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★Ｐｒｏｊｅｃｔ Ａｐｏｃａｌｙｐｓｅ 黙示計画 第３部 統合ナンバー：EC-X20501C（CM2370913A） |
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東京湾・川崎港。
運河を西に分け入った小さな岸壁沿いの倉庫に、複数の人影が揺れている。
「これが――東京圏の“地下導水網”の情報だ」
深夜の暗い倉庫で、男が手にしたメモリカードのようなものを見せる。
向かい合って立っていた青年が、そのカードに手を伸ばそうとしたが、男は手を引っ込めた。
「おっと、残りのカネが先だぜ旦那、頭金だけじゃ意味がない、契約書は読んでるだろ？」
「情報を確認するだけだ、心配するな。 こちらも騙されるわけには行かんのでね」
青年はそう言って、ドラム缶の上に下敷きのような薄いタブレットＰＣを置いて、再び手を伸ばした。
「データは自分で立ち上げる……良いな？」
「ふふ、慎重だな……まぁそのくらいでないと、革命の志士は務まらんか」
「からかうんじゃねぇ」
用心棒らしき、黒いヘルメットを被った人物に護衛されながら、男はタブレットにメモリを挿す。
間もなくデータが起動し、ディスプレイに路線図のようなマップが写し出された。
「この通りだ、政府が表向きに公開していないルートもちゃんと載っている。
おっと、そのままじゃコピペできねぇからな、さぁカネを頂こうか、もちろん現金でな？」
「残念だが――そいつは出来ない」
データを確認した青年は、にやりと笑った……だが男も怯まない。
「寝ぼけたことを言うなよ、カネを持ってこなけりゃ、データを消去するだけだぜ」
「寝ぼけているのはあんただよ、“ナイトフォース”を甘く見たな？
このタブレットに入れた時点で、全ての暗号は解読され、データは我々のものになるんだ」
「バカ言え、専属のプログラマーに作らせた暗号ファイルだぜ、幾らナイトフォースだろうが――」
「そのプログラマーが、ナイトフォースの支援者だったらどうする？」
笑みを絶やさずに言った青年の言葉に、男の顔に初めて不安の色が浮かんだ。
「バカな……やつは20年以上の経歴を持つんだぞ、高々生まれて数年のナイトフォース如きに……」
「我々が起業前に、何もしていなかったと思ってるなら、やはり甘いな。
さて用件は済んだ……なぁに心配要らんさ、“革命”はもう、既に始まっているんだ」
うろたえる男を嘲笑うように、青年は再びにっこりと笑った。
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ＰＲＯＪＥＣＴ ＡＰＯＣＡＬＹＰＳＥ Ⅲ
プロジェクト・アポカリプス 黙示計画 第３部
★ 第１章 新たなる始まり ★
2037年9月13日―日本・関東其の２
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翌昼、警視庁のとある会議室。
剣屋明日也は補佐を担当している警視・高町誠治郎から、ある不穏な“事件”を耳にした。
「昨夜の川崎港での“殺人事件”――ですか？」
「そうです……暴力団関係者の抗争事件と最初は思われたのですが……ちょっと手口が残酷でね。
襲われたと見られる男の遺体が“細切れ”にされていたそうで」
「それはまた……物騒な犯行ですな」
「しかもその切断面が、かなり鋭利な刃物を使った可能性が高いというのが、鑑識の見立てでしてね。
マグロ解体用の包丁よりも鮮やかだったとか……まぁ自分は直接現場を見てないのですけど」
2037年の世界も、犯罪のないユートピアではない……マフィアや暴力団の抗争は珍しいものではない。
しかし高町警視が言うには、どうも今回の事件、それとは少々「質が違う」ものらしい。
警視補佐にも敬語で話す高町は、横長のメガネをかけた細身の男性だ……物腰は穏やかだが目つきは鋭い。
メガネの骨組みはやや太く、小さなＬＥＤが付いている……ＡＲ（拡張現実）仕様のためだ。
そのためよくよくメガネのレンズを見ると、小さな半透明のウィンドゥが映り込んでいることが分かる。
多くの情報を迅速に処理する必要があるこの時代、こうした装備もまた珍しくはない。
「特殊部隊が使うサバイバルナイフによっては、そういう切れ味のものもありますが……」
