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★ＸＥＫＲＯＭ 統合ナンバー：EA-ATT19301N（N-002） |
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宇宙空間に浮かぶ、青みがかった銀色の天体。
その表面には幾何学的な明りが灯り、４つのリングが取り巻いている。
ここは惑星リドムス。
リドリアス宙域のセンターにして、
タイランタ銀河連邦９大要衝の１つである。
その“惑星都市”に、降下して行く１隻の宇宙船。
円盤状の白っぽい船体が特徴的だ。
宇宙船のブリッジらしき部分には、ブルーのスーツをまとった男が１人。
青みがかった銀色の髪が、金色に近い白色の肌を撫でるように伸びている。
彼の名はヴァルク・ザン――長寿と逞しさで有名なラトリアンだ。
経験豊かなディガス準大使の１人であり、
数年のうちに正大使への昇進が確実視されている成長株である。
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ＸＥＫＲＯＭ
ゼクローム――鋼の勇者達
★ 第２話 ディガス大使来訪 ★
（想定年代：BWO033頃）
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ザンがリドムスに来訪した理由は、連邦軍事施設の視察であった。
タイランタ連邦も表向きには民主主義を標榜しているため、
政治や軍事は比較的オープンでなければならず、
銀河社会のパワーバランスを大幅に書き換えるような状況は望ましくない。
元々軍事主義への傾倒が指摘される勢力なので、定期的な査察は必要であるとの見方があり、
またこの査察は銀河のパワーバランスを調整するために、
約3,600年前に起きた戦火の終戦後、協議によって合意された基本事項の１つであった。
リドムスの大気圏に突入したディガス探査船“ゼヴィアナ”は、速度を緩めながらなおも降下して行く。
やがてゼヴィアナの眼前に、雲を突き抜ける超高層ビル群が姿を現した。
巨大建築群はリドムスの人工化された地表面からそそり立ち、
中枢部の複合タワーは更なる高高度成層圏に向かって聳えている。
そして上空には反重力技術を応用した、フローティングシティと呼ばれる“浮遊島”が複数漂っていた。
これがリドムス都心“グラン・センター”の景観である。
間もなくゼヴィアナは、都心部に聳える複合タワーのふもとにある、ＶＩＰ用の宇宙船デッキに静かに降り立つ。
ＶＩＰターミナルは、３層12デッキの同心円状の多層デッキが、
複合タワーの下部、リドムス基準地表から約1,500mの高さに、
まるで惑星を周回する軌道リングのように並べられるなど、独自の構造を持っている。
デッキからは、周囲の高層建築群が上下に広がって見える。
ザンはゼヴィアナから降り立つと、そのリドムスの複合化された都市景観をしばしの間眺めた。
やがてザン大使が視線をタワー側に向けると、３人ほどの人影が向かってきた。
今回の査察を担当する、連邦政府側の関係者である。
２人がすらりとしたヒューマノイド種族のアナリアン、
そして１人が護衛だろうか、紫の肌と角が印象的なセリオネアンだ。
「ようこそリドムスへ、大使殿」
「こちらこそ、今回は宜しくお願いします」
デッキを離れて、約10分後。
ザンは連邦の関係者と共に、今回の査察の予定について検討していた。
グラン・センター都心部に聳える、複合タワーの中層部。
大きな展望窓が置かれた会議室の１角だ。
「何も心配など必要ありません大使殿……公示してある情報の通りですよ」
「まぁ、定期的な査察は義務付けられたものですから……」
会議室の中に置かれた円形の多機能テーブルには、
今回の査察に使用されるための情報が、ホログラム・ディスプレイ上に表示されている。
近傍宙域を偵察する機動艦隊や防衛艦隊の基本データから、
