 |
★Ｐｒｏｊｅｃｔ Ａｐｏｃａｌｙｐｓｅ 黙示計画 統合ナンバー：EC-X20501（CS2130723A） |
|
タイタニア・テクトラクタ。
強硬な軍事同盟で知られる、タイランタ銀河連邦の首都として機能する超巨大な宇宙都市である。
銀河社会を主導するアトラス銀河連合の首都アトラス・テクトラクタに次ぐ規模を持ち、
惑星をはるかに超えるスケールを持つ同心円状の構造物に、兆をはるかに超える人口を抱え込んでいる。
首都ではあるが、その余りの巨大さから辺縁部まで管理が行き届いておらず、
こうしたエリアにはしばしば、治安の悪いスラム街や、ギャングの巣窟が存在していた。
そんなエリアの１角……上下左右に積み重なる高密度な立体都市の奥に、
周囲の無骨なビル群とは違う、円盤状の構造物がめり込むように建っている。
表面は煤けているために目立たないが、周囲の建物とは明らかに異なる設計によって作られたものだ。
実はこの構造物、建築物ではない。
銀河でも悪名高い“宇宙マフィア”の１つ、ゴーディスの拠点となる、大型宇宙船なのである。
ゴーディスは銀河社会の多くの文明や政府に指名手配され、賞金までかけられるほどだが、
現在までにおいてゴーディスが決定的な摘発を免れている原因の１つが、
この“カムフラージュ機能を持つ移動基地”を拠点にしているためであり、
加えて裏社会の住人を潤わせる“闇経済”の支配者として君臨しているためなのである。
またゴーディスは元々、“並行宇宙”の１つ、アルティバースを発祥としており、
この宇宙を起源としていないことも、上手く摘発を逃れられている１因だという説がある。
更に大型宇宙船を本拠地とする神出鬼没な行動や、銀河社会の裏社会経済のシェアに食い込むなど、
その独特の手法も実は、ライバルの宇宙マフィアの手法を真似ていると言われている。
|
ＰＲＯＪＥＣＴ ＡＰＯＣＡＬＹＰＳＥ
プロジェクト・アポカリプス 黙示計画
★ ザ・サイドストーリーズ ★
宇宙マフィアと帝国の遺産
|
「――ようやく、落ち着きましたな」
ゴーディス秘密基地――実態は擬装された大型宇宙船だが――の通路を、２つの人影が歩いている。
共に黒い、なめし皮のような皮膚に覆われたエイリアン種族だが、
今し方言葉を発した、２ｍを超えるであろう長身の方は、発光体状の器官が頭部を縦に貫いている。
「仕方あるまい、“ＡＴＴ”はあの“老害ども”の巣窟だ……正義の実現には口やかましいでな」
言葉を返したのは、ゴーディスの首領である、グレイドル・ゾーク。
狡猾な魔性のエイリアン種族メフィラシスの男であり、ゴーディスのみならず裏社会のカリスマである。
その背後から付いてくる、頭部の発光体が特徴のエイリアン種族はヴィゾムのゴーグ。
ゴーディスの戦闘隊長を任される強大な戦士であり、実はグレイドルよりも年上だが、忠実な右腕だ。
因みにＡＴＴとは、アトラス・テクトラクタの略称として使われる言葉の１つである。
同様にタイタニア・テクトラクタは“ＴＵＴ”と呼ばれることがある。
「正直……捜査局どものパトロールが鬱陶しくてなりませんでした」
「ふふ、よく我慢したものだよ、あそこでお前が暴走しないか、私も心配だった」
振り向きかけてそう言ったグレイドルに、ゴーグは軽く首を傾げてみせる。
そんなことなど、あり得ないと言わんばかりに。
「これはご冗談を」
「確かに時は来た……しかし、だからこそ今後の行動には慎重でなければならぬ。
すでにディガスもアルティランも動き出している……今あやつらに尻尾を捕まれるわけにはいかん」
「心得ております」
「“デストラクタ”も我々の失敗を期待しているからな、上手くやらねば――」
「――グレイドル様」
その時ふと――グレイドルに言葉が投げかけられた。
ほとんど何の前触れもなく、セミのような頭部を持つエイリアン種族が通路に現れる。