「けれどもサバイバルナイフで人体を細切れにしないでしょう、普通は」
「証拠隠滅のための解体と考えれば……」
「それなら現場を残したりはしないでしょう、しかも“遺体を解体した”わけではないらしいんですよ」
「……どういうことです？」
高町の言葉に、明日也は妙な違和感を覚えた。
今さっき「遺体は細切れにされていた」とこの男から聞いたはずだったが。
「銃やナイフで殺害した被害者を、後から解体したのではなくて、“生きたまま解体した”みたいです。
切断面の鋭利さもさることながら、“鮮度”も死体のそれではなかったと、鑑識がね」
「つまり……犯人はその“殺人行為”を決行したと同時に、相手をバラバラに解体したということですか」
明日也は小さな溜息を吐く……彼は高町がどうしてこの話を自分にしたのか、薄々感づいていた。
銃やナイフを使って息の根を止めた“標的”を、証拠隠滅のために解体したということならば、
残酷ではあるものの、裏社会の抗争としては時々あることである。
しかし「標的となった人物を“初撃”でバラバラにしてしまった」となれば、話は別だ。
普通のチンピラはおろか、鍛え上げた特殊部隊員でも、常識的に考えればそんなことは出来ない。
完熟トマトを空中で賽の目切りにするパフォーマンスとは次元が違うのである。
鑑識の見立てが確かなら……この殺人事件は「普通の人間以外の存在が犯行に加担している」ことになる。
犯人が普通の人間である限り、このような殺し方は“あり得ない”からだ。
それが想定できたからこそ高町は、明日也にこの話をしたのである……どういうことか。
「剣屋さん……久々の“任務”ですが、ぜひこの事件の“調査”をお願いしたい」
明日也は――“ただの警視補佐”ではない。
今回のように「普通の人間には不可能と思えるような事件」を調査し、再発防止対策を立てるのも仕事だ。
24年前に起きた次元融合危機が収束してから数年は、そうした事件が世界で相次いだ。
次元融合危機によって、常人ならぬ“異能”を手にした者達が、度々“暴走”したためである。
そのために、警視庁内にわざわざ“異能特務部”なる対策チームが作られたほどである。
24年前には小学生だった明日也自身は、このチーム結成に立ち会った経験はないが、ウワサは良く聞いていた。
そして明日也自身もまた、こうした“異能”の持ち主であった。
通常の彼が警視補佐という、ある意味で“中途半端”な職に就いているのも、
彼が持っている“異能”を活用し、警察機関の防犯任務に貢献しやすいようにするための配慮だったのだ。
高町も明日也がそういう“立場”であることを知っていたから、今回この話をしたのである。
そしてそれは、明日也が今はその“ウワサの異能特務部”の新人として登録されていることも意味していた。
過去に「ウワサになった部隊」の任務は別件の話だが、彼もその後そこに配属されたのだ。
実のところ――明日也をその部隊に「推薦した」のが、高町警視だったのである。
「この話はいちおう、ＭＳＣにも伝えてます……海外のテロリストが加担している可能性もありますからね」
「……分かりました、調べてみます」
明日也はその任務を受けた……実のところこうした任務は数年ぶりだったので、気乗りはしなかったが、
それが剣屋明日也という人間の、警視庁におけるアイデンティティだからだ。
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国防隊関東方面特務隊司令部――のビジターセンター。
今日もロビーフロアの受付の奥に、スーツ姿の加奈が立っている。
別に彼女がいつもここにいなければならないわけではないが、よく来ているようだ。
オフィスワークは肩が凝るため、ロビーフロアは息抜き代わりでもあるということらしい。
「ふぁ……おっと、いかんいかん……またセイラちゃんに笑われちゃうよ」
小さな欠伸が出かけて、加奈は思わず首を振った。
化粧室――あぁトイレだよ――で顔でも洗ってこようと、カウンター横からロビーに出た時である。
「あっ、東郷さん、ちょうどよかったです！」
見覚えのある警視庁職員の夏服姿の男性――明日也が、加奈を見つけて玄関付近から声をかけてきた。
まぁ灰色の御影石を主体としたこのロビーフロアで、鮮やかなブロンドヘアは嫌でも目立つが。
日本も外国人の住人が珍しくなくなってきたが、受付のコンパニオンは皆黒髪である。
