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★ＣＲＩＳＩＳ２０１３ 統合ナンバー：EA-ATT18501N（N-E2013B） |
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清明神社の境内から、北西側の斜面に延びる道を少し下ったところに、大小３つほどのプレハブ小屋がある。
実はここが、地下組織“アクエリアス”の本部となるメイン施設になっている。
（注：大規模な地下本部が出来るのは2034年以降のことで、それまではこういう建物であった）
外から見れば工事現場の事務所のような雰囲気だが、内部は外面よりはるかに作り込まれた設備を持っており、
かつそれぞれの建物が地下トンネルでつながっていたりするのである。
昼食を終えた“ミュータント獣人”ロントが、リチャードに連れられて、その入口近くまでやってきた。
「えっ……ここがその“本部”なんですか？」
困惑するロント……そりゃあ見た目は殺風景なプレハブ小屋なのだから仕方ない。
しかし地下組織の本部を、そんなに目立つ外観にしても仕方ないわけで、カムフラージュの狙いもあるのである。
テーマパークではないのだから、外観は重要ではないということだ。
「まぁ、普通はそうなるよねぇ……“外面”はｗ」
「中を見ると驚くと思うぜｗ」
後ろから付いてきたランとダイが苦笑する……その後ろには更に、大きな台車を持ち上げるケイとタカシがいる。
台車に乗せたボックスの中には昼食の“差し入れ”が入っているのだが、
何しろここは坂道なので、そのまま転がすわけには行かないのだ。
そして“強化人間”である２人は、重い台車を神輿のように持ち上げて歩くことなど、造作もないのである。
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ＣＲＩＳＩＳ ２０１３
クライシス――地球大変動２０１３
★ 獣人たちの宿 ★
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リチャードが入口の鉄扉を叩く……モールス信号に似た、独特のリズムで。
すると中から似たような音が響いてきた……それを聞くと、更にリチャードが別のリズムで扉を叩く。
複数回こうしたやり取りを繰り返すのは、セキュリティの穴を作らないための配慮だ。
「……結構慎重なんですね」
「そりゃあ、地下組織の本部だからね……しかも、何種類かパターンがあるみたいだよ」
「清明神社の“結界”もセキュリティの１部みたいだね」
「慎一さんのお父さんが襲われた事件が以前あったらしいから、余計に慎重になっちゃうよね」
「――そうなんですか？」
タカシとケイの言葉にロントが反応した……どうやらこれは、事前に聞いていなかったことらしい。
「あたしたちも、後から聞いた話なんだけどね」
「慎一さんのお父さんが、魔物に襲撃されて亡くなったんですよ……３年前のことだったみたいですね」
「既に防御用の結界は作ってたんだけど、破られたんだって聞いたわ」
入口前の平坦な地面に台車を置いたタカシとケイが、ロントの質問に応対し、ランとダイが補足する。
「あれ、その時って、清太さんは結界の外にいたんじゃなかったっけ？」
「清太さんはね……でも結界を破られて襲撃を受けたから、ドレイクさんが清太さんを援護出来なかったみたい」
「神社とこの本部を守るので精一杯だったみたいですね」
「ドレイクさんって、あの背の高いオールバックの人ですよね……あの人も結構強いんですか？」
「アクエリアスで実質的に“最強”じゃないかな、あの人も人間じゃないらしいし」
「ドレイク大使はいわゆる“宇宙人”ってやつさ、しかも“戦神族”の異名を持つ強大な種族だそうだ」
