 |
★狂わされた世界 統合ナンバー：EA-ATT19601N（N-001） |
|
――あの日は、異常なほどの猛暑だった。
スモッグで薄く煙る空に向かって、何本もの巨大なタワーが聳えている。
タワー群は雲を何層か突き抜けた辺りで１つのエレベータシャフトにまとめられ、
更にはるか上空の――軌道上の宇宙ステーションに連絡している。
軌道エレベータがこんなにはっきりと見える日なんて、そうそうはない。
いつもはもっと視界が煙ってて、ずっと埃臭いのに。
でもあの時は思わなかった。
それが、この星で最後に見た青空だったなんて――
|
狂わされた世界
ガロヌ――カーボロイド奇譚
★ 第１話 怪物になった少年 ★
（想定年代：AWO001頃）
|
「ケイン先輩、お早う御座います」
「あ、お早うリノ、今日は早いね」
都心に近い、スタディセンターの玄関。
シャトルフライヤーから降りて講堂に向かう僕に話しかけてきたのは、２歳年下の後輩リノ・レムス。
まだあどけなさが残る童顔と小柄な体形のため、たまにジュニアクラスの生徒に間違えられる。
成績は普通だと本人は言う……僕とは実質的な幼馴染で、美術系のサークルが同じという関係。
何でも将来は、服飾デザイナーになりたいらしい。
趣味がそのまま仕事になるなんて、そうそう実現しないもんだけど、
純粋な目を輝かせるリノは、夢にとても真剣だ。
「そう言えば、先輩は将来何になりたいんですか？」
「え？ あ、えぇと……」
フェイントを食らって、僕は戸惑った。
頭の中は今日の政治学の講義でいっぱいだったから。
将来の進路か……そう言えば、真剣に考えたことなかったな。
言語学には関心があるけど、趣味だと思ってるし。
銀河社会には様々な言語がある……“標準語”になっているギャラクトピア・ベーシック以外にも、
それこそ種族の数だけ、文字通り星の数ほどローカルな言語があるからだ。
「やっぱり、言語学者とか♪」
……読まれてるし。
僕は、ひとまず苦笑いをして誤魔化しておいた。
「あ、じゃあ、僕はこれから講義だから、これで」
「あ、はい、それじゃボクもこれで」
そういや、ガロニアス都心の本校で講義を聞くのも久し振りだったな……
けど政治学って、なんでまたこんな堅苦しいテーマなんだろう。
……最近、連邦総統府批判や分離独立論が、熱を帯びてる所為だろうか。
ガロヌの移民政府も、一緒になって連邦政府批判してるもんな。
でも、あんまり反連邦活動家に感化されるのも危険じゃないのかなぁ。
連邦総統府って軍事主義傾向が強いみたいだし。
そう言えば、移民政府広報の街頭ホログラムも、随分総統府の批判をしてたっけ。
まさか、本気で独立を考えてるなんて……ことはないよね。
うーん、それにしても朝から暑いなぁ今日は。
惑星ガロヌは惑星リドムスよりも外側を公転しているはずなんだけど、
温室効果の影響があるのか、日によってはリドムスより気温が高くなることがあるらしい。
それでもこれだけ気温が高くなるのは、ちょっと珍しい。
講義室の中は空調が効いているけれども、外に出るとまとわりつくような熱気を感じる。
まぁ確かにガロニアスって、ガロヌの赤道に近いわけだけどね。
|
|
数時間後――その政治学の講義が終わった。
まぁ例によって堅苦しい内容だったわけだけど……って、大きな声じゃ言えないけどね。
というか、講師の先生も独立問題についてやたらと熱弁してたなぁ。
この大学は政府関係者とコネが多いそうだけど、これって移民政府が独立運動を支持してるってこと？
そう言えば確かに、最近総統府と意見がぶつかり合っているって報道があったような。
――その時はまだ、僕は知らなかった……いや、ほとんどの市民が、それを知らされていなかったんだ。
移民政府と連邦総統府の対立が、既に修復不可能なまでに悪化していたなんて……
僕が何も知らされずに帰りのシャトルフライヤーに乗っていた頃、
