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★ＳＯＴ シリーズＡＴＴ 統合ナンバー：EA-ATT20001N（N-ATTA01002） |
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ユショーラ・バイオコロニー内の小都市サドシェロア。
コンパクトな都心部から歩いて15分ほど……もちろん、標準クラス種族の歩幅換算である。
真っ青なユショーラ海を臨む小高い台地の上に、それはぽつんと建っている。
喫茶カルビッシャ。
オリオネス・バストラクトのエニエット・ヴァイセンが経営する喫茶店だ。
周囲に別の建物もあることはあるのだが、少し間が空いており、
優に樹齢100年はあろうかというセルリジオの大木が、建物の半分ほどに木陰を落としている。
ＡＴＴ気候サイクルの初期には、この広い枝いっぱいにスミレ色の花が咲き乱れる。
ちょうど……四季のある惑星では春と呼ばれる時期に。
ペタペタ、とサンダルのような音を立てながら、人影が１つ近づいていく。
タコかクラゲが直立したようなピンク色のエイリアン種族で、丸い頭には大きな黄色い帽子。
ファンパストのフィンス・トックプースだ。
元はアトラス銀河系から数百万光年離れた、ネルティオラ銀河系を発祥とする種族だが、
フィンスはサドシェロアから少し離れた、同じバイオコロニー内小都市スアーリで暮らしており、
健康法や自然食をテーマに記事を書くエッセイストとして生計を立てている。
因みに銀河社会のエッセイはビジュアル豊かであり、コラージュ写真集と表現した方が近い。
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Ｓｐｉｒｉｔs of Tracthizen
スピリッツ・オブ・トラクシズン――銀河市民の心得
≪シリーズＡＴＴ≫
★ 喫茶カルビッシャの昼下がり ★
（想定年代：AWO010／2061年頃）
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からんころん。
「いらっしゃいませー」
ドアが開いた際の風で、古風なベルが軽やかな音色を立てた。
会計用カウンターには半透明の結晶状の羽毛を重ねたような、風車に似たオブジェもある。
恐らく空気清浄機を兼ねたミルノゼーカだろう。
この羽毛の風車は、浄化の波動を放ち、周囲の空気を清める効果があるからだ。
淡い茶髪のツインテールが印象的なウェイトレスが、笑顔でフィンスを出迎える。
エニエット・ヴァイセンの次女、コルリフネだ。
「お久し振りです♪」
「あら、あたしを覚えてるの？」
「はい、時々来られますよね」
「ふぅん、記憶力良いのねぇ、若いって良いわぁ」
フィンスの口調は中年女性のそれに近い。
……もっとも、実際に女性かどうかは不明なのだが、それはそれ。
「それじゃ、こちらの席にどう――」
「ん、ちょっと待って、あそこに行くわ」
席へ案内しかけたコルリフネを軽く触腕で制止したフィンスは、
何かを見つけたかのように窓際の席に向かった。
フィンスの視線の先には、これまた個性的なエイリアン種族が１人。
ダークグレーのバスローブのようなスーツを着た、シワの入ったオレンジ色の顔。
その形はまるで大きな果物か野菜のようである。
ローブの袖の先からのぞく長い指も、まるで葉のような形と色をしている。
アポジリアンのラシット・ヴォージアだ。
知る人ぞ知る芸能プロデューサー兼ディレクターだが、裏方なのでそう顔は割れていない、たぶん。
実はフィンスの友人であり、アポジリアンもファンパストと同じ銀河を起源とするのだ。
歩くツル植物のような生態を持つが、陽気な種族で知られている。
「――おや、どなたかと思えば」
「それはこっちのセリフよ、よくこの店に来るの？」
「まぁ、時々」
「ふぅん……あ、シェレアもらえる？ ケシャルフレーバーがあればそれで」
「かしこまりましたー」
ぺこり、と礼をして、コルリフネはぱたぱたと厨房へ向かって行った。
それを見届けると、フィンスはラシットの向かいの席に腰を落ち着ける。
４本の触腕を頭に伸ばすと、するりと帽子を脱いで、横の椅子と腰壁に立てかけた。
店内にはロングソファ型の椅子も多いが、様々な種族の体形に合うとは限らないため、
独立した丸い椅子もあり、フィンスもラシットもこちらを使っている。
因みに多くの椅子はリパルサーマトリクスで浮かんでおり、座ると軽くたわむ動きをする。
「久し振りね」
「あなたの記事はよく読ませて頂いてますけどね」
「あら、それはどうも」
「最近太ったそうで」
