地の奥、“清明神社”が所有する山林内にあるアクエリアス・センター。
浴場の脱衣室に、全身灰色の“少女”が１人、鏡を前にして立っている。
それはまさに――２年前の“あの時”中央アジアの奥地で「人知れず石化した」あの少女であった。
あの時と違うのは「動いている」ことと、「ヒビがない」ことである。
“風呂上がり”間もないのか、彼女の体は濡れている……そのため磨き上げられたようにピカピカだ。
砂岩と御影石の中間的な、細かいモザイク模様はあるものの、ゴツゴツとした印象はない。
質感はまさに“石”であるが、カゴの中に畳んでいるタオルを取り出す手つきは、驚くほど自然だ。
彼女が“保護”されたのは２年近く前――まさにあの洞窟から、アクエリアスの有志によって救出された。
それは石化を強いられてから、3ヶ月余りが過ぎた頃であったようである。
ただし意識を取り戻し、生きた石像――メタロイドとして“活性化”されたのは１年ほど前である。
“スライムの滝壺”で石化されてからは１年半ほど経っていたため、過去の記憶の大半は失われている。
“本名”も覚えていないため、今彼女は“サナ”と呼ばれている。
サナは苦笑いの表情を浮かべた――呼吸しない体であるため、笑い声を上げることはない。
自分が強いられている「非常識な境遇」を改めて思い返したらしい。
自分が石化されていることをサナが知ったのは、まさに意識を取り戻してからのことである。
黒い流動生物――スライムに呑み込まれた状態で石化されたため、石化過程を認識できなかったからだ。
スライムの感触がなくなった時には既に体は動かず、視覚も聴覚も失われていた。
だから自分が「石像化している」ことを改めて聞かされた時は、にわかに信じられなかった。
しかも「もう人間には戻れない」というのだから、動揺するのは当然だろう。
石化された状態のまま数ヶ月以上が経過している場合、人間に復元することはかなり難しくなるのである。
最終的にサナがこの境遇を受け入れたのは“同志”の存在が大きかっただろう。
同じスライムの被害者だけではなく、様々なシチュエーションで「石化された」被害者が保護されており、
その多くが活性化処理によって、メタロイドとして“第２の人生”をここで送っているのである。
そうしたメタロイドたちも元は人間であり、しかし人間に戻れない境遇を背負いながら、
今を必死で生きようとしている姿に、サナも心を動かされたのである。
（――サナ、どうしたの、ぼーっとして？）
ふと――音にならない“心の声”を感じて、サナは首を横に振った。
センターの通路側にある引き戸を開いて、自分と似たような“石像娘”が１人、脱衣室を覗き込んでいる。
レイナだ……実は彼女こそ、サナがスライムに襲われた時“奥の滝壺”にいたもう１人の被害者である。
サナと同様に彼女も保護され、こうしてメタロイドとして活性化されたのだ。
メタロイドは「肉声を出せない者」が多いが、その“言葉”は感じ取ることが出来る。
（あぁ、うん……なんかさ、思い出に耽っちゃって）
（思い出か……あんまり良い思い出じゃないけどね……）
（……そだね……）
（――あっごめん、余計なこと言ったねあたし）
（え？ ――あぁいいよ別に……レイナもメイナも、もちろんフェイナもマナも、みんな同じだもん）
声にならない言葉でそう「呟いて」、サナは自分の腕を伸ばし、改めてしげしげと眺める。
（すっかり――綺麗になっちゃったね）
（え、そうかな？）
（そうだよ、だって“リハビリ”始めた頃は、ヒビだらけだったじゃない）
（あぁ……そう言えば）
そう――サナもレイナも、保護された当時はまだ、全身に細かいヒビが入っていた。
しかしそのヒビは今や全くない……「目立たなくなった」を通り越して、ヒビが完全に消えてしまった。
活性化が進んだメタロイドにはよくある現象で、「心と体が上手く共鳴している証拠」である。
今のサナの体は――レイナもだ――まるで熟練の石工が念入りに磨いたようにスベスベになっている。
とりわけ“風呂上がり”のサナはそれがよく分かる……周囲の景色が淡く反射しているほどだ。
サナにそう言われて、レイナも思わず、半袖から出ている自分の灰色の腕を眺めた。
（不思議だね……石が動くなんて）