「おー明日也君、忙しそうだね……今日は何の用？」
「ちょっと事件の調査をしてまして……東郷さんにも出来たらお力を拝借したいなと」
「事件の調査って……昨日のカズヤ君の件じゃなさそうだね？」
「そうですね……余り大っぴらに言える話じゃないので……出来れば場所を変えて頂けた方が在り難いです」
「そっか……それじゃ、下に行こうか？」
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そんなわけで――加奈が明日也を連れて、ＢＸフロアのＭＳＣオフィスにやって来た。
実質的にはビジターセンターの“地下４階”にあるが、特定のルートでしかここには来れない。
理由はもちろん、重要な機密情報を扱っているためである。
「本部長――警視庁の剣屋警視補佐が見えられました」
「おぉ、明日也君か、久し振りだね」
「はい佐津間本部長、いつもお世話になってます」
今日は本部長の佐津間がオフィスにいる……国防隊の高官でもある佐津間は多忙なので珍しい。
もちろん彼も、明日也のことは24年前から良く知っている。
ということで……明日也は早速、高町警視から依頼された“特別調査任務”の話を佐津間たちにした。
「――“人間じゃないの”が関わってる裏社会の殺人事件……ねぇ」
「その話は僕らも先ほど高町警視から聞いたよ……しばらく平和だったのに物騒だね」
これは高野副部長だ……多忙な佐津間に代わり、実質的なこのオフィスの責任者である。
「エクスペリオン……確か昨夜も“揺らぎ”を感知したと言っていたな？」
『そうだ、大田区の南東部で感知している……高町警視や剣屋補佐が言われた川崎港の現場からも近い』
佐津間の問いに、通信機を通じて答えるエクスペリオン。
実は“彼”も国防隊の重要な役職を持っているのだが……詳しいことはまた物語を改めよう。
「揺らぎを感知したってことは……人間じゃないどころか、出身地が違う可能性もあるってことですか？」
「現時点ではまだ推測でしかないが……事件の兆候のような現象があったことは確かだ。
さてさっき調査協力と言ったが……警視庁側から、提供できる情報は他に何かあるのかい？」
「殺人事件が起きた現場の近くに、以前とある暴力団の裁判絡みで司法取引をした市民団体があります。
殺害された被害者とも面識があるそうなので、ここから当たってみようかと。
何が起きるか分からないので、調査には自分の他に異能特務部の“エルフォンス”が同行します」
「なるほど、まずは現場の調査が先決か……じゃあそれにエクスペリオンの情報をリンクさせよう。
もしも似たような動きがあれば、恐らくまた何かを感知するはずだ。
あとセイラ、不都合がなければ、上空から彼らをサポートしてくれないか？」
「はい、了解ですっ！」
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「――“彼”が何をやってたかって？ それは知りませんね、私どもも寝耳に水の話でして」
大田区の裏通りにある小さなオフィスの入口で、サングラスの男が面倒臭そうな表情でそう言った。
玄関扉には『ワールド・コミュニケーション日本支部』と書かれている。
表向きには反戦平和主義のデモ活動などを支援する民間ＮＰＯと宣伝しているが、
実はイデオロギー工作や革命闘争に便宜を図る“裏の顔”を持つ、１種の“左翼団体”でもあるのだ。
警視庁関係者である明日也とは余り仲が良いとは言えないが、表と裏に通じた情報源の１つだ。
要は暴力団とコネクションを持つ警部がいるのと同じようなものである。
そして昨夜何者かに殺害された人物も、この団体とコネクションがあったことが分かっている。
因みに明日也に付いてきた加奈は、明日也が乗ってきた警視庁公用車の中に“待機”していた。
多摩川河口に程近いこの周囲は古い倉庫や空き家が多く、不気味なほどに人気が少ない。
昔から余り治安が良くない地域であったが、この20年余りでそれが悪化したところもあったようだ。
「何も知らないってことはないだろう、被害者が川崎の外資系貿易商社と裏取引をしてたのは分かっている。
お前たちはそこの商社とも少なくない縁があるはずだ」
「剣屋さんが知ってる以上のことは知りませんよ、裏取引って言ったって別に“ヤク”の類じゃない」
「よく言うよ、乾燥大麻の流通に絡んでることはある程度こっちも掴んでるんだぞ」
