 |
★Ｐｒｏｊｅｃｔ Ａｐｏｃａｌｙｐｓｅ 黙示計画 統合ナンバー：EC-X20501（CM2130713C） |
|
「……ちっ、行き止まりか」
イベント会場から避難してきたのだろうか、若い男女が愚痴っている。
彼らの目の前に見えているのは、幅１００ｍほどの運河。
南の方で運河をまたいでいた橋は崩れ、その橋のたもと、運河の対岸に警察らしき赤い回転灯が見える。
空色の怪獣――アクアギラスの影響か、運河は白く凍っていたのだが、安全性は保証できない。
「あっちの橋は崩れてるしねぇ……パトランプみたいなのが対岸に見えてるけど」
「おおぉーーいっ、ここだぁーーっ！ ――て、流石に遠いか畜生っ」
「あっでも、この運河凍ってるよね……渡れるかな？」
「無茶じゃねぇか？……表面だけだったらすぐに割れるし――って！？」
そこまで言いかけた男は、ふと目を疑った。
何と――小さな少年が１人、フェンスをよじ登って、運河の氷に降りようとしているではないか。
「おいおいおい、あのチビ何考えてんだ、本気でここを渡る気か！？」
「体重が軽かったら渡れるかも……って言ってる場合じゃないね」
「おーいそこのお前っ、やめとけ、危ねぇぞっ！」
男は少年に向かって大声を張り上げた。
その声に気付いた少年は、男の方を見る……メガネがきらりと光る。
「あ、えーと……だ、大丈夫です、ここ渡れます――多分」
|
ＰＲＯＪＥＣＴ ＡＰＯＣＡＬＹＰＳＥ
プロジェクト・アポカリプス 黙示計画
★ 第３章 進撃の大怪獣 ★
2013年7月13日―日本・東京怪獣事件其の３
|
「多分って……あのなぁ、氷が割れたら汚い海にドボンだぞ、分かってんのかお前？」
「そうそう、見なよ、あっちの橋の近くの氷は割れてるよ、きっと薄いって」
「うん、でもこの辺の氷は分厚いんです……そうだ、一緒に渡りません？」
「はぁ？……お前もしかして、俺たちを実験台にする気か？」
「違います違います、ほんとに大丈夫なんです……って言っても分かってくれないですよね」
苦笑いする少年……男の方は思わずため息をついた。
「そんなワケ分からん自身で、俺たちを誘ってんのかよ……何考えてるんだコイツ」
「でも……試す価値はあるかもね」
「――うぉいっ！？ 本気にする気かお前も！？」
「でもさ、ここで何かやってたら、あの警察が気付いてくれるかも知れないよ？」
そう言いながら、相方の女性が先に、フェンスに手をかけた。
幸いジーンズ姿なので動きやすく、スカートみたいに下半身を気にすることもない。
男はもう１度溜息を吐き、破れかぶれみたいな表情を浮かべて、仕方なく女性の後について行った。
彼らのやり取りに気付いたらしく、近くを歩いていた“被災者”の何人かもこれに続く。
１度列ができると、集団心理というのは強い……見る見るうちに人が集まってきた。
へっぴり腰で氷に足をかけた男が、ふと背後を見上げて目を丸くする。
「おいおい……他の連中も来たぜ、みんなモノ好きだな」
まさにその時――対岸の橋崩落現場にて。
「――おい、アレを見ろ！」
周囲を見回していたレスキュー隊員の１人が、運河の中ほどに目を留めた。
橋崩落現場から３００ｍほど北になるだろうか、白く凍った海面に人の列ができている。
子供のような小さな人物を先頭に、その数は１０名を超える。
しかも――更にその列に続く気か、対岸の岸壁にも数十人ほどの影が見えているではないか。
「無茶な……この運河を歩いて渡ろうとするなんて！」
「失敗したら海に落ちるのに……」
「いや、でもあの位置ならあり得るかも知れん……確か元々底が浅いし、古い橋の基礎があったから、
そいつを基盤にして、氷が厚くなってる可能性は考えられるぞ」
隊長らしき男の分析に、部下らしき男は目を丸くする。
「そんな専門的なことを、あの被災者たちが気付いたっていうんですか！？」
「そいつは何とも……しかし助けなきゃいかんな、おい何人か付いてきてくれ、あの被災者を救出する！」
|
|
その頃――お台場の戦場でも変化が起きていた。
上陸してきた漆黒の怪獣、ゴジラに最初に「ケンカを売った」のはアクアギラスだった。
銀色のウルトラマンを苦戦させていたところに「変な横槍を差された」ように感じたのだろうか。
激しくゴジラを威嚇し、ゴジラが意に介さないことに気付くと、猛然と向かってきたのである。
