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★ＺＹＸ３０００ 統合ナンバー：EA-ATT18501A（A-ZYX000） |
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“彼”は、災厄の中に立っていた。
やや古風なビル群が建ち並ぶ“都市”は荒廃し、あちらこちらから黒煙を噴いている。
大地は波打ち、ひび割れ、救急隊だろうか……サイレンの音が遠くで響いている。
時折――地響きと共に大地が震動し、土埃が一帯に立ち込める。
その震動と共に新たにビルが崩れ、複数の悲鳴がこだまし、混乱が広がっていく。
その光景はまるで――神話に描かれた「世界の終わり」のようだ。
「――アキラ！」
誰かの声が聞こえた。
その声に“彼”は振り向く。
しかし声の主は、土埃の中でよく分からない。
「何をしているんだアキラ、早く来い！」
再び声がした。
アキラ――それが“彼”自身の名前であることは分かっていた。
だが“アキラ”はどうしていいのか、分からなかった。
いや――何かをしても、もはや全てが“手遅れ”のような気すらした。
アキラは立ちすくむ。
遠くで響くサイレンは徐々に大きくなり、複雑に重なり合っていく。
まるで……世界そのものを混沌の渦に巻き込むかのように。
「アキラ、そこにいてはダメだ！」
その言葉と共に、真っ黒な影がアキラを覆う。
振り向いたアキラの目の前には、今にも横倒しになりそうな、巨大なビルの残骸。
その瞬間――アキラは死を覚悟した。
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ＺＹＸ３０００
ザイクシス３０００――新たなる審判
★ プロローグ 嵐の出動 ★
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カムイル・アキラはふと――目が覚めた。
枕がベルを鳴らし、小刻みに震動している。
枕元の目覚まし時計ではない……枕それ自体が目覚まし時計になっているのだ。
枕から頭を離さない限り、鳴り止むことはない。
アキラは寝起きが悪いために、一体化したものを使っているのである。
そのベルに別の音が重なって、不協和音を部屋全体に響かせている。
どうやら机の前に置いた、通信機の音のようだ。
さっきの奇妙な夢は、こいつらの所為か。
アキラは渋面で欠伸をして起き上がった……ベルの音が消え、通信機の音だけになる。
その通信機と連動したタッチパネルを、軽く触った。
「はい――カムイルでｓ」
『いつまで寝てるんだ馬鹿者、さっさと起きろ！』
アキラが言い終わらないうちに、スピーカーから大きな怒声が飛び込んできた。
「……すんません隊長、すぐ向かいます」
『まったく……あの枕でも起きられないとは、お前も重症だな。 さっさと来い』
ホログラムディスプレイには、こめかみと鼻先に小さな角が生えた、トカゲのような茶色い顔が映っている。
アキラの上司、ザック・ディーノ……爬虫類の“異人類”ギガンサウロイドである。
『沖合いで遭難信号を受信した、現場に急行する必要がある』
「遭難ですか！？ ……珍しいですね」
左の手首にキャレットを引っ掛けながらアキラが応答する。
右手でその表面を触る……数個のホログラムアイコンが立ち上がると、
アキラは再び欠伸をしながら、そのうち右から２個目のアイコンに軽くタッチした。
その瞬間――キャレットから光のリボンが溢れ出し、アキラを包み込む。
光のリボンが消えた時には、アキラはオレンジとグレーのスーツを身にまとっていた。
エーテルスーツって代物はつくづく、上手く出来ている。
キャレット内の亜空間に圧縮格納したスーツを、こうやって瞬時に展開し、
１秒たつかたたないかの間に、展開装着することが出来るシステムなのである。
『今動けるのはお前とアマグくらいだ、しっかりやれよ』
スーツは彼が所属する防災組織“アークセイバーズ”の作業服である。
