 |
★Ｐｒｏｊｅｃｔ Ａｐｏｃａｌｙｐｓｅ 黙示計画 統合ナンバー：EC-X20501（CM2130718E） |
|
田舎の夜は、暗くて静かだ。
都会のように、ひっきりなしに車が走ることもなく、
昼夜を無視して活動する町明かりもない……空には満天の星空が広がる。
七夕神話を生んだ２つの星が、銀河の断面――天の川の両岸にひときわ美しい輝きを放つ。
その“天空のカップル”を見下ろすように、白鳥が天の川を行くのがすなわち、“夏の大三角形”だ。
そんな“天空の夜景”の下――ひっそりとした林道を、ジェノクたちが歩いている。
特に怪しい動きをしているわけではないが、不気味なほどに音を立てず、幽霊のように進んでいく。
日が暮れてから北上盆地に入ったジェノクたちは、人気の少ない川沿いや田園地帯を選んで西へと進み、
東北地方の背骨とも言うべき、奥羽山脈に入りつつあった。
６時間ほどで、80kmほども移動したことになる……超人的に速いわけではないが、
普通の人間では起伏に富んだ“林道コース”でこのペースを維持するのは、恐らく不可能であろう。
しかも誰にも気付かれることなく、こんな内陸部まで入ることが出来るのだ。
林道の横――奥羽山脈の麓に当たる山林の隙間から、広い盆地の遠方に町明かりが見えている。
恐らく岩手県の中心都市――盛岡市の夜景であろう。
東京や大阪といった巨大都市には及ぶべくもないが、周囲に大きな町がないため明るさが目立つ。
「平和な町明かりだな……壊し甲斐がありそうだ」
物騒なセリフをさらり、と小声で言い放つザキラ……この男はこういう性格なのだ。
|
ＰＲＯＪＥＣＴ ＡＰＯＣＡＬＹＰＳＥ
プロジェクト・アポカリプス 黙示計画
★ 第６章 試される有志たち ★
2013年7月18〜19日―日本・闇世界其の２
|
「“禁断症状”かね、ザキラ？」
「かも知れんね、最近血を見ていない……“向こうの世界”は壊すものが減ったからな」
「ザキラ……単独行動だけは勘弁してくれよ」
「だったら早いとこ、“標的”を決めんと行かんなぁ」
苦言を呈したグローディに薄笑いを浮かべたザキラが言葉を返した――その時。
「何なら――俺が相手になろうか？」
ふと――山林の奥からそんな声がした。
その刹那。
「――ぎゃっ」
「――ぐぇっ」
小さな悲鳴が林道の奥で響いたかと思うと――ジェノクたちの目の前に何かが振ってきた。
「――――なっ！？」
血にまみれた、異形の生首。
人間に似ているが微妙に肌の色などが違う、その首にジェノクたちは見覚えがあった。
当然だろう……それは今し方、ジェノクたちの前を歩いていた、部下達の首だったのだから。
「血が見たいのなら――付き合うぞ？」
「誰か知らんが……随分と手荒な挨拶だな？」
「知る必要などない……これから地獄に行く者に名乗ったところで、何の意味もないだろう」
その言葉と共に、ゆらりと木々の陰から、長身の男が姿を現した。
銀色の辮髪を長く垂らした、スキンヘッドの大男。
人間と区別が付かない姿だが――その全身から立ち上る、巨大でどす黒い妖気は、
この男が“人外”であることを……いやそれどころか“ただの人外ではない”ことをも強く示唆している。
「その妖気……メイジェロムの高位体か。１人で人間界を徘徊とは、良い趣味だな」
「ほぅ――貴様、俺の種族を知るか。さては魔導師か、半妖か……」
「残念だが――そのどちらでもないな」
言うや、ジェノクは背中から“漆黒の翼”を展開した――フィラデルフィア艦上で見せた、あの能力だ。
そんなジェノクの姿を目に留めた、“銀髪の魔人”は、意外そうに表情を変えた。
「――何！？ 貴様、その翼は……！」
「俺は確かに元人間だが……半分ほど“魔獣の血”が流れていてね……そうだな、半妖に近いのか。
もっとも、この血は後で混ぜられたものだがね」
「こいつは驚いた……その翼に見覚えがある、まさか人間がその力に耐えられるとは」