ゴジラの身長は７０ｍほどだろうか……アクアギラスの頭部の角辺りと、ほぼ同じである。
そのためか気持ち分、アクアギラスを見下ろす角度になっている。
ゴジラの“余裕”とアクアギラスの“警戒”は、この身長差にもあるようだ。
向かってくるアクアギラスに対し、ゴジラは熱線を吐いて応えた。
敵意剥き出しで突っ込んでくる相手に、こちらも警戒を露にしているのだが、
アクアギラスほどに攻撃的ではないのか、熱線を吐いたのも数秒ほど「迷った」後のことだった。
ただしそのために、返って強力な熱線がアクアギラスを襲うことになった。
アクアギラスは角をスパークさせ、猛吹雪の“ガード”を展開したが、熱線はこれを難なく貫通し、
アクアギラスの上半身を直撃、激しい火花ともうもうとした水蒸気が立ち上った。
金切り声のような咆哮を上げて、アクアギラスは堪らずに数歩後退する。
だがアクアギラスもすぐに反撃に転じた……背中の翼状器官から“冷気の斬撃”を発生させ、
それをおもむろに威嚇するゴジラへと叩きつける……今度はゴジラの胴体に激しい火花が飛び散った。
黒い胴体にツララを突き刺したような白い傷が走り、細かい氷片が周囲に飛び散る。
アクアギラスの猛攻は止まらない……２度、３度と青白い斬撃が空を切り、
そのたびにゴジラの胴体に、まるでムチで打ったような白く細長い傷が増えていく。
呻くような唸り声を上げて、今度はゴジラが数歩後退した……どうも、戦い慣れていない様子だ。
冷気使いというのも、熱線を武器とするゴジラには相性の悪い相手である。
そんな激しい戦闘シーンを、お台場遊園地の被災者はなおも遠巻きに眺めていた。
そこには相変わらず――カズヤとはぐれた加奈とディアスの姿もある。
「あの黒い怪獣、ゴジラって言うんだってよ……さっきあそこの人たちが言ってた」
「ふぅん、じゃあ青い方は？」
「知らないってさ」
「えー、何ソレ……知ってる怪獣と知らない怪獣がいるの？」
「世界が混ざったんだったら、それもアリだよね……あれ、加奈ちゃんが言ってたような」
「確かに言った気がするけど……誰も知らない怪獣が１番強いのかぁ」
確かにこの中で、最も戦闘を優位に進めているのはアクアギラスだ。
銀色の“ウルトラマン”は先ほどから、寒さに凍えるように体を縮こめたまま動きが鈍いし、
ゴジラも“氷のムチ”でビシバシしばいてくるアクアギラスに、攻めあぐねたような状態である。
そんな時、銀色のウルトラマンが再び動き出した。
「あ、あの銀色が休憩終わったみたいよ」
「あれ、でも歩いていかないね……なんか変なポーズしてるし」
ディアスたちが言ったとおり、銀色のウルトラマンは再び動き出したものの、
ゴジラとアクアギラスが交戦する埋立地の端に行かずに、体操のような妙なポーズをしている。
手を大きく広げ、膝を曲げるそのリアクションは、まるでラジオ体操のようだ。
その直後だった――ゴジラの全身が強烈な閃光を放ち、鼓膜が破れるような轟音が響き渡った。
「――んなっっ！？」
「きゃぁあぁあぁぁぁっ！？」
それは猛烈な爆風を生み出し、攻勢をかけていたアクアギラスを堤防の向こうまで吹き飛ばした。
何万トンもあるはずの巨大怪獣が、まるでボールのように転がっていく。
ゴジラが自身の核反応体質がもたらす切り札――いわゆる“体内放射”をぶちかました瞬間であった。
攻めあぐねていたように見えたのも、アクアギラスを十分に引き付けるためだったようである。
……しかしこんなところで自身を“爆心”にした大爆発を起こしたら、ディアスたちはどうなるのか。
その“答え”を間もなく、ディアスたちは見ることになった。
猛烈な爆風は銀色のウルトラマンの目の前で急に止まり、渦を巻きながら左右に押し広げられていく。
ちょうどそこに“見えない壁”があるかのように。
「あ、あれ……ば、爆風が……止まった？ ど、どうして？」
「まさか……あの銀色、バリアとか展開したんじゃ」
そう、ディアスの推測は――まさに“的中”していたのである。
銀色のウルトラマンはゴジラの“作戦”を察知し、爆風の遮断を優先したのだ。
どうやら“彼”もまた……ゴジラと何らかの“共闘体勢”を模索していたようである。
ゴジラがそれを受け入れたかは定かではないが、自分への敵意がないことは察知していたようだ。