鉄扉の前に立つリチャードがそう補足した直後――ガチャリ、と音がして扉が開いた。
扉の向こうには、黄色い肌と青い髪が特徴的な“女性”が立っていた……この人物も背が高い。
性変動ミュータント種族“エヴァンス”のサーラ・エルティシアである。
肌の色を除けばグラマーな女性そのものだが、実は元々は男性だった。
“彼”が変異したのは2001年――12年前の話で、当時はまだ若干6歳だったという。
今は18歳になるので、それなりに年齢相応になっているが、当時はかなり衝撃を受けたようだ。
「済まんなサーラ、留守番させちまって」
「いえいえ、重要な仕事ですから……それにここって結構、バラエティに富んでて退屈しないんですよ♪」
サーラは元々はフィリピンの生まれであるが、アクエリアスが結成された2004年に日本に移り住んでおり、
そのまま現在までほぼほぼ日本で暮らしているため、ロント以上に流暢に日本語を操る。
バナナのような肌の色に加えて背が高いため、どうしても目立ってしまう外観だが、
サーラ自身はバイタリティに優れており、注目を浴びることをそれほど苦に思ってはいないようである。
実はこうしたメンタルの強さは、エヴァンス変異体に共通する特徴でもある。
まだそれほど数は多くないのだが、既に個性的なミュータントとして世間に認知されているグループなのだ。
（注２：因みにエヴァンスが“大発生”する第１次エヴァンス大爆発は、３年後の2016年である）
そんなサーラでも、アクエリアス本部であるこの施設は、常識をはるかに越えた風景だったようだ。
「彼がロントだ……これから彼に本部を案内するから、サーラは“上”で休憩してくると良い」
「おぉ、話に上がってた子ですね、初めまして……まだ上は食事中ですかね？」
「俺たちは先に済ませたが、アキラたちがまだいるから、完全に片付けてはいないはずだよ」
「それじゃあ、間に合うかな？ ――じゃあ、後は宜しくです」
そう言うと、サーラはロントに近づいて行き、癒しに満ちたにこやかな笑みで彼に握手を求めた。
「改めまして、サーラ・エルティシアです……日本に、そしてアクエリアスにようこそ♪」
「ど、どうも……チァン・ロントです」
サーラは握手と挨拶を終えると、ランたちやタカシたちに会釈して、悠々と坂道を上がって行った。
そしてそれを見届けると、リチャードはロントを鉄扉の中にエスコートした。
「それじゃあ、中にどうぞ……あぁ、翼を気にすることはない、こう見えて中は結構広いからな」
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「ぶっぶー」
「ぷっぷー」
「やぁもぉ――ドングリビーム発射や！」
神社の正面境内で賑やかに駆け回るのは、アキラと悟と智晶だ……つーかお前らまだ揉めてたんかぃ。
「はは……可愛いなぁｗ」
それをニコニコと笑顔で横目に見ながら、サーラが社務所の玄関を入っていく。
すると奥の広い居間――昼食もここでやった――で、慎一ら大人たちの会話が聞こえてきた。
「――瀑羅、そんなに背負うことはないで、親父は天寿を全うしたんや」
「分かってはいるが……吹っ切るのは難しいな。 何しろ、俺は轟羅も救えなかった……つくづく無力なものだ」
「悩んでても始まらへん、前に進むことが償いやと思うしかない……そうですよね、ドレイク大使？」
「あぁ、その通りだ。 無力だというなら私も同じだ、結局救えなかったんだからな――しかし進むしかない」
「なんか……重い話してますね」
曇りガラスの引き戸を半分開けて、サーラが居間を覗き込みながら言うと、彼らは少し戸惑う素振りを見せた。
「む、サーラか……済まん、こっちこそシケた話をした」
「あ、いえ、大事な話ですよね」
「アクエリアスの使命自体が、結構重いからな……仕方ないと言えば仕方ないことやけど。
