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★Ｐｒｏｊｅｃｔ Ａｐｏｃａｌｙｐｓｅ 黙示計画 統合ナンバー：EC-X20501（CM2130718A） |
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東京都墨田区錦糸町。
都心東部を代表する街の１つであり、錦糸町駅にはＪＲ総武線、東京メトロ半蔵門線が乗り入れている。
１つ西隣が、大相撲で有名な国技館のある両国駅だ。
帝都大学法学部に所属する高野倭は、卒業論文の取材のために午前中から錦糸町を訪れていた。
「金魚ぉー、金魚はいらんかねー？」
風鈴の涼しげな音色と共に通りすぎていく金魚屋。
カラフルな浮き輪を脇に持ち、楽しげに駈け競べをする小学生達。
そして、朝からうだるくらい照りつける、銀色の太陽。
それら全てが、まさに盛夏の到来を告げている。
「――おや？」
その時、ふと高野は気付いた――空の色がおかしいのだ。
晴れていることは晴れているのだが、群青色の奇妙な色で、何故か夕方のように薄暗い。
これから日が傾く時間帯ならともかく、まだまだ午前中であり、ましてや朝焼けの時間帯でもない。
「おかしいな……？」
奇妙な空を仰ぎながら、高野は首を傾げた。
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ＰＲＯＪＥＣＴ ＡＰＯＣＡＬＹＰＳＥ
プロジェクト・アポカリプス 黙示計画
★ 第６章 試される有志たち ★
2013年7月18日―日本・東京妖怪事件其の１
（※レオ（流離太）氏の投稿エピソードを監修して組み込んでいます）
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高野がそんな呟きをしていたのと同じ頃――すぐ近くの錦糸堀公園前では。
「おぉ、ここがあの有名な『おいてけ堀』のあった場所ですか！」
「おいてけー！ おいてけー！ みゃははは♪」
公園の片隅にある“河童の石像”ではしゃぎ回る、中学生らしき少年と少女。
メガネをかけた少年はいかにも優等生と言った雰囲気。
少女の方はピンク色のリボンが愛らしく、テンションが高い……どうやらちょっと“天然”らしい。
２人の近くには、数人の同じくらいの年代の少女たちと、保護者らしき女性が１人。
持っている荷物からすると、どうやら観光客のようだ。
しかし――こちらは浮かない顔をしている。
実はこの集団、朝に寝台特急で、北海道から東京にやってきた“卒業旅行”のグループなのだ。
少女たちには実は他人には言えない、不思議な秘密があるのだが――
「おかしいわねー？ 何度やっても旅館に繋がらないんだけど？」
携帯電話を片手に、保護者らしき女性――碓氷深雪はしきりに首をひねっている。
娘らしき少女が横から覗き込む……青いリボンとメガネが特徴だ。
「その電話番号、間違ってるんじゃないの？」
「そんなはずないわよ。だってこれ、リダイヤルだもん」
そう――彼女らは今日泊まるはずの旅館を見つけられず、立ち往生していたのである。
「なんだか空模様も怪しいですね……雨でも降るんでしょうか？」
三つ編みの少女が心配そうに空を仰ぎ見たその時――先程まで黙りこくっていた少女が、初めて口を開いた。
深雪を除けば“卒業旅行チーム”の中で最も背が高く、スタイルが良い――が。
「――なぁ」
その表情には、妙に真剣な色が浮かんでいる。
「どうしたの？」
「あのさ、さっきからずっと言おうと思ってたんだけど……ひょっとしたら、オレ達って」
スタイルの良い少女――卜部秋綺は、男勝りな口調で口を開いた。
が、その言葉は、先ほどのテンションの高い少女――冬水の黄色い声によって遮られる。
「ねーねー！ わかんないなら、近くの人に聞いてみよーよ！」
「あ！？ ちょ、冬水！？」
止めようとするメガネ娘――冬雪の手をするりと抜け、冬水は近くを歩いていた青年にパタパタと駆け寄る。
「ねー、おじさん！」
「お、おじ……？」