そして銀色のウルトラマンはそんなゴジラを上手く活用したのである。
形勢は逆転したように見えた……今度はアクアギラスの動きが目に見えて鈍っている。
よろよろと立ち上がったはいいが、ゴジラに対して距離を取り、さっきのように仕掛けてこない。
引き続き冷気の斬撃をブーメランのように放つものの、さっきのゴジラの反撃で威力が減退しており、
ゴジラの方も先ほどの体内放射の余熱のためか、斬撃を受けても傷が付かない。
「うぉお、すげぇ……なんか映画みたいだ」
「ポップコーンとコーラが欲しくなってきたわねぇ」
……相変わらず、今ひとつ危機感に欠けた少年少女たちである。
そしてそんなアクアギラスに、今度は銀色のウルトラマンが仕掛けた。
大きく跳躍してその背後に降り立ったかと思うと、アクアギラスの長い尾をがっしりと掴んだのだ。
そのまま振り回そうとするが、アクアギラスも消耗したとは言え激しく抵抗する。
また銀色のウルトラマンも疲れが残っているのだろうか、反撃に決め手を欠いているように見える。
事実“彼”の胸元に突き出している結晶状の物体は、まるで警報機のように赤く明滅している。
その意味するところは不明だが、良い状態でないことはディアスたちにも想像することができた。
最初の“戦闘開始”からもうすぐ、１５分が経過しようとしている。
――その時だった。
爆音と共に火柱が噴き上がり、アクアギラスの尻尾に食らいついていたウルトラマンが弾き飛ばされた。
火術を使えないアクアギラスの攻撃でも、ゴジラの熱線でもない。
爆発のエネルギーは地上ではなく、上空から放たれたように、ディアスたちにも見えた。
「ちょっ、今度は一体なんだよ！？」
黒煙が晴れた中に、２つの飛行物体が浮いていた。
１つは銃鉄色の細長い航空機のような形状、もう１つは明滅する核を持つマユのような金属体。
それは分離した巨大ロボット――ジェネラルジョーの胴体と腕のパーツであった。
ゴジラの体内放射で形勢が逆転したため、アクアギラスを支援しにやってきたものである。
|
|
メインモニターで、ダークシザースと“セミ男”がお台場の戦場を眺めている。
「あの青い野郎……こっちに向いて吠えてやがるぜ、ペットのクセに随分偉そうな態度だなおい。
コイツの体内にも爆弾仕込んでやりゃ良かったのによぉ♪」
『コイツは自信家なのさ、さて早いとこ済ませよう、そのゴジラが優先目標だ、畳みかけてやれ』
「――おっ、向こうの戦闘も再開されたみたいだぜ、赤いのがまたでかくなりやがった」
『投降交渉は決裂したのか？――フォ、所詮アルティランも偽善者の集団か』
複数あるモニターのうち２つには、多摩丘陵の戦場が映っている。
１つはウォーロックの額に埋め込んだカメラ、もう１つはジェネラルジョー頭部のカメラだ。
赤いウルトラマン――セイヴンが再び巨大化し、ウォーロックに向かって仕掛ける光景が見えている。
ウォーロックもその攻撃を交わしながら、長い尻尾を叩きつけるなどして応戦しているようだ。
『アルティランはこの星では長い間戦えぬ……１０分も持ったこと自体、褒めてやりたいぐらいだ。
まぁじきに息切れするだろうさ、ウォーロックもタフだからな』
「そういやこっちの銀色も膝が笑ってるな……くくっ、ザマぁねぇ♪」
『“マーク”は放っておけ、もう長くはない……ゴジラを潰すんだ、地球人に味方したことを後悔させてやれ』
「てめぇの指図は受けねぇ、だがコイツは苦しめてやっても楽しそうだぜ」
モニター前のコンソールを操作するダークシザース……短気な怪人だが、４本の腕とハサミを器用に使う。
ジェネラルジョーの両腕パーツに搭載されたコンパクトレールガンと、
胴体パーツに仕込まれた火炎榴弾砲“ブラストバルカン”をゴジラに浴びせかけるのだ。
そのいずれも、都心部に“置いてきた”下半身パーツに搭載したオールレンジ熱線砲、
“スプラッシュブラスター”に比べると威力は弱いのだが、
それでもウルトラマンを弾き飛ばすくらいの威力があることは、先ほどの爆撃で証明済みである。
「オラ、腹一杯喰らいやがれ――死のディナーだっ！」
レールガン４基、ブラストバルカン４基が一斉に火を噴き、ゴジラを襲った。
爆音が連鎖し、瞬く間に火柱と黒煙に包みこまれるゴジラ――悲鳴のような声が響く。