あぁ、昼食やんなサーラ……ちょっと待っててくれ、今準備させる」
「あ、大丈夫ですよ慎一さん、ボクが直接行ってきます」
「まぁ、色々あるッスよね……あ俺、チビたちの相手してきますわ――爺さんも来いよ、銃撃戦しよーぜｗ」
「ほほう、良い度胸ぢゃな、望むところぢゃ♪」
竜牙はそう言いながら立ち上がって、ヴァムと一緒に縁側から境内の方に向かって行った。
因みに“銃撃戦”といっても、“ドングリ弾丸”を使った“模擬戦”のことである。
出て行く直前――ヴァムはふと瀑羅の方に首を傾け、１言添えてからゆっくりとした足取りで去って行った。
「瀑羅殿、悩みすぎると老けてしまうぞ――強くありたいのなら、悩みすぎぬことぢゃな」
「かたじけないヴァム殿、肝に銘じます」
専属家政婦・河元佐和子から皿を載せた盆を受け取りながら、サーラもそんなやり取りを見ている。
「ヴァムさんはメンタルがかなり若いですもんねぇ……おー素麺、これが出たら夏本番ですねぇ♪」
そのセリフ、今日何回聞いたとか言ってはならないｗ
「重い経験は人生の糧になる、しかしそのためには、乗り越えて行かねばならん。
引きずれば重荷になるだけだ、それでは何の進歩も進化もない……ヴァム殿もあんな陽気なキャラだが、
ここで暮らすことになった課程には、それなりに重い背景があるからな」
「聞いたことがあります……魔物たちとの根深い因縁から、故郷を捨てねばならなくなったとか。
その重さ、良く分かりますよ……彼もどれだけ屈辱的だったか」
目を細める瀑羅の視線の先では、３人の賑やかな子供たちと２人の竜人が戯れている。
“人間界”では中々見られない風景であるが、ここ清明神社では日常とほとんど変わらないものだ。
その更に奥――鳥居の向こう、木立の更に彼方には、夏特有の大きな入道雲が見える。
入道雲は午前中よりも著しく成長したように見える……いやあるいは、こちらに近づいているのかも知れない。
この分だと、夕刻を迎える前に雷雨に襲われる可能性もありそうである。
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さてこちらはアクエリアス本部。
外面は殺風景なプレハブ小屋だが、その内部には“ハイテク要塞”が広がっていた。
壁には合金質の仕上げ材が使われており、プレハブ小屋の外壁は「飾りでしかない」ことが分かる。
外から重機関銃で撃ち込まれても、簡単に貫けないようになっているのだ。
更に中心的な設備であるデータベースルームは２重の隔壁に守られており、その奥には武器庫もあった。
セキュリティ上、最も大事な設備はこうして厳格に保護されているのだ。
地下組織アクエリアスは、これから地球で始まると考えられている“大変動”を人類文明が耐え抜くために、
地球外の支援者であるアル・ドレイクが呼びかけて2004年に結成されたものである。
もちろんドレイクは単にお節介で地球に干渉しているのではない。
地球で起きる大変動には、“銀河社会”から見ても無視できない重要な背景が潜んでいるのだ。
それはダイやラン、タカシやケイといった“獣化人間”の存在からも示唆される、深い闇を秘めた背景である。
いや彼らだけではなく、ロントやサーラといったミュータントもまた、“大変動”の申し子だと言えよう。
「これは凄いですね…… あ、そういえば――電線が見えませんでしたけど」
「ほぅ、よく気付いたな……種明かしをすれば、ここのエネルギーは“外部電源じゃない”のさ」
「え、ってことは自家発電なんですか？ 例えばソーラーパネルとか」
「いやいや、ソーラーパネルを屋根に置いたりしたら、そこを狙われてしまうじゃんｗ」
ダイのツッコミに、ロントは「あぁそうか」と納得しつつ、再び首を傾げた。
「でも――だとしたらどうするんですか？ 太陽光とかを使わない発電機があるんです？」