動揺と共に顔を引きつらせた“青年”は、まさに高野だった。
メガネをかけた２０代前半程の優男――実際、大学生なのだから当然だが。
幾らなんでもこの容貌で“おじさん”呼ばわりは余りに酷いだろう……なぁそうは思わないかね諸君。
しかし、そんな高野の気持ちなど露知らず、冬水は可愛く小首をかしげる。
「あのねっ、この辺りに『足洗亭』って宿屋さんがあるみたいなんだけど、知らなーい？」
「うーん、わからないなあ。僕はこの辺の人間じゃないからね」
「みゃうー、そうなんだぁ……」
冬水はしょんぼりとうなだれる。
その横に並び、冬雪は申し訳なさそうに頭を下げた。
こうやって２人並ぶと、よく似ている……双子と言われても通じそうだ。
キャラクターは正反対なのだが。
「すみません。この子が失礼なことを」
「いやぁ、いいんだよ。僕の方こそ、お役に立てなくてごめんね？」
平謝りする冬雪に対し、高野は柔和な笑みを向けた。
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その時だった。
「冬水ぃ、腹減ったよぉ！ まーだ旅館に着かないのかー？」
もぞもぞと、冬水の背負っているリュックが波打ち、隙間から羊の人形のような物体が顔を出す。
「あっ、こら！？」
人前で喋るな、と冬雪が注意しようとした時には後の祭り。
「――うぉっ！？」
高野は仰け反り、大きく目を見開く。
そりゃあ、どう見ても羊のぬいぐるみにしか見えない物体が喋っているのだから、当然だ。
実はこの“人形”、妖怪の１種である“饕餮”。
“他人には言えない不思議な秘密”を持つ冬雪たちと深い関係を持つ、異世界の生命体である。
……簡単に言えば、冬雪たちは人間に危害を加える妖怪を浄化する、巫女のような能力を持つのだ。
その際に妖怪――アヤカシたちに通用する力の触媒となるのが、この小さな生命体なのである。
「ケッケッケ、びびってるびびってる。恐怖こそ、俺達アヤカシの……っつあ！？」
愉快そうに笑っている饕餮の額に、冬雪は細い指でとびきり痛いデコピンをかます。
「駄目じゃないか、大人しくしてなきゃあ！」
「うんうん、まったくだよ。
こんなラブリーな人形がいきなり喋りだしたりしたら、普通の人間はびっくりしちゃうじゃないか」
「――いや、お前も黙れよ！？」
自分の頭のリボンに乗っかり、したり顔で話すもう１体の生物――玄武に、ツッコミを入れる冬雪。
こちらは冬雪と“契約”を結んでおり、見た目はメロンパンを思わせる亀の人形である。
その状況を前に、高野はボーゼン、と口を開けっ放している。
彼の脳裏には、先日友人の山城が語った“怪談”が去来していたが、冬雪たちには知る由もない。
山城がこの場にいたら、空気を読んでくれたのかも知れないが。
「あ、あの、これは……その……」
しどろもどろになって、冬雪は言いよどむ。
アヤカシ――妖怪ですなんて言えるはずもない……本当に、なんて説明したらいいのだろうか。
そのように考えあぐんでいた時だった……玄武が急に緊張した声を出したのだ。
「冬雪――ちょっとおかしいぞ！？」
「いやだから、喋っちゃダメだって――えっ！？」
その言葉で冬雪も――いや、冬水や秋綺、更に他の少女たちも気付いた。
奇妙なスミレ色のモヤが、公園一帯を包み込んでいたのである……幻想的な光景とも言えるが、
梅雨も明けた真夏の午前中には場違いな光景であり、違和感が半端ない。
田舎の盆地なら時々見かける風景と言えなくもないが、ここは巨大都市・東京のど真ん中なのである。
しかも何とも言えない、鼻を突くようなかすかな刺激臭がモヤの中に漂っている。
野生動物の体臭を凝縮したような、お世辞にも気持ち良くない生臭さだ。
「……なんだこれ！？ ――うっ、変な臭いだな」
高野も“異変”に気付いた……いや彼だけでなく、多くはないが他の通行人も顔を見合わせている。
と――その中に、妙な人影が立ち、薄笑いを浮かべてこちらを眺めているのに冬雪たちは気付いた。
ストライプの背広を着た肩幅の広い男性だ……しかしその手には何故か赤いグローブがはめられている。
