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★Active Solid Girls 統合ナンバー：EA-ATT18501NA（NA-E105） |
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朝陽市が秘密結社の“革命”で変質してから、最初の朝がやってきた。
昨夜の静寂とは打って変わって、クマゼミの合唱が街全体に響き渡っている。
あの“石化異変”を生き延びることが出来た者たちが、こんなに多いのかと思えるほどに。
もっとも……実際問題、朝陽市民の９９％は、石化被害に遭遇していないことも事実である。
総人口１０万人に満たない小さな街ではあるが、その中で運悪く“石化リング”に取り込まれ、
１時的にでも石像に変えられた人の数は、多いといっても１０００人に届かない。
今なおリングの外とは隔絶された“災害時”ではあるが、街は決して壊滅したわけではないのだ。
「はい、今から朝食を配ります……避難している人が優先ですからね」
市役所の職員らしき、クールビズのシャツ姿の人たちが、中央公園の広場で拡声器を手に持つ。
この広場に避難している、数千人はいるだろう“被災者”に非常食を配るためだ。
彼らは基本的に皆、“石化リング”の中に自分の家を持っている人たちである。
中には実際に現地で石化被害を受け、パドルやライカに復元処理を受けた者もいる。
「はーい、ちゃんと並んでくださいねー、１人２個までですよー」
そんな災害時の職員達に混ざって被災者に声をかけるグループがいる。
市職員と同じ拡声器を片手に人々をさばいているのは明美だ……客仕事のバイトをしてる所為か、
中々に手際が良い……こういう経験は将来に大きく役立つだろう。
そしてその横で、数人の鉱物娘が被災者に食料を配っているのである。
既に何度か目撃しているとは言え、ここまでの“接近遭遇”はほとんどの市民がまだない。
当然にして、皆どこか困惑と、そして好奇が混じった、複雑な表情をしている。
そのうちの１人……小学生の少年らしき被災者――健史ではない――が、列の前に来た。
“ボランティア活動”している鉱物娘の１人、リンからパンの袋を受け取った際、ふと目が合う。
瞳のないリンの半透明の顔に、何とも言えない表情を浮かべる少年。
しかしリンはそんな少年に、にっこりと笑みを返した……吊られて少年も笑顔を浮かべる。
（うふふ、緊張しなくても良いんだよー、いーこいーこ♪）
その言葉は聞こえていないかも知れないが、思いはきっと届いたはずだ。
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ＡＣＴＩＶＥ ＳＯＬＩＤ ＧＩＲＬＳ
★ 第１０章 解き放たれた革命 ★
第５話 前例なき復興への途
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こちらはパドルとライカが詰めている、石化被害者の復元処置室――実質、テントだが。
「――お疲れ様、そっちは何人処理した？」
パックの野菜ジュースを片手に、休憩中のライカがパドルに話しかけている。
「だいたい７０人ってところかな……１人当たり、６～８分ぐらいじゃないか？」
「おー、レスポンス良いねぇ、あたしまだ５０人超えたばっかりよ」
「前畑隊長やアイガーの話だと、被害者は５００人以上いると推測してるようだから、
休憩を挟めば３日はたっぷりかかりそうだな」
「３日か……それまで、この街は孤立し続けることになるのね」
ライカは遠くを見るような表情になる……視線の先には食糧配給中の公園広場。
拡声器越しに、明美のよく通る印象的な声が響いてくる。
「だが他に方法もないだろう……被害者を復元してやるのが最優先だ。
それでも最後の方の被害者は３日間……７０時間くらい、石像状態を強いられることになる。
意識がなければまだ良いが、意識があったら堪ったもんじゃないだろう」
「備蓄食料は１週間分くらいあるそうだから不幸中の幸いね、今が夏で良かったわ」
ふぅ、と深呼吸とも溜息とも付かない息を吐くパドル。
目を細める視線の先には、これから復元を待つ被害者がまだ何人も、置物のように並んでいる。
まるで骨董品市場の倉庫のようだが、ここにいるのは全員、石化を強いられた人間たちなのだ。
（でもお２人とも、本当に大丈夫なんですか？ ……実質、徹夜ですよねこれ）
これはジュリだ……復元待ちの被害者を運ぶ手伝いをしている。