作業服を着用したアキラはそのまま、小さな個室の玄関に立つ。
扉の横のホログラムパネルを操作すると、光のシャワーがアキラを包み込んだ。
光エネルギーで除菌・消臭を行うライトシャワーである。
専用のシャワールームではなく、こうして玄関に組み込んでいることもある。
彼のように、緊急出動要請がある職業の場合、重宝する設備である。
「……あいつとチームっスか？ 苦手やなぁ……」
『寝坊した奴が贅沢を言うんじゃない』
除菌が終わると、扉がエメラルドグリーンの光を放った……その光の中に踏み込むアキラ。
光を潜り抜けると、そこはアークセイバーズの隊員詰所だった。
短距離専用のワープゲートシステム“テラゲイト”を使ったのである。
もちろんプログラム次第で、別の場所に「降り立つ」ことも可能だ。
「……頭がボサボサだぞ」
「すんません」
頭髪のセットをせずに駆けつけたアキラを見て、隊長のザックが溜息を吐く。
その横で、椅子に座った女性がニヤニヤと笑みを浮かべている。
鮮やかなオレンジ色の肌と青い髪が特徴だ。
「アキラ君は相変わらずねぇ♪」
「……別にえぇやんか、パーティに出るわけやなし」
「仕事場でも身嗜みは大事だ……まぁ今はそういう話をしている場合じゃない」
ザックは雑談もそこそこに、“ミッション”の説明を始めた。
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「現場はここから西に約150km、遭難信号の登録コードは“蓬莱号”だ」
「蓬莱号……東亜海運の大型客船やないですか」
詰所の中央に設置された打合せ用のテーブルの上に、現場のホログラムマップが投影される。
スケールはテーブル全体で300km四方ほどの縮尺である。
「不具合が起きてリパルサードライブが止まったらしい、今漂流中だ」
「現場海域にはサイクロンが襲来中……まぁ、ここも既にそいつの強風域の中だけどね」
オレンジの肌の女性が、手元のコンソールを慣れた手つきで操作すると、
縮尺が変わり、サイクロンの全体像が投影された……すでに大型に発達しつつある。
「サイクロンの真っ只中で不具合ですか……またえらい間が悪いですね」
「だからすぐに出動せんといかん、現場には既に別のチームが行ってるが、
この嵐の中トラクターシップ２隻程度であの大型船をエスコートするのは簡単じゃない。
うちには大型船向けのやつがあるからな、そいつの手を借りたいそうだ」
「“ゴッドハンド”を使うわけですか」
ゴッドハンドというのは、アークセイバーズが保有する“トラクターシップ”の愛称だ。
“神の手”の名の通り、かなり大きな船でも独自の重力場に保持し、牽引することが出来る。
今回のような大型船の事故でもない限り出番がなく、いつもは格納庫で埃を被っているが。
「了解しました、すぐに行きます……それでアマグは？」
「すでにゾーラと待ってる」
「……なる。 まぁしょうがないですね、寝坊した俺が悪い」
「その通りだ」
アキラはザックに一礼し、すぐに別の扉に向かった。
この扉もテラゲイト仕様だ……つまり、トラクターシップ格納庫にジャンプ出来る。
格納庫に降り立つと、目の前に“ゴッドハンド”が現れた。
全長30mほどの中型のトラクターシップであるが、
搭載しているトラクターユニットが特別仕様であり、大型船の牽引も可能なのだ。
「遅いぞアキラ……枕１個じゃ足りないらしいな？」
「……はいはい、すいませんねっ！」
ゴッドハンドのコクピットで待っていた男が、アキラに開口一番嫌味を言い放つ。
アキラと同じくアークセイバーズ隊員のアマグ・フォレッソである。
「反省が足りんなぁ、いっぺん“火星合宿”を受けた方がいいんじゃないのか？」
「……五月蝿いな、とにかく出るぞ」
「まぁまぁ、すでに隊長にもどやされたろ、アマグもそのくらいにしとけって」
コクピットの後方で相槌を打ったのは、真っ青な肌を持つ背の高い男だ。
アークス――人類ではなく、エディアシスのゾル・レイティック……“ゾーラ”は愛称だ。
愛称の語源はゴルゴンゾーラ（ブルーチーズ）であるが、