バルタナンのログ・ゼントだ……工作隊長に当たり、ゴーグ同様ゴーディスの忠実な最高幹部である。
「戻ったか。エクシアンの若造はどうだった？」
「やや勇み足な傾向がありますが、深い闇を持っております……利用価値はあるかと」
グレイドルが言う“エクシアンの若造”とは、連邦軍特務部隊将校のイェクスを指しているのだろう。
ここに来る前に、彼と“裏交渉”をやってきたばかりだからだ。
イェクスもすでに100年以上を生きているが、数千年を生きてきたグレイドルの前では、子供も同然だ。
「何よりだな。さすがにタイランタを敵に廻したくはない……それから“例の件”はどうなった？」
「……申し訳ありません、あと１歩まで追い詰めたのですが、逃げられてしまいました」
軽く頭を下げて詫びるログに、ゴーグが静かな叱責を挟む。
「ふん、相変わらず最後の詰めが甘いようだなログ。そのうち下の者に出し抜かれてしまうぞ？」
「……ですが、逃亡した先の座標はほぼ抑えてあります……どこだと思われますか？」
「アークであろう？――しかも“異次元”の」
ログの顔がぴくり、とかすかに震えた……首領のこの返答は、予期していなかったらしい。
“例の件”というのは、数日前に基地内の研究所から、あるものを盗み出して逃亡した者の追跡であり、
その者が移動工場であるレイノリアス・ランナーポートにいることを突き止めたまでは報告済みだったが、
その後の情報――レイノリアス・ランナーポートを出た“標的”の行方は、ついさっき判明したものだ。
つまりログ自身先ほど確認したばかりの情報を、既にグレイドルが知っているとは思わなかったのである。
「……驚きましたな。何故お分かりに？」
「“同志”が伝えてきた。タキオンチューブに入った宇宙船を１隻“確保した”とな」
「“闇の使徒”ですか……銀河の多次元構造に精通している者もいるのですな」
「お主も会ったことのある男だよ……続きは会議の席で話すとしよう」
|
|
同じ頃――宇宙空間を銀色の光沢を持った、サッカーボール状の物体が漂っていた。
近傍の恒星の光を反射している面こそ銀色だが……反対側は途中で銀河の星海の中に溶け込んでいる。
恐らく空間シールドに由来する光学迷彩の効果だろう……やや中途半端だが。
銀河の裏社会に影響力を持つ、もう１つの宇宙マフィア“デストラクタ”の移動要塞である。
この“デウス・ザイファ”こそ、ゴーディスの移動本部“ディスキルード”のモデルと言われており、
やはり直径１ｋｍほどの大きさを持つ、多機能宇宙船としての機能がある。
アルティバースをルーツとするゴーディスと違って、デストラクタは“この宇宙”に起源があり、
“並行宇宙”からやってきたゴーディスとはライバル関係にある。
その内部にある、実験室らしき大きな空間で――激しい閃光がきらめいた。
光が収まると――淡い光を放射する、結晶体のような表皮に覆われた“怪人”が立っていた。
光る結晶の怪人が大きく手を振り上げると、その腕から手の平にかけて淡い光が集束していく。
それはまるで――核融合炉の中で渦巻く、プラズマの奔流のようだ。
それと同時に、実験室の端に突如、黒光りするモノリス状の物体が次々と出現した。
その数、軽く１０体はある……間もなく怪人はそのモノリスに向かって、腕を大きく振り下ろした。
その動きに合わせ、手に集束していたプラズマ状のエネルギーが渦を巻いて一気に拡散し、
モノリス状の物体を次々に粉砕し、その破片も一気に蒸発させ――消滅せしめた。
そんな怪人の背後に――大きな影が圧し掛かる。
骨のような黒い外骨格に覆われた、身長３ｍほどもある異形の“魔人”である。
外骨格の隙間から、淡く光る黄色い“筋肉”が剥き出し、両目はルビーのように輝いている。
黒き魔人は結晶の怪人がその気配に気付くや否や――いきなり猛然と襲い掛かった。