事態はもう――最悪のシナリオに進んでいたらしい。
僕を乗せたシャトルフライヤーが、家の近くの交通ターミナルに降り立つ。
僕の家がある地区は、ガロニアスでも結構な郊外エリアにある……それでも結構建て込んでるのだけど。
鳥なんかよりもはるかに速度が速いフライヤーでも、優に１時間以上はかかるからね。
建て込んでいるとはいっても、多くのアパートやビルの高さは20階未満。
都心部には100階を超えるビルが林立しているわけで、そう考えたらやっぱり郊外かも知れないな。
「――お、ケイン、今帰宅か？」
交通ターミナルから降りて、家への連絡デッキを歩いていると、斜め前の方から声がかけられた。
ラフな髪形の背の高い男の人が、小さな建物の前で笑顔で立っている。
「あ、ミロスさん……はい、今帰るところですよ♪」
この人は、地区保安官に当たるミロス・カルド氏……ラフな雰囲気だけど、世話焼きで有名な人。
治安維持だけじゃなくて、生活相談なんかにも乗ってくれるので、みんな慕っている。
兄弟がいない僕にとっては、兄みたいな存在とも言えるかも。
僕がミロスさんに手を振って、家路へと向かおうとした――その時だった。
都心部の方角で、まるで太陽みたいな閃光が煌いた。
でも、太陽のはずがない……夕日は全く逆方向に傾いていたんだから。
誰もが何事かと、閃光が光った方角――超高層ビルが林立する、都心部の方角を見た。
そして――すぐにその正体を知った。
真っ白な光から、徐々に黄色に染まり、オレンジ色へと変化しながら、球形を形作っていく。
そこにあったはずのビル群――超高層だから家からも見える――が、今や完全に姿を消していた。
そんな事態は、この街に住んでいる、ほとんどの市民が体験したことがなかったはずだけど、
それでもその事態が、魂も凍りつくような恐るべき事態だということは分かった。
都心部が何者かに爆撃されたということ――それはもう確実だったんだ。
いや、爆撃なんてものじゃない……街１つ、根こそぎ吹き飛ばすような大爆発だ。
――でも誰が、そんな残酷なことを？
当時の僕には、それが大本の施政者――連邦総統府だったなんて、考えもしなかった。
だって……トップの政府が、傘下にある植民地を破壊したのだから。
僕は言葉に出来ない不安を覚えて、家への道をただ、全速力で走った。
その間にも都心部で起きた大爆発は、上空に信じられないほど巨大な、赤黒い雲を形作っていく。
あとちょっとで、家があるアパートの足元にたどり着く――まさにその時。
猛烈な突風が埃を巻き上げて吹き抜け、僕の体を地面に叩きつけた。
|
|
――何分くらい、意識が飛んでいたんだろう。
ふと、僕は目を覚ました……家へと続く、アパートのＧ階の階段の前で。
周りを見渡すと、視界が灰色に包まれていた。
恐らく爆発が引き起こした衝撃波なのだろう……あんなに青かった空まで、今は灰１色。
連絡デッキの向こうの方からも、僕と同じように倒された人らしい、呻き声が聞こえてくる。
けれど……霞がかかったように煙った視界は、その人の姿を覆い尽くしていた。
まるで――全てが破壊されてしまったかのような、モノトーンの世界。
アパートの中からも、呻き声や悲鳴が聞こえてくる……どうやら、窓ガラスも割れたらしい。
僕の家は、幸い誰もいない……父さんはまだ、仕事場から帰宅していないはずだし。
因みに僕には、母さんがいない……僕を生んだ時に、病気で死んでしまった。
そんなわけで、僕は図らずも“鍵っ子”になったわけだけど……まぁそれはともかく。
家に帰った方がいいだろうか……それとも、怪我をした人を救出するべきだろうか？
そうだ、リノは……幼馴染にして後輩のリノも、確かこの近くのアパートに住んでいたはず。
僕よりは早く帰宅しているはずだから、今頃は家にいると思うけど。
父さんが心配するといけないしな……そうだ、メッセージを置いて行こう。