「そういうことだ。 具体的に説明するのは難しいんだが、特殊な発電機があるのさ。
そいつはドレイク大使が持ち込んだ“宇宙技術”だから、人類はまだ開発出来ていないものなんだ」
「発電機は地下室に置かれてますよね」
そう言いながら建物のほぼ中央部にある、螺旋状の階段設備にロントたちはやってきた。
円形というわけではないのだが、踊り場が１ヶ所しかない階段が、ぐるぐると上にも下にも続いている。
ケイのような大柄な体格に配慮してか、結構余裕のあるスペースを持って設計されているようだ。
またリチャードも身長２ｍ近いので、翼こそ生えていないが身長は高い方なのだ。
「この下に地下室があるんですね……そういえば、保護された人たちの個室は上の階ですか？」
「実は個室も地下なんだよ……平和な日本じゃ滅多にないが、爆撃リスクも想定している」
「え、それじゃ上の階には何があるんです？」
「上がったら分かるよｗ」
ランに促されてロントが上の階に上がる……実は外から見ても、このプレハブ小屋は２階建てに見えていた。
階段を上がり切ると、そこには畳が敷かれた広い部屋が姿を現した。
「確かに……個室じゃあ、ないですね……見張り台みたいなものですかね？」
「うーん、見張り台と言うよりも、談話室や訓練道場の役目があるみたいだよ？」
「訓練道場、ですか？」
「特に格闘訓練ね……特殊な固有能力の訓練には向いてないけど、肉弾戦も出来た方が色々有利だからさ」
「特殊能力の訓練は、神社の裏手の森の方が向いてるよね……霊感も研ぎ澄まされそうだし」
「暑い日はここで涼むこともあるよなｗ」
「そーそー、林の中だからか、結構涼しかったりするのよね〜」
「そう言えば、パイルさんは特殊部隊にいたことがあるんでしたっけ」
パイルというのはリチャードの姓だ……今は日本に帰化しているため「波威留」と書くこともある。
元々は北米生まれだが、色々あって日本に住んでいるのだ。
そしてそれがまさしく、アクエリアスとの縁の重要なきっかけにもなっている。
「まぁな……あと私だけじゃなくて、慎一も古武術の師範だぞ」
「俺らも慎一さんの訓練を受けたことあるけど、凄いよな……それこそ特殊能力を使わない限り勝てねぇし」
「クマでも倒せそうよね、慎一さんの体術ってｗ」
「……映画に出てくる格闘家みたいですね、それって（^^;）」
そこご都合主義とか言うなし。
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螺旋階段を逆に降りていくと、地下空間に出た。
上の階では見たことのない長い廊下が、３方向に静かに伸びているのが印象的である。
それぞれ、地上で見た別のプレハブ小屋につながっているのだろう。
そしてその長い廊下に、ほぼ等間隔で個室らしき扉が並んでいるのも分かる。
その時、階段室の横のドアがスライドして、タカシとケイが台車を押して出てきた。
階段室の横にはエレベータもあるのだ……２階の方には行かず、地上と地下を結ぶためだけの設備だが、
今回のように大きな貨物を運ぶ際に使うことがあるというわけである。
そしてそのままタカシが個室のドアの１つに歩いて行き、無骨な黒い３本指でドアを軽くノックした。
ドアが開くと、中から非対称のディテールが特徴的な、黄色い肌と角を持つ獣人が姿を現した。
「あぁタカシ……どうしたんだ？」
「ゲンさん、差し入れ持ってきましたよ」
「え、差し入れ？ ……何だか悪いなぁ、こんなところまで」
ゲンと呼ばれた獣人は、タカシから素麺と天ぷらなどが入った、タッパー状の半透明容器を受け取る。
そしてその後ろから、ダイとランの顔がひょこっ、と現れた。
「よっ、ゲン兄、調子どう？」
そう、この獣人はダイとランの兄である……繊細な性格なので、余り外に出たがらないのだ。
ダイとランにも言えるが、獣人化を強いられた“元人間”であるため、保護された今もメンタルが不安定で、