黒き魔人が大きく腕を振りかぶると、実験室の床に落ちていたモノリスの破片がふわりと浮かび上がり、
魔人の腕を守るように展開しながら、結晶の怪人に“殴り掛かった”。
怪人はそこに再び、白熱する腕を突き出す……襲い掛かってくるモノリスの破片を蒸発せしめながら、
黒き魔人の腕の先にある鋭い爪とがっちりと組み合い、互いに正面から押し合う形になった。
しかしそこで“２人”は押し合いを止め、組んでいた腕を離した。
間もなく２人からそれぞれ、白い光と紫の光が放射され――姿形を変えていく。
結晶の怪人は、ひょろりとした色白の、人間に似た男性に。
黒き魔人は、こちらも人間に似ているが、どこか怪しい目の色を持った背の高い老人に。
「うむ、調整は順調のようだな――ルドルス？」
「もちろんですとも――ゾルーカ総帥」
２人はこの宇宙マフィア――デストラクタの幹部である。
先ほどまで淡く光る結晶怪人に“変身”していた男は、エクシアンのルドルス・ギルティーグ。
黒き魔人に“変身”していた老人は、ゾーリックのギレス・ゾルーカ。
ルドルスはデストラクタお抱えの技術者であると同時に工作員であり、
ギレスはデストラクタを統べる“総帥”として知られる。
２人が今やっていたのは……新たに開発した“戦闘服”の効果を試す実験であった。
総帥のギレス自ら実験に参加したのは、彼自身が強大な魔力を持つ“宇宙魔族”だからである。
“闇の使徒”のスポークスマン、ゼルガ・ローヴと同じ種族なのだ。
|
|
ゴーディス最高幹部が集う“暗黒の会議室”は、基地のほぼ中央にある。
暗闇に慣れていなければつまづくこと確実という真っ暗な部屋に、白くテーブルが浮かび上がっている。
グレイドルが会議室に入ると、テーブルに座っていた幹部達が立ち上がり、首領に１礼した。
闇経済の管理を主な任務とする、ガッツァードのグイド。
工作部隊の副隊長であり、グイドと共同作戦を張ることも多い、ザラヴィアンのジグノール。
戦闘部隊の副隊長であり、ゴーグの片腕と言うべき、ヴォルマグスのギスター。
闇経済の新規開拓を主な任務とする、ムザニアンのオギー・ガゾフ。
闇経済関連の最高幹部としてグイドやオギーの上に立つ、テンペリアンのダイゼル。
闇経済部門と工作部門の連絡係であり、広いコネクションを持つザイナンのボーマン。
そして新商品部門の副主任である、ヒッポリッターのジョルバ。
他にも幹部はいるのだが、今回集まったのは以上のような顔ぶれだ――いや、もう１人。
ダイゼルの横――上座に近い位置に、黒いタンクトップを着た長髪の男が座っている。
他の幹部達が“正装”している中で、男のラフな服装がやけに浮いて見える。
「来ておられたのか……ゼルガ殿……！」
男はゾーリックの魔人、ゼルガ・ローヴだった……デストラクタのギレス総帥の“同族”である。
惑星アーク――地球の異次元、すなわち“次元融合を起こした世界”で暗躍中の彼だが、
元々は地球外の出身であり、実はゴーディスとも少なからず縁がある。
「中間報告さ、ログ……君が逃がした獲物の情報も含めてね」
にやにやと薄笑いを浮かべて皮肉を言うゼルガに、ログは黙っている。
表情は分かりにくいが、面白くはないだろう。
ログだけではなくもう１人、こちらは明らかに面白くなさそうな顔をしているのがギスターだ。
何しろギスターは、ログと一緒に“標的”の追跡を行っていたからだ。
「……その顔は機密を盗まれた怒りかね、それとも逃げ切られた怒りかね？」
「……両方ですな」
むすっ、とした表情のまま、グレイドルの問いにギスターは答えた。
ヴォルマグスは昆虫に似た顔つきだが爬虫類体質であり、口元は人面に近いので表情が出やすい。
色褪せた金髪の上からは、角とも触角とも取れる、縞模様の突起が１対ある。
「ワリクの狙撃から逃げまくったそうだな、あの船は」
「……認めたくはないが驚異的な操船術です、戦闘機のパイロットにも中々いない手練ではないかと」