「あらやだ、記事の感想があたしの体形から？ デリカシーのない人ね」
「おっと、これは失敬♪」
初対面なら顰蹙を買いそうなセリフだが、フィンスは軽く溜息を吐いただけ。
それだけ、お互いに皮肉も受け入れる慣れた仲なのだろう。
「最近知り合った子が大食漢なのよ……付き合えばいやでも消費が増えるわ」
「さては、レトローサ女史ですかな？」
「あら１発で見抜いたのね、その辺はいつもさすがだわ」
「あなたの交友関係をシミュレートすれば、まぁその辺りかと」
「やぁねぇ、監視されてるみたいだわ」
「はは、冗談ですよ……先日女史と会いましてね、そこであなたのお噂を小耳に」
「あら、あの子と会ったの？」
「彼女はスイーツ評論家ですからね、バラエティのコメントもするのですよ」
「甘味の話を始めたら２時間は止まらない子よ、よく尺があったわね」
「録画ですからｗ」
「ケシャルのシェレア、お待たせしましたー」
「ん、ありがと」
（画像挿入予定orz）
コルリフネがコト、とフィンスの前にグラスを置いた。
シェレアは高分子ガスを使用した、スムージーのような飲料であり、多くの種族に対応できる。
開放型のグラスでは、気が抜けるのを防ぐために上を泡で包むことが多い。
出入りの激しい都市部の喫茶店では、注文した料理を自動転送する所が多いが、
ここはウェイトレスが運んでくる、昔ながらのシステムである。
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「それじゃあ……あたしも評論をさせて頂こうかしら？」
「評論、ほう、何の評論です？」
１本の触腕でグラスを支え、もう１本がストローの位置を調整する。
指はないが、７個の吸盤が指の代わりをして、器用に物を掴むことができる。
因みにファンパストの口は外套膜の内側にあるため、裾を上げるように膜をめくる必要がある。
ちゅるるー、と１口シェレアをすすると、フィンスのつぶらな目がキラリと光った。
「あんたの番組の」
「おや、これは光栄ですな」
「一昨日かしらね、戦争の英雄をテーマにしたドキュメンタリーがあったでしょ」
「あぁ……あの番組ですか」
その言葉を聞くと、ラシットは何故か、苦笑するような素振りを見せた。
その素振りをちらりと伺いつつ、フィンスは言葉を続ける。
「あんたにしちゃ手抜きだと思ったわ、単に報道映像をつなぎ合わせただけじゃない」
「仰るとおりで」
「……番組作りで持論を長々と語るディレクター様にしては淡白な返答ね、疲れてるのかしら？」
「それもあるかも知れませんね、メディア業界というのは見た目以上に重労働ですから」
「だから頭の葉っぱがしなびてるのね」
「えっ、しなびてます！？」
意外な指摘だったらしく、ラシットは思わず頭頂部に手を伸ばした。
植物型エイリアン種族のアポジリアンにとって、頭頂部の葉は髪の毛のようなもの。
ファッションの１部になることもあり、手入れの程度で育ちが分かると言われる部位なのだ。
その素振りを見て、フィンスはくすくすと笑った。
「冗談よ、いつもと変わらないわ」
「む……これは１本取られましたかねぇ」
「けれど、あんたが弱音吐くなんて珍しいわね」
「弱音に聞こえましたかね？」
「いつものあんたじゃないもの」
淡々と言うフィンスを眺めていたラシットが、ふと手をテーブルの前で組んだ。
アロエの葉のような緑色の指が、くるくると絡み合う。
「厭戦ムードというやつですよ、あの戦争が勃発して、もう９年が過ぎましたからね」
「あぁ、もうそんなになるのねぇ」
ラシットが言っている“戦争”とは、オリオネス銀河大戦のことである。
約９年前に、オリオネス・センターでの軍事衝突から勃発した戦争は、
アトラス連合とタイランタ連邦の銀河２大勢力の全面衝突となり、激化の一途をたどった。
アトラス・テクトラクタ（ＡＴＴ）は戦地から遠く離れていたため、
トラクシズンたちはしばらく他人事のように戦争を見ていたが、３年前に起きたＡＴＴ空爆事件で、
今銀河で起きている事態が、只事でないことを思い知ったのである。
「３年前の空爆事件を経験したことで、トラクシズンたちも戦争が他人事じゃないことを知った。
そして終わらない戦禍に不安を覚え、付いて行けなくなって来ているのですよ」
「戦争は最後の外交である、なんてクールな言葉をどこかで聞いたけどね」
「間違いではないですよ、戦争は幼稚な悪意で起こされるものではありません。
軍事衝突以外にこじれた問題を上手く解決できない、そう思い極めて起きる非常事態です。
けれど外交の切り札であり、少なからず犠牲を伴う以上、短期終結が本来の姿です」
「短期終結……ってムードじゃないわよねぇ」