彼女以外にも数人の鉱物娘が、２人の作業をサポートしている……コナやキナ、シノといった、
相対的に質量の大きな“金属娘”中心の編成なのは、質量相応に力があり、
自力で動けない被害者たちを運ぶのに、最も適しているからだ。
「体力なら心配しないで良い、俺もライカも、ぶっ続けで１週間くらい働ける程度にはタフさ」
「それだけ根を詰めた仕事も最近ご無沙汰だけどねぇ♪」
嘘はついていない……パドルはもちろん、ライカも実は常人が想像できないスタミナの持ち主だ。
そもそもこの２人の“宇宙人”に、人間原理を持ち込んではいけない。
とりわけパドルは、東海道５００ｋｍをノンストップで爆走出来るぐらいタフなのだ。
（１週間……ちょっとあり得ないしそれ……いや人間時代どうだったか覚えてないけど）
こっちはコナだ……テントの隙間からの朝日を浴びて、金色の体がひときわ輝きを放っている。
（コナさん、だったら……１週間、ぐらい、持ちそう）
（ちょっとシノさん、無理言わないでよ……あたしだって疲れるんだからね？）
手を腰に当て「もうっ」と言わんばかりのリアクションを取るコナに対して、シノは静かに笑う。
可能なら“膨れっ面”したいところだが、普段呼吸しないメタロイドには難しい“芸当”だ。
１方言語形成にやや難があるシノだが、それでも鉱物娘たちとの関係に既にかなり慣れている。
感情の抑揚も低調だった頃と比べたら目を見張るような進歩である。
（コナさんって、背が高くて逞しそうだから、そう言われても納得できるかも♪）
こちらはキナだ……シルバーに似たその質感は、陽光を浴びると目が眩むほどの輝きを放つ。
コナと並べるとまさに“金銀”だが、２人ともあんまりそれは意識はしていないらしい。
やや小柄でショートカットに近い髪型のため、大人びたコナに比べてかなり幼く見えるが、
少なくとも中学生以上の年齢であることが分かっている。
（む～、みんなあたしがそんなにタフだって思ってるわけ？ 酷いな～）
因みに翔子たちは、一端両親に連れられて自宅に戻っている。
非日常な緊張から解放された少女たちは、今ようやく休息の時間を迎えているのだ。
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「……今まで分かった範囲では、“石化ベルト”はこのような範囲に存在しているようです」
ここは中央公園から５００ｍほど北に位置する朝陽市警察署。
対策本部となった会議室で、朝陽市の大きな地図を広げて前畑が解説している。
その横にはかつて末留の部下であった、川田警部補の姿もある。
温和で正義感が強かった末留の死を知り、内心“弔い合戦”に燃えているらしい。
もちろん人間が強化されたメタロイドの“怪人”たちにかなわないことは分かっているが、
かといって屈服するようでは、治安を守る警察の恥だと思っているのだ。
中央公園から朝陽署に戻ってきた前畑たちは、まずは地下室の奥にあった“敵陣”を再調査した。
朝陽署から北西３００ｍほどの位置にある旧浄水場の地下にあったメドゥアス第１ラボは、
すでにクリスタたちが組織の最重要機密を持ち出した後であったが、
放置された実験器具や情報端末から、秘密結社の狂気性がおぼろげながら浮かび上がりつつあった。
更に“石化ゾーン”に立ち入ることが出来るキャリア（石化経験者）の警官や、
警察と協力体制を敷いた“元工作員”アイガーによって、市郊外の調査が断続的に実施され、
石化被害者を保護しながら、ゾーンの範囲を調べ、地図上にプロットしていった。
もっとも石化ゾーンに入るたび、数人から数十人の規模で動けない石化被害者を発見するため、
そのたびに調査は中断され、被害者の救出が優先される状態ではあったが。
キャリアなら活動できるとは言え、全ての有機物に作用する“石化波動”は容赦なく、
ガソリンやタイヤなどの有機物を使っている、トラックなどを持ち込むことがほとんど出来ない。
せいぜい金属製の台車くらいしか使えないため、被害者の救出にどうしても時間がかかるのだ。
更にそのキャリア警官も１０人に満たないため、どうしてもレスポンスに限界が出てくる。
１日中、翔子らが経験したような疑似メタロイド形態でいるのは、見た目以上に負担を伴うのだ。
状況によっては、アイガー１人で台車を片手に走り回るような場所もあった。
それでも旧浄水場、つまり秘密結社の“旧本拠地”から半径およそ２ｋｍのリングを描くように、
幅１００～２００ｍほどの“石化ベルト”が広がり、市街地を取り囲んでいることが分かってきた。