「ザイオノイドのヴォルマグスにそこまで言わせるとは凄いな」
「高度にカスタマイズされたパイロンシップだったらしいな……ということは、“奴ら”かも知れん」
上座に腰かけたグレイドルは、テーブルに肘をついてそう呟く……ギスターは思わず反応した。
「奴ら、とは？」
「アトラス義勇傭兵団……義賊を騙る戦士たちの集団だ、スペックは中程度だが手練が多い」
首領の言葉に、ダイゼルやジグノールも続いて反応した。
グレイドルが口にした“傭兵団”は、裏社会でもそれなりに知名度があるのである。
「その集団は俺も聞いたことがある……少数精鋭というが本当か？」
「戦い慣れていることは確かだな、中堅クラスのメンバーが多いが、スペック以上の実力がある」
「傭兵団を名乗りながら復讐や暗殺は請け負わないそうです……ふざけた連中だ」
「……そう言えば、ジグノールは“偽善者”が大嫌いだったな」
「偽善者だけではありませんよ、ゴーグ隊長……正義をひけらかすようなやつらは皆、偽善者も同然です。
この銀河に唯一絶対の正義など、何ひとつありはしないのですから」
|
|
「あの船は連中のだったか……」
ぼそり、と呟くように言ったゼルガに、今度はグレイドルが反応する。
「その様子だと知らなかったのかね……少し意外だな」
「“彼”があの船の召喚を依頼してきたから、“ゲート”のベクトルを弄って誘導したまでさ。
なるほど、今度は戦い慣れたエイリアン種族を召喚したか……面白いセンスだ」
「面白いとは遺憾ですな、ゼルガ殿……その船には“盗人”が乗っているのですぞ？」
「――盗人？」
吐き捨てるように言ったギスターにゼルガが反応し、グレイドルが情報を継ぎ足す。
「以前、貴公に話した“変身道具”を持ち出して逃げた奴がおってな……こやつらが追っていたのだ」
「あのザイオロイド兵器のことか？……そうか、だから召喚したのか……結びついたよ」
憮然とするギスターの斜め横でくつくつ、と笑うゼルガ。
どうやら――今回起きた“事件”の背景をある程度、知っているらしい。
ログも気にかかる話なのか、ゼルガをじろりと見る。
「“彼”はどうやら、アークでその兵器の効果を試すつもりのようだ」
「他人事のように言われるなゼルガ殿……あれはゴーディスの成長に不可欠な商品ですぞ？」
「持ち逃げした奴は、銀河の火種になることを恐れたのだろうが、逆手に取られたということだな。
そんなに急ぐこともなかろう、ログよ……どうせ、その辺の連中はコピーすらできぬさ」
「その“次元融合したアークの並行世界”には、ディガスやアルティランが干渉しているのでは？
連中にこのことが知れ渡れば、ゴーディスにとってどれだけ困るか、あなたなら分かると思ったが……」
「分かっているつもりだがね……そこまで言うなら、さっさと回収すれば良いだろう？
あれがどこに持ち込まれたか、我々にはすでに分かっているのだから」
ゼルガのオレンジ色の目がちらり、とギスターを見据える。
しかしギスターも冷え切った青い目で、負けじとそれを睨み返す。
プライドの高さで知られる戦闘種族ヴォルマグスでも、ギスターはひときわ気位が高い男だ。
「……言われるまでもありませぬ……この会議が終われば、私が自ら出向くつもりでした」
「ほぅ、“副隊長”ギスター自らが出向くと言うかね……それなりに本気らしいな？
……そうか、“ジェネラルジョー”を回収できずに潰された“失点”も、そろそろ回復せねばならんか」
皮肉を絶やさぬゼルガの言葉に、ログがテーブルの下で軽く拳を握り締める。
バルタナンの特徴の１つであるハサミ――バルータンクローは、今は外しているようだ。
ゼルガの“煽り”に会議室が緊迫するが……煽った当のゼルガは、まるで気にする様子はない。
グレイドルも、そんなゼルガの“性格”は最初から織り込み済みのようだ。