じろりと睨みを利かせる明日也に対し、サングラスの男は鼻で笑う仕草を見せる。
「乾燥大麻なんてヤクのうちに入らんでしょう、未だに合法化しない日本の方が時代遅れなんですよ」
「ルールはルールだ、文句があるんだったら法務省にでも言いな」
「まぁ乾燥大麻如きで“暗殺者”が動くこともないでしょ――」
そこまで言いかけて、サングラスの男ははっとした表情を浮かべて、思わず明日也を睨み返した。
そう――明日也はわざと“表層”を突いて、相手の反応を探ったのである。
“暗殺者”なんて言葉は、明日也からは１度も言っていないのに、しかし男はそれを口にしたのだ。
「かかったな、やっぱり何か聞いているんだろう、殺しに関わってないんだったら言っちまえよ」
苦い顔をしているサングラス男の背後で、用心棒らしきヘルメットを被った男が立ち上がるが、
サングラス男はこれを制した――どうやら明日也の“実力”を知っているらしい。
「……やめなさい、この男はあなたの手に負えるような存在ではありません」
「分かりやすい用心棒を雇ってるな、相変わらず」
「悪いがこれ以上は言えません、自分たちにもこの世に“未練”がありますもんでね」
サングラス男はこれまでの不敵さから、急に不安を帯びた表情に変わった。
「未練だと……いったい何を取引してるんだよ？」
「そいつは本当に知らんのですよ、ただ彼はかなりヤバイことをしてたらしいです」
「ヤバイことって……出会い頭にバラバラにされるような取引って、どんな内容なんだよ」
明日也がそう言って煽った直後――サングラス男の顔が更なる恐怖に引きつった。
どうも、被害者が「どうやって殺害されたか」までは知らなかったらしい。
「取引の内容は知らないんだろうが……取引相手のヤバさは、どうやら知ってるようだな？」
「勘弁してください、これ以上は言えない、弁護士を呼びますよ！」
その時――サングラス男のスマホが着信音を立てた。
サングラス男が引きつった表情でスマホを手にする……明らかにその手が震えているのが分かる。
明日也は咄嗟に、サングラス男の震える手から、スマホをもぎ取った。
「やっ、やめろ――それを返してくれ、人権侵害だぞ！」
その画面に表示されたショートメールには――“ＫＩＬＬ”の赤い文字が浮かび上がっていた。
只事でない空気を察した明日也は、そのままスマホを無言でサングラス男に返し、
自分のスマホを手に取った――緊急事態を加奈たちに伝えるためだ。
しかし――その緊急連絡は届かなかった。
急激に膨れ上がる殺気を明日也が感知したその直後――サングラス男の顔面に１筋の赤い線が走る。
「あひゃ――ぱふぁ――をゅ」
喉から空気が漏れるような不吉な声を上げて、サングラス男の顔が明日也の目の前で縦に割れる。
噴水のような返り血を避けるように、ドアの後ろに飛び退く明日也。
「なん……だと……！？」
悲鳴を上げる間も有らばこそ――サングラス男はそのまま、脳天から真っ二つに切り裂かれた。
すぐ背後に立っていた、ヘルメット姿の“用心棒”によって。
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『東郷先輩、エクスペリオンから連絡です、空間の歪みがキャッチされ――きゃっ！？』
外で待機していた加奈は、セイラからの通信を車の無線機越しに受け取った。
しかしその直後、セイラは悲鳴と共に通信を切る。
「セイラちゃん、どうしたの――っっ、何これ、電波障害！？ いや違う――！！？」
『東郷殿、すぐ車外に出てください！』
カーナビから青年の声が響き、加奈は頭を抑えて車の扉を開け、転がるように車外に飛び出す。
形容のし難い頭痛と不快感が襲い掛かり、思わず嘔吐しそうだ。
そして加奈が車外に飛び出すのと、それまで乗っていた車が“変形”を開始するのが同時だった。
ギアを入れ替えるような音と共に車体が割れ、立ち上がるような動作をする。
その頂点――元々車のフロントカバーだった部分には、ロボットのような顔が突き出ている。
車の正体は可変金属ミュータント種族“アートロン”の戦士、エルフォンスであった。
“彼”もまた、24年前の次元融合変動で誕生した“新たな命”の１つであり、
明日也の非常調査任務に同行し、明日也をサポートする、心強い“相棒”である。
パトカーではないが警視庁の公用車に擬態しているため、両肩には赤いランプが付いている。