ゾル（ゾーラ）本人は、刀剣で有名な素材、ゾーラ鋼のことだと思っているらしく、
「俺に相応しい」と中々に気に入っているようだ。
「リパルサードライブ、よし！」
「非常用ベルト確認、フォースフィールドよし！」
「トラクターユニットよし、ゲートオープン！」
格納庫のゲートがゆっくりと開いていく……その隙間から雨が降り込んで来た。
雨粒を浴びながら、ゴッドハンドがゆっくりと浮上する。
風雨の向こうに、立体的に積み重なった街灯りが見える。
その街灯りを抜けた先は、サイクロンの“目”へと続く灰色の海だ。
そしてその海の向こうで救援を待っている船がある。
「アークセイバーズ、出動する！」
アキラら３名のクルーを乗せたゴッドハンドが、嵐の海に飛び出した。
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『落ち着いて席に座ってください、立ち上がると危険です！』
非常事態の船内放送が始まってから、１時間ほどが過ぎようとしていた。
大型貨客船・蓬莱号の中央食堂に集められた2,000人を超える乗客は、
食堂に敷き詰められた椅子の上に座り込み、一様に不安な表情を浮かべている。
「もうかれこれ１時間半は経っているが、まだ到着しないのか？」
「現在、安全を優先して曳航中です、もうしばらくお待ちください」
「本当にこのままで大丈夫なの？ 沈んだりしないよね？」
「ご心配には及びません、蓬莱号は浮沈船の設計になっております」
全長400m以上の楕円形の船体が、高い波に翻弄されて左右に揺れている。
リパルサードライブを搭載したフライヤーシップは、本来は低空を滑るように飛ぶ。
しかし肝心のリパルサードライブが故障のため、今は海面を漂うしかない。
普通なら全く揺れない船内も、今は力なく揺れている。
30分ほど前に到着した救援組織のトラクターシップ２隻が、
船体下部からトラクタービームを照射して、蓬莱号の曳航を開始しているが、
排水量40万トンはある蓬莱号を素早く曳航するには、いかんせんパワー不足が否めない。
沈没の心配こそないものの、サイクロンの影響で横風も強いことから、
慎重に曳航しなければ船を保持できず、漂流を食い止められなくなるリスクがあった。
多少のトラブルがあっても、普通は１時間もあれば大方の問題は解決する。
今は重力を克服出来なかった1,000年前とは、全く違う時代なのだ。
それだけに、「１時間経過しても解決出来ない事態」に、乗客の不安は高まっていた。
リパルサードライブが停止しているため、船体を保護するフォースフィールドもなく、
発達中のサイクロンの強風が、窓に当たっては不気味な音を立てる。
そうそう破られるほど脆い窓ではないものの、経験のない者にとっては不安でしかない。
「旧式エンジンを騙し騙し使ってきた報いが、こんなところで出るとはな」
蓬莱号を曳航するトラクターシップの中で、機長らしき男が悪態を吐いた。
黒人系の血が混じった、褐色の肌が汗でてかっている。
『あのウワサ、やっぱり事実なんすかね？』
隣を併走して飛ぶトラクターシップの中で、小柄な男が相槌を打つ。
どうやら、上の男の部下か、後輩らしい。
その言葉が専用回線を使って、“先輩機”の中に流れてくる。
「闇を抱えた企業だからな、そのくらいのズル、やってても不思議はないだろ」
『大手になると闇が出てきますよねぇ、いつの時代になっても』
「東亜海運はとりわけビジネスモデルが古いからな」
『役員は今も家父長制だって言いますよね、古代の企業じゃあるまいし』
“後輩”の表現に、褐色肌の男は思わず苦笑する。
「おいおい、“古代”はさすがに言いすぎじゃないか？」
『1,000年遡れば古代と言ってもいいでしょうよ』
「1,000年前だって、地球人は宇宙船を打ち上げるくらいの技術はあったんだがな」
『そう言えばそうでしたねぇ、まだ燃料燃やしてた頃っすけど』
「燃料燃やしてた頃……か」
『化学変化でエネルギーを取り出すのは原始的だって言いますよ』