「自分は大丈夫、リノの様子を見に行ってくる」と書いておけば大丈夫だろう。
今思えば――無駄な心配だったのかも知れないけれど。
僕は駆け足で、階段を上って行った。
僕の家があるフロアは、Ｇ階から７フロア目。
体力には自身がある方だから、いつもエレベータを使わずに歩いて上ってる。
それにこんな事態だったらきっと、エレベータも止まっているだろうし。
「ふぅふぅ……け、結構疲れたな……さっき走ったからかな？」
家のあるフロアまで上った時、僕は汗だくになっていた。
息切れが激しくて、胸もドキドキしている……おかしいな、いつもはこのぐらい平気なのに。
その時は気付かなかったけれど……もうその時、僕の“変化”は始まっていたんだ。
案の定――家の中はめちゃめちゃになっていた。
家具とかが散乱していて、ドアのセキュリティも事実上機能を停止していた。
窓ガラスは粉々に砕け、破れたカーテンが幽霊のようにはためいている。
「うわぁ……ひっどいなぁ」
そんな廃墟の中で、僕はノートとペンをカバンから取り出す。
授業はレンタルのタブレットを使うから、アナログのメッセージを書くのも久し振りだな。
立ったままで、伝言をノートに……って、あれ？ お、おかしいな――やけに力が入る。
結局数枚ほどノートを破いて、何とか伝言を書き込んだ。
そして、そのメッセージをダイニングテーブルの上に、広げて置いておく。
メッセージの上に乗せる重しを探している時に――僕はふと気付いた。
「あれ……なんだ、これ？……気持ち悪いな」
重し代わりに拾い上げた置時計の端に、何か妙な物体がねっとりとこびりついている。
なんていうか、アメーバみたいなゲル状の物体……淡く光る、卵みたいなものがくっついてる。
まぁ気にしてても仕方ないから、取りあえずはその時計をメッセージに置いて、部屋を出た。
何故か、とても気分が悪かった……その不快感が、体の中を動き回っている。
けれどその時は、深く考えずに階段を降りていった。
――半分ほど降りてきた時だった。
「――グゥゥオォォアァァァ！！」
「うわぁっ！――って、な、何！？」
突然――横の廊下から、何かに襲われた。
そしてその“何か”は――僕の想像を完全に超えたものだった。
１言で言えば、怪物……鋭い爪と、硬そうな甲殻に覆われた、見るからに獰猛そうな生物。
肩や腰からは血管を思わせるチューブ状の器官が伸びて、関節には球状の突起がある。
全体的には有機的だけど、まるで機械と合体したみたいな奇妙な怪物――いや“怪人”かな？
怪物的ではあるけど、２本の腕と２本の脚があって、構造的には人間に近いから。
……って、分析してる場合じゃない――逃げなきゃ！
僕は怪人から逃げるように、無我夢中で走った。
|
|
「――はぁ、はぁ、ぜぇ――」
息切れと動悸が、さっきから酷い。
さっきの怪人は振り切ったはずだけど、体は急速に消耗していく感じだった。
いつもの体力を思うと、今日はホントに信じられないほど体が重い。
体の中を駆け巡る不快感はさっき以上に酷くて、今にも昼食べたものを吐きそうなぐらい。
けれど何故か……喉から異物がこみ上げてくるような感覚はしない。
物凄く気持ち悪い気分なのに、何も吐く気がしないんだ。
その時僕はようやく、いつもとは違う場所にいることに気付いた。
無我夢中で怪人から逃げているうちに、普段のルートとは違うデッキに迷い込んだらしい。
しばらく休もう……そう思って、僕はデッキの端の床に、腰を下ろした。
薄暗いデッキ……恐らく、いつも使っているＧ層のデッキより、２〜３層低いんだろう。
この辺は余り人気がない……アパート群の機械室代わりみたいなもの。
さっきの怪人だろうか……上の階の方で、奇怪な声がこだます。
いや、１体じゃない、複数の奇声……さっきのあいつだけじゃないらしい。
けれど、あんな奴……どこから沸いて出たんだろう。