そう言った男の妖気が、“臨戦態勢”から収束するのをジェノクたちは感じた。
男の“先制攻撃”で緊張したグローディやザキラも、意外な展開に怪訝な表情を浮かべる。
「少し興味が沸いた……その力、どこで手に入れた？」
「先制攻撃しておいて１方的な質問だな……貴様こそ、自己紹介をすべきではないのかね？
メイジェロムの高位体には、下位の連中にはない品格があると聞いたが、あれは嘘か」
「く、くく……俺の妖気を浴びておいて、その口ぶり……いい度胸だな、人間にしておくには惜しい。
気に入った、良かろう。俺は銀角。魔界じゃ少しは名の知れた者だ」
「銀角、だと！？……じゃあ何か、お前あの“魔修羅連合”の指揮官なのか？」
今度はジェノクが驚いた表情を見せた。
ジェノクが属する裏社会の支配者“エグゼクター”はかつて、魔界の大国と縁を持ったことがある。
その大国の名こそ魔修羅連合であり、その強大な“魔界軍”を掌握する魔人の名が、銀角だったのだ。
「ほぅ、俺を知っているのか……ますます興味が沸いた、その力といい、何者だ？」
「俺の名はジェノク。エグゼクター特殊部隊ＺＯＡ第６チームの指揮官だ」
「エグゼクター……その組織には聞き覚えがある、確か兄者が契約を結んだ人間界の組織だ。
もっとも――俺は契約に反対したんだがな」
「ほぅ……それはまたどうしてだね？」
ジェノクが問いかけると――銀角は再び、殺気に満ちた妖気を展開させた。
グローディたちが思わず身構える。
「俺は人間という生き物が嫌いでね……裏社会だろうが、そんな連中に協力などしたくはなかった。
今日とて、貴様らを攻撃したのは……貴様らに人間の臭いを感じたからだ――だが」
そこまで言うと銀角は再び、妖気を抑えた。
「ジェノクと言ったな。貴様には興味が沸いた……その“魔獣の力”をどこで得たのか、
なぜその力に呑まれぬのか、何ゆえに“ここ”にいるのか……どうだ、話す気はないか？」
|
|
「――ここは……どこだ？」
日本列島から数時間の時差を持つ、西太平洋の無人島。
西から東に向かって自転する地球の特性上、こちらは深夜を過ぎてすでに東の空が白みかけている。
この島は天皇海山列の１つであり、実は先日加賀たちが“漂着”した島から10kmも離れていない。
その無人島の暗い浜辺に、これまた光を吸収するような“黒い人影”が数体立っていた。
誰に話しかけるともなくぽつり……と呟いた１人は、胸元が開いた黒いワンピース姿の女性である。
肌は異様に白く――夜なので色はよく分からないが――額には１対の“角”が生えている。
そしてその背後に、ゴリラのような太い腕を持つ、身長３ｍはありそうな“怪人”が無言で立つ。
歯をむき出した無気味な外観で体毛はほとんどなく、目も付いていないように見える。
“立つ”とは書いたものの、実は足があるのかもよく分からない。
「座標はミッドウェイ海域西部、天皇海山列の１部だと思われます」
“鬼女”の背後に立つ人物が、抑揚の少ない口調で淡々と“報告”する。
こちらも女性のようであり、角こそないが長い黒髪で同じように肌が白く、和装に似た上着が特徴だ。
そしてその両腕に、カラーボックスほどもある、黒光りする岩のようなものを持っている。
何本も銃身のようなものが突き出ているところを見ると、どうやら武器のようだ。
鬼女は振り返ることなく、言葉を続けた。
「それは分かっている……だが、何かが違う。 そう思わないか？」
「……確かに、空気が違いますね」
長い黒髪の女性の変わりに、黒いビキニのような衣装の短髪の女性が口を開く。
長い黒髪の女性と違ってこちらは露出が多いが、やはり不気味な“銃器”を両手に抱えている。
「先週、敵を迎え撃ったのもこの海域のはずですが、遠く離れた海域のようです。
“ル級”もそう思われませんか？」
「……確かに、違和感はある……だが、潮が違えば空気が変わることは良くある」
「……この違和感は、潮の変化とは違う」
再び呟いた鬼女は、ル級と呼ばれた長い黒髪の女性の意見を却下し、黒々とした海原を遠く眺める。