軍事工場の稼動状況まで、10数枚の半透明の立体映像のパネルが、
円卓の上に並び、同席者のコンソール操作に反応しつつ、不規則な回転や移動を繰り返している。
ザンがホログラムパネルを凝視していると、ふと連邦関係者が話しかけてきた。
この査察プログラムを主催する、リドムス統括政府の外務長官セット・ガルウィックである。
「今回の査察では、大使殿はしばらく滞在されるのでしょう？」
「その予定にしていますが……」
「ならば査察以外でも、色々な場所を訪れられれば宜しいでしょう……リドムスは名所の宝庫です。
様々なミュージアム、アミューズメント、競技場……もちろん、夜の街もね」
「そうですねぇ、楽しませて頂きます」
そこまで話して、ザンはふと話題を切り替えた。
少し――気にかかっていることがあったからだ。
「ところで……リドムスよりも主星リドリアに近い宙域に、もう１つ惑星がありますね？」
しかしその話を持ち出すや否や、セット長官らは明らかに表情を曇らせた。
「……第２惑星“レセウス”のことでしょうかね？」
「砂漠化が進んだ、やや小さな惑星です……来る時に近くを通ったものですから」
「……ならばレセウスですね、それがどうかしましたか？」
「リドムスやガロヌに比べ、都市化が遅れているように見受けられましたので……」
「宙域の惑星開発の度合いにはばらつきがあるのです……レセウスの場合主星に近いため環境も厳しいですし」
「……そう、ですか……」
「まだまだ未開の原始的な惑星ですよ、あんなところに行くのは物好きか田舎者です」
長官らは目を泳がせ、明らかに話を終わらせたそうだ。
その素振りは明らかに怪しいが、ここで問い詰めたところで答えは出ないだろう。
そう判断したザンは、質問をそこで止めた。
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「レセウス？ 田舎者しかいないですぜあの星は」
「いいんだよ、自分は物好きでね……面白い雑貨や工芸品を探しているんだ」
その日の夕方。
リドムス下層部にある、輸送船ばかりが停泊する寂れた宇宙港の１角で、
船乗りらしき男と長身の銀髪の男が喋っていた。
「まぁ確かに、俺もレセウスに運ぶ荷物があるが……旅行客向けじゃありやせんぜ？」
「乗せてもらえるならどこだっていいさ、密林でも砂漠でも生き残る自信があるしな」
「輸送船の貨物庫の方が過酷かも知れないぜ、貨物を保存するために冷蔵庫状態だからなぁ」
「瞬間凍結でもされない限り問題はないね。……まぁいいんだよ？ 嫌なら他の船を――」
「あぁ待った！ あんな金額切られたら断るわけにゃ行かねぇっすよ」
船乗りと交渉していたのは、数時間前まで複合タワーにいたザンだった。
今回の査察は短期集中でカタをつける都合が取れず、次の査察予定日まで数日〜１週間以上という間がある。
この“非番”を活かすために、ザンはレセウスを訪れようと考えたのだ。
しかしあいにく、レセウスには客船の定期便が数えるほどしかなく、
どういうわけか旅行者向けには作られていない。
……まるで、余所者を拒むかのように。
都市化が遅れている原因も、環境条件だけではなさそうだ。
……多少の問題なら、空間テクノロジーによる環境制御で十分にサポート出来るからだ。
何より、レセウスよりも劣悪な環境にもかかわらず、大都市を持つ連邦の植民地は幾つもある。
タワーの会議室で関係者が見せた態度といい、レセウスには怪しい点がある。
査察官に隠し立てするようなことがあるとしたら、大抵軍事機密と相場が決まっている。
無断で出かけるのはかなりのリスクを伴うが、疑念を無視することはザンにはできなかった。
やがて、ザンを乗せたオリオネス・カーゴ型輸送船が、夕日に向かって浮上した。
数時間でレセウスの軌道に達することだろう。
時差もあるから、レセウスの宇宙港には午前中の到着になるはずだ。
１方、複合タワーの上層部。
基準地表ゾーンから10km以上も高く、眼下にはグラン・センターの壮大な夜景が広がっている。