「“モビルノイド・システム”は使い方次第では、ザイオノイドを出し抜くほどの効果がありますからね。
しかもアルティランが妨害する可能性を考えれば、私が行くしかないでしょう」
「なるほどな……アルティランのライバルを自称するだけのことはある」
そう言って、ゼルガは体重で椅子を傾けながら、また低い声で笑った。
見ているだけで寒気がするような不気味さだが、慣れている光景なのか誰も表情を変えない。
「ギスター副隊長、すでに回収の準備は整っているということですかね？」
「そう思ってもらって構わない、ただし期限までは決められないがね」
「奴を……“アレック”を発見するまでは慎重であるべきだろう。
あの男はどうやら、デストラクタでも似たようなことをやっていたようだ……そうなれば――」
「ふむ――“ルドルス”の横槍も想定せねばならんか……忙しいな」
そこにボーマンのしわがれ声が割って入った……彼の種族、ザイナンも狡猾な気質で有名だ。
銀河屈指のザイオロード、ゼットンを調教する実力は伊達ではない。
「ゼルガ殿が言われる通り、アークで騒動が起きるまで待つ手もあるのじゃないかね？
わざわざこちらから意図的に仕掛けずとも、妙な騒ぎに発展するのは時間の問題じゃろうて」
「次元融合が起きている世界なら、混乱や騒動が連鎖しているはずですから、
ディガスやアルティランも普段以上に見極めにくい、という利点もありますね」
「まぁその件はこの辺で良かろう。そろそろ次の議題に行こうか――」
|
|
再び――デストラクタの移動要塞デウス・ザイファにて。
実験を終えたルドルスとギレスが、廊下を歩いていた。
２人だけではなく……護衛らしき人影がさらにもう２つ歩いている。
「そうだルドルス……ゴーディスがザイオロイド兵器の試作品を、あのアレックに盗まれたそうだ」
「なんと、本当ですか総帥……まったく厄介な男ですな、あの活動家は……」
「うちもやられているからな……これで連中も他人事ではなくなったことだろう」
自嘲気味に呟く怪しい目の老人に、ルドルスは恥を忍ぶような険しい表情を浮かべた。
「……大変申し訳ありません」
「お主だけの責任ではない……ＡＴＵは元々ジェネティック技術に批判的だが、あやつは際立っておる」
「彼はネヴィリアンの血が混ざっていますからね、理想主義なのでしょう」
「ああいうのを偽善者というのだがね」
「全くです」
皮肉交じりにそう言ったギレスは、ふと立ち止まる。
「だが――やつの嗅覚は本物だ……“帝国の遺産”から派生したザイオロイド兵器が、
銀河の軍事バランスを狂わせるリスクがあることに、誰よりも早く気付いた……大した男だよ」
「銀河社会には、平和ボケの感覚があるのではないかと言われていましたからね」
「確かにここ数千年に渡って、大きな軍事危機は起きていないからな……無理からぬことだ」
「アレック・フォルスは元々ＴＢＬの技師ですから、機密に触れる機会もあったのでしょう。
確かゴーディスのザイオロイド兵器は、ＴＢＬの試作兵器から派生したものだと聞いております」
「元をただせば――どれも皆“帝国の遺産”だがな」
ギレスは目を細めてそう言うと、再びゆっくりとした足取りで歩き始めた。
その気品ある足取りは、先ほど“魔人形態”でルドルスに飛び掛ったのと同一人物とは思えない。
「ですね……デストラクタの“ザイオノイド・ブレンダー”も、“ユニヴァース・ドライブ”も……」
「全てがあの伝説の……“アムーグア帝国”の“アムディマグナ”から始まったわけだ」
「帝国には宇宙を書き換える力があった、と言われていますよね……それほどの国がどうして滅んだのか」
「創造主に粛清されたという伝説もあるが……全ては闇のベールに包まれている。
ゾーリックも闇には通じている方だが、さすがに帝国の末路までは見通せておらぬな」
やがて２人は、小さな広場のような空間に出てきた。