「ここは……我々が支配していた海ではないかのようだ。 お前たちは気付いていないのか？
私は今、得体の知れない、大きな気配を感じている」
「得体の知れない、ですか……“戦艦棲姫”ほどの方から、そのような表現が出るとは」
「見ろ……“こいつ”が震えておるのだ。 高レベルの敵艦隊が相手でも、震えることなどなかった」
自嘲するように彼女が指差した“太い腕の怪人”は細かく震え、何かを怖れているようにも見える。
ゴリラどころかゾウやサイでも、パンチ１発で撲殺しそうに見えるほど逞しいのに。
「姫様……あれは何？」
ふと別の声がした……頭に大きな帽子のようなものを被り、上半身がほぼ真っ白な女性である。
その言葉を受けて皆が振り返ると、“姫様”が眺めていた海上に青白い光の列が見えた。
光の列は等間隔に並び、それなりの速度で動いているように見える。
「偵察機を発艦しますか？」
「待て“ヲ級”、あれは……刺激してはならぬ！」
「！？ 姫様、それは一体どういう――」
ル級と呼ばれた長い黒髪の女性がそう言いかけた瞬間、海面が波音と共に割れた。
薄い岩の列のようなものが持ち上がり、彼女たちがいる島に向かって斜めに近づいてくる。
先ほど見えていた青白い光の列は、その岩の列の先端部分であった。
「これは……敵襲か！？ 我が艦隊の潜水艦は何をしている！？」
「止せル級、あれは刺激してはならぬ」
「姫様……あれが何か、ご存知なのですか！？」
更に海面が大きく盛り上がる……“姫様”は震えながらも、その表情は不思議と落ち着いていた。
「知らぬ……だが、我々の“敵”ではないはずだ」
|
|
再び――東北の山奥。
暗い林道で、色白の大男――銀角と、黒い翼を広げた怪人――ジェノクが対峙している。
先ほどまで林道を包み込んでいた、禍々しい妖気と殺気は今は収束し、
銀角の“先制攻撃”の犠牲になったジェノクの部下の遺体が、暗がりの中で血の臭いを漂わせている。
「興味ね……まぁ光栄と言うべきなのか。だが俺たちも“何故こうなったのか”良く分からんのだよ」
「貴様の体に刻み込まれた魔獣の因子は、我々メイジェロムでも使いこなすのが難しい代物だ。
なのにメイジェロムよりはるかに脆弱な人間が使えているのは、本来あり得ぬこと」
「よく知らんが、合成には“魔神の種”を使ったと聞いている」
「魔神の種、だと……？ エグゼクターの技術はもうそこまで進歩したというのか！？」
銀角はジェノクの言葉を聞くと、またもや意外そうな表情を浮かべた。
「ほぅ、知ってるのか。伊達に魔界軍の指揮官を名乗ってないな」
「当然だ、契約で我々がエグゼクターに提供したようなものだからな……だが早過ぎる。
たかだか十数年で、ここまでの技能を身につけられるはずがない」
「十数年だと……？ エグゼクターがこの研究を始めてから、優に半世紀以上が経つはずだが。
つかぬことを聞くが……今はいったい何年だ？」
「何だと！？ ――そうか……そういうことだったのか……！」
「おいおい、１人で勝手に納得するなよ……話をしたいならどういうことか説明してもらおうか」
１人で納得する銀角に、ジェノクはたしなめるような言葉を投げる。
「今は何年だ、と聞いたな。 確か人間界の年号では、今は“２０１３年”だったはずだ」
「２０１３年だと！？」
「驚いているな……やはりそうか、貴様たちは“未来から来た”のだな？」
「あり得ることとは思っていたが……まさか本当に世界を越えてしまったとはな……！
どうやらそのようだ。もう１つ言えば、ここは“同じ世界の過去”とも限らぬ」
「そうであろうな。この世界にエグゼクターは存在しない、貴様の見当は確かに外れておらぬ」
「やっぱりか……道理で、見覚えのない艦隊がいたわけだ」
低いうめき声を上げるジェノク……背後のグローディたちもさすがに困惑しているようだ。
そうかも知れない、とは思っていたが……今まで確信ではなかったからだ。