しばらく座っていたら、ちょっとだけ、気分が楽になった。
――そうだ、リノのところに行くんだったんだよな。
そう思って、もう１度立ち上がろうとした――その時だった。
肩口に、妙な感覚を覚えた――言葉では表現できない、変な違和感。
肩口だけじゃない……いつの間にか、上半身がほとんど露出していることに僕は気付いた。
けれども、何と言うか、無防備な感じがしない……鎧でも着ているような感覚。
僕は思わず、その上半身に触れた。
「――――！！？！？ な”……な”んだ、これ”！？」
素肌がむき出しになっているはずの胸部が――甲羅のような物体に覆われていた。
さっき違和感を覚えた肩口には、ゴムホースのような質感の物体が直接、食い込んでいる。
思わず口をついて出た声も――自分のものじゃないような違和感があった。
そして間もなく――更なる衝撃が僕を襲った。
視界に入った、僕の腕……いや、これは本当に僕の腕なのか？
そうだよ……このディテールって、さっき僕を襲った、あの怪人にそっくりじゃないか！！
けれどその腕は、僕の意思通りに動く……倒れた怪人の腕とかを、間違って見てるわけじゃない。
「鏡……カガーーヴぁアぁ！？」
声も奇妙に変化していて、言ったつもりの言葉をそのまま再生してくれない。
僕は不安でパニック寸前になって、夢中で鏡を探した。
少し歩いた先に、鏡じゃないけれど――反射の強い金属パネルがあった。
そこで僕は――ただ無言で立ち尽くした。
（画像挿入予定）
“これ”が僕の姿なんて、信じられなかった――無理もない、誰が受け入れられるだろう。
さっき僕を襲った“謎の怪人”と、ほとんど同じ形の怪人の姿になっていたのだから。
さっきの怪人と違うのは……その怪人の顔に、かつての僕自身の面影があったことだけ。
その日から――僕の歩む道は決定的に変わってしまったんだ。
いや……僕だけじゃない。
この世界の全て――惑星ガロヌの全てが、その日を境に、別世界になってしまったんだ。
|
|
僕は放心したように、ぼんやりと薄暗い天井を見上げていた。
何層か上のデッキで、相も変わらず、奇声が繰り返しこだます。
さっき僕を襲った“謎の怪人”――いや、もうそんな言い方じゃ失礼だな。
多分彼らは――原因は分からないけれど――怪物に“なってしまった”アパートの住人。
そう――今の僕と、同じように。
「……あ”、あ”、あ、あぁー、う”ん、え”、えーと……只今、ご――声のテスト中」
――良かった……何とか、会話能力までは失われてないみたいだ。
さっきの人――僕を襲った怪人――は怪物化でパニックになって、言葉を忘れてしまったのかも。
上手く調整しないと、声まで変わっちゃう感じだったしね。
舌の感覚も何だかおかしい……半分くらい下顎に貼り付いてしまってるんだ。
僕がどうして“壊れずに済んだ”のか、それは分からないけど……考えても始まらない。
問題は、ここからどうするかってことだよな。
自分が“彼ら”と同じような姿の怪人に変異してしまった割には、不思議なほど冷静な気分だった。
何故僕がその時――自分に起きた出来事を割り切ることが出来たのか、実は今も分からない。
運命だったと言えばそれまでだけど――ね。
「どっこい――しょっと」
会話能力の維持を確認するように、僕は言葉を出しながらもう１度、立ち上がった。
まだ体の中で何かが動いている気はするけれど、さっきほど気持ち悪くはない。
むしろ……何というか、開放感さえ感じている。
もう１度――鏡のように風景を反射する壁の金属パネルで、今の姿を確認する。
有機的な甲殻に覆われ、肩口からチューブ状の器官が突き出ている――これが今の僕。
指先には鋭い爪が生え、露出してしまってる脚の先にも、同じように鋭い爪がある。
顔立ちこそ元の僕の面影を残してるけれど……目はエメラルド色に染まり、耳も長く変形している。