特に繊細なゲンは“引き籠もりがち”なところがある。
「あぁ……まぁ、悪くはないよ、今日はね」
「兄さん、紹介するよ、こちらロントさん、新しい仲間になるのよ」
「ドレイクさんから聞いてるよ、自然発生的なミュータントなんだってね……何だか凄いよね」
「はい、宜しくお願いします」
そして別のドアにはケイが向かっていた……ドアをノックすると、こちらもすぐに開く。
顔を出したのは、灰色の御影石のような質感を持った、大柄でグラマーな“女性像”であった。
「リオ、これ上からの差し入れｗ」
（えっ、ボクらにも差し入れあるの？ 何だか気を遣わせちゃってるなぁ）
名はリオ、生きた石像とも言うべき強化人間“メタロイド”で、実はリオも“元男児”だったりする。
サーラのように自然発生的な変異ではなく、強化の過程で“女体化”されている。
肉体的には石像に等しいため肉声を出すことは出来ず、テレパシーのような能力で会話するのだが、
ケイやタカシ、ダイやランはその言葉を感じ取る能力を既に持っているのだ。
リオもケイからロントを紹介される……“彼”も既にロントの来訪を聞かされていたようだ。
その奥に並んでいる個室にも、様々な異形のミュータントたちが保護されていた。
いずれも普通の人間とは全く違う容姿を持っているが、ほぼ全員が“元人間”なのである。
元から人間じゃないのは、瀑羅たちギガンサウロイドやジェムルのヴァムのような、少数の「異種族枠」だけだ。
それゆえ、ゲンのようにコンプレックスを抱えている者も少なくないのである。
因みにリオへの差し入れには素麺はなく、井戸水を温めた水筒のような保温ボトルである。
これはメタロイドには消化器官がなく、物理的な食事をする能力がないためだ。
その代わりに熱を直接取り込んでエネルギー補給するため、こうした温水ボトルが有効なのである。
普段から地下水を温めたシャワーなどを使っているが、今回の井戸水は清明神社の“特製”で、
日本屈指のミネラルを含む優れた水質で評価されているものなのだ。
豊富なミネラルを含む井戸水の温水ボトルは、メタロイドにとっても「有難いもの」なのである。
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それぞれの個室はほぼ同じ設備であり、狭く感じない程度のゆとりを持たせている。
ベッドとタブレットが置かれた小さなテーブルがあるだけで、トイレや浴室など水回りは共用になっているため、
個室には余分な設備はほぼないが、保護された者たちにとっては十分と言えるだろう。
ロントもその中の１つに案内された……小ぎれいなベッドの上にベージュ色の毛布が置かれている。
毛布は夏冬リバーシブル仕様で、起毛された面とそうでない面がある。
「いちおう、ここがキミの当面の居室になる……標準設計だが、もし不便だったら言ってくれ」
「いえ十分過ぎますよ……個室ってだけでも贅沢ですし」
「これからも様々なミュータントが保護されて、ここにやってくることになると思うが――大丈夫かい？」
「もちろんです……サーラさんも言われてましたけど、刺激的な日々になると思います」
「それじゃあ、共用スペースを先に案内しておこうか……ダイ、ラン、これについては君らに任せるよ」
「「りょーかいっ♪」」
そう言って案内を２人に引き継ぐと、リチャードは歩いてきた廊下を戻って、最初の階段室の方へ去った。
にわかに反対方向に歩いて行ったリチャードに、ロントは少し戸惑う。
「あれ？ えぇっと……」
「あぁ大丈夫だよ、こっちに来て。 共用スペースを案内するから」
「共用スペースの普段の管理は俺らに任されてるんよ、リチャードさんにはこことは別に自宅があるからね」
「あたしたちを信頼してくれてるってことだし、責任感が育つよねｗ」