その姿を視界に留めた瞬間、冬雪たちの記憶が数ヶ月前にフラッシュバックした。
「――あいつは！！」
「やっぱり――アヤカシの仕業か！」
冬雪と秋綺が声を上げた次の瞬間――“グローブ男”が呼応するように奇声を張り上げた。
「ラァアァッシャッシャッシャァアァアァァァ！！」
冬雪たち――いや、対魔の戦巫女“ホーリーメイデンズ”たちには見覚えがあった。
彼女たちの宿敵であるアヤカシの“強化型”と名乗って現れた、伝統的なアヤカシとは異なる怪人たち。
巷のウワサではなく“都会の闇”から生まれたと言われる、新手の妖怪たちである。
その斥候に当たる異世界の刺客こそ――このグローブをはめた怪人“ラッシュガイ”であった。
冬雪たちに気付かれたのと同時に、ラッシュガイは軽くステップを踏み、グローブを構える。
その姿はちょうどボクサーを連想させるが、背広姿のままで、片脇には銀色のアタッシュケースを挟む。
怪しいことこの上ない風貌だが、文字通りアヤカシなのだから仕方ない。
高野にもその異様な姿は見えていた……もちろん彼に、アヤカシの知識はないが。
「なっ、何なんだあいつは！？」
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ほぼ同時刻――その錦糸掘公園の片隅の茂みの中で、もぞもぞとうごめく人影があった。
植木の陰でその半身を隠しているが、この真夏に場違いな服装をしている。
真冬に見られるようなタートルネックの分厚いセーターなのだ……背格好は小さく、少女のようだ。
そして袖口や襟元からは、紫色の光沢を放つ奇妙な“肌”がちらちらと見えている。
その質感は人間のそれではなく――まるで陶器のように見える。
“彼女”がこんなところにいるのも、実はその非人間的な容姿を隠す意図があった。
彼女自身は自分の容姿が“非常識”であることを知っているのである。
「参ったな……これからどうしよう」
小さな声でぼそりと呟く少女……その声にはかすかに、ガラスをこするような残響が混じる。
垂れ下がった植木の枝越しに、少女のサファイア色の目がちらりと動いた。
セーターの袖に引っ込めた手の指には、シルバーメタリックの爪が生えているのが分かる。
彼女の名はスミレ。
元々は人間であったが、ある“秘密結社”の手によって、生きたセラミック質の彫像に変えられたのだ。
その経緯は話すと長くなるのだが……実はスミレ自身もどうしてここにいるのか分からない。
気がついたら、この公園の芝生の上に倒れていたのである。
“元人間”であるため、自分の外見が一般人に警戒されるものであることを良く知っている。
だから植木の陰に隠れて、時機をうかがうしかなかったのだ。
……東京都心にあるこの公園に、どうやって来たかも覚えていないのだが。
スミレが途方に暮れていた時である。
「ラァアァッシャッシャッシャァアァアァァァ！！」
突然、公園の片隅で異様な“雄叫び”が響き渡った。
奇妙な紫色のモヤ越しに、サングラスをかけたスーツ姿の大男が薄笑いを浮かべて立っている。
片脇にアタッシュケースを抱え、手に赤いグローブをはめた異様な怪人だが。
「何アレ変なの……って、あたしも言えた義理じゃないか」
スーツの怪人――ラッシュガイを視界に留めたスミレは、自嘲気味に呟いた。
ラッシュガイのいでたちは余りにも怪しいが、「歩くセラミック人形」である自分の姿も大概だからだ。
ふとスミレの意識に、過去に彼女が遭遇した“怪人たち”の姿が蘇る。
それは今視線の先にいるラッシュガイとはまた違う怪人だが、排他的で悪意のある存在だった。
そしてラッシュガイも、悪意の有無は分からないが、少なくとも友好的には見えなかった。
スミレには、記憶にある怪人たちと、ラッシュガイの間にどこか、共通項があるような気がしたのだ。
「もしかして、あのグラサンも、悪いやつだったりするのかな――って、えっ今度は何！？」
そして間もなく――新たな“異変”を彼女は目撃することになる。
モヤが立ち込めた薄暗い公園内で煌く、これまた場違いな６色の光。
それはラッシュガイの近傍にいた、自分と年恰好の近い少女たちの集団から発したように見えた。