『フォフォ、いい光景だ……やはり破壊は冷気よりも劫火の方が壮観だな』
「ひゃはははっ、たまらねぇぜ、最高の展開だ！」
ダークシザースが下品な高笑いを挙げた――次の瞬間だった。
唐突にぷつり――とジェネラルジョー頭部からの映像が切れた。
「――何だ！？ 人間の軍隊の攻撃を食らったのか？――だが効かねぇハズだろ！？」
『違う！ ハッキリとは見ていなかったが、今――頭部を攻撃したのはウォーロックだ！』
「何だとぅっ！？――おのれあのトゲ野郎、やっぱり裏切る気だったのか！――上等だ、死ね！」
ためらいなく、ウォーロックの自爆ボタンに手をかけるダークシザース……セミ男もさすがに止めない。
だが――ウォーロックの額に仕込んだ、カメラの映像は途切れなかった……しかも。
その映像の中に立っていた、セイヴンが腕を突き出し、“カメラに見えるように”掌の中を見せた。
掌にキラリと光る、メタリックな塊を見るや、セミ男は愕然とした。
『しまった――セイヴンめ、爆弾を摘出したのか！！』
「何だって！？……ていうか、予想してなかったのかよお前は！？」
『油断していた……恒点調査員上がりの素人戦士に、爆弾処理などできるはずがないと思っていたのに！』
「さっき小さくなってたのはそのためだったってのか……姑息な手を使いやがって！」
『――ちぃっ、計画変更だ、ジェネラルジョーを再合体させろ、戦力を集約する！』
「グダグダわめくんじゃねぇ、ここのパイロットはこの俺だと何度言えば――」
――ゴオッ！！
ダークシザースがセミ男の一方的な指示に噛みつきかけた――まさにその時。
轟音と共に青白い閃光がきらめき、“編隊飛行”していたジェネラルジョーの腕部パーツが火花を散らした。
メインモニターの目の前で力なく失速する“僚機”の背後に立ち尽くすゴジラ……背びれが淡く光る。
心なしか、ゴジラの表情が“笑っている”ようにも見える……まるで勝ち誇るかのように。
「こっ――この野郎、野獣のくせに！」
『くぅっ、計算外だ……屈辱だが、もはやこれまでか……』
セミ男はそうつぶやくと――ふっとコクピットから消え去った……映像通信を解除したらしい。
同時に――上空から光の柱が舞い降り、アクアギラスを白く包み込んだ。
「なっ、何だあの光！？」
「ちょっとあそこ見て、何か飛んでる！」
加奈が指差したはるか上空に、ジェネラルジョーとは異なる“黒い円盤”が浮かんでいた。
高度は優に１万ｍほどあるだろうか……音もなく滞空していたために、今まで誰も気付かなかった。
まさに“ＵＦＯ”であるが、怪獣やロボットの戦闘シーンの後の所為か、衝撃度は小さい。
異変を察したか、ゴジラが飛びかかるが――アクアギラスはそのまま、光の柱に包まれて消えた。
銀色のウルトラマン――マークはアクアギラスを“回収”した後、急上昇していく黒い円盤を無言で見上げている。
どうやらこちらも……円盤を“追撃”する余裕はもうないらしい。
まるで落胆するように視線を落とすと……そのまま景色に溶け込むように消えて行った。
……そして静まり返ったコクピットに、たった１人残された怪人ダークシザース。
「おい……まさかあの野郎……俺を……見限りやがったっ！？――畜生おぉぉぉっ！！」
無念の雄叫びをとどろかせる黒ハサミの怪人……しかし、その叫びを聞く者はもはや、誰もいなかった。
|
|
臨時合同庁舎１号館に設けられた、防衛隊と自衛隊の対策本部。
こちらでもお台場の“戦闘”が終結を迎えたことを、哨戒部隊の報告で知った。
青い怪獣――アクアギラスは“謎の円盤”の光を受けて消え、銀色のウルトラマン――マークも失踪。
ゴジラはというと、空に向かって１声吠えたかと思うと、東京湾に踵を返したという。
三枝の“提言”通り、内陸の都心部に向かって進撃しなかったため、防衛隊は迎撃をせずに見送った。
いや正確に言えば――ゴジラ迎撃に戦力を割く“余裕”はなかったと言うべきだろうか。
「お台場と多摩丘陵の事態は収束に向かっている……残る目標は２つだ。
あの巨大ロボットが分離した物体が２機、まだ攻撃を続けている……各自全力でこれを阻止せよ！」
対処すべき相手が絞られたとは言え、ジェネラルジョーの攻撃力や防御力はなお脅威である。
防衛隊で最も破壊力のある０２式フルメタルクラッシャーすら、弾き返した相手だ。