（だよねぇ――未だにそう思っちゃうことあるよ、あたしも）
（――あぁ、ここにいたんだね）
そこに更にもう１つの「声なき言葉」が割り込んだ。
通路側の引き戸から、やはり灰色の“石化娘”の顔が１つ覗いている。
（あ、リンさん）
（あーリンさんすけべぇｗ）
（あ、ごめん――って、何を今更じゃないの、それｗ）
弄るレイナに、今度は新たな石化娘――リンが苦笑いした。
実はこの石化娘、“元々は男子”だ……サナたちとは違う境遇で「女体化の上で石化された」被害者だ。
こういう「元男子だが女体化しているメタロイド」もここにはそれなりの数、保護されている。
“元男子”だからレイナが弄ったわけだが、見た目はリンも“石化娘”なので今は余り関係ない。
（リオさんが、見せたいものがあるって）
（え、あたしに？）
（サナさんだけじゃなくて、レイナさんも、あとの３人も……ボクらも実は呼ばれてるんだよ）
（そうなんだ……何だろ？）
きょとん、とした表情を浮かべて、サナとレイナが瞳のない目で顔を見合わせる。
（５分後に地下３階に集合だって……あ、ちゃんと服は着てきてね？）
リンの“弄り返し”に、今度はサナとレイナが苦笑いを浮かべる。
微動だに出来なかった“あの時”から思えば、今はこうやって自由に表情を作ることも出来るのだ。
「体と心が共鳴している」おかげで、今は目も見えるし、音を聞き分けることも出来るのである。
自ら声を出すことこそ出来ないが、それをカバーする方法は上記の通り、あるのだ。
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（よーし、全員集まったみたいだね）
数分後――アクエリアス・センター地下３階の奥にある小広間。
センターの地下部にある複数の施設をつなぐ、中継点となる小さなホールである。
（※因みに2027年当時、まだアクエリアス・センターは改装前のため、それほど広い施設ではない）
そこに10人くらいの集団が集まっている……全員、メタロイドだ。
このセンターには他の“種族”もいるのだが、今回は「メタロイドに用事がある」らしい。
中でもひときわ背が高く、御影石のような質感を持つ石化娘がリオである――実は“彼”も元男子だ。
メタロイド系の“元人間”の被害者たちの中でもリーダー格に当たり、経験値も多い。
（実は今回、みんなに紹介したい“仲間”がいるんだ）
（仲間――ってことは、いわゆる“メタロイド”ってことですか？）
（将来的には――そういうことになるだろうね）
（えっ――“将来的には”って！？）
思わせぶりなリオの言葉に、集まったメタロイド――ほぼほぼ“石化娘”だ――は表情を変える。
その中から、先ほどサナたちを誘いに来たリンが“意味”を察したようだ。
（リオさん……つまり、「まだ活性化されていない被害者」がいるんですね？）
（さすがリン……いつもクールだね）
褒められたリンはにわかにドヤ顔を見せる……柔和な顔立ちだけにかなり可愛いが、目に瞳の影はない。
１方リオには目の中にかすかに瞳のモールドがある……珍しいタイプなのだ。
ほとんどのメタロイドは石化と共に瞳の影が消え、眼球全体が「均質化される」ためである。
それでも「意識を向けた方を凝視することが出来る」が、外から視線の向きを判断することは難しい。
しかしリオは「どっちを見ているのか」すぐに分かる、メタロイドとしては例外的なケースなのだ。
（画像挿入予定orz）
（ってことは……あたしらより後に、新たに発見されたってことですか？）
（そう思うだろうけど……少し違うんだよね）
（……あれ？）
２人目の質問者になったレイナが首を傾げた……まだ活性化されていないから“新人”だと思ったが、
どうも違うらしい……新しい発見者ではないとしたら、どういうことなのか。
（まぁ――詳しくはこの先で説明するよ……１番奥の倉庫だ）
そう「言って」、リオは通路の１つの突き当たりにある、薄暗いドアに向かって歩いて行く。
（あ、この通路って、確かボクらが活性化された所ですよね？）
（そうだね……レンやリンやティオが活性化されたのはそこの部屋だったと思う）
リオが通路の途中にある扉を指差した……リンとその隣にいる緑色の石化娘――ティオが目を細めた。