所々リングはいびつに歪んでいるが、“増幅装置”の設置場所などが制約を受けているのだろう。
ベルトがあると思われるエリアの半分ほどは、丘陵部の木立や森林が占めている。
「……少なくとも、どこを立ち入り禁止にしたら良いかは、ほぼ分かったわけですね、隊長」
「そうです、実際道路や住宅地などに接した場所では、既に規制線を張っています。
あとは農地や山林にかかっている場所を抑えていかねば……２次災害を多発させるわけには行かない」
「隊長、中心部以外の地域に住んでいる市民には、どのように情報発信をしているのですか？」
質問をしたのは京報タイムズのリポーター、大川理恵だ。
朝陽市にヘリの報道を敢行して石化被害を食らい、昨夜前畑やアイガーと接触した１人である。
本来は朝陽市の外に住んでいるが、今は市の外に出られない状況なのでここにいる。
「災害用スピーカーで注意放送を行いながら、回覧板を配っているところです。
電子機器の多くが電磁パルスで破壊されているので、どうしてもローテク中心になりますね」
昨夜大川たちに“突撃取材”を食らった前畑は、彼女たちもまた被害者であることを利用して、
情報管理の“協定”を結び、必要な情報を発信するために相互協力する体制を取っている。
大川たちも、まずは街が孤立している状況を改善するのが先決であることは、十分分かっている。
“現地リポート”を発信しようにも、今は市の外と電子機器で連絡が出来ないのである。
幸い、簡易な無線・音響機器などは市内に限って使えるため、災害放送は繰り返されている。
大川たちも、前畑たちから借りた録音機器で、発言記録を取っている。
……自分たちが持ち込んだ報道機器は、ヘリ墜落時に事実上使い物にならなくなったからだ。
「まずは現状復旧が優先になりますが、落ち着き次第このベルトの解消を実施します」
「そうですね……その“増幅装置”があるとしたら、まだ調査が済んでいない山林地域ですかね」
「その件ですが……観測用の小型気球を使って、上空から調べられないか考えています。
石化ベルトがある地域は樹木なども変質していますので、上空から識別できる可能性があります」
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「……今頃きっと、外も大騒ぎになっているでしょうね」
対策会議が終わって間もなく、大川たちが署の端にある自販機コーナーで打ち合わせしていた。
カメラマンの道端映司、ヘリパイロットだった灰山幸平も合流している。
３人とも昨夜は“石化波動”に被災し、復元される数時間の間、石像状態を強いられている。
次に３人が意識を取り戻したのは、パドルとライカがいる処置所のテントの中だった。
「なんか歯がゆいですね……記事をすっぱ抜くことも出来ないし、ＳＯＳも送れないなんて」
「でも広域停電などが起きれば、似たような事態になり得たわけですから」
「災害時には、私たち報道組織は、警察や消防では掌握し切れない市民の細かい情報を伝えるのに、
大きな役割を果たすはずなんですけど……さすがに今回はねぇ……」
「被災地の外に情報発信できなければ、その辺のスキルも余り意味がないですからね」
缶コーヒー片手に、半分諦め顔で、苦笑するように呟くのはカメラマンの道端だ。
昨夜中央公園で、電磁パルスによって破損した無線機を見た時からずっと、無力感を感じ続けている。
情報機器の扱いには手慣れている自信があったが、それは機械が生きていればこそだ。
ショートして沈黙した無線機を復活させられるほど、専門的な技術はさすがの彼にもなかった。
「朝陽市はそれほど大きくはないから、ヘリが活躍できる環境も余りないですよね……
道路が塞がっていない限り、緊急車両で十分事足りるコンパクトな街だから」
道端に相づちを打つ形で、パイロットの灰山が呟いた。
取材前、前畑に被災者救援のボランティア支援を募ったが、緊急性はないと断られた。
もちろん違う意味では今は緊急事態そのものだが、しかしヘリの出番はほとんどなかったのである。
市外に出られるならば、また状況が違ったかも知れないが。
「でも……前例がない災害だからこそ、きっと得られる教訓があると思うのよね」
深呼吸をするように大川が言う……振り仰いだ空は青く澄み渡っている。
昨日は不吉な“キノコ雲”が沸き上がっていたが、この日はそんな雰囲気は消えていた。
「不運と言えば不運だけど、私たちもあり得ないような経験をしたわけじゃないですか。