ここは実験室の分析のために使う、データベースルームの機能を持っている。
実験の失敗などで爆発事故や“波動汚染”が起きる可能性もあるため、少し距離を取っているのだ。
中央のホログラムディスプレイには、先ほどルドルスが変身した“結晶怪人”の映像が表示されている。
銀河社会のベーシックで“ノヴァ・ユニヴォリューター”と横に書かれていた。
「何はともあれ……この形態で活動できるメドは立ちました……これで次の行動に移れます」
「やはりアレックを追うかね？」
「もちろんです……デストラクタの機密を盗んだ男を、見逃すわけには行かんでしょう」
「ゴーディスも恐らく動くぞ……潰し合いにならねば良いが……いや、あの男に働きかけておこうか」
「闇の使徒のゼルガですね？」
「あの男も義理に厚いとは言えぬからな……付け上がらねば良いが、確証は持てぬ」
「アトラス傭兵団とアレックが接触したというウワサもあるようですが……」
「アレックならやりそうなことだ……だがやつは勝手に話を進める癖があるらしいからな。
アトラス傭兵団が素直に支援を受け入れるかは分からぬぞ」
「協調よりも自分の理想を重視するようですしね……準監視者の血を引くのに、勝手なものだ」
「監視者にも傲慢な偽善者は幾らでもおる……知性階級の評価など、所詮はレッテルに過ぎんのさ」
ギレスはそう言って、嘲笑うような笑みを浮かべた。
|
|
ゴーディス幹部会議終了後――本部基地“ディスキルード”の通路で。
３つほどの人影が歩いている……ダイゼルを先頭に、ジグノールとグイドが続く。
重厚な鎧をまとったダイゼルの硬い靴音が、通路に木霊のように響いている。
「……ついに時が来たな」
「グレイドル様もそう仰っておりましたね」
グイドの相槌に、ダイゼルは青光りする鎧の奥で、くぐもった笑い声を上げる――まるで嘲笑うように。
「分かっとらんな。その“時”ではない」
「我らの野望を実現する“時”が来たのだ……そうですな、ダイゼル様？」
「あぁ、“そちら”でしたか。これは失礼しました」
鳥のような大きな頭部をぺこりと傾けるグイドを斜めに見ながら、ダイゼルは低い声で言葉を続ける。
「アークの混迷や闇の使徒などに興味はない……我らの野望はもう決まっておる」
「“帝国”の再生とアルティランへの復讐、そして偽善者どもへの粛清――ですな」
「グレイドルもあの“オメガ”とかいう奴に評価されて少し天狗のようだ……まぁ、好きにやれば良いわ。
我々はこれまでの計画を進めるだけ……もっとも、これを機会に加速度を上げるべきだがね。
“混迷”とやらのおかげで闇の市場が躍動的に動き出すだろう、大変結構なことだ」
どうやら――ダイゼルたちには、グレイドルとは違う“計画”があるらしい。
恐らく、彼らのルーツとなっている、古代に滅んだ“帝国”に関するものだろう。
テンペリアンやザラヴィアン、ヒッポリッターなどはこの帝国に起源を持っているからだ。
実はその帝国こそ――デストラクタのギレスやルドルスが口にしていた“アムーグア帝国”である。
６万年前に突如滅んだこの帝国は、宇宙でも屈指の強硬な軍事列強であり、
禁断と呼ばれる軍事技術の開発と配備で、神話的な存在であった。
帝国自体は滅んだが、帝国が残した軍事的遺物――すなわち“帝国の遺産”が存在し、
銀河の裏社会に巣食う野心家たちに“財宝”扱いされているのだ。
アムーグア帝国をルーツとする、テンペリアンのダイゼルもそれを知らぬはずはないだろう。
「ジュダ様との連絡はどうなっているのでしょうか？」
「彼とは300時間ほど前に会った……“マモン”の建造が始まったようだ」
「おぉ、ついに始まったのですね！」
「素晴らしい……６万年前に失われた我らの帝国が、新たに生まれ変わる時が！」
「ディスノート殿は新帝国を“エタンダム”と名付けるつもりらしい。永遠の帝国、ということだな」