銀角がくつくつ、と無気味な笑い声を上げる。
「そうか……未来においては、貴様のような存在が人間の中から生まれるわけか、こいつは面白い」
「面白い、だと？ 人間は嫌いじゃなかったのか？」
「嫌いだとも、大嫌いさ――だが、貴様は別だ……元人間だが、我々と同じものを感じる。
魔獣の力に呑まれないだけの闇を持っている……すでに“新たな存在”になっている」
「新たな存在、か……確かに、そういう実感はあるな」
そんなジェノクの反応を試すように、銀角は言葉を続ける。
「貴様自身も、人間自体に余り良い印象はないのではないか……どうだ？」
「図星だな、さすがは魔修羅の指揮官だ……確かに人間に好印象はない」
「脆弱で寿命も短い、小動物の分際で、しかし欲深く、世界の覇者を気取っている」
「地球に身勝手な同情を寄せて、愛で全てが救えるなどという偽善に浸っているしな」
「誰がこの星を荒廃させてきたのか、分かっているような素振りを見せて、そのくせ分かっておらぬ」
「全くだ。放っておくとどうなるか、危機感もない……魔族よりはるかに危ない生き物だ」
まるで共鳴するように、２人の“魔人”が思わせぶりな言葉を交わし合う。
「こんな愚かな生き物を――貴様はどう思う？」
「元人間として恥ずかしいね。身の程を思い知らせる必要があるな」
「２人の魔人」は今度は同時に、にやりと笑う――それは不気味なほど、同じ表情をしていた。
そしてまたそれは、２人の“行動目的”が、極めてよく似ていることを示唆している。
すなわち――人間界の“終末”をお膳立てする、ということ。
「世界を越えたのも何かの縁だ――“この世界”で、俺が持つ力の是非を問うのも面白い」
「やってみるがいいさ……貴様のような“破壊者”は、歴史に刻まれるような結果を残すだろうよ」
どうやら……２人の利害関係が一致したようだ。
|
|
再び、暁を間近に迎えた天皇海山列の無人島。
白い肌と黒服、異形の銃器を持つ女性型の“亜人”たちが眺める中で、巨大な物体が浮上した。
青白い光を宿す、割れ瓦のような“背ビレ”と、長大な尻尾を持つ異形の生命体――それはまさに“怪獣”。
亜人たちのリーダー格――戦艦棲姫と呼ばれた彼女ですら、畏怖を感じる格の持ち主だ。
それはまさしく――防衛隊やＧフォースが“ゴジラ”と呼んできた存在であった。
――ギャオオォオォォォン！！
海底火山爆発を思わせる咆哮に、ル級と呼ばれた長い黒髪の女性や、リ級と呼ばれた短髪の女性は呻いた。
「なんだ……こいつは……！」
「こんなやつが……今まで海の中に！？」
「ふ、ふふ……こやつこそまさに“海の主”、我ら“深海棲艦”にとって、神と呼べる存在だ！」
戦艦棲姫はその存在感に圧倒されながらも、表情は笑っていた。
彼女にゴジラという怪獣の知識はないはずだが……直感か、啓示のようなものを感じていたようである。
「では……ここは祝砲でも上げますか？」
「まぁ待てル級、刺激してはならぬと言っただろう……この“神”を怒らせるべきではないのだ」
高揚する“姫様”に対し、ル級はまだ目の前の怪獣――ゴジラにそれほどの感動は持っていない。
そのためやや皮肉を交えた言葉だったようである。
ただ彼女にも、本当に砲火を放てば、ゴジラに余計な刺激を与えるだろうとの予感はあったようだ。
そしてそんなことをすれば……自分たちもただでは済まないという確信があった。
「脆弱なくせに覇者を気取る人間たちに、身の程を教えるために我々はこの海を制圧して見せた。
“艦娘”どもはそんな人間を守護するが、それは所詮ちっぽけな愛情の裏返しでしかない。
この“神”を見よ……人間など、取るに足らぬ傲慢な存在であることを、自ら語っているではないか」
「ですが姫様……この生物がそれほどの存在であるなら、我々の存在と矛盾するのでは？
この生物自身が、驕る人間どもに対する審判者なのだとしたら、深海棲艦の存在意義とは何です？」
ル級のクールな言葉に、リ級やヲ級は思わずはっとした表情を浮かべる。