このティオもリンと同様、元男子だ……顔つきは中性的だが、スタイルはとても良い。
（そう言えば……あたしたちが活性化されたのと、リンさんたちが活性化されたのって同じ頃でしたっけ）
（あぁそうだね、確かにボクらとサナさんたちは、活性化時期に限ればほぼ“同期”だね）
（そっか……リンさんやティオさんは、もっとずっと前に石化されてたんでしたっけ）
（そうみたいだね……ボクら自身はずっと意識がなかったわけだから、後から聞かされた話ではあるけど）
そう――リンやティオたちは10年前、2017年の時に保護されたグループである。
それからつい最近――2025年頃まで意識が戻らなかったため、活性化自体は２年ほど前のことなのだ。
しかも「石化された時期」は更にそれより約10年前であるため、2027年から見れば20年ほど過去になる。
そういう会話をしている間に……またリンが何かを察したようだ。
（そうか……ボクらと同じように、前に保護されてるけど、意識が戻っていない被害者がまだいるのか）
（おぉ――ビンゴだねｗ）
リンの「鋭い閃き」に感心しつつ、リオは最奥部の扉を開いた。
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倉庫には――独特の光沢を帯びた“石化娘”が保管されていた……数は20体を越えているだろうか。
一見金属に似た光沢を放つが、少し違うようにも見える……ややメタリックなガラスと言えば良いのか。
今まで見てきた、どんな鉱物や金属、宝石類とも違う色彩や質感である。
（リンが推測した通り――ここの石化被害者は９年前に保護された「人たち」だよ。
しかもその時点で石化から既に５年以上が経っていた可能性がある……だからリンたちに近いかもね）
（つまり……ボクらの“真の同期”ってことですか……！）
リオの言葉に、リンやティオの瞳のない目が、今度は驚きで大きく見開かれた。
（リチャードさんが言うには、新開発の特殊なセラミック結晶の可能性が高いらしい。
まだ表には出ていない素材で、ダイヤモンドよりも硬く、鋼鉄より粘り強いんだって……チートだね。
まぁ……ライサが同化を強いられた素材はもっとチートらしいけど）
リオの“解説”に、サナやレイナたちも呆気に取られたような表情を浮かべる。
（ダイヤより硬くて鋼鉄より粘り強いって……欲張りなインフレ設定みたいじゃない）
えろうすんまへんorz
（その結晶が複雑な所為か、精神がその結晶の奥深くに“細切れでねじ込まれている”ってカラムたちが。
だから最初に発見した時は生死も不明で……カラムたちの透視でやっと生きてると分かったらしい）
（……チョーイミフ）
（生きてるっていっても……意識はないんですよね）
緑色の顔に哀しげな表情を浮かべるティオに、神妙な表情でリオが解説を続ける。
（金属に似た質感だけど、実際には強力な絶縁体で、電磁波をほぼほぼ通さないんだって。
だから仮に意識があったとしても、電磁気的な方法では意識の有無を確認できない可能性があるって）
（ほとんど「封印」みたいなもんじゃないですか……そんな新素材に変えられてしまうなんて……）
（裸のまま石化されて意識は封印とか……あたしらもそうだったけど、これ精神的な拷問に等しいよね）
サナは同情心ゆえか、悲痛な表情を浮かべる……その横で、またリンが何かを閃いたようだ。
（え、ちょっと待ってください……そんな絶縁体の体だったら、どうやって活性化するんです？
ドレイクさんたちの能力で初期的な処理は出来たとしても、こんな体じゃ意識を通すのも難しいんじゃ）
（そういうことになるね……だから今も活性化できていないとも言えるかも知れない。
……というかリン本当に鋭いよね、石化当時推定12歳って聞いたんだけど、これＩＱ半端ないんじゃ）
（どうでしょうか……でも最近何だか冴えてる気がします、石化当時から数えたら今“実質32歳”ですしｗ）
リンが今度は“ドヤ顔”ではなく、苦笑いの表情を浮かべた……この場の重い空気も影響しているらしい。
確かにリンは2007年頃に推定12歳で石化された可能性があるため、2027年の今は実質32歳だが、
18年ほども意識がない状態であったため、人間と同じ成長をしているとしても精神年齢は14歳くらいだ。