「いやいや、分かりやすい技術っていうのは結構侮れないぞ。
リパルサードライブがもし故障したら、それこそ専門の技師にしか直せんからな」
『そうっすねぇ、いまもこうやって引っ張るしかないですし』
『こちらアークセイバーズ、応答どうぞ』
その他愛もない会話に、突然異なる声が割り込んだ……アキラの声だ。
「おっと、雑談はここまでだ……はい受信しました、こちらポリネシアンロード。アークセイバーズ、救援を感謝します」
『あと数分で到着します、蓬莱号の状態はどうなっていますか？』
「余り芳しくないですねぇ、漂流を食い止め切れておりません。
船内の技師たちも、まだエンジンの復旧に成功していないようです」
『了解しました、海域に到着したら力場マップを転送ください。
本機が前方をカバーしますので、後方のカバーをお願いして良いでしょうか』
「はい、了解しました」
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間もなく、現場海域にゴッドハンドが到着した。
横殴りの風雨を浴びながら、蓬莱号の状態を確認するように旋回する。
その船首辺りに、２隻の小型トラクターシップが飛んでいる。
先ほどアキラと通信した“ポリネシアンロード”のトラクターシップだろう。
「ご協力感謝します、本機が前方に展開しますので、移動をお願いします」
『了解しました』
通信を受けて、２隻のトラクターシップがゆっくりと後退する。
そしてすぐにゴッドハンドは、蓬莱号の前方斜め上に移動し、滞空した。
「こちらアークセイバーズ、蓬莱号ブリッジ、応答どうぞ」
『こちら蓬莱号、船長のチャンだ、待ちかねていたよ』
通信機から、チャンと名乗る船長の、ほっとしたような声が聞こえてきた。
これまでずっと、緊張し続けていたのだろう。
「エンジンの復旧程度はどうなっていますか？」
『全く埒が明かない、正直これまで想定していなかった状況だ』
「リパルサードライブの故障を想定していなかったと？」
『いや、そうではない……故障自体はもちろん想定していたよ。しかし、考えられる全ての手を尽くしても、全く回復しないのだ』
「どうやら、嘘はついていないようだな」
チャン船長の応答をしばらく無言で聞いていたアマグが、ぼそりと言った。
「船長の心が見えるのか？」
「完全ではないがな、機密事項を隠している様子には見えない」
実はアマグには、優れた波動能力の資質がある。
波動能力は大抵の者に備わっているが、中でもアマグはずば抜けている。
そのスペックは事実上、アークセイバーズで“最強”だ。
これは彼が“純血”の地球人ではなく、ネヴィリアンとの混血であるのも理由だろう。
古代神話の神々のルーツとも言われるネヴィリアンもまた、強力な波動能力の持ち主なのだ。
「どんな機密を隠してるか分からんような会社だからな、東亜海運は」
「末端の船長程度には、役員が知るような情報は伝えられてないんやろ」
「ということは、マニュアル超えのトラブルで止まったのは、事実ってことか」
「やったら早く曳航してやらんとあかんな……トラクタービーム偏向、照射開始」
アキラの指示を受けて、ゾーラがトラクタービーム用のコンソールを操作する。
ゴッドハンドの船体下部に搭載された、大型船用のトラクターユニットから、
淡いグリーンを帯びたトラクタービームがスポットライトのように照射された。
ビームはまさに、“神の手”で蓬莱号の船首を掴むように引き寄せる。
「本部、応答どうぞ、これより蓬莱号の曳航を開始する」
『こちらも衛星情報で確認した、くれぐれも気を抜くんじゃないぞ』
ホログラムディスプレイに映るザックの顔を横目で眺めつつ、アキラは少しずつ操縦桿に力を加える。
蓬莱号の船首がＶ字の波を立て始める……明らかにスピードが上がったことが分かる。
「船体保持を確認、もう少しスピードを上げてもいいぞ」
「スピードだけ上げても、波の衝撃が強いと揺れがひどくなるやろう。
余力があるんやったらフォースフィールドで船を包み、揺れを軽減した方がえぇ」
「なるほど、乗客のことも考えなきゃな」