太陽に当たる主星リドリアは金色の地平に沈みかけており、
黄昏時の空に漂うフローティングシティの巨大なパネルが、地表に雲よりも暗い影を落としている。
しかし街明かりはその漆黒の影にも負けず、むしろさらに色鮮やかだ。
タワー上部にある、連邦政府管轄の会議室。
その中央ほどに、先ほどの関係者……セット長官らが立っている。
その前には、彼らの更なる上官らしき人影が複数――ただし、ホログラム映像であったが。
眠らない都心の、賑やかな夜の営みを開始しようとする下界とは裏腹に、
彼らの表情はいたって真剣であり、見ようによっては恐ろしくすらあった。
「……そうか、ディガス大使がレセウスのことを聞いたか……」
「ひとまず話の焦点は逸らせましたが……」
「いや、怪しんだだろうな。 連中はとても疑り深い……気になることがあれば、
身の危険を冒してでも答えを得ようとする習性がある」
「では……いかが致しましょう？ いっそこの査察スケジュールに乗じて大使を抹――」
「いやいや、それは性急というものだよ君……それこそアトラスやディガスの危機感を煽るだろう。
我々連邦が強力なる兵器の研究をしているとバラすようなものだ」
ホログラムの上官らしき人物がそう言うと、手前の２人は腕組みをして考え込んだ。
と、その時セット長官が何かを思い出したように言った。
「そう言えば……ガイル・センターの研究はどこまで行っているのですか？」
「第３段階には入ったと聞いているが……何故それを聞くのだね？」
「いえ、第４段階からは市街戦を想定して、リドムスでも共同研究が始まりますので……」
「ふむ、そう言えばそうだったな……確か、実戦演習も計画していると聞いたが」
「そうです……ちょうど、掃討したい連中もいますしね」
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グラン・センターの郊外に当たる、下層部の低所得者居住街区。
元々は構造が統一された巨大アパートが整然と並んでいたが、
今や増設された渡り廊下や壁をくり抜かれた簡易なデッキが点在し、雑多なスラムの様相を呈していた。
日が暮れるとほぼ同時に、この辺りはほとんど真っ暗闇になる。
元々日中から日光はほとんど差さないが、屋上に設置された集光パネルから取り込まれた光が、
採光ファイバーを通って下部の照明器具に集まるようになっている。
この装置のために、人工エネルギーの消費を抑えて外光が得られるのだ。
しかし夜は得られる光源が限られるため、ぐっと暗くなるのである。
その暗がりの中に、２〜３の人影。
何かから逃れるように、じっと暗闇を凝視していた。
そのボディはやけにテカリを放っている。
どうやら丸腰ではなく、何かの装甲服を着込んでいるらしい。
次の瞬間、出し抜けにスラムにまばゆい光が差し込んだ。
自然の陽光じゃない――殺気に満ちた軍のスポットライトだ。
「――来たぞ！」
暗闇を凝視していた人影が、慌しく動き始めた。
それとほぼ同時に、スポットライトの中から別の人影が降り立つ。
こちらもゴツい装甲服を着込み、重そうな銃器を抱えている。
兵士たちは暗視センサーらしき赤い光を瞬かせながら、
すり足で暗いスラム地区の街路に展開していく。
物音を極力減らすためだが、それでもかすかに、地面をこする音が響く。
兵士の１人が路地の角を曲がった時だった。
――ッキュウ"ゥゥンッ
高性能ブラスターライフルの発射音。
斥候の兵士は反応する暇もなく撃ち抜かれ、倒れ込んだ。
それを確認したもう１人の兵士が、手元から小さなカプセルを取り出し、
その底の小さなディスプレイに何かを指示し、宙に投げた。
カプセルはリパルサー・マトリクスの微弱な起動音を響かせながら、路地を曲がって飛んでいった。
数回のブラスターライフルの発射音がした、その直後。
大爆発と共に路地から劫火が噴出した。
携帯サイズのプログラム誘導式小型滑空爆弾だ――路地の奥で悲鳴がこだます。