報道機関の中で、幸か不幸か、経験者は私たち３人だけ」
「……理恵さんは前向きですよねぇ」
「何言ってるの、バイタリティがないと務まらない仕事じゃないですか」
「そのバイタリティに触発されて、僕ら全員、１度はモノ言えぬ石像に変えられたんですがね」
皮肉を交えた道端の言葉に、大川の白い顔がぷぅ、と膨れる。
どうやらこのリポーター、チームを振り回す独断専行のクセがあったらしい。
「私の所為だって言うんですか？ ……まぁけしかけたのは悪かったですけど、
外の誰にも出来ない経験を、アドバンテージに出来るチャンスにはなったじゃないですか。
被害者の気持ちに寄り添った報道が、今の私たちなら可能なんですよ！」
「それは事実かも知れませんね……石化経験をしたという意味では、僕らも当事者なわけで」
「公園にいた被災者の人たちは、現実とは思えない事態にみんな困惑していた。
外野がどれだけ共感しようとしても、無理じゃないですか……石像にされたんですから。
特に“秘密結社”の被害者だった女の子たちは、もう２度と人間に戻ることが出来ない……」
そう言って、大川は桜色のワンピースに包まれた自分の体を、思わず自分で抱き締める。
「あの硬い体で一生いろなんて、私には耐えられないかも知れない……
最初は好奇心が強かったけど……ホントこれって、興味本位で済まされる事件じゃないわ」
「そう言えば、どこかの民放局の番組で、確か石化を肯定した評論家がいましたね。
彼はこの事態を今歓迎してるんでしょうかねぇ……何考えてるのか、ちょっと寒気がしますけど」
「あの評論家も胡散臭いですよね、秘密結社のスパイだったのかも？」
「案外……その辺の暴露が、予想以上に大きな記事になるかも知れませんね、今後」
「まぁそのためには……私たちが街の外に出て、経験したことを報道しなきゃ……ですよね？」
ため息のような素振りと共に大川が言う……しかしその目は、困惑から解放されつつあった。
これから自分たちが何をすべきなのか、どうやらハッキリ見えてきたようだ。
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（……マジっすか）
（どうやら……本当みたいだね……）
再び朝陽中央公園前の“鉱物娘用”テント。
目を丸くして立っているのは、“元少年”の鉱物娘コンビ、ユウとカオルである。
２人の目の前には、紫色の硬い体を持つ、背の高い鉱物娘の姿。
スミレと同じくサファイアに似た目を持ち、指の爪が銀色に染まった“発展型”の１人である。
背が１７０ｃｍ近く、サラやサヤ辺りと同じ長身で、しかもグラマーなプロポーションが映える。
因みにスミレは今、“被害者保管コンテナ”で、動けない被害者の警護をしている。
「……ボクも、驚き、ました……同じ、境遇の、人が……いた、なんて……」
言葉はまだたどたどしいが、スミレと同じく“肉声”を出せる鉱物娘の名前は“ヒカル”。
……実はユウやカオルと同じく、“元少年”の被害者の１人なのである。
スミレを含む、同系統の６名の“元実験体”たちの中で最も背が高く、テント内でもよく目立つ。
ヒカルの横にはもう１人、“同型”の鉱物娘が１人いる。
こちらは元々少女だが、スミレよりはやや背が高く、肉付きの良さではヒカルに引けを取らない。
名前は覚えていないようで、“アンジー”の名前をライカから与えられている。
「……いいな……記憶、あるなんて……羨ましい……」
「……名前、だけ……ですよ……他の、ことは……覚えて、ないです……」
（名前だけなら、俺やカオルと同じじゃんね……でも俺ら以外にそういうタイプがいると思わなかった）
（背が高いよねヒカルさんは……サラさんと同じぐらいかな？）
（んー、コナさんには及ばないのかな……グラマーな体形だから、ボリューム感凄いけど）
「……す、すいません……」
ヒカルは苦笑するような素振りをして、ちょっと畏まる……元少年ではあるが、性格は大人しい。
活性化されて間もない頃の、カオルに似たところもある。
（……えっ！？ あっ、別に謝ることないですよ、ユウはちょっと口が悪いから！）
ただしそのカオルは、今はだいぶ積極的な行動を取るようになった。
（へっ！？ ……別に俺、悪口言ったつもりなかったんだけど）
（なりたくてなった姿じゃないんだから……ユウだって元男だったら、その辺察しなきゃ！）
（ご、ごめん……いやぁ、今の体に慣れ過ぎたんかな、気付かなかったよ）
今度はユウが、アメジスト色の顔に苦笑を浮かべた。