「アキラ、少し流されているぞ、南東に進路を取れ」
「ほいほい、了解了解」
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その時だった。
突然、がくんという衝撃と共に、トラクタービームの保持が遮断された。
“命綱”を切られた蓬莱号は、再び風下へと流されていく。
「おい、今のはなんや！？」
「分からん、だが波動の干渉を受けたことは間違いないようだ」
トラクターユニット周囲の“重力場マップ”を見ていたゾーラが言った。
更にアキラの横にいるアマグが、虚空を見るように呟く。
「今のは……なんだ？」
「それ、こっちが言ったセリフなんやけど？」
「そうじゃない、妙な力を感じた……まるで意思を持つような」
「意思……やと！？」
「それじゃ何か、“神の手”の持ち主が、俺ら以外に居るのか！？」
「そこまでは分からん、ほんの一瞬、妙な力を感じただけだ」
『こちらも波動の干渉をキャッチした、原因は不明だけどね』
通信機に新たな声が響いた……ザックではない、若い男の声だ。
「ザイクルか、お前が割って入るって事は、結構特殊なケースなんか？」
『かも知れない、としか今は言えないな……アマグが言っていたように、
ほんの一瞬だけ、重力場に妙な揺らぎを観測したんだ』
「ゴッドハンドのトラクタービームを切断するって、確か結構大掛かりな話やろ？」
『そうだね、アレは自分が調整したものだから、勝手は分かってるよ』
ザイクルと呼ばれた男性らしき人物は、アキラの質問に淡々と答える。
さらにゾーラが会話に割り込んだ。
「ザイクル、こいつの干渉を切るって、“波動フレア”くらいのパワーじゃないのか？」
『確かに波動フレアにも似ているね、けれど余波がほとんどない』
「まぁ、その話は後や、トラクタービームをつなぎ直すぞ」
アキラの言葉に応じるように、ゾーラが再びコンソールを操作する。
流されかけていた蓬莱号の船首が、かろうじて“神の手”に引っかかった。
「アキラ、もっと機体を寄せてくれ、この距離だとゴッドハンドでも弱い」
「分かってる……ちっ、風が強くなってきたな」
「自分はやっぱり、さっきの“干渉”が気になるな、もう少し探ってみる。
タキオンセンサーの回路を借りるぞ」
アマグが自分のキャレットからイヤホン状の器具を取り出して、プラグにつないだ。
彼自身の優れた“霊感”をゴッドハンドの“タキオンセンサー”と同調させるためだ。
「さぁ……来いよ、今度は逃がさんぞ」
蓬莱号は再び、ゴッドハンドのビームを受けて航路を修正させ始めた。
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蓬莱号の曳航を開始して５分ほどが経過した時だった。
「――来たぞ、トラクタービームの出力上げろ！」
アマグの言葉に、ゾーラが素早くコンソールに手をかける。
その直後にまた――あの得体の知れない衝撃が来た。
「何だよ、またか！？」
「大丈夫だ、今回は接続は切れていない！」
「こっちも干渉妨害してやったからな、やっぱり意図的な妨害だ！」
『蓬莱号に妙な重力場の偏在がある、そちらではどうですか！？』
間もなく、ポリネシアンロードの“機長”から通信が来た。
今度は向こうも“異変”をキャッチしたらしい。
「そちらでもキャッチしましたか、どうやら何者かの妨害を受けているようで――」
アキラがそこまで言いかけた時だった。
蓬莱号の上部デッキ辺りで閃光が煌き、火花が散ったのが見えた。
「何や今のは、蓬莱号で火花が飛んだぞ！？」
「無茶な曳航はしてないはずだぞ！」
「……どうやら“妨害”の原因は船外じゃなくて、船内にあるようだ」
アマグが溜息を吐くように呟いた。
「チャン船長、船体上部で火花を確認、何が起きているのか分かりますか？」
『いいや、よく分からない……今警備員に確認させている所だ』
「アキラ、船長に言ってくれ……誰かが船内で戦闘中の可能性があるとな」
「戦闘やと！？」
アマグからの“報告”に、アキラは思わず素っ頓狂な声を上げた。