更にその光が収まった時――スミレは見た。
カラフルな巫女服をまとい、淡いオーラを放射する戦乙女――ホーリーメイデンズの姿を。
「町の人に危害を加えるなら、ボクたちが相手だ！」
「こんなところまで来てあたしらを挑発するなんて、良い度胸じゃん？」
「悪意のあるアヤカシの末路というのを、思い知らせてあげないといけませんよねぇ」
６人の戦巫女はラッシュガイに向かって勇ましい言葉を吐く。
またよく見るとラッシュガイ以外にも、２つの怪しい人影が立っていることにスミレは気付いた。
彼女のサファイア色の目は、軍用スコープのような解像度を持つのである。
１人は黒いライダースーツ状のいでたちで、ガスマスクのような顔と、片手に巨大なタイヤを持ち、
１人は全身金色で、頭部からアロエの葉に似た長い突起が何本も生えている。
こちらもラッシュガイに勝るとも劣らない、異様な怪人である。
「特撮番組の撮影じゃないよね……？」
いやまぁ、確かにそう見えることは否定しませんハイ。
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「唸れ、ムラクモ！」
冬雪が変身した青い戦巫女――ホーリーアクアが手にした神器“オーヌサステッキ”を振りかざすと、
氷の小さなナイフが出現し、“敵”に向かって飛んでいく。
それはあたかも忍者が使う手裏剣や、クナイのようにも見える。
ムラクモの切っ先はラッシュガイのスーツを狙うが、その目前でまるでバリアのように弾かれる。
いや――バリアではない。
ラッシュガイのアタッシュケースの隙間から飛び出した小さな“名刺”が、ムラクモを妨害したのだ。
名刺はまるでカミソリのように、氷片を切り裂く。
「くっ！」
「シャッシャッシャ！」
そしてラッシュガイは空いた隙に自ら飛び込む……プロボクサーのような身軽さで。
「風の鎮魂歌！」
だが今度は、１陣の旋風が突然渦を巻き、ホーリーアクアに飛び掛ったラッシュガイを吹き飛ばした。
緑色の戦巫女――渡辺春花が変身したホーリーブロウの技である。
それは魔物にダメージを与え、巫女の受けたダメージを回復する効果がある。
「ありがとう、助かったよ」
「油断しちゃいけませんよアクア、あいつ遠距離でも近距離でも戦えます」
そして数ｍ先では、赤と白黒の戦巫女が、全身金色の怪人――アロエビクスマングレートと対峙する。
「燃え盛れ、聖炎剣！」
「地断破！」
赤の戦巫女――坂田夏月が変身したホーリーフレアが、オレンジ色の炎を噴き出す長剣を振りかざし、
白黒の戦巫女――源終里が変身したホーリーガイアが、身長よりも大きな鎌を振り被る。
「ホォオォォォオォォッ！！」
しかしその連撃を、アロエビクスマングレートは頭部の“葉”で難なく受け止めて見せた。
見た目こそアロエの葉のようだが、金色に輝く質感と相まって、チェーンソーのような凶器と化すのだ。
アロエビクスマングレートには鼻も口もないが、目を軽く細める……まるで嘲笑うかのように。
「うーわ、そんなアロエ反則！」
「……アヤカシってほんと、常識が通じないね」
そして黄色とピンクの戦巫女は、黒い怪人――ガス・ヴェイダーを相手にしていた。
「食らえ、雷槍！」
「玄武陣！」
ガス・ヴェイダーが繰り出す、トゲだらけの巨大なタイヤを、バリアのような障壁が受け止め弾く。
ピンクの戦巫女――碓氷冬水が変身したホーリーダビデが形成したものだ。
黄色い戦巫女――卜部秋綺が変身したホーリーライトが、その横から雷電の槍を突き出す。
ガス・ヴェイダーの黒いマスクに派手な火花が散るが、重量級らしくそれほど後ずさりしない。
無言で迫ってくるその振舞いは、ロボット兵のようでもあり、背中に生えたパイプからは煙を吹き出している。
「みゃうー、重いねぇ」
「ふん、だったら仰け反るまで撃ち込むだけだ！」
そんな異能戦を、突然目撃することになった高野は、まだこの状況がよく分かっていない。
「……どうなってるんだ？」
「あの、ここは危ないですので、避難しましょ？」
ふと我に返ると、深雪が高野に話しかけてきた。