「正義をひけらかす偽善者どもへの復讐が、ついに本格化するのですね……」
いつもは冷静なジグノールも感極まっているのか、平たい頭部がぷるぷると震えている。
ダイゼルはふと、歩みを止めた……視界が開け、機械室の外観を望む吹き抜けの渡り廊下が出現する。
原子炉格納容器を連想するドーム状の建造物が、円周上に整然と並んでいる。
この中に発展型オリオネスドライブを内蔵した主機関が１３基あり、
直径１ｋｍは優にあるこの“移動要塞”ディスキルードを、神出鬼没な本拠地にし続けているのである。
「“新帝国”はいずれ、この銀河の裏社会の新たな支配者となるはずだ。
グレイドルにとっても“お得意様”が出来るのだから、連携を断る理由などあるまいて」
「そしてゆくゆくは、ゴーディスの技術と資本を、新帝国の礎にするのですね？」
ぽろりと“野望”を漏らしたジグノールに、ダイゼルはまた意味深な含み笑いをする。
「少し気が早いぞジグノール……準備は周到に進めねばならぬ、気取られれば逆手を取られよう」
「おっと、失礼しました……新帝国誕生を祝える日が近いと思うと、冷静を保つのは中々に難しいですな」
「そう言えば、ラボに置いている“帝国の遺産”を、あのままにしておいて良いのでしょうか？
今後のことを思えば、今のうちに我らのグループが確保しておいた方が……」
「それこそ勇み足だ。グレイドルは勘が鋭い、今は構想のうちに留めておけ。
戦力の確保は新帝国の同志が増えてからでも遅くはない……まだマモンも完成しておらぬのだから」
|
|
ディスキルードの別の通路……恐らく、ダイゼルたちが会話していた場所のほぼ反対側。
黒いタンクトップの男――ゼルガと、ヒッポリッターのジョルバが歩いている。
「……そう言えば、“例の件”は上手く行かなかったようだな、ジョルバ」
「期待を裏切ル結果になったのハ、分かってイル」
気持ち分頭を垂れ、重い足取りでジョルバはゼルガの後に続いて歩いている。
「そう抱え込むな、お前だけの責任ではない……“あの女”も、勘付くのが少し早かったようだ。
やはり監視者の嗅覚は、侮ってはならんなぁ」
「……だが、“別のモノ”は、アークの適当な場所に置いてキタ……それで良かったんダナ？」
「構わんさ……それもついでに、アレックの責任にしてしまえば良い」
低い笑い声を上げながら歩くゼルガの背後で、ふとジョルバが首を傾げた。
「もしヤ……アレックにこの情報ヲ伝えたのハ、ゼルガ殿カ？」
ジョルバの問いに対し、ゼルガは軽く振り向く。
「さっきの会議を聞いていただろう……アレックを乗せた傭兵団の船を“召喚”するよう指示したのは、
我が“同志”だ……最初から狙ってたなら、会議の際にそう言っただろうよ」
「……信じテ良いのカ？」
「信じるかどうかは好きにすると良いさ……だが、アレックの工作と我々の工作は別々に動いている。
噛み合ったのだとすれば偶然――いや、“闇の運命”と言うべきものだろうよ」
「……貴公の言われル“闇”とヤラは、随分と都合の良いモノなのだナ」
皮肉るように呟いたジョルバの言葉を受けて、ゼルガは笑い声のトーンを上げた。
「くくく……都合が良い、か……いや、全くその通りかも知れんなぁ。
だが、闇とはそういうものさ……“全てに浸透する”が故に、あたかも万能のように見えることが多い」
「ム……万能のように“見える”ダト、今言われたカ！？」
「そうだ……闇の効果について勘違いしているやつが多いようだが……“闇の本質”は１つだけさ。
空間に浸透し、他の属性の本質を露にすること……その本質をどう見るかは、観察する側の解釈次第だ。
闇が全てを統べる絶対的な力だと思い込むやつは、闇の本質を見誤っているのさ」
「自分も……さっきマデ、そう思っていたヨ……」
ジョルバの顔が初めて上を向く……多少なりとも、視野が変わったようだ。
「ヒッポリッターは幻術が得意だと聞いたぞ……見えるものが必ずしも真実ではないことを知ってるだろう。