確かに彼女が言うように、自分たち“深海棲艦”が人間への審判者として誕生したのだとしたら、
目の前に聳え立つ怪獣――ゴジラとその存在意義が「被ってしまう」のだ。
けれども戦艦棲姫は、その指摘に驚きはしなかった……再び冷静な表情に戻りはしたが。
浜辺で語り合う彼女たちを横目に、当のゴジラは磯場の沖合いをゆっくりと横切っていく。
２日ほど前、加賀たちが別の島で目撃した時と同じように。
もっともあの時よりも上半身が大きく海面に出ており、足の１部も見えているが。
「そうだな、確かにル級の言う通りだ……我ら深海棲艦とこの“神”の存在意義は重複すると私も思う。
しかしそれが、最初に感じた“違和感”の答えだとしたらどうだ？」
「空気が違う、と言っていたことについてですか？」
ル級の言葉に、戦艦棲姫は思わせぶりに頷いた。
「そうだ……ここの空気が違うのは、我ら深海棲艦の“代わり”にこの生物が存在するからではないか。
この島に上陸する前、我々は大きな渦潮の中を突っ切ってきた……今思えばあれが“きっかけ”だったのだ」
「あの渦潮は……我々深海棲艦が拠点を移動する際に使うものではないですか」
「最初は私もそう思ったものだ……だがいつも使う渦潮よりも大きく、安定していなかったではないか」
そう――彼女たちは移動の際、人為的な渦潮を作る手段を持っている。
しかしこの無人島上陸前に通過した渦潮には、彼女たちが知る渦潮とは違う不安定性があったのだ。
自ら作り出した渦潮なら、こう不安定になることはないはずなのに。
「姫様……ではあの渦潮は何だったのですか？」
「あくまでも私の推測だが……あの渦潮は我々をこの島にたどり着かせるための“入口”だったのだ。
必ずしも深海棲艦を必要としない、その代わりを担う“神”が棲んでいる島に」
「……いったいどういうことです？」
「恐らく――ここは我々が支配する海がある“世界”ではないのだよ」
戦艦棲姫の余りにも大胆な“推測”に、居合わせた深海棲艦全員が驚きの表情を浮かべた。
|
|
三度、ジェノクと銀角の対峙の場。
いや今や――それは“意気投合の場”になりつつあったが。
「ならば今度は俺から質問だ」
銀角が自分と似た思想を持っていると気付いたジェノクが、今度は質問を投げる。
「何だ？」
「あんたは何故人間界にいる？ 魔修羅の指揮官ともあろう者が、このような場所に何故１人で？」
「――１人ではない」
ふと――山林の奥から、新たな声が響いた。
暗闇の中から染み出すように、黒いシャツを着た長髪の男が姿を現す。
背丈、髪型共にジェノクに良く似ている……違うのは、瞳が人間離れしたオレンジの光を帯びていることか。
首にはロザリオの首を切ったような、Ｔ字に近い独特のネックレスをぶら下げている。
「――驚いたな。この距離まで俺に気配を悟らせないか、何者だ？」
「貴公とは初めて遭うことになろう、ゼルガ・ローヴと言う。以後宜しく―― “同志”よ」
「同志？」
「そうとも……“闇の使徒”としての同志だ、貴公には前から目を付けていた」
ゼルガと名乗った黒いシャツの男は、そう言って薄笑いを浮かべた。
その言葉を聞いた銀角は、怪訝な表情を浮かべる……聞いていなかったとでも言いたげに。
「何だ……最初から誘う気だったのなら、何故俺に言わなかった？」
「本物の出遭いにコネクションは不要。真剣勝負の方が互いの本質を理解できるものさ」
「つまり俺を試したということか……その妖気、貴様も魔族か？」
「出身は宇宙だがね」
ジェノクの問いにそう答えて、ゼルガは血の気のない口角をニィ、と上げる。
「宇宙人と魔修羅の指揮官がつるんでるのか？――くくっ、奇妙な縁もあったものだ」
「宇宙にも魔族と呼ばれる種族はいる……貴公が持っている因子を提供した魔獣も、元は宇宙出身だ」
「そいつは初耳だな……神話で見ないと思ってたらそういう背景か」
そしてジェノクは背中の翼を畳んだ……漆黒の翼がしぼむように消え、服に吸い込まれていく。