それで“実質30歳”のリオの話に十分ついて行ってるのだから“優等生”なのである。
実はリオは石化当時から１度も、完全に意識が停止したことがないため、記憶と経験値が連動している。
これも珍しいケースだが、そのためリオは自分が1997年生まれで今30歳であることを理解しているのだ。
……気付いた方がおられるかも知れないが、実はリンの方が「生まれは早い」のである。
リンは推定1995年生まれで、本来はリオより2歳年上になるのだが、18年ほど意識が停止していたため、
「感覚的にはまだ14歳くらい」であり、むしろリオを“先輩”として認識しているというわけなのだ。
逆にリオはこの背景からリンを後輩とは捉えておらず、同年代の同志というイメージで見ているようである。
そしてこの倉庫で今も沈黙している被害者たちも、恐らくは「本来はリオより年上」の可能性が高いのだ。
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立ち会った石化娘全員が眉を潜めて、倉庫に並べられている石化被害者たちを見て歩く。
半永久的に停止した苦悶の表情が哀れで仕方ない……いつになったら動き出すことが出来るのか。
リンたちの“同期”ということは、この被害者たちも15年前後は意識が止まったままなのである。
アクエリアスの諜報データによれば、2010〜2016年に石化処理されている可能性があるらしいため、
長い者で既に17年、石化から経過している計算になるわけである（短い方はまだ10年余りだが）
リオよりも前に生まれているかも知れないのに、10年以上も意識がないまま実質、放置されているのだ。
（そう言えば……色違いのグループが幾つかありますね）
（そうだね……いちばん白さの強いグループ以外は、ボクらやリンたちと同じ“元男子”だって、
透視したエノラが言ってたよ…… ホント最悪な連中だな……）
リオが珍しく吐き捨てるような口ぶりで、「キシッ」と軽い歯軋りの音を立てた。
自分やリンたちを今の姿にしたのも、この被害者たちも、起源をたどれば同じ組織が原点にあると知って、
普段冷静なリオもさすがに怒りが湧いてきたようだ。
確かにここに置かれている石化被害者には、白っぽいグループとピンクがかったグループがいる。
白っぽいグループはほのかに青灰色を帯びているため“ピンク系”と識別が容易だ。
ピンク系は“濃度”で更に複数のタイプに分かれるが、“白系”と概ね半々の比率である。
（つまり、ピンク色に近いグループは、みんな元々男子なのか……！）
そう言われて改めて見ると、白っぽいグループよりも、ピンク系のグループの方が全体にグラマラスに見える。
顔つきは一見して“少女風”だが、どこか中性的にも見え、確かに普通の女性とは雰囲気が違うのだ。
だとするとこの被害者は「グラマラスな女体に変えられた上で石像化された」ことになる。
既に活性化しているメタロイドたちの中でも、まさにリオがこのグループと似通った容姿を持っている。
「人為的に女体化されている」ため、自然な女性よりもプロポーションがコントロールされているわけだ。
リオが珍しく怒りの感情を露にしたのも、「実体験だから」だと言えるかも知れない。
するとそんな無言の被害者たちを見ていたサナが、ふとリオに語りかけた。
（……あの、リオさん……ちょっと、触っても良いですか……？）
（え？ ……あぁうん、別に良いけど……）
（ありがとうございます……）
サナはおもむろに片膝を付いて、“元男児”が推測されている薄ピンク色の石化娘の１人に触れた。
そしてそのまま、何かを訴えるように虚空に突き出された腕を、抱くように握る。
（ずっとこのままには、させたくない……不思議、ちょっと暖かいよ……意識がないのに、どうして？）
（セラミックって保温性が高いらしいから、その所為じゃないかな？）
（でも10年以上もこのままなのに、ずっと熱が残ってるの？ ――もしかしたら、意識があるとか）
（カラムやエノラの透視では、意識に当たる反応は全く見られなかったらしいけど……でも、
意識はなかったとしても、“魂”が無意識の抵抗を続けているのかもね……）
（意識を奪われているのに……今も「命を燃やし続けてる」んですね……！）