そう言って、ランはロントを先導して廊下の別の方向へと歩いて行く。
ロントの後ろからダイが付いてくる形だ……そして間もなく、小さなテーブルスペースが現れた。
そのテーブルスペースの横にも、別の階段室があるのが見える。
「この階段の上には、地上で見た別の建物があるんだよね、色々と機能分担してるわけ」
「万が一、本部が制圧されたら、こっちに逃げてこれるしね」
「なるほど……よく考えられてるんですね」
つまり――このテーブルスペース自体が、地下室の動線を結ぶ中核施設でもあるのである。
そしてテーブルスペースの奥には、更に別の扉が複数並んでいた。
個室用の扉ではなく、中がうっすらと透けて見える曇りガラスになっている。
「そんなわけで、ここが共用トイレで、その奥が共同浴場になるわけねｗ」
「あ、トイレも全部個室になってるんですね」
「何せ、ここには色々な体質の子がいるからねぇ……その代わり、共同浴場には共用の浴槽があるわよ」
「トイレはともかく、よほど特殊な体質じゃない限り、入浴は共同で出来るわけだなｗ」
そう言ってダイが共同浴場の脱衣室に入ろうとすると、突然扉が開いた。
緑色の御影石に似た質感の“メタロイド娘”がにゅっと現れ、ダイと思わず鉢合わせる形になる。
「うぉっと……キジア、不意打ちみたいに出てくるなよ、ぶつかるじゃんか！」
（どっちが……俺まだ速く動けないんだから、そっちこそ驚かすなよ！ ――ん、新しい子？）
「そうそう、この前話題になった、天然ミュータントのロント君ね……ところで今誰か入浴中？」
（今はいないよ、俺だけ……宜しく、えぇと、この言葉聞こえてるのかな？）
「あ、はい、大丈夫です」
このキジアもリオ同様、元々は男子である。
リオと“同期”であるが、アクエリアスに保護されたのが最近であるため、まだ余り速くは動けない。
メタロイドは肉体的には石像同然なので、自力で動くには特殊な訓練が要るのだ。
リオは早期から馴染んだためか、かなり自然に動けるが、これはメタロイドとしては珍しい方だったりする。
またリオの説明でも書いたように、直接熱を取り込んでエネルギー補給する体質から、
メタロイドは他のミュータントより頻繁に入浴する傾向があったりするのだ。
因みにサーラにしろリオにしろ、“元男子組”の第１人称は「ボク」が多いが、キジアは「俺」である。
見た目はグラマーな“鉱物娘”であるが、人格自体は気が強い男子そのものなのだ。
「じゃあ、今は中を見せても問題なさそうだね」
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「ぴゃぁあぁぁぁーーーっっ」
「ひょえーーーーっっ」
「にゃぁあぁーーーーっっ」
「うをぉーーーーっっ」
清明神社社務所の縁側に、少年少女３名と竜人２名が声を上げて駆け込んできた。
一体何が起きたのかというと。
「おぉ――こりゃまるでスコールだねｗ」
突然――激しい雷雨が降り出したのである。
１時間ほど前から、既に大きな入道雲が西日を遮って成長していたため、こうなることは予想出来たのだが、
境内で“ドングリ銃撃戦”をやっていた５人は、気付くのが遅かったようである。
しかも最初の雨粒を感じてから、土砂降りに移行するまで、10秒かかったか怪しいほど急激だった。
「をぃサーラ、降り出しそうだったら何で忠告しなかったんだよ！」
「このくらい、フィリピンなら日常の範疇だしねぇ」
ずぞぞぞ、と素麺をすすりながら、サーラは笑って言葉を返す。
繰り返すが、サーラはフィリピン出身である……亜熱帯のフィリピンは、日本よりも雷雨が日常風景だ。
「ほっほっほ、どうなるかと思っとったが、中々刺激的な天気ぢゃわいｗ」
「爺さんも分かってたのかよ……半魚人だから日常ってか？」
「ジェムル族は地下竜人族やぞ、竜牙」
慎一のツッコミに、びしょ濡れの竜牙はぽかん、と呆気に取られた表情を浮かべた。