兵士たちはその火と煙の中に突入し、手にした銃器の引き金を引く。
間もなく――激しい銃撃戦が展開された。
治安維持軍の側と、恐らくは反体制勢力の側。
どちらも高出力のブラスターライフルを備えている。
ロトニウム製のアサルトアーマーなど、何の意味もなさないほどの威力だ。
宇宙戦艦にも使われるローグ合金なら防げたかも知れないが、
地方の兵士や反体制の民兵たちに、そんな高価な合金を使う余裕などなかった。
銃撃戦が１段落した、路地の小さな戦場。
将校らしき色違いのアサルトアーマーを着た兵士が、舌打ちをした。
「ちっ、逃げたか！」
「連中もなかなか上手い展開をするようになりましたなぁ」
「敵に感心してる場合かこの能天気！ 連中がアレを使いこなすとしたら脅威になるんだぞ？」
上官に叱責された兵士は、ヘルメットの下から伸びるあごひげを撫でて呟くように返す。
「試作のローグ鋼製アーマースーツでしたっけ……しかし試作品ですから大柄な兵士は着られないとか」
「ここの民兵に優秀な少年兵が多くいるという偵察班の報告を忘れたか？」
「うっ、そ、それは……し、しかし所詮は少年兵、訓練されたベテラン兵には及ぶはずも」
「だがあの試作アーマースーツならその溝を埋められる、だから脅威なんだ……お前、
本当にちゃんと任務のためのブリーフィングを受けてるんだろうな？」
「え……あ、も、もちろんですともっ！」
将校はため息をついて、つぶやくように言った。
「自由のための戦い、か……そんなものは偽善に過ぎぬというのに」
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漆黒の世界に浮かぶ、ざらついた黄色い球体。
その表面には青黒いシミが点在し、殺風景なディテールにわずかな変化を与えている。
リドリアス・セクター第２惑星レセウス。
この小さな乾燥した砂漠の惑星は、しかしタイランタ連邦の９大要衝とされる、
惑星都市リドムスから目と鼻の先にあり、連邦の植民地が築かれていた。
主星リドリアから近い所為で昼夜を問わず高温に包まれ、むせ返るような熱気が支配するため、
都市化の顕著なこの太陽系においても、半ば忘れ去られた小さな辺境だと見なされていた。
ディガス大使ヴァルク・ザンが、素性を隠してその大地を踏みしめるまでは――だが。
レセウスの軌道上に、小さな飛行物体が飛来した。
不定期にこの植民地を訪れる、リドムスの民間輸送船だ。
使い古された中型オリオネスカーゴが、大気摩擦を空間シールドで相殺しつつ、
黄色く煙った地上へと、ゆっくりと降下していく。
やがて薄雲の海を突き抜けた輸送船は、黄色い景色に包囲された、青と緑と灰色の塊に向かっていった。
小さな内海の縁に生まれたオアシスに寄り添うような、これまたそう大きくもない都市。
しかしこの小都市が、実はレセウス最大の宇宙港を擁する“宇宙への玄関口”なのである。
（画像挿入予定）
大型船の停泊を拒むかのような小さなデッキ群が、規格化されたビルの並ぶ都心の真横にある。
都心といっても小さなもので、数百ｍほども歩けばビル群が途切れ、
まるで難民キャンプのような雑多なスラム地区へと溶け込んでいくのだ。
開拓初期の植民都市には珍しくない光景だが……ここはリドリアス宙域の中である。
惑星開拓が開始されてから優に１万年以上が経つのに、まるで時間が止まったような風景がそこにはあった。
輸送船をデッキ群の１つに降ろした船頭は、カーゴブロックの下にあるパネルを開けた。
気密シールドを解除する軽いギア音の後、プシュー、と大きな音を立ててパネルが展開する。
「――旦那、着きやしたぜ……生きてますかね？」
その声に反応するように、貨物コンテナの奥で大きな影がむくり、と起き上がる。
太い腕で服の埃を叩き、ジャケットを羽織り直して悠々と出てきたのは――ザンだった。
ディガス大使の服装ではなく、どこでも見られるような私服姿である。
「ご苦労さん、この恩は忘れないよ」
