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★ＴＨＥ ＧＵＡＲＤＩＡＮＳ 統合ナンバー：EX-ZA（N-ATTN007B1） |
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ほのかに光る赤紫色の雲海のはるか上空に、巨大な鼠色のリングが浮かんでいる。
遊星ネヴィルの玄関口にして、防衛の要でもある軌道リング・コロニーだ。
幅数十ｋｍはある巨大な構造物が、ネヴィルの地表から1,000kmほどの高さを維持し、
そのままこの大きな星をぐるりと１周、取り囲んでいる。
銀河社会に進出した文明種族の出身天体では、よくこういう巨大な宇宙基地が作られている。
その１角に、ひときわ大きな円盤状の構造物がある。
地表とリングを結ぶ、軌道エレベータの中継点を兼ねた、リングの中枢となる軌道ターミナルだ。
そこに１隻の大型貨客船――連邦検問を抜けたヴァロンが、ゆっくりと侵入する。
やや圧迫感のある天井と床が、その船体の上下にのしかかり、滑るように移動していく。
宇宙港の接岸デッキは高さ1,000m以上もある大きなものだが、
ヴァロンが2,000mを超す大型船であるが故に、今は狭い空間に見えてしまう。
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ＴＨＥ ＧＵＡＲＤＩＡＮＳ
ガーディアンズ――アトラス銀河戦史
≪第２章 惑星アーク≫
★ 第１話 地球統合結社エグゼクター ★
（想定年代：AWO-007）
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宇宙港を複数のブースに区切る、シャフト状の構造物が“埠頭”を兼ねており、
その無骨な構造物に向かって、ヴァロンは慎重に、斜めに迫っていく。
船体のほぼ中央部に設置された、半球状のカーゴハッチを、シャフトにある円形のハッチへと重ねていく。
直径100ｍをはるかに超えるハッチ同士がお互いの照合用座標を確認すると、
後は重力波を応用したトラクター・ビーム（牽引光線）が自動でヴァロンを引き寄せ、
タキオンシャフトで守られたエアシールド越しにハッチ同士を接続し、ペイロードの搬出を行うのだ。
（画像挿入予定orz）
ヴァロンが貨物搬出を自動で行っている間に、乗員や乗客が転送システムで船外に転送される。
もちろん、こちらは気密処理がしっかりなされた到着デッキに降り立つことになる。
標準的なヒューマノイド種族には少し心細く感じるほど、広大なゴシック調の到着デッキに、
擬態モードのザン大使や、副船長のエル・ディーグが姿を現した。
「いつ来てもゴージャスなデッキねー、ここは……飾り気のないアナリムの宇宙港とは大違い♪」
「連邦傘下の国々でも、文化が色々違うからな……特にネヴィルは独自性を意識している」
「失礼……ヴァロン号のゼラ・ディーグ船長でいらっしゃいますか？」
ふと、２人以外の声が、２人がいるデッキのすぐ近くで聞こえた。
２人が振り向くと、そこに長身のヒューマノイドが１人。
ネヴィリアンに似た風格の壮年男性だが――実はザンには分かっていた。
この男こそ……長年惑星アークの調査に携わる、ディガスのアル・ドレイク大使であると。
「ゼラ船長は私の兄ですけど？」
「おぉ、これは失礼、妹君の方でしたか……私、オーリア・ネイレスと申します」
あーあー、と表情を変えるエル。
オーリア・ネイレスとは、事前にレイス大使からエルが聞いていた、
アル・ドレイク大使の擬態モードでの偽名だったからだ。
実はドレイクの本来の種族も、ザンと同じラトリアンであり、意識の力で肌や髪の色を変えられる。
「それじゃあ……事前契約どおり、“彼”をお渡ししますわ♪」
「感謝しますエル・ディーグ副船長、あなたに更なる幸があらんことを」