その横でヴァムは余裕綽々に水滴を振るい落とす……光沢のあるウロコ肌のため、水捌けは良いようだ。
「ふん、軟弱者め……このくらい、笑い飛ばせんとはお主も甘いのぅｗ」
「白虎族は濡れると大変なんだよ、ちっくしょう」
白虎族というのは竜牙の部族だ……生態的には爬虫類だが毛深く、濡れると手入れに手間を食うのだ。
元々どちらかと言えば乾燥した地域の出身なので、多湿な日本の暮らしには慣れていない。
瀑羅などは元々日本暮らしが長いので、ゲリラ雷雨などものの数ではないのだが。
「濡れたーーーー」
「ぬれたーーーー」
「たーーーー」
チビトリオも楽しそうだ……まぁ夏の雷雨だから、すぐに風邪をひくということもないだろう。
「お前らも楽しそうだな……くっそ、俺だけ愚痴り損かょ、次は傘を持って出なきゃな」
傘を持ち歩く竜人族というのも中々シュールな画ではあるｗ
時折曇天に鋭い閃光が煌めき、ドラをぶん殴るような豪快な雷鳴が響き渡る。
そのたびにチビトリオはキャーキャー叫ぶ……怖がってるのか面白がってるのかよく分からないのだが、
この３人は普通の同年代より肝が据わってるので、後者かも知れない。
「おぉう……雷ってこんな音するのか……神話になるわけだぜ」
「自然への畏怖はちゃんと持っておかんとな……舐めれば怒られるってことや」
「別に俺、舐めちゃいねぇッスけど」
ぼやく竜牙に、慎一はどこか自嘲するような、意味深な含み笑いを返す。
恐らくその視線の先にあるのは竜牙ではなく――奢りを抱え込む“同族”だったのだろう。
“人外の宿”としても機能するこの神社の主催として、時にそうした闇が透けて見えることもあるということだ。
また地下組織アクエリアス自体、そうした闇と対峙する使命があるところもあろう。
あるいは容赦なく境内を叩き付けるゲリラ雷雨が――そうした闇を思い起こさせたのかも知れない。
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【Meking Memo／設定補記】
2023年に執筆したエピソード。
前話である「獣人たちの杜」が完結した2020年頃から構想はあったが、具体化したのは最近だ。
前話で清明神社を訪れたロントが、アクエリアス本部に招待される展開であり、
2013年という設定時代における、アクエリアスの基本的な風景を描き出す意図がある。
（当時はまだアクエリアス・センターの大規模な地下要塞は存在しなかった）
加えて慎一の父に当たる清太が、2010年に死亡したという“新設定”も加えている。
清太の設定は2023年に確立したものだが、前話の時点でまだ慎一は30歳と比較的若いのに、
父親（つまり智晶や悟にとっては祖父）が登場しないため、
このエピソードの前に既に亡くなっていたことを前提に、清太の設定を作った経緯がある。
そのため前半、少し重い話になっているが、物語自体は日常シーンの延長線に置いており、
多くの人外と共存している、清明神社やアクエリアスの日常を表現するという意図に変化はない。
（因みに清太は2001年のエピソード群で活躍している^^;）
エヴァンス筆頭であるサーラ・エルティシアも、クライシス・シリーズでは初登場となる。
（厳密に言うとシークレットルーム側で既に登場しているのだが^^;）
エヴァンス・コミュニティの指導者となるサーラだが、設定上このキャラもアクエリアス所属であるため、
アクエリアス結成後比較的浅い2013年（結成から9年後だ）という時代枠において、
日本で暮らしていたことが想定出来たため、今回人材補完を兼ねて登場させた経緯がある。
人類のアクエリアス幹部である龍二やビリーはこの時点ではまだ参戦出来ないからだ。
龍二はこの時点ではまだ9歳、ビリーに至っては悟と同じく3歳なのだ（爆） |