「恩ってほどのことはしてやせんぜ……旦那こそ、よくまぁ無事で」
「生き残る自信はある、と言っただろ？」
何でもないかのように言うザンだが、カーゴブロックに乗り込んで宇宙を飛んできたのだ。
気密処理こそしていたとはいえ、大気圏外では氷点下50度くらいまで室温が下がる。
そんな場所で２時間以上放置されてたに等しいのだ……普通なら凍死していてもおかしくない。
なのに顔色１つ変えずに悠々と出てきたのだから、驚きを通り越して呆れるしかない。
……もっとも、アナリアンの民間パイロットに過ぎない船頭に、
ザイオノイド種族ラトリアンの生命力など、推測できるはずもなかったわけなのだが。
「帰りはどうするね？」
「タイミングが合えば乗せてもらうよ」
そう言って、ザンはデッキのすぐ下から始まる都市の雑踏に、身を沈めて行った。
その後姿を眺めながら、船頭は苦笑するように呟いた。
「……大した旦那だぜ、しかもこんな星に、モノ好きな御仁だ」
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「……思ってた以上だな、こりゃ」
溜息と同時にそう言ったのはザンだ。
宇宙港エリアを出て市街地に踏み込んで５分余り。
宇宙船パイロットや輸送業者が行き交う表通りのビル群から、少し路地に入れば、
そこにはタイランタ連邦圏屈指の都市化宙域とは思えない、文字通りの貧民街が広がっていた。
もう数百年は使ってるだろう、年季の入ったエアコンの室外機が唸りを上げている。
物持ちが良いという次元ではない……リドムスのスラム地区でもこれよりはるかにマシだ。
粉塵と砂が視界を薄く覆っており、道行く地元民らしきヒューマノイド種族の多くがマスクをしている。
その道も舗装などしていない……いや、昔はしていたと思われる痕跡があるが、
完全に剥ぎ取られており、黄色い地肌が丸見えになっている。
薄汚れたビルの壁に張り付くように、ホームレスらしき人々が寄り添っている。
焼き付けるような日差しを避け、狭い日陰に集まっているのだ。
半裸に近い者もいる……マスクをする布もなく、巻き上げられるダストでしきりに咳き込む。
これが高さ数千ｍのタワービルが林立する、惑星リドムスと同じ太陽系にある街だろうか。
反対側にある惑星ガロヌも乾燥した環境だが、街の整備は申し分ないというのに。
「ふむ……」
ザンは視線を浴びていることを察していた。
極力、一般人と変わらぬ身なりで来たつもりだが、レセウスの貧しさはその予想を超えていた。
加えて、アナリアンでは余り見ない、２ｍを超す長身と長い耳、そして青みがかった銀髪。
ラトリアンだとすぐに分かるほどの特徴ではないが、この景色で浮いているのは確実だ。
市民達の視線には、怯えの色が混じっている。
スラム街にはいわゆる“物乞い”の類も多いが、ザンに近づこうとする者はいない。
確かにザンの容姿は一見威圧的だが、普通ならこのぐらいはどうということもないだろう。
「恐怖政治――か」
誰ともなく……そう呟くザン。
市民の態度から、この地を治める者たちの横暴振りが、それとなく予想できたからだ。
何しろ、強硬な軍事主義体制で知られるタイランタ連邦である。
中心地であるタイタニア・テクトラクタでも、政府関係者が強権を振りかざしていると聞く。
辺境のような植民地のスラム地区で、前時代的な統治がなされているしても、あり得ないことではない。
流通センターであるリドムスは、そういう意味ではまだ“開かれている方”なのだ。
――その時だった。
「こら小僧、何していやがる！」
ふと、すぐ近くの路地で、怒声が響き渡った。
ザンが路地を覗き込むと、黒いジャケットに身を包んだ男が３人、小柄な少年を取り囲んでいる。
少年は路地の隅にうずくまり、怯えた目で３人を見上げていた。
「何してると聞いてるんだ、その口は飾りか、あぁ？」
「……べ、別に何も」
「嘘付け、その手に持ってる工具は何だ！？」
「え、エアコンを直すためだよ、みんな持ってるじゃ――」