「……い、いぇ……ボクも……早く、慣れる、ように……頑張り、ます……」
「……あたしも……頑張ら、なきゃ……ユウさんや、カオル、さんに……負けない、ように……」
（無理することないですよ、自分のペースが１番ですからね……僕もそうだったから）
（ほっほーう、ミキちゃんをフォローできるように、毎日遅くまで練習してたのは誰だったかな？）
（いっ、いやっそれは……そ、そうだよ、それもマイペースのうちだから！）
ユウに突っ込まれてカオルは慌てふためく……その動きもユウに劣らず、自然になっている。
そしてそんなカオルを、隣のテントからミキが眺めていた。
しかし何故か……ミキの表情にはいつもの明るさや人懐っこさがなく、どこか寂しげに見える。
既に自分の意思で、表情もコントロールできるはずなのだが。
そんなミキを、ミカが見かけて“心の声”をかける。
（ミキさん……どうしたの？）
（えっあっいや……べっ別に、何でもないですよ？ そっそうだ、手伝いしないと！）
ミキはミカの“不意打ち”に、少し狼狽した素振りを見せると、小走りにその場を去った。
（ミキさん……どうしたんだろう、ちょっといつもと違う……）
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「……という、ことは……こちらが、メイアさんで……こちらが、キーラさんで……良い、ですか？」
フェリーターミナルの手前にある“センターＤ分室”。
センターＤで保護されていた、動けない被害者を保管している３基のコンテナである。
“本拠地”が敵に破壊されたことで、今朝陽市でその代わりを担う唯一の場所となっている。
とはいえ３階建ての倉庫だったセンターＤに比べれば、その１０分の１のスペースもないため、
今も４０人を越える動けない被害者たちの保管スペースだけで、全体の大半を占めているのだが。
その中で今、唯一の“肉声”で喋っているのがスミレだ。
昨日の今日ということもあって、まだその言葉はたどたどしいが、意識は活発である。
（……はい……ありがとう、ございます……）
（……嬉しい……あたし、にも……ついに、名前が……あとは……動けるだけ、だね……）
スミレのサファイア色の視線の先には、磨いた銅のような質感と、シルバー風の石像の少女。
２人とも長髪であるが、それほど背は高くない……中学生ぐらいの雰囲気だろうか。
磨いた銅――ブロンズではない――のような質感の石像娘が“メイア”、
そしてシルバー風の石像娘が“キーラ”……実は、今まさに決まった名前である。
メドゥアスに石化処理を受けて、１年以上放置された被害者たちは、自分の記憶がないケースが多い。
これは既に活性化された、サラやコナたちにも共通するパターンである。
そのためメドゥアスのラボでは皆、無機質な番号で呼ばれていた。
スミレ自身、ラボでは“７４号実験体”としか呼ばれることはなかったのである。
メドゥアスが強行した“核攻撃”と“最終計画”によって、今まで意識を失っていた石化被害者も、
意識を取り戻しており、今後活性化されて“鉱物娘”の仲間入りをすることになる。
そのため、この新たな“仲間”に無機質な番号ではなく、名前をつける必要があったのだ。
意識を取り戻した被害者たちは、しかしまだ自分の意思で動くことが出来ないことから、
この１０数時間の間、心の声で活発にコミュニケーションを続けているのだが、
そのコミュニケーションで大きな“テーマ”になっていたのが、自分の新たな名前だったのである。
既に名前が“確定”した被害者は、コミュニケーションの中で既にその名前で呼ばれており、
自分の名前を知る（与えられる）ことで、より鮮明な意識の発露が可能になっている。
過去の記憶は失われているが、自分を識別する、番号以外のアイデンティティは非常に重要なのだ。
４０人を越える被害者たちの中で、活発に“会話”可能なものは半数ほど存在し、
その更に半数――つまり１０名ほどの被害者が、既に新たな自分の名前を獲得していた。
因みに残る半数の半分――１０名ほどはまだ上手く言葉をつなげられる状態にはなく、
更にそれ以外の１０名ほどは、意識こそあるが今なお、思考機能が停止したままであった。
こうした思考停止状態の被害者は、石化されてから長く、生死の確認も難しかったケースが多い。
ただしこうした“回復遅れ”の被害者たちも、コミュニケーションの刺激を受けており、
遠からず自分の言葉を取り戻し、名前を獲得する日が来るはずである。