ならば……闇を介して、“闇ではないものの本質”を見通すことも、可能だとは思わんかね？」
「闇というのハ……世界の本質ヲ、暴露するためにアル、ということカ……」
「闇は一見、見通しが利かない暗黒のように見えよう……だが、実は極めて純粋な宇宙の姿なのだ。
その闇が真っ暗で見通しが利かぬということは、つまり『自分が何も見通せていない』ということなのさ」
「……何とモ、遠大な世界観だナ……」
なおも話しながら歩いていたゼルガだが、今度はふと、体ごとジョルバに向き直った。
「だから１つや２つの失敗など、気にする必要はないということさ、ジョルバ。
遠慮することはない……やりたいことを、自由にやれば良い……そして、全ての可能性を試せば良いのだ。
ヒッポリッターのルーツとなった“あの帝国”も、そういう理念だったのだから」
「アムーグア帝国、カ……あの国は『宇宙を書き換えようとした』と言われているガ……」
「それが可能なのかどうか、純粋に試そうとしたってことさ……そして宇宙の全てではないにせよ、
“宇宙の１部”は思い通りに操れるということを、彼らは証明した」
「ナルホド……それがあの“アムディマグナ”ということカ」
ジョルバの呟きに、ゼルガは軽く頷きながら、しかし更に大きな野心――いや、世界観を提示して見せた。
「アムディマグナだけじゃないさ……貴公も今まさに、新たな可能性に挑戦しているのだろう？
我ら“闇の使徒”はそれを応援しているのだよ……可能性を眠らせるより、試す方が有意義なのだからな」
「それハ貴公の同志――オメガを蘇らせるタメではないのカ？」
「それが最終目的ではない……闇が宇宙と共にあり、世界の進化と密接に関わっていることを訴えているのだ。
闇が自ら動かずとも、世界の本質を暴露することで新たな可能性が見え、変化の潮流が動き出す。
我が同志はそれを全宇宙に見せ付けるために、この“革命”を模索しているのだよ」
そう言いながら、ゼルガはふと――ジョルバの肩をポンと叩いて、悠々とその背後に歩き去って行った。
「貴公は革命の同志として期待されているのだ……もっと自信を持ちたまえ」
|
|
| （宇宙船不時着事件） |
|
【Meking Memo／設定補記】
2010〜2012年頃に作成したエピソードを、2020年に再編したもの。
宇宙マフィアのゴーディスの暗躍をテーマにした１種の“エピソード・ゼロ”に当たるが、
時系列的には東京怪獣事件が起きた後になるため、サイドストーリー的な側面を内包している。
（そのためタイトル分類としてはサイドストーリー枠にはめ込んでいる）
アトラス傭兵団が次元融合世界に飛ばされた“事件”とタイミングを合わせているため、
ＰＡ第１部の第７〜８章辺りの時期と同じ頃の話になるのだ。
2010年頃の草案とは１部プロットが変わっているが、これは当時はまだ旧ＯＷ企画推進中であり、
同企画の打切りに伴って、１部の設定やプロットを変える必要が生じたためである。
その結果空いたプロットに、ゴーディスのライバルに当たるデストラクタの話を入れており、
最後には地球で暗躍していたジョルバとゼルガの“密約話”をはめ込むことにした。
また属性特集ページでも書いているが、ＧＤＷ世界観においては、「闇属性」は「悪の属性」ではない。
宇宙を構成する要素の大部分が、目に見えないダークマターやダークエネルギーと言われることを参考に、
「直視困難だが、空間に浸透し本質を暴露する属性」と解釈しているのが特徴の１つである。
そのため「神々が闇属性を使う」ことも、「魔物が光属性を使う」ことも、ＧＤＷでは可能なのだ。
神々や魔族という神話的な概念は肯定するが、差別的な序列は想定しておらず、
古典的な神話にしばしば見られるそうした“差別要素”を、逆に神話の偽善性として扱っている。 |