「白々しい嘘をつくんじゃねぇよ、フライヤー泥棒の常習犯だな、その手、２度と使えなく――」
「おい、何やってる？」
黒ジャケットの１人が少年に手を振り上げかけた時、背後からザンが呼び止めた。
３人は明らかに殺気を込めた目で、ザンを睨みつける。
「誰だ貴様……その服、その成り、旅行者か？……はっ、物好きな奴もいたもんだな」
「大の男が３人で、小さな子供に手を上げるとは穏やかじゃないな？」
「余所者は関わらん方が身のためだぞ、我々はここを管理する治安局の――」
男の１人がそう言いかけた時――少年が素早く路地を駆け抜け、ザンの横に立った。
「あっ……このガキ、いつの間に！」
「ちょうど良かったぜ、あいつらぶちのめしちゃってよ兄ちゃん！」
「――何！？」
「――だとぅっ！？」
予想もしないタイミングで――ザンと男達の声がハモった。
「貴様、その小僧とグルか！？」
「さては、最近出没してる、フライヤー窃盗団の幹部だな！」
「いや、自分は別に……」
「へっへーんだっ、兄ちゃんにかかったら、お前らなんかゴミ箱行きだぜっ！」
「いや、あのね君……」
――何てこった、こんな子供に利用されるとは。
ザンは想定外の事態に、軽く溜息をついた……その息が黄色いホコリをまとう。
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「コイツはお手柄だぜ……おい貴様、たっぷり絞ってやるから覚悟しろよ」
「勘違いしないでくれ、自分はこの子とは何の関係も――」
「――ひどいよ兄ちゃん、俺を見捨てるのか！？ 昔あんなに仲良かったじゃんか！」
――おいおい、そんな仲になった覚えはないぞ。
ザンは何とか弁解をしようとするが、この少年、中々の口達者らしく、
弱者の立場を利用してザンを仲間に引き込もうとする。
……まぁ、120％間違いなく、その場凌ぎだろうとは思うが。
「その続きは取調室で吐いてもらおうか、兄ちゃん？」
言うや否や、男の１人がジャケットを捲り上げた――その下には黒光りする義手が。
ついでに鋼の指先には、パチパチと何かがスパークしている。
――おまけにサイボーグかよ。
ザンは心の中で頭を抱えた――素振りには出さないが。
隠密調査でレセウスの影を暴こうと始めた矢先にこれである。
少年がそんな物騒なギャング団に所属しているとも思えないが、盗みをやってたのは事実なのだろう。
小さな子供が盗みに関わる……スラム街では珍しくもない話である。
ただザンは、治安局員を名乗るこの男達が余りにも暴力的に見えたので、交渉するつもりだったのだ。
未遂なら見逃しても法的には問題ない……もっとも常習犯の場合要らぬお節介だが。
それが、いつの間にか格闘戦になり兼ねない空気を帯びている。
しかも相手は生身ではなく、強化されたサイボーグなのだ。
まぁ相手にするのが同族とは限らないことを思えば、考えられないケースではないのだが。
全身機械化した装甲サイボーグ、ゼルトロイドを軍に配備しているような組織の末端なのだから。
もちろん、部分的なサイボーグくらい、ラトリアンのザンの敵ではない。
しかしここで“力”を見せるのは、隠密調査を自ら暴露するのと同じである。
何しろ相手は、治安局の局員――男達の主張が事実であれば、だが。
「サイボーグの治安要員を素手で叩きのめした旅行客」の話が漏れると、それこそ命取りになり兼ねない。
今ここで、目立つ行為を取るわけには行かないのである。
「だから、自分は何の関係もないと……なぁキミ、いい加減事実を言って――――！？」
溜息混じりにそう言いかけて、横を振り向いたザンはまたもや固まった。
さっきまですぐ横で男達を挑発していた、少年の姿がなかったからだ。
――自分に気配を感じさせないとは……考え事をしてたとはいえ慣れたもんだな。
これはどうも、言い訳を許さない空気になってきた感がある。
はて、最近何かカルマが悪化するようなことでもやらかしたろうか、とザンは思いを巡らし、
ふと今の自分の立場に行き着いた……これも自慢出来る行動ではないな、と。