ラピスラズリに似た、白と青のツートンカラーの石化被害者は、ツィナの名を獲得。
ターコイスに似た、明るい空色――ルミより明るい――の石化被害者は、ティコの名を獲得。
アメジストに似た半透明の紫色――ユウより明るい――の石化被害者は、アメルの名を獲得。
アクアマリンに似た青緑色――カオルより緑が強い――の石化被害者は、マリナの名を獲得。
チャート石に似たオレンジ色の石化被害者は、チャムの名を獲得。
そして緑の大理石を思わせる石化被害者は、クレアの名を獲得している。
上記のメイアとキーラを含め、８名の名前がこの１０数時間の間にほぼ、確定したことになる。
（やっぱり、名前が付くとイメージが容易だよね……それに明らかに意識が鮮明になってる）
（それだけ名前が大事ってことですね……あたしもリアって呼ばれてから何か変わった気がします）
スミレの横には、ルナとリアが長椅子に腰掛けて、“新たな仲間”の反応を楽しんでいる。
（……あたしに、似た人……ユウさん、でしたっけ……元々、男の子、だって……本当、ですか？）
（そだねー、ユウ君は確かに、元々男子だったみたい……アメルさんは、違うよね？）
（……たぶん……あんまり……覚えてない、ですけど……）
（えぇと……マリナさんに似たカオルさんも、元男子なんですよね、確か……）
（……そう、なんですか……でも……今は、女の子……なんです、よね……）
（不思議だよね……マリナさんの気持ち、よく分かる……まぁ本人たちが１番、戸惑ってると思うけど）
「……でも……男の子でも、女の子でも……今は、どっちでも……良いですよ……人間じゃ、ないもの」
スミレが呟くようにそう言うと、石化した少女たちは沈黙した。
心なしか、寂しさや悲しみを思わせる、感情の空気が広がったようにも見える。
ただしスミレは、苦悩を煽る気はなかった……現実を受け止めて、前向きになって欲しかったのだ。
（す、スミレさん……それは……）
（ううん、でもスミレさんが言う通り……人間に戻れないのは、事実だもの……それは受け止めなきゃ。
これから生きていくなら、それを割り切れないと、いつまでも悩み続けることになるわ）
「そう……事実は、事実……でも、心は、人間……それで、良いじゃ、ないですか」
そして……ある程度受け止められると見込んで、言ったところもある。
この１０数時間のコミュニケーションで、彼女たちはその未来を、多少ともイメージしていた。
だからこそ“活性化後”の新たな自分の名前で、盛り上がっていたのだ。
（……そう、ですよね……悩んでも、仕方ない……あたしも、吹っ切ら、ないと……）
（……戻れなく、ても……動ける、ようには……なるんです、よね……じゃあ、我慢、します……）
（ここの、人たち……みんな、同じ……仲間だから……頑張り、ます……）
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（――ミキ、さん……大丈夫、ですか？）
背後から“心の声”で再び呼びかけられ、ミキは振り向いた。
ミキに呼びかけたのはエリだった――昨夜、父親を失った、灰色の鉱物娘である。
昨日の今日でまだ上手く動けないため、車椅子に下半身を預けている。
細身だが“石化”のため人間より重くなっているため、車椅子のタイヤは大きなものになっている。
（えっ……あ、えぇと、エリさん……だ、大丈夫）
（ミキさん……昨日までと、違う……何か、悩んでる、ように……見えます……）
――図星だったのか、ミキの目が見開かれる……まるで呆然とするように。
数秒ほど、まるで放心したように立ち尽くしたミキは、再び顔を下げて視線を落とした。
（……そっか……案外、分かるもの、なんですね……）
（あっ、その……言いたく、ないなら……別に、言わなくても、いいです……すいません）
（……ううん、大丈夫……全部、吐き出した方が……楽かも知れない）
ミキは寂しそうな表情のまま、顔を上げる……ただし、口元は笑っている――苦笑に近いが。
（実はね……思い出したんです、昔のこと）
今度は――エリの目が、見開かれる番だった。
エリはまだ上手く動けない……表情を作ることも慣れていないはずだが、それだけ衝撃的だったのだ。
（……記憶を……取り戻したん、ですか！？）
（不思議ですよね……センターが壊れた昨日から、少しずつ……宝物を掘り当てるみたいに。
エミちゃんが記憶を取り戻した時も……こんな感じ、だったんでしょうか？）
（エミちゃん、は……ＴＶ番組、で……急に、夢から覚めた、みたいに……思い出した、と……）