柔和な雰囲気の女性だが、この非常識な空気の中でも意外なほどに落ち着き払っている。
「え、あぁ……しかし、あの子達を置いてですか？」
「彼女たちは大丈夫です……何しろ“プロ”ですから、僕が保証します！」
戸惑う高野に、今度はメガネの少年――桃ノ木三四郎が太鼓判を押す。
メイデンズ一行の“逆紅一点”である彼は、彼女たちの実力が誰よりも分かっているのだ。
もっともメイデンズを知らない高野には、その意味すら分からないのだが。
「プロって……アイドルではなさそうだけど」
やはり山城を連れてくるべきだったか……高野は改めてそう思った。
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高野が深雪と三四郎と共に、“最前線”から距離を取り始めた時だった。
「おぉっと、そうはイカ焼きそばだぜぇ！」
「――うわっ！？」
突然３人を、半魚人を思わせる怪人たち、数人が取り囲んだ。
青緑色の顔にギャングのような冷酷な笑みを浮かべ、手には細長いモリを握っている。
「てめぇらを俺たちが逃がすわけねぇだろぉが、久し振りのごちそうだってのによぉ」
「ご、ごちそうって……」
「こ、こいつらは確か、水霊（ミズチ）！」
冷や汗を浮かべながら“解説”したのは三四郎だ……彼もこの手の“マニア”なのである。
「い、いやですわぁ、こんなおばさん美味しくないですのよ」
「ケッ、ンなもん、食ってみれば分かることだ」
言い逃れようとした深雪を、水霊の１体がピシャリと抑えた……彼女の顔から笑みが消える。
「……言葉が分かるなら、バカなことはよせ、刑務所に行きたくはないだろ！」
「は？ こいつ何言ってんだ、ケイムショ？」
冷静さを保とうと高野が口を開いたが、残念ながら妖怪に法学部の知識は役に立たない。
そう言いながら、３体ほどの水霊はじりじりと間合いを詰める。
あえてすぐには襲い掛からない……獲物に恐怖を与え、“狩り”を楽しんでいるようだ。
「あっ……しまった、母さんが！ ――痛っ！？」
“最前線”から冬雪――ホーリーアクアの悲痛な声がした。
その油断を突いて、ラッシュガイの“カミソリ名刺”が彼女の巫女服を切り裂く。
少女のミゾレのような白い肌に、細く鋭い赤い筋が引かれた。
「さっ、三四郎先輩に手を出さないで！」
「――ガイア、危ない！」
こちらも隙を見せた終里――ホーリーガイアに、アロエビクスマングレートが斬りかかるが、
身を呈してホーリーフレアが受け止める……斬られはしなかったが、体重差で弾き飛ばされた。
ホーリーライトも状況に気付いたが、駆けつける余裕はない。
「ちくしょう、あいつら最初から引き離すつもりだったのか！」
「ケケケ、２人で１体しか相手に出来ねぇのは分かってんだぜ、ばーかばーかｗ」
「さーて、こっちはちょっと早いランチタイムだ……ぜ……？」
最前線のメイデンズを嘲笑った水霊の１体が、ふと“異変”に気付いた。
高野ら、戦力外の“一般人”３人だったはずの景色に、見慣れない１人が新たに混ざっている。
しかも紫色の陶器を思わせる、無機質な質感を持つ奇妙な少女だ。
「えっ……？」
「……誰だお前、変な顔しやがって」
「あんたに変な顔って言われる筋合いはないわよ、痛い目に遭いたくなかったら消えなさい！」
紫色の少女――スミレはそう啖呵を切って、銀色の爪を千枚通しのように長く伸ばした。
今は自分の姿が人間とは異なることを、気にしている状況ではない。
悪意を確信したなら、黙って見ている道理はなかったのだ。
「うぉっ、何だよコイツ、こんなのがいるなんて聞いてねぇぞ！」
「上等じゃねーか、そんなちんまい爪で俺たちに歯向かう無謀さを、しっかり教えてやる！」
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「ふむ……戦況に変化が生じたようじゃな？」
錦糸掘公園を見下ろす雑居ビルの屋上に２つの人影が立っている。
１つは和装の老人、もう１つは和洋折衷のベージュ色の服を着た金髪の大男だ。