建前はどうあれ、やってることは隠密スパイと同じなのだから。
「上手い具合に逃がしたじゃねぇかよ……落とし前はつけてくれるんだよな？」
――本当に治安局員なら、そんなチンピラじみた言い回しはやめた方がいいと思うが。
「お前は逃がさねぇぞ、男なら潔くお縄になりやがれっ！」
そう言って、男達は威勢よくザンに飛び掛った。
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「――ちっ、でかい図体の癖しやがってちょこまかと！」
路地裏の戦闘開始から３分ほど。
“自称治安局員”の３人は、銀髪の余所者＝ザンに苦戦を強いられていた。
もちろん、戦闘能力のレベルはザンがはるかに上だ。
しかし“本気”を出すわけには行かないこの状況下で、ザンが選択したのは――攻撃を避けることだった。
ディガス大使は軍人ではない……公務であっても、必要のない戦闘には参加しないのが当然だ。
なので、「無用な戦闘を避ける術」も、格闘術の中に盛り込む必要があった。
そのテクニックが、この“隠密調査”でも活かされることになったわけである。
身長２ｍを超す大柄なザンが、小動物のように攻撃を避けまくるのには、３人も面食らった。
何らかの抵抗はするだろうとは思っていたが、こんな機動性は全く予想外だったからだ。
掴みかかろうとする鋼の腕をすり抜け、背後に回って素早く距離を取る。
挟み撃ちで追い詰めようとしても、わずかな隙間を素早くすり抜け、また跳躍して超えて行くのだ。
その光景は――あたかも踊り子の舞いのように優雅ですらある。
最初は余裕を見せていた３人も、息が上がってきた。
ザンに比べれば明らかに力任せで動きにも無駄があり、しかもこの煮えたぎるような炎天下だ。
「えぇいっ、潔く捕まれというのに！」
――今拘束されるのは都合が悪過ぎるモンでね。
ザンは巧みに男達から距離を取りながら、路地の外へと脱出を図る。
男達も動きが荒いとは言え素人ではないらしく、１人が必ず背後を駆け抜け、
“１方向に固まって抜け道を作らせる”ことがないように展開するが、それでも少し脚が遅れ始めた。
いくら体を強化しても、脳が生身である限りこの酷暑はこたえるだろう。
記憶と人格を司る脳細胞の１部以外完全に機械化されたゼルトロイドなら、耐えられたのだろうが。
「くっ……くそっ……ま、待ちりらがら……」
１人は舌ももつれ始めた……酷暑と急激な運動で、脳がだいぶ参ってきたらしい。
ついに――男達の包囲網に決定的な隙が生まれた……滑るように入り込み、駆け抜けて行くザン。
ザンが疾風のように、表通りに飛び出した時だった。
「いたぞ、あそこだ――ブルーブロンドの大男、通報通りだ！」
「逃がすな、捕まえろ！」
通りの１方から、似たような黒ジャケットの男達が、10人ほど駆けて来た。
どうやら――援軍を呼ばれたらしい。
思わず舌打ちをするザン――と、次の瞬間。
猛烈な砂埃を巻き上げ、バイク型のオープンフライヤーが１機、通りに飛び込んできた。
「間に合った――乗って！」
先ほどの少年だった……無言で後部座席に飛び乗るザン。
それを確認するかしないかのうちに、少年は遠慮なくスロットルを回した。
「あの小僧――やっぱりグルか！」
「追え！追うんだ！」
黒ジャケットの男達の背後から、似たようなオープンフライヤーが数機、飛び出した。
そのまま男達の横を飛び抜け、ザンと少年が乗ったフライヤーを追撃する。
追っ手から逃げる２人を乗せたフライヤーは、間もなくスラム街を抜け、郊外へと飛び出した。
その直後――運転席の少年が低く叫んだ。
「あ、しまった、街を出ちゃった！」
「街を出たら、何か問題があったのか？」
「撃墜されちゃうよ！」
――そういうことか。
恐らく――市街地では容疑者と言えど、無闇に撃ち落してはいけないのだろう、とザンは悟った。
恐怖政治に近い統治を示唆してはいるが、市民に暴動でも起こされたら植民地支配が成立しないからだ。