（あ、そうか……そう言えばそうでした、あたしも聞いてるのに……馬鹿だな）
ミキは苦笑いを強めて、自分の額をコンコン、と軽く小突く……寂しそうな表情は変わらないが。
（……カオル、さんの……ことも……？）
（はい……思い出しました……あ、まだカオル君には言わないでくださいね、ちょっと勇気が出なくて）
ミキは、今やアクアマリン風の鉱物娘と化した幼馴染を、初めて“君付け”で呼んだ。
（彼は……あたしがあの組織に拉致された後……必死で探し回ってくれたみたいなんです……でも。
カオル君があたしを発見した時には……あたしはもう石像で、ほとんど意識がなくて……）
記憶を絞り出すように呟くにつれて、苦笑を浮かべたミキの表情が、少しずつ険しくなっていく。
（そしてカオル君も組織に捕まって……女の子にされた上で、石像に……どうしようもない話ですけど、
どうしてあの時……意識がもっとハッキリしてなかったんだろうって思うと、彼に申し訳なくて）
（ミキさん……あなたの、所為じゃ……ないですよ）
（かも知れません……でも、何だろう……もっと、良い運命のつなげ方が、あったかも知れない……
ほんと今更なんですけどね……あぁどうしようかな、いつ彼に打ち明けたら――）
（――ごめん）
――今度は、エリとミキ、２人の目が同時に見開かれた。
２人とは違う波長の“心の声”が響き――テントの間仕切りの向こうからカオルが現われたからだ。
（かっ、カオル、君……！）
（ごめん……たまたま、なんだ……盗み聞き、するつもりじゃ、なかった……）
アクアマリン色のその顔は、何とも形容の出来ない、複雑な表情を浮かべている。
たまたま聞いてしまった、大事な幼馴染の記憶の復興に喜び、笑顔で手を差し伸べるべきなのか。
ずっと溜め込んでいた“秘密の話”を聞いてしまった非礼を詫びるべきなのか。
そもそも……今や２人とも、元々の姿ではなく、人間ですらない。
同じくどんな表情を作ったら良いか分からないミキの隣で、エリはぎこちないながら笑みを浮かべる。
そして、硬直したミキの手に、ゆっくりとした動きで触れた。
（え、エリさん……？）
（……これ……良い、運命の……つなげ方、じゃないですか？）
（……良い、運命のつなげ方……）
（偶然、かも知れません、けど……これで、隠し事も……悩みも、消えたじゃ、ないですか）
そして今度は、エリの顔がカオルの方を向く……柔らかい笑みを浮かべたまま。
（ミキさん、ずっと悩んで、ました……大事に、してあげて、くださいね）
１０数時間前に、父の死に巡り合わせたとは思えないほど、エリは強いメンタルの持ち主だった。
そしてそのメンタルが、すれ違いに悩む２人の鉱物娘を、優しくエスコートしたのである。
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その日の昼過ぎ。
前畑が再び――中央公園にいるパドルとライカを訪ねた。
「どうも……あれから、どのぐらい進みましたか？」
「自分が約１５０人、ライカが約１２０人だから、合わせて２７０人くらいは処理しました。
まぁご覧の通り……復元待ちの被害者は増え続けていますがね」
「確か昨晩からずっとですよね……お２人ともお疲れではないですか？」
「みんな同じこと言いますね……大丈夫ですよ、私もパドルも２～３日徹夜したってビクともしません」
２人のリアクションに前畑は苦笑を返すしかない。
パドルもライカも、休憩は取っているとは言え、ノンストップに近い状態でフル回転だからだ。
しかも“復元作業”が始まる前から、２人は余所でずっと“戦闘態勢”だった。
「今朝の話の通り、３日目の夕方か、４日目の朝には、制御装置の撤去作戦に参加できると思います」
「本当にすいません……ぶっ続けで働かせて、更に作戦に参加させるとか、ブラック企業以下です」
「とんでもない、自分から志願したような作戦ですし、自分にしか出来ないことですから」
そう言って、パドルはテントの向こうにいる“被災者”たちを眺めた。
よく見るとその中に、人間とは明らかに違う色と質感の人影がちらほらと動いている。
今もなお、複数の“鉱物娘”たちが、人間の被災者と積極的にコミュニケーションを取っているのだ。
また被災者も今や２００人以上が“経験者”なので、彼女たちと“会話”できるのである。
公園内にあるグランドの１角では、ボール遊びに興じている若者たちの姿がある。
そしてそこにも、鉱物娘たちの姿が見える……人間と変わらない快活で滑らかな動きを見せており、