しかも目の横からもチューブ状の細い管が伸びていて、耳の下あたりに食い込んでいる。
「す……凄いな、僕」
僕は思わず、苦笑した……冷静に考えたら、笑い事じゃないと思うけど。
――こんな姿でリノに会ったら、あいつ多分ビビっちゃうだろうな。
それ以前に、まずここから出ないとどうしようもないわけだけど。
そう言えば、上の怪人化してしまったアパートの住人たちは、どこに向かったのだろう。
まさか――建物の外に出て、他の住人たちを襲撃してるんじゃ！？
こうしちゃいられない――誤解されるかも知れないけど、助けなきゃ！
そう思うや否や、僕は再び走り出した――その瞬間、体が飛び跳ねた。
なんだ、この体は――す、凄い……さっきとは比較にならないぐらい軽い！
まるで全身に、アクロバットパフォーマンス用ロボットのバネを埋め込んでいるみたいな感触。
上手くセーブしないと、その反動で壁に激突してしまいそうな勢いだ。
もたもたしているわけには行かないんだけどなぁ……
|
|
「な……そ、そんな……」
Ｇ階まで上がってきた僕は、それだけ言うのがやっとだった。
目の前で繰り広げられている“地獄”としか言えないような光景に、絶句させられた形だ。
――といっても、“アパートの怪人たち”が、周辺の住人をいたぶってる光景じゃない。
同じような姿の“怪人同士”が、体液を撒き散らしながら“殺し合っている”光景だった。
“人間”の姿は全く確認できない……どういうことなんだ、これは！？
呆然としている僕……そこに、横から声が飛んできた。
「――ケイン！ ケインか！？」
こ……この声は――少し変わっているような気もするけど――ミロスさん！？
声のする方を振り向いた僕は――再び硬直した。
「――！！……み、ミロス――さん！？」
にわかに信じられるはずがない……まさかミロスさんまで、怪人の姿になってしまってるなんて。
無防備で立ち尽くしている僕に向かって、その“ミロスさん似の怪人”が駆け寄ってくる。
その時、僕の横――反対側で、陰が揺らいだ。
僕に向かって太い腕を振り上げる――怪人の１人。
腕の先に生えた大きく鋭い爪が、今にも僕の体を切り裂こうとしている。
けれど――その怪人の、ぼろぼろに破れた服の切れ端に……僕は見覚えがあった。
「あ――！」
「ケイン――伏せろっ！！」
咄嗟に――体を伏せる。
その上から“警告の主”が体を重ねた――直後、肉を骨ごと切り裂くような、鈍い破壊音。
「――ぐぅっ！？」
更にその“警告の主”は僕を半ば突き飛ばして、僕を襲おうとしたもう１人の怪人を殴りつけた。
まるで骨が砕けるような音と共に、怪人は通りの向こうまで弾き飛ばされた。
「あ、あぁ……」
様々に折り重なるショックで、僕は言葉が出なかった。
今僕を助けた怪人が、ミロスさんなのかという衝撃と不安と、そして今殴られた怪人。
服の切れ端が“奪われたもの”でないのなら……その怪人は父さんの可能性が高かったから。
今まで何度も問いかけてきたことだけど――誰が信じると？ 誰が受け入れると？
実の父親が怪人に変貌して、実の息子を手にかけようとしていたなんて。
「――しっかりするんだケイン、気をしっかり持って！」
「……み、ミロスさん……ミロスさん、なの？」
（画像挿入予定）
しっかりと頷く“警告の主”――確かにその顔立ちは、ミロスさんの面影が色濃い。
違っているのは、僕の今の姿と同じように……“怪人のディテール”になっていることだけ。
「やっぱりケインか、良かった……言葉は失っていないみたいだな」
「……あ……い……いったい、何が？」
「俺にも分からん……１つ言えるのは、町中がこうなっちまったってことだ」
ま――町中だって！？
そ、それじゃまさか――リノも！？……そ、そんな、信じたくない。
僕やミロスさんや、父さん――多分だけど――に加えて、リノまで……残酷すぎるじゃないか。