しかし、郊外に逃げるということは――部外者の烙印を押して好きに出来るということだ。
「すまないが――運転を代わってくれるかな？」
「え？……あ、で、でも……」
「墜とされたくないのなら、代わって欲しい」
「わ、分かったよ」
ザンの説得に、少年は運転席から体を起こした。
その横から滑り込むように、ザンは運転席に腰を落ち着ける。
決して広いフライヤーではない……しかも飛行中、間違えて手を離したら転落死確実。
追っ手がいるはずなので、停車はおろかスピードダウンもままならない。
それを把握していたザンは、少年が安全に後部座席に移動できるよう、細心の注意を配った。
「ベルトを締めるんだ、かなり揺れるぞ」
「あいつら交わせるの？」
「多分――ね」
「えぇー ……だ、大丈夫！？」
――おいおい、元はと言えばキミが巻き込んだんじゃないか。
「全力を尽くそう」
ザンはそれだけ後部座席に返して、運転席の計器を見た。
やや旧式のオープンフライヤーだが、レーダー装備はアップグレードされているらしい。
追っ手は４機……数百ｍほど背後にぴったりとつけているが、不思議と追い上げて来ない。
遅くもない速度であるが、最高速で飛ばしているわけでもないはずだったが。
やはり、最初から撃墜する気か――そう思った直後、追っ手は急激に減速した。
「あれ……あんまり揺れないけど、大丈夫？」
「彼らは追撃をやめたようだ」
「えぇ！？ ど、どういうこと！？」
「さぁね……取り合えず、距離を確保してから停めよう」
「何故……撃墜しないのです？」
ザンたちから１ｋｍほど手前で、ヘルメットを被ったパイロットが無線機に質問をしている。
その周囲には、似たようなフライヤーが３機……今やほとんど停止しかけていた。
『そこから先は“遺跡地区”だ……遺跡の神に任せるそうだ』
「遺跡の神？ ……それは何かの暗号で？」
『君はどうやら詳細を知らんらしいが、遺跡には守護神がいるのだよ』
わずかな無言の時間が流れる……ヘルメットの奥で、溜息が漏れるような音がした。
「遺跡はまだ……“生きている”ということですか」
『物分りがいいな、つまりそういうことだ』
やがて４機のフライヤーは機首を切り返し、出動した街へと戻っていった……
|
|
| （第３話に続く） |
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【Meking Memo／設定補記】
2010年頃に執筆したエピソードだが、原案は1990年代に遡る。
“プロテクター萌え”嗜好のあるG-maの趣味を詰め込んだ“装甲強化兵”が主役のドラマであり、
遺跡化した過去史の基地からドラマが始まるというアイデアも、実は1990年代にほぼ確立していたりする。
それを現在の文体で小説化したものだと言って良いだろう（笑）
なお2020年代に再々編しており、その際に１部の設定や表現を少し弄っている。
（原文は２話分だが、再編に際して１話にまとめた）
物語の主な舞台となる惑星レセウスと、隣にある惑星リドムスの対比を書いたパートであり、
『スターウォーズ』の惑星コルサントを思わせる（直接のモチーフではないが）全面都市化惑星と、
同作の惑星タトゥイーンを連想する寂れた砂漠惑星が、同じ太陽系にあるわけだ。
惑星レセウスもタトゥイーンが直接のモチーフではないが、多少とも影響は受けている。
地球も隣に金星や火星があることを考えれば、そう極端な設定ではないだろう。
リドムスのスラム街で起きている反政府闘争は、元々別のアクションドラマの妄想から統合したものだ。
こちらもプロテクター萌えのG-maの嗜好に合わせた、強化服を着た戦士たちのドラマだが、
アイルらゼクロームノイドの有志と共演させると面白くなりそうだと踏んで、統合した経緯がある。
またシナリオの統合こそ2000年代に入ってからのものであるが、
リドムスに強化服を着た戦士たちがいるという設定自体は、実はゼクロームノイドの設定よりも古いのだ。 |