明日也よりも先に異能特務部配属になったため“先輩”でもあるが、彼自身は同志と考えている。
エルフォンスが変形を完了した直後、空から小型グライダーのような物体が落下し、火花を散らす。
「セイラちゃん――大丈夫！？」
そして墜落した小型グライダーも、すぐにロボットのような姿に変形した。
その背格好は、ちょうど加奈よりも頭１つ小さく、背中にグライダーの翼が突き出ている。
これが加奈の“後輩”である、セイラの“真の姿”である。
セイラもまた、エルフォンス同様アートロンの１人であり、加奈たちを支えてきた同志だ。
普段は柔和な銀髪の女性の顔も、今はメタリックなアンドロイドのようである。
翼には『陸上国防隊』の文字が見える……こちらは国防隊の“偵察ドローン”に擬態していたのだ。
「す、すいません先輩、油断しました！」
「気にしないで、一体何が起きているの――」
更に“緊急事態”は続く。
明日也が乗り込んでいたオフィス２階の窓ガラスを破って、２つの影が飛び出してきた。
ちょうど階段室があった場所だ……そのうち１つは明日也自身である。
エルフォンスはすぐ落下点に駆け寄り、大きく腕を広げて相棒を受け止めた。
「いてて……エルフォンス、良いタイミングだ、助かったぜ！」
「明日也――怪我をしてるぞ、何があった！？」
「こいつは俺の血じゃない……俺も“間一髪”だったけどな――」
そしてすぐに、自分と一緒に飛び出してきた、もう１つの“影”に視線を向ける。
加奈やセイラもすぐに、その影の正体を目に留めた。
「……何なのよ、こいつ……？」
先ほどオフィスで、サングラス男を前触れもなく斬り殺した“ヘルメット男”である。
――いや、ヘルメットではない……頭部全体を覆い、生身の首が見えないからだ。
ヘルメットに見えたそれは、良く見ると豆粒大のミニカメラを多数埋め込んだ大きな“複眼”だった。
ヘルメット状のカメラを頭部全体に形成した“怪人”は黒光りする“機械兵”であり、
背中からクモの足のようにうごめく、８本の長い突起をうねらせ、その先端は鋭いナイフである。
このナイフを亜音速で振るい、“用済み”となったサングラス男を明日也の目の前で両断したのだ。
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大田区の人気のない“スラム街”のオフィスの前で、明日也と加奈は奇怪な“敵”と遭遇していた。
そのすぐ後ろには、金属生命体アートロンの同志、エルフォンスとセイラもいる。
「どうやら……こいつが例の“殺人事件”の被疑者のようだな」
「どう見ても、普通の人間じゃあ、なさそうね……それにしても、真昼間に事件を起こすなんて。
まるで逮捕してくれって言ってるようなものじゃない」
加奈が呟くようにそう言った時、再びあの妙な頭痛と不快感が襲ってきた。
「――くっ、何これ、あいつが放ってるの！？」
「東郷殿、明日也、こいつはマイクロ波だ、やつから距離を取れ、脳と肉体を破壊されるぞ！
貴様何者だ、我々が警視庁の異能特務部と知っての行動か！？」
「当然だ――我々は、お前たちに“復讐”するために来たんだからな！」
頭部全体に無数のカメラを埋め込み、ヘルメットで覆った“クモ怪人”は、突然そう言い放った。
クモ怪人は黒光りする右手の人差し指を明日也たちに突きつけ、更に言葉を続ける。
「我が名はゼオレイダー、“エターナルズ・ショッカー”の志士にして、光への復讐者だ！」
「ゼオレイダー、エターナル、ショッカー……ちょっと待って、どこかで聞き覚えが……！？」
「ショッカーって、確か24年前の事件で暴れ回ったテロリストの名前じゃないか！」
「ふふ、良く覚えているな、剣屋明日也。あの時ガキだった貴様が、こんなに小生意気になりおったか！」
「俺の名前を、知っているのか……！？」
「当然だ、我々が計画もなく行動していると思っているのかね、警察ならもっと頭を使いたまえ」
ゼオレイダーと名乗ったクモ怪人は、カメラだらけの頭部をコンコンと突いて不敵に嗤う。
――とその直後、周囲のマンホールが突然爆発するように吹き飛び、黒い物体が複数飛び出してきた。
黒い物体はいずれも人型だが、ゼオレイダーと同様、黒光りする装甲服を身にまとっている。
機械兵なのか装甲化された兵士なのか不明瞭だが、とても友好的には見えない。
「「「――イィイィィィイィィィィィ！！！」」」
ゼオレイダーに比べると地味だが、両腕に武器を仕込んでいるようで、銃剣のようなパーツに加えて、