貨客船の遭難事故のはずが、いつの間にかテロ騒動に発展しているというのだから。
「ブリッジが無事なのを見ると、船ごとジャックするつもりはなかったようだが……
船内に“奴ら”の標的が潜んでいたのかも知れん」
「迅速に曳航されたら、そいつらの作戦がパアになるってか？
上等じゃねぇか……おいザイクル、“フィールドジャック”は可能か？」
『えっ……不可能じゃないけど、その大きさの船だとキツイよ？』
通信機の奥で、ザイクルの戸惑うような声が聞こえた。
フィールドジャックとは、船体の重心を司る重力場を制御下に置くことだ。
普通のトラクタービームによる曳航よりもはるかに強力であるが、
さしものゴッドハンドでも、蓬莱号のような大型船が相手だと心許ない。
しかし今回の場合、この方法を使わないと“妨害工作”を黙らせることが出来ない。
妨害者が念動能力などの“波動能力者”であるほど、効果的な“空間支配”機能だからだ。
「ヤバイ奴が船に乗ってるかも知れへんからな、早いとこ曳航した方がえぇ。
チャン船長、警備員に深入りさせんように言ってください、後はこっちでカバーします」
『わ、分かった……船を壊すようなことは勘弁してくれよ？』
「そんな本末転倒なことはしませんよ」
『フィールドジャック用の力場マップを転送した、ゾーラ、後は頼む』
「おーらい、今度こそついて来てもらうぜ、最大出力だ！」
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アークセイバーズ詰所。
打合せテーブル上のホログラムマップを、３人の人影が取り囲んでいる。
隊長ザックの他に２人……１人は先ほどのオレンジ肌の女性――シェリー・タキガワだ。
1,000年前に出現したあるミュータント種族の遺伝子を受け継いでいるため、
人間としては例外的な肌と髪の色を持っているらしい。
もう１人は先ほどゴッドハンドと通信していた若い男性――ザイクル・ヴァート。
ゾーラと同じく、地球に赴任した“宇宙人”の１人で、種族はペレイロイドである。
人間に似た容姿だが、肉体の半分以上がサイボーグ化されたハイブリッド種族だ。
20代半ばほどの若い外見だが、すでに200年以上を生きている。
「まさか……妨害行為を食らうとはな……」
溜息を吐くザックの視線の先には、蓬莱号の座標がプロットされている。
フィールドジャックで蓬莱号を特殊な力場で包み込んで曳航再開してから約15分。
その後も２回ほど、情勢を探るような干渉があったが、フィールドの解除には至らず、
それ以降は目立った異変もなく推移している。
「今回は一体、どんな積荷を仕込んでるんでしょうねぇ？」
「蓬莱号自体は正規の貨客船のハズじゃないの？」
「正規の船だから積荷が全部合法とは限らないさ、抜け道は幾らでもある」
「古いエンジン騙して使ってるってウワサもあったけどね……」
「何はともあれ、多数の乗客が乗っているのだから早く安全を確保せねばならん。
船内でどんな“事件”が起きたのか調べるのは警務局の仕事だ、俺達の仕事じゃない」
「接岸は確かそこの“西南西13号ブロック”ですよね？」
「そうだ、接岸と同時に警務局が乗り込んで乗客確認後、下船させることになる。……ザイクル、探検しようと思うなよ？」
ふとザックが、猫のような瞳孔でじろりとザイクルを睨みつけた。
ザイクルはきょとん、とした表情を返す……目はいたずらっ子のようだが。
「はれ？」
「惚けるんじゃない、お前の悪い癖だ、冒険は趣味の範囲に留めておけ」
「やだなぁ隊長、僕もそんなに公私混同しないですって♪」
「『インストールしたＡＩが暴走した』という言い訳は今度は通じないからな？」
「……はぁい」
苦笑するような素振りを見せるザイクル……好奇心が旺盛なようだ。
ペレイロイドは人工知能と“共生”しているため、クールな個体が大多数だが、
たまにはザイクルのような変り種も誕生するらしい。
「サイクロンは北東へ移動してますね、ここはあと３時間ほどで強風域を抜けそうです。