神妙な表情のラシットに吊られるように、フィンスは再び溜息を吐いた。
加えて、自分のエッセイの記事のネタになりそうなものを探して訪れた小さな喫茶店で、
まさかこんな重い話題に出会うとは思いもしなかっただろう。
確かに戦争は今この瞬間も、銀河のどこかで続いていることだが……
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テーブルの前で手を組んでいたラシットは、おもむろに背を伸ばした。
色々とストレスが溜まっているようである。
「確かにあの番組は手抜きに見えるかも知れません。
ただ１つ言い訳をするならば、『まだやるの？』という風刺を込めたつもりです。
報道映像の洪水に見せることで、むしろ視聴者が飽きる効果を狙いました」
「視聴率が下がったら失点じゃないの、割に合わないことをするわね」
「だから疲れてるのかも知れないってことですよ……無理に明るい話題を探して見ても、
それはそれで『こんな時代に』という批判を受けることになる」
「気が滅入りそうな話だわ……おかげで痩せられそうよ」
苦笑するように、フィンスは再びシェレアをすすった。
「すいません、暗い話題にしてしまって」
「良いのよ別に、あたしの評論から始まった話題なんだから。
――それとあの番組で１つ、良いと思った点があるわ」
「なんでしょう？」
「戦争の英雄に、兵士たちだけでなく、トラクシズン……ＡＴＴの市民を出したことよ。
空爆事件以降、ＡＴＴの各地で起きた復興ブームにスポットを当てた。
『早く戦争を終わらせて、生きて帰ってくる兵士たちをお疲れ様と迎えたい』
それも英雄と言える……あの締めはあんたらしかったわ」
「いやぁ、光栄です」
神妙だったラシットの顔が、濡れてふやけるようにふにゃっと緩んだ。
「いっそしばらく休んだら？ 少し休養したっていいくらいは稼いでるんでしょ。
何なら、あたしが勧める健康法を試してみる？」
「おっと、ここで宣伝活動ですか……抜かりないですねぇ」
「強がるのはストレスを発散してからにしなさいな。
でないと、そのうち本当に頭の葉っぱがしなびてしまうわよ」
「では、フィンス殿もこれを機会に、本格的なダイエットメニューを……」
「残念ね、あんたに言われる前にもう試してるわよ」
心なしか、ラシットが小声で「ぐぬぬ」と言った気もするが、それもそれ。
「そう言えば、このユショーラコロニーを空爆から守った英雄もいるのよねぇ」
「セボルレクサの防衛艦隊ですね、確か彼らも番組で取り上げました」
「おかげでここは今ものどかな海辺の町でいられる……頭が上がらないわ」
「全くです」
喫茶カルビッシャの窓の向こうに、ユショーラ海の真っ青な海と空、白い雲が見えている。
巨大バイオコロニーに作られた内海の“対岸”に、うっすらと上空の天蓋まで聳える塔が見える。
先ほどラシットが話題にした“軍港都市”セボルレクサの塔状構造物だ。
天蓋のすぐ外側にある軍港を支える柱であり、それ自体が巨大な立体都市でもある。
サドシェロアからはかなりの回り道になるが、スアーリからは比較的近い。
ここからは軽く150km程度は離れているが、今日は結構空気が澄んでいるようである。
工場の煤煙とは縁のないバイオコロニーだが、状況次第ではモヤが立ち込める日も結構あるのだ。
「……あの艦隊の兵士たちにも、あたしの健康法、宣伝してみようかしら？」
「やっぱり、あなたは抜かりないですよｗ」
窓際のテーブルに、２人の笑い声がこだました。
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【Meking Memo／設定補記】
2015年頃に初めて書いたショートストーリー。
銀河社会の日常風景をテーマにした“コネタ話”の１つで、
当時作成したばかりの新キャラ、ラシットとフィンスをメインキャラにしている。
ハロウィンの“カボチャ男”、ジャック・オー・ランタンをモチーフにしたアポジリアンのラシットと、
メンダコをモチーフにしたフィンス（オネエキャラ）が海沿いののどかな喫茶店で出会い、
会話に話を咲かせるという、人間原理的にはちょっとシュールな展開である（笑）が、
まさにこれこそが「銀河社会の日常風景」なのである。
因みに物語の中で“銀河大戦”が語られているが、基準年時代なら避けられない背景だ。
ＧＤＷ世界観は「戦闘事態優先では決してない」が、オリオネス大戦は重要な銀河史のハイライトで、
ＧＤＷ版地球人であるアークスが、銀河社会に進出する重要な契機にもなる。
銀河中が非常事態というわけではないが、無視出来ない歴史の１部なのである。 |