指先には穴が開いているため、銃器を仕込んでいる可能性もある……となると、やはり機械兵だろうか。
「考える余裕があったら『渋谷事件』を検索してみたまえ、我々の大いなる野望の第１歩だ。
あの作戦を貴様ら軍や警察に阻止された時から、我々の遠大なる復讐計画は始まっていたのだよ！」
「渋谷事件ね……検索するまでもない、警察関係者なら伝説の悪夢だ。
そう言やあの事件も真昼間に起こしていたな……俺の友達の親父さんも、あの事件で死んだんだ」
加奈は普段クールな明日也が、ギリッと歯軋りの音を立てるのをはっきりと聞いた。
同時に彼女自身もまた、この不敵な襲撃者に沸々と怒りがこみ上げてくるのを実感していた。
加奈がまだ青葉姓を名乗っていた頃――実の父親の命を奪ったのも“ショッカー連合”だったからだ。
「復讐ですって？ テロリストのくせにふざけたものね、仕返ししてやりたいのはこっちなのに」
「東郷先輩、冷静になってください、怒りに囚われるなっていつも言ってるじゃないですか」
「もちろん冷静よ、でも大人しくする道理はないわ、こいつらはまたテロを起こそうとしてるのよ。
誰かが止めないと、悪夢が繰り返されるだけ……そうよね、明日也君？」
そう言った加奈から金色のオーラが放たれた。
まるでそのオーラが体と一体化するように、加奈の体が金色に染まっていく。
加奈自身が持つ“特殊能力”――メタキャリア特性者の“擬似メタロイド化能力”を発動したのだ。
過去に“石化経験”がある加奈は、類似する能力を再現することが出来るのである。
「えぇ、東郷さん……全くその通りです――エルフォンス、援護してくれ」
そして間もなく明日也も、その手首に吸い付いた“腕輪”を起動させる。
腕輪から急速展開した光の帯が明日也を包み込み――消えた時には、明日也の姿は変わっていた。
その姿を認めたゼオレイダーが、今度は呻き声を上げる。
「むぅっ、貴様、その姿は……！」
「あぁそうさ、良く知っているだろう？ お前らが毛嫌いする“仮面ライダー”だよ！」
そう――明日也はショッカー連合の宿敵“仮面ライダー”の姿に変身したのだ。
ただし明日也自身が仮面ライダーの能力を持っていたわけではない。
これが彼が少年時代に身につけた、異世界の“腕輪”の特性――“異能コピー能力”なのである。
明日也自身の人生を劇的に変え、今のポジションを確立させたのも、この能力であった。
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大田区南東部で明日也たちが“戦闘態勢”に入った頃、新宿のＭＳＣも慌しく動き始めていた。
地下４階のＭＳＣのリモートルームに、佐津間や高野が立っている。
その正面の壁には大きな映像が展開しており、警視庁の会議室が見えている。
一見して壁自体がスクリーンに見えるが、白い壁にプロジェクターによって投影した映像である。
その正面に座っているのは、明日也の上司である高町警視だ。
彼もまた、こうした特殊な事件が起きた場合、捜査の権限を掌握できる立場にいるのだ。
「エクスペリオンの異変感知と同時に、現場で戦闘事態が起きたようです」
「エルフォンスの報告では、地下の水道管から、被疑者の共犯者たちが飛び出してきたようですね」
『昨日の殺人事件と関係するのですが、どうも東京都の導水管網を使っている可能性がありますね。
実は２日前、ハッキングによってそのデータを何者かが入手した形跡があるのです』
高町警視は、地下の導水管や下水道のネットワーク情報を何者かが入手したことを掴み、
それが今回の“襲撃事件”の裏にあるという推測を立てているようだ。
サイバー攻撃などによって特殊な情報を入手しない限り、ネットワークの詳細は分からないはずで、
これらの“地下トンネル”を効率的に活用することも簡単ではないはずなのだ。
「昨日の殺人事件は、その機密情報の売買に絡むトラブルだったと？」
『まだ十分な裏取りが出来ていませんので、今は推測に過ぎません……相手の動きが早過ぎます。
念のために剣屋さんを派遣しましたが、まさか昨日の今日でこういう展開になるとは』
「確かに昨日の事件が関係しているなら、犯人が情報を入手して翌日にいきなり動いたことになる。
行き当たりばったりの襲撃とも思えないですし……」
高野が腕を組む……映像の向こうで、高町の周囲に座る警視庁側の関係者も釣られて腕を組んだ。