「俺も認めたくないがな……けど、こういう事態になってから、“人間”の姿を見てないんだ」
それは――僕もそうだ……自分自身も含めて。
けれど……幾らなんでもそんなことが……どうして……
――まさか、あの大爆発が！？
それは直感的な、何の根拠もない憶測だったけど。
けれどあの爆発で生じただろう、衝撃波で地面に叩きつけられてから、体に異変が起きた。
そして今の姿に――そう考えたら、あの衝撃波に何か含まれていたのかも知れない。
もしもそれが正しいとしたら、ミロスさんが言うとおり町全体が……いや、
最悪の場合この都市核――ガロニアスの全域で、ここと同じような現象が起きていることになる。
僕は思わず、寒気を覚えて変異した自分の体を抱き締めた。
だってこのガロニアスはとてつもなく広いのだから……実際、総人口は１億以上とも言われる。
周辺都市圏を含めると10億以上とも……まぁガロヌ全体で200億もの人口があるわけだし。
何千万、ヘタすりゃ何億という人々が、今の僕と同じような姿になっているのだとしたら。
そしてここで起きているように、お互いを潰し合っているのだとしたら。
それは正しく――地獄絵図以外の何物でもない。
どうして……どうして、こんなことに……
一体、誰がこんなことを……世界を丸ごと壊すようなことを！？
誰がやったか知らないけど……到底、許せることじゃないよ。
|
|
「とにかく……ここを離れた方がいい」
呆然としている僕に、またミロスさんが話しかけてきた。
けれど、僕はまだ迷っていた……変わり果ててしまった、自分の手を握り締めて。
だって……僕の帰る場所はここしかなかったんだから。
「で、でも……」
「気持ちは分かる、だがここにいると身の安全が保証できん」
「そ、そう言えばミロスさん、さっきの……」
ふと、僕は思い出した……さっき、ミロスさんに助けられたことを。
ミロスさんの背後に回って、傷口を探す――けれど。
「……あ、あれ？」
逞しい甲殻に覆われた背中には、傷１つなかった。
「……さっきの傷か？ 安心しろ、もう塞がったよ」
「えっ！？ で、でも、そんなかすった感じじゃ……」
「確かにな……だがこの体はどういうわけか、再生能力が恐ろしいほど高い……見てみろ」
そう言って、ミロスさんは周りを指差した。
「容赦なくお互いを潰し合ってるのに、まだほとんど死んだ奴がいない」
「い、言われて見れば……」
余り、見てみたいような光景じゃなかったんだけど……確かにそうだった。
体液を派手に撒き散らして倒れた人も、数分程度で復活しているように見えた。
ほとんどの人が理性を失っていたのか、鋭く長い爪で切り裂くような攻撃が多くて、
１見壮絶にも思えるけど、それほどグロテスクには見えなかったのは、ちょっと意外だった。
……いやもしかしたら、僕自身が見慣れてしまっただけなのかも知れなかったけど。
倒れて動かない人もいたのは確かだけど、確かにその数は少ないように感じた。
「誰がこんな事態を演出したのか知らんが、俺たちはとんだ戦闘生物になっちまったらしい」
「そんな……酷いですよ……町の人々同士で殺し合えっていうの！？」
「だからここから出た方がいいんだ……このままだと、生き残るために誰かを殺さにゃならん」
なんてことだ、ホントに信じられない。
昨日まで……いや今朝まで、平和な町だったのに。
そうだ、さっきの人――もしかしたら、父さんかも知れない人……どうなっただろう。
「ケイン！？ 危ない、そっちに行くな！」
ミロスさんが止めようとしたけど、僕は止まる気になれなかった。
確認したかったんだ……本当に父さんなのか。
途中で僕に気付いた別の“怪人”が、奇声を上げて飛び掛ってきた。
無我夢中でジャンプして、その攻撃を交わす。
やっぱり、この体は凄い……普通にジャンプしたつもりだったのに、まるで昆虫みたいに跳ねた。
相変わらず細かい埃が立ち込めてて、被害者の体液なのか、地面がぬるぬるとしていたけど、