怪獣の頑丈な皮膚に穴を開けることが出来る徹甲ドリルミサイルも、この合体兵器には通用しないのである。
樋口と共に事態の対処に当たっている自衛隊の坂元幕僚長も渋い表情を崩さない。
「しかしミサイルもビームも効かないあの兵器を、どうやって無力化するのです？
よしんば砲火で進撃を食い止められても、無力化しない限りこの事態は収束しないはずです」
『――もしもし司令部、ちょっと宜しいでしょうか？
あの巨大ロボットの迎撃について、ある人物から提案があるようなんです』
司令部に通信を送ってきたのは、立川駐屯地の黒木だった。
「……提案？ あれの正体を知っている者が？」
『はい、先ほどまで多摩丘陵で、もう１体の怪獣と対峙していた人物です』
「えっ……ということは、まさかあの“赤い巨人”かね！？」
『――初めまして、セイヴンといいます』
黒木の隣に現れたのは、やや面長の中年男性だった。
てっきりあの“巨人”が現れると思っていた、樋口や坂元はその意外性に少々面食らった。
「あ、あの……どちらさまで？」
『あ、いえ幕僚長、この人物があの“赤い巨人”なんですよ……どうも人間の姿を取れるようで。
自分もその瞬間を見るまで、信じられなかったので仕方ないですが』
中年男性の横から、黒木が苦笑するような素振りでフォローする。
実はこの人物が、あの赤いウルトラマン――セイヴンの“人間体”だったのである。
直接遭遇した防衛隊のとある隊長経由で、立川駐屯地にやってきたものだった。
突然現れて信じろというのは都合が良い話だが、ことの真偽を詳しく検証している余裕はない。
そもそもただの人間なら、こうも簡単に駐屯地の会議室に入れてはもらえないだろう。
樋口は取り合えず、セイヴンと名乗るこの男性の提案を聞くことにした。
『いきなりのことで申し訳ありません……しかし、緊急のことですので』
「はぁ……そ、それで提案というのは？」
『確かにあのロボット――ジェネラルジョーは強靭です、地球人の兵器では破壊が難しいでしょう。
しかし破壊できずとも、動きを止めることは可能です』
「……ほぅ、どうすれば止められるのです？」
『ジェネラルジョーのコントロール中枢を破壊すれば、他の部位も動かなくなります。
コントロール中枢は胸部に当たるパーツで、今飛行している方に当たります。
これを自分がこれから無力化しますので、軍の皆さんは地上にある方をお願いしたいのです』
「地上にある方というと……確か、分離した中で最も火力が強い部分では？」
戸惑うような表情を浮かべる樋口……セイヴンは自分が制御中枢を無力化するというが、
そのために「最も攻撃力の強いパーツを頼む」と言うのである。
その部分こそ、防衛隊やＧフォースが今まで、最も手を焼いてきた相手なのだ。
爆撃砲“スプラッシュブラスター”を開放した瞬間は事実上、全く手が出せないと言っても良いくらいだ。
『その通りです……２〜３分で構わないので、足止めをしておいて頂きたいのです。
合体されると戦闘力が上がります……分離している間に制御出来なくするのが最適な戦術なのですよ。
パーツの中で最も頑丈なのが制御中枢部ですから、順序を逆にすれば返って苦戦します。
怪獣と戦闘経験があるなら、足止めぐらいはできると思うのですが』
「なるほど……足止めか」
腕を組む樋口……頑丈で面倒な敵だが、１時的に食い止めるぐらいなら確かに可能だ。
しかし本当に、この男の言うことを信用して良いのか。
「どうします樋口幕僚長……部外者の提案を簡単に呑むことはリスクがありますが」
「分かっています……しかし我々だけで、この事態を収拾できるかどうか、分からないことも確かです。
お台場と多摩丘陵の事態収拾に、彼らが関与したことはどうやら確かなようですしね」
１〜２分、考え込んでいた樋口だが、やがて決意したように頷いた。
「分かりました……その提案、試してみましょう」
『感謝します……自分はすぐに取り掛かれますが、どうしますか？』
「目標迎撃のために火力を集中します……５分ほど時間を頂きたい。
あの歩行パーツへの一斉攻撃と同時に、作戦開始ということで宜しいですか？」
『分かりました、では攻撃を確認したら始めます』
|
|
防衛隊が慌しく動き始めた。
現状の火力を最大限、ジェネラルジョーの脚部パーツの迎撃に集約するためだ。