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（お久しぶりです、ドレイク大使……お元気で何よりで）
（そうだな……もう20年くらいになるか……アークの暦では、だが）
クリーム色の列柱が並ぶ到着デッキのロビーを、２人の男が歩く。
ザンとドレイクだ……もっとも、２人ともまだ擬態モードのままであるが。
ただし２人とも、傍受を回避するため、念話――つまり“テレパシー能力”で会話している。
（ところでドレイク大使、今回の調査を、どこでお知りに？）
（ウルス子爵から聞いた……今は彼がほぼ唯一の情報源だからな）
（ウルス子爵……確かネヴィル公国の外交官でしたね……宙域検問も強化されたようですし）
（私も指名手配に等しい扱いを受けているからな）
そう言って、ドレイクは苦笑した。
やがて２人は広大なデッキの角を折れ、小さな路地へと入っていく。
この先にあるのは、小型貨物船用の出発デッキへと続く、船員用のエレベーターだ。
エレベーターといってもネヴィル様式のネフロパイトを、シースルーのシャフトの中に置いただけなので、
外からは薄い床だけが、シャフト内を上下しているように見える。
床すらないリパルサーシャフトも銀河社会にはよくあるが、ここはやや古典的な仕様らしい。
小型船デッキは、宇宙港の下部に広がる、広大な平面をほぼそのまま使っている。
（それで……調べるのは何だ？――やはり“オメガリクス”か？）
（えぇ、そうです……連邦が停戦の呼びかけに頑として応じない背景ではないかと、それに――）
ザンはディガスのリサーチ・センターで聞いた話を、ドレイクに伝えた。
（――ガロヌの戦災ミュータントに？）
（はい、超因子作用の痕跡があったようです）
（それが事実なら……連邦はオメガリクスの抽出と触媒化を、既に確立させていることになるな）
（軍事ベースに乗っているのならば、連邦が強気でいられる理由にはなりますね）
静かに下っていく“ネフロパイト・エレベーター”の中で、２人の慎重な会話が続く。
念話以外でも時折言葉を交わしているが、当たり障りのないものだ。
シャフトのキャノピーの向こう、エアシールドの先に見える宇宙港には、何百もの宇宙船の姿が見える。
（もしも、その試作サンプルをアークで作っているとしたら、裏付けになるのではと）
（なるほどな……ザン大使、ケイという娘を覚えているか？）
（確か“ザイオロード”の生命因子を合成されたキメラノイドでしたね……彼女が何か？）
（アークスよりはるかに強大なザイオロードの因子を、何故彼女が暴走もせずに使えていたと思う？）
（……まさか、オメガリクスが？）
（ただの合成ではあぁならないことは確かだよ……この先は現地で話そう）
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どす黒く濁った水面が、灰色の波を巻き上げる。
青というよりは墨に近い黒……飛び跳ねる魚の姿も全く見えない。
空もその果てまで、モノクロの記録映画のようなグレースケールで彩られている。
そんな生気の希薄な墨色の水面に、赤みを帯びた巨大な鉄骨のオブジェが屹立する。
いやそれはむしろ――かつてここにあった、繁栄の残骸と言うべきか。
赤黒いオブジェが南北に２個……そして、その数kmほど東方にも、複数の黒い塊が見える。
黒くよどんだ水中に向かって、赤いケーブルが２本、力なく垂れている。
そう……このオブジェは数十年前までは、狭い“海峡”をまたぐ巨大な吊橋だったのだ。
数十年前に突如としてこの世界を襲った、終末的な大破壊によって、海に沈んでしまうまでは。
時は西暦2058年。
（画像挿入予定orz）
この世界――地球はいつ終わるとも知れない、灰色の荒廃に覆われていた。
40年ほど前から始まった地球規模の大変動と、度重なる戦火により、
主要都市の多くは残骸と化し、復興の道筋もつけられずに時間だけが過ぎていった。