時折陽光を浴びてキラキラと光る赤と薄緑の人影は、恐らくルイとスイだろう。
思えば駅前テロの前……まさにルイたちが“夢見た”光景が今、現実となっているのだ。
半日を共に過ごした人間と“元人間”が、どこか充実した表情を見せているのは、気の所為ではない。
「早くこの街を、陸の孤島から開放しなければなりません」
「全く同感です……孤立さえ解消すれば、我々もより自由に動けるようになります」
「逆に言えば、私たちが協力できるのはそこまでです……ここは本来、貴方たちの街ですからね」
「心得ておりますよ……孤立解消後は、お任せください」
「むしろ、孤立が解消された後の方が重要だと思います……今回の事態は、ただの災害とはわけが違う」
「石化経験という“非常識な現象”を、この世界がどこまで受け止められるか、試されています」
パドルたちの“忠告”に、再び前畑の表情が引き締まる。
剣と魔法のファンタジー小説で書かれるような事態が、今まさに目の前で現実になっている。
被災者の１部はそれを自ら経験することで、少しずつこの事態に適応しているようにも見えるが、
孤立解消後は、この体験を共有していない“外の世界”が、雪崩のように押し寄せることになるのだ。
駅前テロの時も、金属の怪人たちの大暴れや、巻き込まれた市民の非常識な経験について、
剥き出しの好奇心で情報を貪るメディアや、心ない批判や中傷の声が相次いだ。
今回はそういった“知性のダークサイド”が、更にパワーアップして襲いかかる可能性がある。
本来は好奇で語るような事態ではないが、“未経験者”にその感覚を共有させることは難しいだろう。
「私たちも責任重大ですね……情報発信のやり方を間違えたら、取り返しの付かないことになりそう」
居合わせた――というよりも前畑に付いてきたのだが――大川たちも深呼吸する。
彼女たちは彼女たちで「経験した報道関係者」としてどんな情報を発信すべきかが試されている。
常識の世界を生きてきた１つの街が、“石化異変”にさらされるという非常識な事態。
当然のことながら、それは全く未経験の前例なき事態であり、何もかもが手探りなのである。
全てが「初めてのこと」だからこそ、何が起きても不思議ではないのだ。
「それでも、我々はやるしかないんです……朝陽市民を危機から守るのが、我々の仕事ですからね。
何……これも何かの運命です、覚悟は既に出来ておりますよ」
前畑は自分自身に言い聞かせるように、あえて胸を張ってそう言った。
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| （第１１章第１話へ続く） |
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【Meking Memo／設定補記】
2017～2018年頃に草稿を作成したエピソード。
災害復旧課程で、鉱物娘と市民の垣根が徐々に解消されていくエピソードである。
非常時は大変な状況であるが、非日常的な環境下でコミュニケーションが触発される側面もある。
G-ma自身もそういう経験をした記憶があるため、そのイメージも盛り込んだ。
そして意識を回復した鉱物娘に、新しく名前を与えたのもこのエピソードの“新機軸”である。
実はここまでに登場した鉱物娘キャラは、エリとマリとリラ以外は2007～2008年に作ったものであり、
エリとマリとリラも2009年で、その後何年も、完全な鉱物娘の新キャラ設定は途絶えていた。
しかし設定上は数十名の鉱物娘が存在し、その多くはメタロイドとして活性化されるイメージがあったため、
第２部の第１ハイライトが固まったついでに、新キャラの考証をしようと思ったのである。
１方ミキが記憶を取り戻す展開は、基本プロットだけは2011年頃には固まっていたもので、
どこに組み込むかを検討した結果ここに落ち着いたのが実態である。
協力的なマスコミ関係者である、大川理恵たちの存在も新たなキーパーソンと言えるだろう。
４話でアイガーに言わせたように、ともすれば人のプライバシーに土足で上がるような真似をしたり、
イデオロギー的な偏向報道をすることもあるマスコミだが、味方に付ければ心強いと思うのだ。
余談だが、この10章完結が、ＡＳＧシリーズ開始から実質的に“10周年”でもあった。
途中数年ほど放置していた（滝汗）わけだが、ここからいよいよ物語の最終パートに入っていく。
これは人外の運命を強いられた元人間――鉱物娘たちの「希望ある未来」のための最後の挑戦である。 |