僕の体はまるで機械みたいに正確に、状況を把握して動くような感じがした。
視界の中心には、さっきミロスさんに殴られて倒れた人。
僕は他の人の攻撃を交わしながら、何とかその前までたどりついた。
着ていた服は更にぼろぼろに朽ちて、まるで腐ったようになっていたけど、
そこに縫い付けられていた金属のパネルには、はっきりと父さんの名前が確認できた。
「父さん……父さんなの！？」
その人は、僕の姿を確認すると、グルルルと唸り声を上げて威嚇した。
そのたびに胸の傷口から体液が噴出し、咳き込むように悶える。
その仕草は人間というよりも野獣に近く、言葉らしき発音は聞き取れない。
まだ父さんという確信は持てなかったけど、僕はその人が哀れで仕方なかった。
「僕だよ、ケインだよ、分からないの？ 父さんじゃないの！？」
僕が自分の名前を口にした時だった――ふと、その人の動きが止まった。
瞳のないピンク色の眼が、僕を正面から見つめる。
口が開き、何かを言おうとしたけれど、やっぱり唸り声しか聞こえない――僕が落胆した時。
（……ケ……イ……ン……？……）
それは――言葉じゃなかった。
心に直接響く声……いわゆる、念話と呼ばれる意識の波動。
普段使わないような能力だけど、使える人がいることは知っていた、程度のものだったけど。
その“声”で――僕は確信した。
この人は間違いなく、僕の父さんだ。
「ケイン――何をしているんだ、危ないから――」
「違いますミロスさん、この人僕の父さんです、間違いないです！」
（……ミ…ロ…ス…？……）
「そうだよ父さん、毎朝会ってるでしょ、駐在所のお兄さん」
（……ケ……イン……）
「僕は大丈夫……父さんも気分を落ち着けたら、きっと良くなるよ」
僕が“父さん”の手を握り締めようとした――その時だった。
「――ガァアアァアァァァァァァァ！！」
不意に、その手を振り払って起き上がる――僕は面食らった。
一体何が置きたっていうんだ！？ 父さんの中で、また何かが暴発したっていうのか！？
その直後だった。
ずぶり――と、巨大な爪が、父さんの胸を刺し貫いた。
「……父……さん……？」
父さんの背後には――いつの間にか、異形のモンスターが１体。
今まで見てきた“被害者”とは全然違う、文字通り怪物と呼ぶしかない巨体――いや。
顔のようなものが幾つもある……まさか、被害者が合体を！？
父さん、まさか――僕を庇って！？
嫌だ……そんなの嫌だ！！
「と……と……父さん……嫌だ……嫌だっ！」
僕が思わず、危険を顧みずに、もう１度駆け寄ろうとした時だった。
（……逃げ……ろ……ケイン……）
その“声”が……僕の脚を止めさせた。
けれどこの胸は……今にも張り裂けそうなほど辛く。
心だけでも……魂だけでも……この体を飛び出して飛んでいきそうな。
（――逃げるンダっっ！！）
更に――モンスターが別の腕……いや爪とも触手とも呼べそうなものを振り上げた。
そんな……そんな……こんなことって！
「――見るな、ケインっ！！」
僕に追いついたミロスさんが、僕を庇うように覆い被さった直後。
ミロスさんの体で塞がれた視界の向こうで、骨を砕き、肉を引き裂く音が響き渡った。
「うぁ……あ……うわぁあぁぁぁぁぁっっ！！」
|
|
「……少しは、落ち着いたか？」
それから……30分ほど経っただろうか。
僕は地区の外れにある、寂れた雑居ビルの倉庫にミロスさんと座っていた。
その壁や天井にこびりつくゲル状の物体……これも今回の事態と関係するものなんだろうな。
「……はい……ごめんなさい」
「お前が謝ることは何もない……俺がお前の立場でも、同じことをしただろう」
僕らは結局――見届ける暇もなく、その場を後にするしかなかった。
正視できなかったことも確かだけど……それよりもあのモンスターが危険だったから。
でも……これから、どうしたらいいんだろう。