時にゴッドハンド、そっちの調子はどう？」
『……順調や、時々トラクターユニットがギシギシ言うてるけどな』
シェリーの言葉に、通信機からアキラが返答する……再びザイクルが苦笑する。
「無理な使い方だけは勘弁してくれよ、悲鳴を上げそうならスピード落として。 そいつに乗客の命預けてるんだからね」
『へいへい、分かってますがな』
ゴッドハンドのコクピットでは、アキラたちが“通常業務”に戻りつつあった。
「……結局、さっきのアレは何やったんやろな？」
「戦闘行為の可能性があるんだろ、警備員に鎮圧されたんじゃね？」
「そんな気配もなかったんだがな……妨害を諦めて身を潜めた可能性もある。
まぁその辺は、港に着いたら警務局が調べるだろうよ」
「あと10分ほどで到着します、チャン船長、乗客に下船準備の放送しといてＯＫですよ」
『分かった、今回は世話になった』
「まだ早いですよ、その言葉は港に着いてから頂きます」
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「蓬莱号、入港しました」
「あいつか……結構でかいな」
「あれ、隊長は初めて見られるんでしたっけ？」
「ナマではな。 思っていた以上の大仕事になったのも分かるよ」
20分ほど前から風雨は弱まり始めているが、まだ雨粒が斜めに窓を叩いている。
その窓の向こう、５ｋｍほどの距離に、大きな楕円形のフライヤーシップが姿を見せた。
薄暗い風景の中、船体に灯る電飾が、背景の立体都市の灯りの中をゆっくりと移動する。
そしてその斜め上に、３隻のトラクターシップが滞空する。
船首の前方に滞空しているのがゴッドハンドだ。
更にその周囲を数機の小型フライヤーが取り巻く……恐らく警務局の機体だろう。
ザックたちが蓬莱号を眺めていると、インターホンが鳴った。
シェリーがキャレットに仕込んだコンソールで応答する。
「はい、どちら様で？」
『警務局の者です』
「あぁはいはい、ちょっとお待ちくださ〜い♪」
「あぁ構わんよシェリー、俺が出よう」
玄関に歩いて行ったのは、隊長ザック自身だ。
こちらの玄関はテラゲイトタイプではなく、そのまま外につながっている。
扉が横にスライドすると、警務局の制服を着た中年男性が姿を見せた。
それなりに上背があるが、２ｍを超すザックの前では小さく見える。
「連合警務局アースキャピタル港湾部警部のロバート・ミフネです」
「ご苦労様です、アークセイバーズ隊長のザック・ディーノです。 隊員への聴取なら、当事者は今ここにはいませんが？」
「存じています、そちらへは警部補が責任者として向かっています」
「なるほど、取り合えず中へどうぞ」
ミフネ警部の来訪目的は、事情聴取の総責任者としてザックに確認を取るのと、
アークセイバーズの後方支援状況を知るためであった。
「――蓬莱号の船内で、事件が起きたらしいとのことですが」
「はい。 ただこちらも、隊員からの推測情報と、船体外壁で見た閃光と火花が全てです。
フォレッソ隊員によれば、意図した妨害工作もあったようですが」
「アークセイバーズが直接、攻撃を受けたわけではないということですね？」
「そうですね、蓬莱号自体もブリッジの統制は取れていたようです」
聴取を受けるザックとミフネ警部の前に、シェリーが茶を持ってくる。
「事故そのものに、事件性があったという予兆はありましたか？」
「直接的には感じませんでしたが、サイクロンの中での大型船トラブルだったので、
近年では珍しいケースではあるなとは思っておりました。
多数の乗客が乗る大型フライヤーシップは、主機関の整備を欠かしませんからね」
「なるほど、確かに間の悪い事故だったと言えば、それも成立はするのか……」
「警務局は蓬莱号のエンジントラブルの調査もするのですか？」
「その予定ですが、企業秘密の権利を傘に、東亜海運が抗議する可能性もあります。
秘密主義的で知られる役員会ですからね……最後の是非は上が決めるかと」
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ミフネ警部が詰所を去ってからおよそ１時間後。