かつてこの地を光の速度で駆け巡った情報の網も、生態系を絞り尽くすほどに繰り返された開発も、
今はごく１部の破壊を免れた“都市核”のみに、かろうじてその名残を留めているだけ。
全世界を襲った“惑星変動”は大規模な地殻変動や海水準変動をもたらし、
あるところでは海面が数百mも上昇し、またあるところでは広大な海底が露出した。
それはごくわずかな地軸の揺らぎと、突如発生した地殻の横ズレによって生じた結果だったが、
“人類文明”を破綻寸前まで追い込むには十分過ぎるほどの破壊力を秘めていた。
この吊橋の残骸が屹立する“内海”も、そんな破壊の直撃を受けた、多くの都市の１つだったのである。
存亡の瀬戸際に追い詰められた文明者たち――地球人類は、この地をサンフランシスコと呼んでいる。
ほとんどの建築物は、この地を襲った地殻変動と津波によって瓦礫と化したが、
わずかに数棟のひときわ頑丈で背の高いビルのみが、海面上にその無骨な構造体をさらしていた。
半世紀前に比べれば、この一帯の海面は実に200mほども上がったのである。
そんなビルの１つ……その屋上に、人影が。
既に全ての生存者が南の新興都市へ移住したこの廃墟に、何故か“彼”は１人で立っている。
色白だが、鍛え上げられた逞しい肉体……身長は2mほどあるだろうか。
頭部に髪の毛はなく、額から頬にかけて刻まれた、Ｘ字の傷跡が印象的である。
黒に近い灰色のジャケットの下――心臓に近い胸の中央辺りからは、謎の淡い光が漏れている。
“謎の男”はただ無言で、猛禽のような鋭さを秘めた目で屋上の縁に立っている。
間もなく――男は静かに歩を進め、何もない空中へと脚を踏み出した。
もちろん……そこに踏みしめることの出来るものはない。
当然の如くバランスを崩し、墨色の薄汚れた海面へと落下していく。
――だがその直後、男の姿が空中で消えた。
灰色の粉塵が霧のように立ち込め、煤けた外壁にぽっかりと穴が開く。
男は――跳んでいた。
落下しながら、ビルの外壁を蹴り、ほとんど水平に跳躍したのである。
しかし翼が生えるわけでもなく……放物線を描くように、その体が再び降下する。
その動きを予期していたかのように、男は今度は、迫り来る黒い海面に向かって、掌を突き出した。
掌に閃光が宿ったその瞬間、海面が爆発するように吹き飛び、男は再び上空へと舞い上がった。
やがて……別のビルの崩れ残ったフロアの上に、男が静かに着地する。
１陣の風が舞い、男の黒灰色のジャケットを扇いでいく。
まるでその風に語りかけるように、彼は１人で小さく呟いた。
「少し……衰えたか」
（画像挿入予定orz）
その直後――灰色の空に機械的な駆動音が木霊した。
間もなく男が立っているビルの背後から、銀色の飛行艇が姿を現す。
ジェットエンジンとはやや違う特徴的な音と共に、飛行艇はゆっくりと男の前に滞空した。
『ガンマ総隊長、探しましたよ――本部から召集です』
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淡いエメラルドグリーンの波紋が漆黒の空間に広がり、小さな宇宙船を出現させる。
船体後方に搭載した動力炉――オリオネスドライブの中心の輝きがグリーンからイエローへと戻り、
輸送船オリオネスカーゴを“改造”した無骨な宇宙船は、徐々に減速していく。
これがディガス大使アル・ドレイクが愛用する秘密調査船“センティエル”だ。
中に乗っているのはドレイクとザン、そして航宙士を担当する“電子生命体”ホロノイドのみである。
ホロノイドのセンティアは小さな発光体のような姿だが、有能なパイロットなのだ。
「20年……いや、正確には18年ぶりか」
ディガスの擬装調査船センティエルの前に姿を現す、青黒い惑星――アーク。
「変わりましたね……前に来た時は、こんなに煤けていなかったのに」
ザンは、前にも１度、この惑星を訪れたことがある。
アトラス名アーク……現地では“地球”と呼ばれる、この惑星に。