『あるいは、かなり前から狙っていたか……』
「それにしては現場が大田区の外れというのは、奇妙ではないですかね？
エルフォンスの報告によれば、相手は訓練された戦闘員のようです、暴力団の抗争とは次元が違う」
『――失礼、情報を追加したい。エルフォンスの報告だ』
そこに別の声が割り込んだ……エクスペリオンだ。
「エクスペリオン、新しい情報かね？」
『襲撃者は「復讐するために来た」と言ったようだ、組織の名前は“エターナルズ・ショッカー”だと』
エクスペリオンの新たな情報に、リモートルームの全員の表情が変わった。
“ショッカー”と名の付く組織がかつて日本で何をしたのか、彼らは良く知っているからだ。
渋谷事件、プラズマモール事件、そして富士マウンテンランド事件。
24年前の次元融合危機の時に突如襲来し、日本中を震撼させた、悪名高いテロ組織の名前だ。
しかしどの事件も犠牲者を出しはしたものの、最終的にテロ組織側が敗走する結果になっている。
組織がもし本当にこの24年間生き延びてきたのなら、確かに復讐も考えることだろう。
『ショッカーだと……あいつら、まだ潰れていなかったのか！？』
「確かに組織が消滅した明確な証拠はありませんでしたね……そうか、復讐か」
「しかし本部長、もし本当に復讐が目的だとしたら、なおさら今回の現場は奇妙では？」
高野は首をかしげている……復讐に燃えるテロ組織としては、標的の選択が余りに謎過ぎる。
明日也たち、警察の有志を誘き出す意図があったにせよ、計画的な襲撃を練るほどのことなのか。
しかも東京の地下に広がる水道管網のデータまで裏ルートで手に入れているのに――
そこまで考えて、ふと高野は表情を変えた……佐津間も得心したような表情をする。
「まさか……これは“陽動作戦”！？」
「あぁ、私も同じ意見だ……高町警視、すぐにそちらも警戒態勢を引き上げてください。
富士マウンテンランド事件を覚えているでしょう、あれも大規模な陽動作戦で都心部が狙われた。
大田区の現場に応援を派遣するだけではなく、その隙を狙った別の襲撃に備えなければ！」
佐津間の要請に、高町ら警視庁側の関係者も表情を引き締めた。
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――ギャリィィイィィン！！
チェーンソー同士をぶつけ合うような、激しい金属音が響き渡った。
鋭いナイフを形成する８本の“クモ足”を、自由自在に制御するゼオレイダーに対峙するのは加奈だ。
メタキャリア能力の特性を応用した“金属戦士形態”を取った加奈の姿はまさに黄金の女神。
肉体の変化に影響されているのか、着ているスーツまで真鍮色の光沢を帯び、目は紫色に輝いている。
更にその両腕からは、まるでヤリのように伸びる、細長い刃物が突き出している。
セイラら、アートロンの戦士たちに比べれば控え目な能力だが、彼女自身“人間以上”の異能者であり、
それはこの数分ほどの間、ゼオレイダーの激しい斬撃を何とか食い止めていることからも分かる。
普通の人間であれば、明日也が会ったサングラス男の末路のように、簡単に始末されていたことだろう。
しかもゼオレイダーは何やら小さな、金属のドローンのような武器まで使う。
加奈の周囲をスズメバチのように飛ぶその金属ドローンは、ゼオレイダーの背中から“出撃”していた。
このメタル怪人はクモだけでなく、ハチの能力も持っているようだ。
ロボット形態のセイラも、腕に装備したパルスブラスターを駆使して加奈を援護する。
偵察ドローンに擬態する特性上重武装ではないが、緊急事態に身を守れるだけの装備はあるのだ。
ただ金属の体を持つといってもセイラは軽量級であり、ゼオレイダーのナイフは不利な相手であるため、
加奈がその攻撃を防ぎつつ、アウトレンジで「針を刺す」ように攻撃するしかない。
ゼオレイダーが繰り出す“兵隊蜂”も、セイラの接近を阻む厄介な相手だった。
「ふん、良い動きをするじゃないか小娘……エターナルズ・ショッカーにスカウトしたいくらいだ」
「勘弁してよ、あんたらみたいな陰気な怪人と一緒に仕事するなんて、悪夢でしかないわ」
「人間以上の能力を持ちながら、人間を守ろうとするのは理解できぬな……人間など自分勝手な存在だぞ。
貴様とてこの20年余りの間、その能力で差別されたことがあるはずだ、違うか？
――おぉっと、不用意に近づくんじゃないぞ剣屋明日也、我の視界は360度をカバーしているのだ！」