３人の隊員――アキラ、アマグ、ゾーラがテラゲイトを潜って帰ってきた。
「あ〜、疲れたわ〜」
「え〜あの程度の任務でバテるような鍛え方じゃないでしょアキラ君」
「ちゃうねん、事情聴取の方がな」
「コイツ結構脳筋だからな」
「うっさいわい」
アマグの皮肉にアキラが不貞腐れるように突っ込む。
「脳筋っちゅーのは、ゾーラみたいな奴のことを言うんや」
「ほっほぅ、それじゃ後で道場で汗を流そうじゃないかねアキラ君？」
「相変わらずだね〜」
「あらテクティ、来てたのね」
「さっきね〜」
また新しい声がした……シェリーが振り向くと、シロイルカみたいな姿。
オルフィアンのテクティだ……歩行肢のない種族であるため、
浮き輪に似た形状のリパルサークラフトに下半身を預けて宙に浮いている。
……もっとも、元々運動不足のためかなり肉が多めであるが。
「ザイクルが言ってたよ、この３人のやり取りは“マンザイ”みたいだって。
……ところでさ、マンザイって何のこと？」
「……昔ニッポンって国で流行ってた、掛け合い娯楽のことと言ったらいいのかな。
まぁ確かにアキラ君とか、天然漫才師の気があるかもねぇ♪」
「なんでやねん」
「そういうところよ……あら、そういえば、ザイクルは？」
「……冒険しに行ったなザイクルめ、懲りん奴だ」
小さな溜息を吐くザック隊長。
「まぁ、任務は済んだんだから良いじゃないですか隊長。 彼も無茶はしませんって」
「さて、どうだかな」
「ねぇねぇ、そーいえば今年って“西暦3000年”だって知ってた？」
ふとテクティが出した言葉に、アークセイバーズのメンバーの表情が２種類に分かれた。
それを“知っている”表情と、“知らない”表情に。
「セイレキ3,000年？」
「あらテクティ、西暦知ってるの？」
「うん、ネットで小ネタ漁ってたら見つけた。 1,000年前の標準暦号だったんだってね」
「そんな暦号あったのか、アキラ？」
「んぁ……俺も“あった”ことぐらいしか知らへんかったんやけどな」
「主要な暦号として使わなくなって何百年も経つからな」
「今は“地球連合暦”が標準暦号だからな……地球連合暦なら956年で端数になる。
今の大多数の地球市民にとって“記念”となるのは44年後だろうよ。
西暦の起点はヨーロッパの宗教神話に由来するそうだがね」
「わー、隊長凄い詳しい！」
歓声を上げるテクティに、ザックは初めて苦笑するような素振りを見せた。
「そうか、今年はちょうど3,000年になるんか……」
ぼんやりと呟くアキラの視線の先には、立体都市の夜景が見えている。
物語はこの立体都市――アース・キャピタルから始まる。
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| （第１章第１話に続く） |
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【Meking Memo／設定補記】
2016年頃に執筆開始したエピソードだが、仕上がったのは2017年頃だった。
“1,000年後の地球文明”をイメージしたＳＦエピソードシリーズの実質的な最初の物語である。
途方もない未来のイメージがあるかも知れないが、ＧＤＷ世界観には更に未来の時代枠もあるため、
1,000年後は“近未来史”のカテゴリであり、人類文明も銀河社会に進出してはいるものの、
別世界ほどに変貌したイメージもない（日常風景に「異種族の姿」は増えたが）
日常シーンを挟みながら書いていく予定であるが、主なハイライトはアトラス危機とザイクシス危機のため、
要所要所でそのフラグを立てながら、物語を進めていくことになる。
アース・キャピタル配属のレスキュー隊の１つであるアークセイバーズが“主役枠”の１つであるが、
プロローグであるこのエピソードで起きた「蓬莱号船内の戦闘事態」もそうしたフラグの１つだし、
蓬莱号を管理する東亜海運の“闇”もフラグの１つになっている。 |