父さんが……たった１人の身内が……あんなことになってしまって。
僕は一体……どこに行けば？
どこにいったら、この苦しみを和らげてくれるの？
いや……多分、ずっと引きずる……いや背負うことになるんだろう。
でも……僕はそれに耐えられるんだろうか？
言葉で書けば冷静なように見えるかもだけど、実際僕の心は不安と悲しみで真っ黒だった。
絶望の底に叩き落されるって、こんな気分なのかな。
体は白っぽい、灰色の甲殻に覆われ、素手で金属板を破れるぐらい頑丈になったけど。
心は今にも、砕けてしまいそうな気がして仕方なかった。
涙は出ない……出せない体なのかも知れない、こんなにも気持ちは悲しいのに。
そんな僕を隣で見ていた、ミロスさんが言った。
「俺は……この街を出ようと思ってる……ケインは、どうする？」
「僕は……」
この町から出たくない、というのが正直な思い……だって僕はここで生まれたんだから。
けれど……ここにいたって、多分仕方ないんだろうな。
町全体が怪物の巣窟みたいになってしまっていて、１人で生きていけるとは思えない。
僕も同じように“壊れてしまったら”楽なのかも知れないけど、それも怖い。
しばらく考えて……僕は覚悟を決めた。
「僕は……いえ、僕も行きます」
「そう、か……いいんだな？」
「はい……でもその代わり、１つ協力してもらってもいいですか？」
「……何だ？」
「リノを……探して欲しいんです」
後輩で幼馴染の名前を、僕は口にした。
考えたくないけど……彼も今頃、僕みたいな状態になっている可能性が高い。
地獄のようなこの世界から、早く救い出してあげなきゃ。
|
|
（第２話／第３話）
（第２話はプロローグの続き、第３話は直接の続き） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2010年頃に執筆したエピソードだが、原案は1990年代に遡る。
“人外萌え”嗜好のあるG-maの趣味を詰め込んだ“戦災ミュータント”が主役のドラマである。
原案では近未来の地球を舞台にしていたが、ＧＤＷ世界観で再編した際に、
リドリアス宙域の植民惑星ガロヌで起きた事件として再構成している。
また2020年代にも再々編しており、その際に１部の設定や表現を少し弄っている。
（元は２つのエピソードだったのだが、尺の調整のために統合した）
元々はギルノイド共々、ゼノモーフと縁を持たせていたが、２次創作依存を避けるために、
サイト再編の際に、ゼノモーフをモチーフとしたオリジナル種族ギルザムと関連付けた。
その際にギルノイドの方はデザインを多少変えたが、カーボロイドの方はほぼ変えていない。
モチーフこそゼノモーフだが、全く同じというわけではないからだ。
バイオメカニカルなディテールは影響を受けているが、アウトラインは別物なのだ。
巨大都市が１つ丸ごと新兵器の実験台になった、というかなりディープな始まりになっており、
基礎的なイメージ自体は1990年代に既にあったが、エピソードの細部は2010年頃に構築した。
都市が大量破壊兵器によって荒廃するイメージはまさに“核兵器”そのものだが、
市街地が吹き飛ばされて終わりではなく、そこから新たなミュータントが生まれる展開であり、
しかしそのミュータントの大半は理性を失った怪人に変わってしまっているのだ。
ケインやミロスはその中の例外的なケースとして扱っており、物語のキーパーソンなのだ。
因みにこの第１話は、アイオンが調査にやってくるプロローグよりも４年ほど前の話であり、
ガロヌ粛清変動勃発直後に起きた出来事を書いている。
ケインら大変動に巻き込まれて変異したミュータントたちの「あの日の出来事」と、
その４年後にガロヌの異変を察知して調査にやってきたアイオンたちの「新たな任務」を、
それぞれ交互にエピソードとして書き、交錯させていくという意図がある。 |