「……ちっ、真後ろまで視界をカバーしてるのか、この目玉野郎」
背後から仕掛けようとした“仮面ライダー形態”の明日也が、途中でその足を止める。
その周囲から戦闘員が何度となく飛び掛るが、“明日也ライダー”はこれを軽々と回避し、
逆に“本家譲り”の重い“ライダーパンチ”をボディブローのように浴びせて、返り討ちにしていく。
援護するエルフォンスも長いリーチを活かして、戦闘員たちを次々に戦闘不能にする。
警視庁公用車に擬態するエルフォンスは、ロボット形態では身長４ｍに達する“重歩兵”なのである。
無人ドローンに擬態するセイラとは、質量にして軽く１ケタ以上違うのだ。
だが水道管から砲弾のように飛び出してくる戦闘員は一向に減らない……まさしくモグラ叩きだ。
この分だと、まだ地面の下に何人も待機していそうである。
「エルフォンス、“本隊”の到着までどのくらいかかる？」
「本庁部隊は早くても10分はかかりそうだ……国防隊も動いたようだが、同じくらいはかかるだろう。
“オートロン”たちの“グランドゲート”でもあれば、違ったのだろうがな……」
「オートロンか……まぁ、ないものねだりだよな―― むっ！？」
急接近する殺気に飛び退く明日也――エルフォンスも何かを感知し、間合いを取った。
直後、２人がいた場所のすぐ側にあった街灯が２つに切断され、間伐木のように倒れていく。
といっても加奈＆セイラと交戦中の、ゼオレイダーのナイフではない。
ほぼ何の前触れもなく――何もない空間から幻影のような影がゆらりと立ち上がり、人の姿を取った。
「ちっ、光学迷彩か……面倒な装備を持ってるじゃないか」
「ふふん、お褒めに預って光栄だねぇ……しかし今の斬撃を良く交わせたもんだ、敵として不足はない」
新たに出現した“怪人”は、ビロード状のマントに覆われ、両腕が枝切りバサミのようになっている。
恐らくこのマントが光学迷彩――つまり、透明化ステルスを起動できる装備なのだろう。
しかもリーチのすぐ側まで気付かれずに接近するのだから、ただの透明化偽装でもないようだ。
“仮面ライダー形態”で感知能力を最大限に高めていなければ、攻撃を回避できなかったのは確かだ。
エルフォンスも気付いたので致命傷は避けられたかも知れないが、傷は負っていただろう。
「俺の名はシャドゥシザース、エターナルズ・ショッカーの使徒だ……生き延びられたら覚えておきな。
俺は仮面ライダーってやつが大嫌いだ、手を抜く気はねぇからそう思え」
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| （１章３話） |
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【Meking Memo／設定補記】
2020年に執筆開始したエピソード（完成は翌2021年だが^^;）
“2037年シリーズ”の第２話であり、未来史の激動アクションのゴングが鳴るエピソードである。
第１部“2013年シリーズ”のメイン敵役の１柱だったショッカー連合の“後継者”である、
メタル怪人軍団“エターナルズ・ショッカー”が登場し、加奈たち“異能者”と対峙する展開だ。
（加奈自身もメタキャリアであるため、擬似メタロイド化能力でアクション可能である）
敵キャラ１号のゼオレイダー自身に言わせているように、第１部の渋谷事件と対比させており、
ゼオレイダー自身も渋谷事件で１号ライダーに撃破されたクモ怪人スパレイダーの後世に当たる。
同じ怪人を出しても仕方ないので“メタル怪人”と捻ってみたわけであるが、
この設定は“宇宙人の秘密結社”であるエタンダム帝国が大きく関わっていることも背景である。
第２部でも暗躍するエタンダム帝国だが、もちろん第３部でも暗躍するのだ。
（第１部時点はまだ“構想段階”なので、エタンダム帝国自体が物語に登場することはない^^;）
また単純に「未来史版渋谷事件」にするのも捻りが足りない気がしたため、
第１部の富士マウンテンランド事件（構想中orz）と同様に「テロリストの陽動作戦」に位置付け、
より都心部に近い場所で別のテロ事件が起きると想定していたりする。
加奈と明日也は大田区の現場に足止めされているため、都心部の現場では別のキャラが登場する。
こうして第３部の方向性を固めて行こうとしているわけである（笑） |