そう、ゼルガが言う通り……その翼を生み出した“本来の持ち主”は、深宇宙の知的な魔獣であった。
加えて、ゼルガと志を同じくする存在でもあったのである。
「その魔獣も我々の同志……つまりこの縁は元々運命だったのさ」
「それで？ あんたたちはこの世界で何をやろうとしているんだ？ 何故俺を誘った？」
「このゼルガの師匠が、この世界を“苗床”に革命を始める気らしくてな、そのための準備をしている。
俺も忌々しい人間に絶望を味わわせたくて、その革命とやらに手を貸してやることにしたのさ」
「師匠？そんなのがいるのか」
「貴公の体に刻まれた“魔獣”の師でもある……“魔神の種”の本来の持ち主さ」
ゼルガはそう言って、ひときわ冷たい笑みを浮かべる。
「“魔神の種”はアイテムの１種だと思ってたが……本家本元がいたのか」
「もちろんだ。あの魔神がこの星に“種”を植えたからこそ、我々魔界の住人も誕生したと言われている。
人間界の言葉にするのも癪だが、我々魔界の住人にとっては“神”のような存在だろうな」
「なるほどねぇ。それで――革命の準備というが、具体的に何をすればいいんだ？」
「“混沌”だよ――破壊と争乱、恐怖と絶望。それが闇を集束し、革命の苗床になる」
「ほぅ――つまり、“遠慮は要らない”ということだな？」
ジェノクの問い返しに――銀角とゼルガは悪意に満ちた笑みで答えを返した。
|
|
三度、天皇海山列の無人島。
巨大怪獣ゴジラが浮上し、海岸沿いをのし歩く壮大な風景に遭遇した、黒白の亜人たち。
それが“艦娘”たちの“天敵”である武装した異種族“深海棲艦”であることを、まだ世界は知らない。
加賀たちが「世界を飛び越えた」ように、敵である彼女たちもまた、どうやら同じ運命に遭遇したらしい。
深海棲艦の“大幹部”である鬼女“戦艦棲姫”は、その可能性に気付き始めていた。
強大な砲撃能力を持つ、太い腕の“怪人”を飼い慣らし、深海棲艦屈指の打撃力を誇る彼女だが、
戦況を冷静に分析し、艦娘艦隊やそれを支える人間たちを翻弄する、手強い指揮官としての顔もある。
「姫様……いきなり何を言い出されるのです？」
戦艦棲姫の“右腕”である“戦艦ル級”は困惑を隠せない……彼女は真面目で結構硬い性格らしい。
いつもと違う雰囲気の島に上陸し、怪獣に遭遇したから「世界を越えた」と“姫様”が言い出したのだ。
真面目なル級には、戦艦棲姫の意図がいまいち読み取れなかったようである。
「荒唐無稽と思ったかル級？ だが今まで全くなかったことが起きたんだ、検討する価値はあるだろう」
「確かに……我々が作り出した渦潮でも、空間をジャンプすることはありますよね」
戦艦棲姫の見解に最初に理解を示したのは“重巡リ級”である。
黒ビキニの外見相応にアクティブに行動する彼女は、頑迷なル級よりも思考が柔軟なようだ。
じろりと睨むル級に対して、リ級は手を広げて軽くおどけた素振りを見せる。
「もしも“世界が違う”なら、我々の友軍がいないか、いても数が少ないことが考えられますね。
偵察機を上げて調べれば、色々分かってくるのではないでしょうか？」
こちらは“空母ヲ級”だ……大きな“帽子”から伸びる触手のような器官に、既に小さな艦載機を持つ。
リ級よりはクールに振舞うが、地は彼女に負けず劣らず好奇心があるようだ。
前例のデータに頼るより、実際に調べた方が早い、というドライな気質でもある。
「まぁつまり、そういうことだよル級。 確かに私の推測は飛躍し過ぎているかも知れない。
ならば調べれば良いことだ……友軍がいるのかいないのか、敵がいるのかいないのか、見極めねば。
あの“神”も我々を激励しているように、私には見えるのだがどうだ？」
戦艦棲姫に“神”と呼ばれたゴジラは、既に“背中で語る”場所まで遠ざかっている。
背中に並んだ背ビレの青白い光が、帆船のマストに生じる燐光“セントエルモの灯”のようだ。