和装の老人は隻眼であり、片手にキセル、もう片方に扇子を持ち、横目でちらりと大男を見やる。
その横には小柄な“赤鬼”を思わせる、少年のような人物が寄り添っている。
「なるほど……あれがメドゥアス公の言っていた“鉱物娘”とやらか」
「この世界に“招待”したのは４人だと聞いていたのじゃがね？」
「集中的に召喚する気はなかったのだろう……ゼルガ殿も『分散した方が面白い』と言っていた」
公園は依然、スミレ色の奇妙なモヤに包まれているが、２人には現場が「見えている」らしい。
「ところで貴公が派遣したという“猛霊”はどこにいるのかね？ 水霊しか見当たらないが」
「ジャンキー・マスター殿……物事には順番というものがあるのじゃよ、いかがかな？」
「出し惜しみかね……まぁ、それも良しか」
「あの小娘どもは我ら“百鬼夜行衆”の因縁深き巫女……簡単にこの宴を終わらせてなるものかね」
「それは我らも同感……でなくば手駒を３体も奮発した甲斐がない」
ジャンキー・マスターと呼ばれた大男を、和装の老人――ぬらりひょんは再度横目で見る。
「時に……貴公の言われる“切り札”とやらはどこで使うおつもりかな？」
「ジャガンのことを言っているのかね……ふふ、物事には順番というものがあるのだろう？」
意趣返しのような言葉に、ぬらりひょんは目を細め、睨むような仕草をする。
「異能者とは言え、所詮小娘に毛が生えた程度が７人……ジャガンを出すまでもないだろう。
彼も『傲慢な偽善者を斬るのが使命』と言っていたではないか」
「彼女らもそうした偽善者ではあると思うがね」
「物足りんということさ……そっちにもそういう駒がいただろう？」
「こっくり――いや、マインドクラッシャーのことか……彼女は少々、偏屈な性格でねぇ――む？」
呟くようにそう言いかけた時だ……ぬらりひょんの眉間にシワが寄った。
ジャンキー・マスターの表情も変わっている。
「ここで“彼”が来るとはのぅ……これは少し意外じゃったな」
「全くだ……ふむ、少し早いが、ジャガンを仕向けてみても面白そうかも知れんな。
やつの相手として、不足はないことだろう」
モヤに包まれる公園を見下ろしながら、２人はそう言った。
どうやら――この“舞台”に接近する新たな“気配”を感じ取ったようである。
「ぬらりひょん様……彼って誰ッスか？」
「おぉそうか、朱之盆にはまだ話しておらんかったな……まぁそのうち分かる、よぅ見ておれ」
朱之盆と呼ばれた“赤鬼少年”が興味津々に口を開く……見た目だけでなく、中身も純粋なようだ。
「猛霊の出番かも知れぬな……ふぅむ、あぁいう駒は残しておきたかったのじゃが」
「えぇっ、ここでアイツ出すんスか！？」
「あの魔獣も所詮は１兵卒だろう、今回は実験のつもりだったが、中々面白くなりそうじゃないか」
ジャンキー・マスターが冷たい目でぬらりひょんを見る。
ぬらりひょんは何も言わず、再び目を細め、手にした扇子を口に当てる仕草をした。
お互い意中の目的や野心は違うが、一致する価値観もあるらしい。
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「ち……こいつはとんだダークホースらしいな」
再び錦糸掘公園。
半魚人風のアヤカシ――水霊の１体が、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
目の前には這いつくばった同族と、２つに斬りさばかれたモリ。
そして小柄ながら堂々とした雰囲気で立ち塞がる、紫色の“鉱物娘”スミレ。
同族が今し方“ちんまい爪”と高を括った銀色の爪は、しかし彼の細長いモリを簡単に切断し、
出来た隙に入ったスミレが、彼の股間を“セラミックの脚”で力いっぱい蹴り上げたのである。
それは砂がたっぷり詰まった一升瓶で、遠慮なくオスの急所を突き上げたに等しい。
蹴られた水霊は半ば白目を剥き、ひくひく痙攣しながら悶絶している。
苦虫を噛み潰す水霊が持っているモリも途中でぽっきり折れている。
スミレに向かってぶすりと突き立てたはずだが、無力にも彼女の体を貫けなかったものだ。