陸防が誇る０２式フルメタルクラッシャーや０８式メーサータンクはもちろんのこと、
東京湾に待機している海防の艦艇からもミサイルを発射し“飽和攻撃”を仕掛ける予定だ。
上半身のない脚部パーツは今も北西に進撃を続けている。
セイヴンの提言を受け入れる入れないに関わらず、このまま行けば臨時合同庁舎も爆撃を受ける。
ゴジラと大差ない火力を持つ敵に、東京都心部を我が物顔で横断されるわけにはどうしても行かないのだ。
「陸防部隊の展開、完了しました、いつでも行けます！」
「海防艦隊のミサイルはどうだ？」
「お待ちください……哨戒機が照準を調整しています……ＯＫです、行けます！」
“目標”を迂回するように飛ぶ哨戒ヘリが、レーザー照準システムの中継基地として機能し、
艦隊から直接は目視できない相手に、ミサイルの照準を合わせるのである。
本来なら軍事衛星を使うのが理想なのだが、まだ“異変勃発”以降からシステムの復旧は完全ではないのだ。
「よし、あの男に賭けるぞ……攻撃開始！」
樋口の号令と共に、海防艦のＶＬＳラックから、１０数発の巡航ミサイルが発射された。
目標まではおよそ１５ｋｍ……着弾までは１分もかからない。
更に立川駐屯地に配備された陸防のミサイル車がフルメタルクラッシャーを解き放つ。
ウォーロックの迎撃に使った“残り”のミサイルを全て、ジェネラルジョー迎撃に使い切るつもりだ。
空防の戦闘機も、残ったミサイルを発射する……数十の弾道が敵に向かって集束する。
そのミサイルとすれ違う赤い影――“巨人体”に戻ったセイヴンだ。
目指すのは再合体を目論んで北上する、ジェネラルジョーの胸部パーツ。
そのコクピットには目をギラギラさせた孤軍奮闘のダークシザースが、操縦桿を握り締めている。
「クソったれが……どいつもこいつも、役立たずだ……ん、あれは首相官邸か？ ちょうどいい、瓦礫の山に変えてやるぜ！」
そう言ってダークシザースがブラストバルカンの発射ボタンを触った瞬間、アラームが鳴った。
「あ”ぁん！？ 何だよ、戦闘機か何かが近づいてるのか！？」
しかしモニターに捉えられた“赤い巨人”の姿を見て、怪人は血走った目をぎょろりと剥く。
「コイツは……爆弾摘出野郎じゃねぇか……こん畜生めが、貴様の所為で全部パアだ！！」
ダークシザースはブラストバルカンの目標を、首相官邸からセイヴンへと切り替える。
だが――そのわずか数秒の“気まぐれ”が、運命の明暗を分けた。
セイヴンが飛びながら腕を交差し、ジェネラルジョー中枢部に向かって熱線を解き放った。
垂直に立てた右腕の肘から手首がスパークし、太い帯状の熱線がほとばしる。
“直撃弾”を浴びた中枢部は激しい火花を散らし、空中でぐらりと傾く。
「うがっ……この野郎、タイミングを見計らって……卑怯だぞ！！」
……自分の卑劣さを堂々とカミングアウトする奴ほど、相手の戦術の揚げ足を取るものだ。
「畜生が……てめぇなんぞ、下半身と合体したら焼き鳥の刑にしてやる！」
ダークシザースが半ばヤケクソでそうわめいた次の瞬間、前方で爆発が連鎖した。
ジェネラルジョー“最強”の脚部パーツが、防衛隊の集中砲火を受けた瞬間であった。
ミサイル火力だけでなく、地上からもメーサーの稲妻が煌く。
「うぉお！？ 軍の連中め、まだあれだけの攻撃力が残ってたのか！？
しかしそんなの効くわきゃねぇんだよバーカ、今合体して丸焼きにしてやるから待っていやがれ！」
だが、さっきのセイヴンの熱線でどこかショートしたのか、姿勢制御が上手く行かない。
さらに追い討ちをかけるように、背後から再びセイヴンの熱線が炸裂した。
「クソがぁあぁ！ どいつもこいつも……クソばっかりだぁあぁ！！」
誰にも聞こえないダークシザースの絶叫を反響させながら、機体はふらふらと失速して行った。
|
|
救急車のサイレンが、到る所で鳴り響いていた。
空に立ち上る黒煙もなお数多い……しかし、峠は越えた空気が漂っている。
「――カズヤ君！」
「加奈姉ちゃん、ディアス兄ちゃん！ 良かった、無事で……」
「バッカやろう、そいつはこっちのセリフだ、どれだけ心配したか……」
「……あんた、怪獣バトルをのんびり観戦してたじゃないの」
「加奈ちゃんだって見てたじゃないか、仕方ないだろ、すぐ目の前だったんだし」
「僕も見えたよ……ほんと、凄かったよねぇ」