この場にゴジラが登場したのは果たして偶然なのか、それとも彼女たちがゴジラの前に偶然出てきたのか。
少なくともゴジラから、彼女たちにアプローチがあったわけではない。
それでも戦艦棲姫にとっては、この遭遇が「運命的なもの」に思えたようである。
そんな姫様の自信ありげな表情を見て、ル級は小さく溜息を吐いた。
「……まぁ、確かに調査は必要ですね、違和感がたまたまなのかそうでないのかは確かに重要です」
「それに確か、艦娘どもは我々への反撃に備えて、演習艦隊を動かしていたはずだ。
そやつらがこの近くにいるのかどうかも、これを機会に調べておく必要があるだろう」
「ですが姫様、仮にここが“異世界”だとすれば、艦娘どもも存在しないのではないですか？」
「あいつらも我々と同じように“飛ばされた”可能性もあるんじゃない？」
「そんな都合の良い展開が……」
……ですよねー。
「それも調べてみれば分かることだ……それに調べずに行動を起こして、被害を被る恐れだってある。
審判者を自認する我ら深海棲艦が、そんな無計画では敵に舐められる」
「それは確かに仰るとおりです……では、まずは偵察ですね？」
「はい、お任せ下さい！」
ル級が戦艦棲姫の方針に同意するや否や、ヲ級が待ってましたとばかりに偵察機を発艦させる。
加賀がゴジラ調査に使った“瑞雲”とは全く違う、まるでマンタのような有機的な形状をしたドローンだ。
数機の有機的なドローンがゆらりと浮き上がり、ゴジラとは逆方向の闇に向かって飛んでいく。
その機首の方向はまさに、まだ深夜の時間帯にある日本列島を指していた。
「これも何かの運命だと私は思う……偶然か必然かは分からぬが、何かが我々をここに導いたのだ」
「あの“神”が我々を呼んだということですか？」
「そこまでは私にも分からぬ……そうかも知れぬし、そうじゃないかも知れぬ。
まぁそれもこれも……遠からず明らかになることだろう」
|
|
同じ頃、石巻軍港では。
「ふぁあ〜ぁ――あっ、ソーリー、すみまセン」
「大丈夫か？ 眠いなら、今のうちに仮眠を取っておいた方が良い」
「いえ、大丈夫デース」
日付を越えて既に１時間ほど経つ軍港司令部で、ナガト艦長の有賀が“宿直任務”を続けていた。
もちろん有賀１人ではなく“３交代”でクルーが活動しているのだ。
……因みに空いた机の１つでたった今、大きな欠伸をしたのは金剛である。
彼女も加賀のいない間、艦娘側の“司令塔”として、国連艦隊やフィラデルフィアクルーの補佐を行っているのだ。
こちらも３交代制を採っており、有賀が入れ替わるのと同時に榛名にバトンタッチする予定である。
眠気覚ましを兼ねてＴＶをつけているのだが、仕事をジャマしない音量なので余り効果がないのかも知れない。
「ちょっとＴＶの音量が小さいかも知れんな……少し上げようか、明日の天気の話だしな」
「爆弾低気圧、デスか……」
「梅雨明け前のひと荒れはいつものことだが、こういうのが加わると少し心配になるな」
そのＴＶでは気象情報を繰り返し流している……いつもなら最後の深夜番組の時間帯だが、
この日の夜は東シナ海で発生した“爆弾低気圧”の進路について報道していた。
低気圧は急速に発達しながら、梅雨明け直前の梅雨前線に沿って東進しており、大雨が予想されている。
すでに九州南部や四国では強い雨が観測されており、朝には近畿から東海も荒れ模様になりそうだ。
目をくしくしこすりながらＴＶの気象報道を眺めていた金剛だが、ふと思い立ったように立ち上がった。
「ちょっと、紅茶を淹れてきますネ」
「ふむ、そうだな……眠気にも良く効くだろう、私にもお願いできるか？」
「Yes，任せて下サイ！」
ぱたぱた、と小走りで金剛が司令部の隣にある小さな給湯室に向かう。
その直後――有賀の口からも小さな欠伸が漏れた。
「くぁ……っと、彼女の欠伸が感染ったな」
「失礼します、解析室の高宮です」
そのタイミングで、解析チーム主任の高宮深琴が資料を持ってやってきた。