このガラス細工のような紫色の体は実際、鍛えた日本刀も通さないほど頑丈なのである。
着ていたタートルネックのセーターこそ破れているものの、体の方には傷１つ付いていなかった。
「痛い目に遭いたくなかったら、消えなさいと言ったはずよ」
スミレはそう言って余裕の表情を浮かべた……指を軽く振ると、銀色の爪がしなるような音を立てる。
「さぁて、少しは消える気になったかしら？」
「冗談じゃねぇ、こんなガラス娘にコケにされて、ただで引き下がるわけにｈ――ぇぶっ」
ズン、という重い音と共に、大きな影が水霊に覆い被さり、あっけなく踏み潰された。
何事かと見上げたスミレの視線の先に、唐突に黒光りするバイソンのようなモンスターが現れた。
その姿を見た、他の水霊が驚いたような表情を浮かべる。
「もっ、猛霊（モウリョウ）じゃねぇか、今回は出す気がないって言ってたのに！？」
「あわわ……水霊に続いて猛霊まで出てくるなんて……どうしたらこれをしのげるんだ！？」
「向こうは変な怪人が３人いるし……真昼間にこんな騒ぎを起こすなんて」
――グルルルル。
猛霊と呼ばれたバイソンのようなモンスターは、鬼火のような赤い目を光らせ、低い唸り声を出す。
水霊とは違って言葉は発さず、肉食動物のような振舞いをする……見た目、武器もない。
踏み潰された哀れな水霊は、文字通り霧消して消え去った。
身長３ｍはあろう太った悪魔のような怪物に、さすがにスミレも気圧される。
「マジ？……これ、ちょっとヤバいかも」
頑丈さには人１倍自信があるスミレだが、歩くダンプカーのような怪物と戦える自信はない。
６人の戦巫女――ホーリーメイデンズは今なお、３人の怪人の相手で手一杯だ。
相手が水霊だけならまだしも、猛霊まで１人で相手するのは間違いなく荷が重いのである。
仮にボディプレスを食らっても潰れる気はしないが、それでは高野たちを守れなくなることになる。
急所を的確に狙えば倒せるのかも知れないが、彼女にそんな専門知識はない。
さっきのように股間を狙っても、１撃を入れる前にその太い腕に張り倒される可能性が高いのだ。
「ケ……ケケケ、ひゃはは、今度こそ形勢逆転だな、小娘ども！」
「――それはどうかな？」
嘲笑うような水霊の声に、突如新しい声が被さった……中年ほどの男性の声である。
やがてモヤの中に、その声の主が姿を現す……見た目は普通の男だが、実はただの人間ではない。
服装もどこか、ＳＦ映画の戦闘員のように見える。
「異界の魔物どもに警告する……これ以上破壊工作を続けるなら、このモロボシ・ダンが容赦しない」
男の正体は、マークと共に地球にやってきた“光の巨人”、セイヴンだった。
モロボシ・ダンというのは“人間体”時の偽名であり、彼と接触したことがある者なら気付いただろう。
彼は元々、怪獣のような巨大生物より、こうした等身大の任務が得意なのである。
また異世界の住人が次々に出現する事態に際し、彼は昨日から独自にパトロールを行っていたのだ。
そして東京のど真ん中で起きた“アヤカシ事件”を察知したのである。
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| （東京妖怪事件其の２） |
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【Meking Memo／設定補記】
2010年頃に草稿を作成したエピソード。
旧ＯＷ企画時に作成したエピソードを再編したものであり、レオ（流離太）氏が書いたエピソードを内包する。
旧企画打切によって登場しなくなったキャラクターもいるため、再編の必要性が生じたためだ。
旧企画時にはもっと規模の大きなハイライトであったが、再編の結果公園の１角で起きた異能事件になっている。
レオ（流離太）氏の１次創作である『ホーリーメイデンズ』キャラがカメオ出演する構図は旧企画と同じだが、
敵キャラの再編により、同氏投稿の百鬼夜行衆とメヴィロイドチームを少し早めに登場させた。
セイヴン（ＧＤＷ版ウルトラセブン）参戦も新機軸であり、等身大アクションも多かったキャラを活かしてみた。 |