イベント会場だったお台場の埋め立て地から、運河を隔てた東にある広場で、少年たちは再会した。
３人の周囲にも、保護された被災者たちが数十人、幾つもの再会の塊を作っている。
広場の南西方向がちょうど、さっきまで銀色のウルトラマン――マークと怪獣アクアギラス、
そしてゴジラが交戦していた地域に当たる……今も黄色がかった灰色のもやが立ち込めている。
アクアギラスが引き起こした“局地寒波”で凍った水分が、真夏の午後の強い日差しで一気に融解し、
“薄汚れた陽炎”を作り出しているのだ……巨人や怪獣たちの姿はもちろん既になく、
激闘で穴だらけになった資材置き場や工場の倉庫群を、消防や自衛隊の車両が取り巻いている。
同じ頃……都心部の合同庁舎――の地下シェルターでも。
「……終わったのか？」
「ど、どうなんでしょう……地響きは鳴り止んでいますが……」
東郷と部下の山田が、他の官僚達と身を潜めていた――とそこに。
「――東郷次官！」
その声に東郷が振り向くと、数人の護衛を連れて、壮年の男性が近付いてきた。
Ｇフォースの麻生司令官である……合同庁舎のシェルターは地下道でつながっていたのだ。
息が上がっている……どうやら急いで走ってきたらしい。
「え？……あぁ、これは麻生司令官殿、ご無事でしたか」
「いやいや、こちらも東郷次官のことが気がかりで……退避が遅れたと聞いていたもので」
「まぁ、悪運には強いみたいでしてね……樋口幕僚長たちもご無事で？」
「えぇもちろん無事です……戦況は終息の方向へ向かいつつあるようです、ご安心ください」
麻生の言葉に、東郷と山田はほぼ同時に胸を撫で下ろす。
「そうですか……その、なんだ……何やら妙な巨人が現れたと聞いているのですが？」
「えぇそうです、ただ“彼ら”が何者なのかについては、まだ情報が集まっていないのです、申し訳ない」
麻生の言葉を受けて、もう１度長い息を吐く東郷。
まだ全てが終わったわけでは決してないが、少なくともこれ以上の事態の悪化は避けられた気がした。
「つまり……その巨人は“あなたたちの世界”の関係者ではない、ということですね？」
「その可能性が高いと思われます……取り合えず良かった、では私は臨時司令部に戻ります。
首謀者の１人らしき人物が乗った物体が、新宿の駅前に不時着したようなので……」
「物体……ということは、都心部を爆撃していた、あの合体するロボットですね？」
「そうです……どうやら核だけのようで、防衛隊とＧフォースの集中砲火を浴びたのですが、実に頑丈でしてね……」
|
|
――その“現地”、新宿駅西口広場。
ロータリーの真ん中に、１０ｍ以上もあるマユ状の金属の塊が、半ば地面にめり込んでいる。
飛行中は明滅していた核らしき部分も光を失い、ただ時折、火花のみを散らしている。
セイヴンの光線攻撃でコントロールを失ったジェネラルジョー中枢部は、
最後は包囲する防衛隊やＧフォースの集中砲火を浴び、このロータリーに“墜落”したのである。
警官隊や自衛官が遠目に包囲して、警戒するその物体の足元に、異形の影が１つ。
緑色の甲殻に覆われ、コウモリのようなグロテスクなマントを翻す両腕と、その内側に黒いハサミが１対。
眼は血走り――ただし赤い血ではない――憎悪に満ちた表情で、警官隊たちを睨みつけている。
「畜生……畜生……よくもやってくれたな……たかが人間の分際で……」
つぶやくように言うと、その怪人――ダークシザースは、やおら大声を張り上げた。
「来るなら来やがれ！！ だがただでは死なんぞ、ここにいる人間どもを全員、道連れにしてくれる！！」
「無茶な大口もそこまでだぞ、ダークシザースよ」
ダークシザースの“ハッタリ”に横槍を刺したのは、昆虫のような仮面を被った男だった。
包囲している１団の背後から歩み出し、ダークシザースの正面に立ちはだかる。
「飛行物体から怪人が現れた」と聞いて、立川から駆けつけた本郷――いや１号ライダーである。
「１号……ライダー……！」
「今度こそ年貢の納め時だな……ここまで大きなことをしでかして、安らかに逝けると思うなよ？」
「黙れ黙れ黙れ！！ 貴様１人で何ができる、俺を誰だと思っているっ！！」
「何度も言わせるな……貴様の敵は“１人じゃない”んだ――なぁ、斉藤１尉殿？」
「えぇ、その通り――１人どころか、大勢いますなぁ」