彼女はこの司令部を仕事場とする、陸上レーダー情報などの解析を担当するチームのリーダーである。
２日前の“警戒遠征”でゴジラ偵察に使った、無人偵察機ヴェルトロのデータを解析していたのだ。
国連艦隊やＧフォースにとって、ゴジラを始めとする怪獣が脅威であることは論を待たない。
そのゴジラら怪獣の動きを捕捉することも、国連艦隊やＧフォースの重要な任務である。
万一ゴジラが日本列島に“領海侵犯”するようなことがあれば、緊急警戒態勢となるのは当然であり、
そうなるか否かを常に索敵し続けなければ、“安全保障”出来ないのである。
「あぁご苦労さん、レーダー解析で忙しいのに済まんな」
「とんでもないです、これも我々の大事な任務ですから全然大丈夫ですよ」
因みに豊田司令と村埜副艦長は今まさに、仮眠を取っている。
数時間後に２人が起きてくるタイミングで、今度は有賀が仮眠室に向かうローテーションであった。
そして金剛もその時、榛名と交代する予定というわけである。
「ところで有賀大佐、あのゴジラの動きですが……徐々に南下しているようです」
有賀の机の横のテーブルに資料を広げながら、高宮はすぐに説明を始めた。
「南下か……ということは、すぐに日本やハワイに向かう危険はないか」
「そうですね、天皇海山列の海流に沿って、エサを探しているのかも知れません。
ただこのまま南下すると、ウェーク島やマーシャル諸島に到達しますので、米軍がピリピリしそうですね」
「軍事衛星の通信環境は復旧したのか？」
「まだ１００％ではありませんが、徐々に回復してきています」
「ヴェルトロの情報はあくまでも哨戒機に準じる１次情報だからな……衛星データとの照合もせねば」
「はい、承知しております」
「は〜い、紅茶入りましたヨ〜」
ふと机の上に、湯気を立てるティーカップが２つ、コトリと置かれる。
顔を上げると盆を持った金剛の笑顔。
「おぉ、ありがとう……そうだ、高宮大尉にも淹れてくれないか？」
「あっいえ、私は……」
「こちらのカップが高宮さんのデスよ、私のはあそこに」
確かに……金剛がさっき欠伸をした机の上に、別のティーカップが既に置かれている。
高宮は金剛の気遣いに顔を赤らめた。
「あっ……ありがとう、ございます」
「大変デスよね、頑張ってくだサイ――」
「自分がわざわざ言うまでもなかったようだな……ん、どうしたんだ？」
その時ふと――有賀は金剛が１枚の資料を凝視していることに気付いた。
西太平洋を偵察中のヴェルトロが、対ゴジラ哨戒活動中に撮影した赤外線写真の１枚である。
「高宮さん……この写真、どこで撮影シタものデスか？」
「あぁ、それは確か、まだ天皇海山列に沿って哨戒していた時のものですね」
「この写真か……うん、こりゃ何だ？」
そして写真の中には、エイのような小さな物体の影が２つ、映り込んでいた。
『高知県と徳島県には大雨警報が発令されています、今後24時間の予想雨量は――』
|
|
| （６章６話） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2010〜2012年頃に旧ＯＷ企画向けに草稿を作成したエピソードに、再編パートを追記したもの。
ジェノクと銀角が出遭い、思想の一致から手を組む展開は旧ＯＷからほぼ同じであるが、
そこに艦娘艦隊の敵役である、深海棲艦の登場シーンを付け加えている。
まだ戦艦棲姫を始め幹部クラス数名しか登場していないが、想定上は他のクラスも出す予定だ。
加賀たち“遠征組”が出発した後の、石巻軍港の風景も追加したパートである。
18名の艦娘たちのうち、石巻軍港に留まったのが12名いるため、独自に物語を書けるためだ。
こちらはそれこそ「擬似的な鎮守府」の役割を負わせることも出来る。
金剛に“敵の予兆”を感じさせたのはオマケだが、十分にあり得るフラグだと思う。
また軍港司令部のＴＶで報道している“爆弾低気圧”も、実はフラグだったりする（笑） |