サナは石化被害者の１人の腕を握り締めたまま俯いた……カタカタ、と小刻みに肩が震えている。
メタロイドは涙を出せないが、泣きたい気持ちで一杯なのかも知れない。
かつて自分が冷酷な意図によって騙されて石像に変えられ、けれど何とか「現世に帰れた」ように、
今目の前で沈黙を続けている被害者たちも、「現世に戻してあげたい」と彼女は強く思ったのだ。
（リオさん……あたし、この人たち……助けたいです……！）
このまま何も出来ずに命が燃え尽きてしまうとしたら……余りにも残酷すぎる。
不思議な温もりを今もほのかに残している、この間に何としても、もう１度「この世界」に。
（分かるよ、その気持ち……だけどすぐには行かない……どうしたら意識を戻すことが出来るのか、
試行錯誤で色々やってみるしかない……サナさんは協力してくれる？）
（はっはい、もちろんです！）
そんなサナの後ろからも、レイナやリン、ティオなどが次々に“参加表明”した。
（あ……あたしもお手伝い、させてください！）
（これは絶対に活性化させたいよね……今度はボクらが、この人たちを迎える番かも知れない）
（この際、人間に戻れるとか戻れないとか関係ないか……生きてるのが１番だよね）
そんな反応を見たリオは、白灰色の顔にひときわ眩しい笑みを浮かべた。
（良かった……見せた甲斐があったよ、キミらならきっと、そう言ってくれると信じてた）
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【Meking Memo／設定補記】
2023年に作成した、シークレット・コンテンツ向けのショートストーリーである。
2021年に作成した、やや古典的な「スライムで石化された鉱物娘」サナをメインにしたエピソードで、
その“事件”から広がる、メタロイド絡みのコネタを色々と盛り込んでいる。
サナが石化したきっかけは、草案では「勝手に魔界トラップに迷い込んだ」ものであったが、
本エピソードで「秘境ツアーを装ったＭＢＳの工作」に切り替えている。
これは“セラミック娘”たちのきっかけとなる、偽装温泉のシリーズと似たようなものである（爆）
後半はアクエリアスに保護され、活性化されたサナを中心に、アクエリアス・センターにおける、
メタロイドたちのコミュニケーションに軸足を置いて「その後の話」を組み立てている。
本文にも書いたが、サナたちは「黒いスライムに取り込まれて石化された」タイプであることから、
自分が石化されたことを知るのは保護されてから、意識を回復してからになるため、
アクエリアスで意識を取り戻した際に「真相を知る」形になるため、かなり苦悩したことが想定出来る。
それでもメタロイドとして生きる道を選ぶのはある意味お約束（滝汗）ではあるが、
既に同志が10人単位でいるわけだから、心強くはあるだろう。
後半に「まだ意識回復前の状態」で登場するセラミック娘群は、当初はサナのエピソードとは別に、
「リオが新人メタロイドにセラミック娘の倉庫を見せるシーン」として考えていたものを組み込んだ。
前半の時代背景はサナが石化された2025年、後半はサナが活性化されて安定期に入った2027年なので、
2018年に保護されたセラミック娘群はまだ意識が戻っていない（意識が戻るのは更に10年後の2037年だ）
基準時空のメタロイド実験体群の中でも、惑星カルミレスの実験体を除けば最長の休止期間を持つ、
セラミック娘群を「活性化が先行した同志が観察している」イメージは前からあった。
この辺りはＡＳＧシリーズで、ルイたちが活性化前のスイたちを眺めているのと同じ構図である。
また「保護メタロイドのクールポジション」として、リンが新たなキャラを確立させることになった。
見た目はジン以上レン未満くらいのコンパクトながらグラマーな“石像娘”のリンであるが、
今や“ベテラン枠”であるリオの解説に付いていく「ＩＱ高い系」のキャラクターを新たに追加した。
元々大人しそうな外見より大人びてメンタルが強いイメージはあったので、それを活かした形である。 |
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