そう言いながら、メーサーライフルを構えた斉藤が進み出て、１号ライダーの横に立った。
その姿を目にした瞬間、ダークシザースの全身が猛烈な殺気に満ちる。
この人間に“撃ち落とされた”瞬間から、ダークシザースの“転落”が始まったのだ。
「――うがあぁあぁぁっっ、貴様あぁあぁアァアァァ、ぶっっっ殺してやるゥウゥアァ！！！」
狂ったような叫び声を上げ、ダークシザースは銃弾のように飛び出した。
斉藤は冷静にその姿を認めて、メーサーライフルの引き金を引く。
青白い光弾が亜光速で敵を狙うが、ダークシザースは予想していたとばかりに大きく跳躍した。
「おぉおぉオォォ、ふっっざけんなクソ野郎がっっ、この俺に同じ手が何度も――」
だがその血走った視界に、黒い影が割り込む――同時に斉藤がにやり、と笑った。
「悪いがな……“同じ手”じゃないんだよ、コスプレ野郎」
１号ライダーの逞しいボディが鮮やかに、そして軽やかに宙を舞い、
そのまま空中でクルクルと回転しつつ、長い脚を跳躍したダークシザースの喉笛に。
１号ライダーの新必殺技――ライダー・スクリュー。
ただでさえ絶大な威力を誇る１撃“ライダー・キック”に加速器のような回転運動を加え、
破壊力を数倍以上に増大させたものだ……それは生きた砲撃と言って良い。
ショッカー連合が繰り出した再生強化怪人に対抗するため、密かに訓練し準備していたのである。
「――――げぅっっ」
――メキャッッ
竹を割り開くような音と共に、空中で大きくのけぞり、口や鼻や耳から緑の血を噴くダークシザース。
２体の怪獣を従え、検討外れな復讐に燃えた怪人の“東京滅亡計画”は、こうして潰えた。
どしゃっ、と倒れ込み、なおも声なく血を噴き続ける復讐者の遺骸。
勝利の歓声はなく、ただ戦士と隊員たちが、殺戮に明け暮れた敵の亡骸の前に立っている。
１号ライダーの仮面は言葉を発さず、さっきはにやりと笑った斉藤の表情も今は硬い。
無理もないだろう……ここに至るまでに、払った犠牲は決して少なくない。
それが必然だったのか無駄だったのか１言では言えないし、何もかもが「初めてのこと」でもあった。
しかしそれでも、この結末こそが、ベストでは決してなかったはずだ。
そういう無念な空気が、そこには満ちていたのである。
だがそれがこの後、この“世界”を襲う、
常識を超えた幾つもの危機の序章に過ぎないなど、いったい誰が予想できただろうか……。
|
|
| （第４章関東其の５） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2009〜2010年頃に草稿を作成したエピソード。
当時はまだ旧ＯＷ企画であったが、ＰＡ期に入っても基本的なシナリオは変わっていない。
（現在のエピソードは旧ＯＷ『ファーストクライシス始動編３章３話』を再編したものである）
因みに旧ＯＷ企画時にはなかったエピソードで、“３章３話”から分離したもの。
第２章同様、“東京怪獣事件編”のクライマックスが長くなってしまったからだ（爆砕２）
また２怪獣撤退後、旧作ではジェネラルジョー迎撃シーンがかなり乱暴な展開になっていたため、
（気付けば集中砲火を受けた中核部が既に墜落していたという展開になっていた^^;）
このシーンを掘り下げて充実させるという意図も、このエピソード分離に含んでいる。
ここに組み込んだのが、旧作ではモブ扱いだった海上防衛隊の駆逐艦隊である。
１方、１号ライダーが断末魔のダークシザースを仕留めた際に使った新必殺技ライダースクリューは、
旧ＯＷのエピソードの時点で確立していたもので、これも“プラスアルファ”の１つである。
本家のライダーキックは“お馴染み”の勝利シーンだが、ワンパターンに見える嫌いもあったため、
「ライダーキックをローリングソバットみたいに繰り出しても良い」と思ったのだ。
旧ＯＷで“始動編”と銘打っていたように、実はこの１〜３章で物語としては１段落している。
仮面ライダーとウルトラマンとゴジラという、日本特撮界のレジェンドを登場させたのも、
クロスオーバー企画としての“様式”をこの３章で確立させる狙いがあった。
思い上がりと言われても否定しないが、「自分がクロスオーバー映画を撮るならこうする」という、
そうした“夢”をこの３章に盛り込んだところもあるのである。 |