その時はまだ、濃い青と白のコントラストが宇宙空間に映える、美しい海洋惑星だった。
だが今……アークの海は黒くよどみ、雲は薄く灰色に煙っている。
“変わり果てた”ほどではないが、軌道上から分かるほど変化したということは、
それだけ、この惑星の荒廃が進んだことを意味している。
「惑星変動はあの頃がピークだったがな……人為的な混迷はむしろ、あれ以降に激化した」
「銀河大戦と呼応するように、この星も戦国時代の嵐に……」
「オメガ危機の影響は、この時空ではさほど大きくはなかったはずだが……それでもなお、
深遠の因縁は、この星に安息の日々を与えないらしい」
ドレイクが、センティエルの狭いブリッジで深い溜息を吐く。
「アークの観測網に接近しています……ステルスフィールドを作動しますか？」
２人の会話の空気を察してか、パイロットのセンティアもどこか慎重な言葉遣いになる。
ホロノイドは人工的なＡＩを起源とするが、人格を持つ“生命体”であり、人権も保障されるのだ。
「もちろんだ、墜とされるわけには行かないからな」
「衛星迎撃網が？ 確か“第３次大戦”と“クロノス危機”で破壊されたはずですが……」
「そうだ、だがこの18年で再配備された……“地球連合政府”は軍拡に熱心だよ」
「主権を持つ国家は軍事力保有も正当化できますが……過剰な軍拡が必要なほどの背景が？
タイランタ連邦のように、銀河系の統一を目指しているわけでもないのに」
「政府を脅かすような反体制勢力が、軌道上の航路を使う事態を恐れているのだろう。
実際……ここにもそういうグループがいる」
そう言いながら、ドレイクは苦笑した。
「その連合政府がもう少し理性的な対話を重んじてくれるのなら、我々も堂々と動けるのですがね……」
「実際は非合法組織扱いさ……数年前には手配リストも公開された。
我々は――いや厳密には“アクエリアス”か……彼らは今やテロリストと同じ扱いを受けている」
「アクエリアスは元々地下組織ですが……では、活動も大分縮小されたのですね」
「……今は引き籠もりに等しいかもな――まぁ向こうも、本丸を本気で攻め落とす気はないようだがね」
「簡単には落とせないと知っているのでしょう……いや、“あの時”に知ったはず」
しばし、ザンが俯いた。
その目には、記憶に刻まれた悲しみの傷跡がちらついている。
「そうだったな……そうか、ちょうどザン大使が、前にアークを訪れた時だったか」
「たとえ自分は燃え尽きても、守るべきものがあそこにはあった……“彼”は全うしたのです。
しかし……傷口は予想以上に広く、そして深かった」
「今は“アキラ”がその穴を埋めているよ……息子として――いや、立派な指導者としてね」
緩やかな弧を描き、低角度で大気圏に突入していくセンティエル。
周囲に形成した特殊なプラズマ質のフォースフィールドによって、船体が大気摩擦で発熱するのを防ぐ。
しかもフォースフィールドは光線を捻じ曲げ、不可視化させることも出来る。
これらの機能によって、迎撃衛星などの探知を逃れて、地表に降りることが出来るというわけだ。
“防御シールド”を展開すれば攻撃に耐えることも可能だが、強行突破も乱暴であろう。
灰色の雲海と、黒ずんだ海が少しずつ視界を覆い始め、惑星の輪郭を示す円弧が水平へと近づく。
眼下に見えている広大な海は、このアーク――地球で太平洋と呼ばれる、惑星最大の大洋だ。
火山活動が活発なのか、雲とは異なる灰色の筋が東に向かって流れ、発生点付近で赤い光が瞬く。
この高度から見えるということは、かなり大規模な噴火が起きているようだ。
やがてセンティエルは緩やかに旋回しつつ、何度目かの――恐らくは最後の制動をかける。
いくら重力を制御しているといっても、亜光速で飛んでいた物体を音速前後まで減速させるのだ。
つまり――秒速10万kmほどの速度から、秒速1km未満まで減速することになる。
１度に制動をかければ、乗員は数キロ上空から鉄板に叩きつけられるほどの衝撃を受け、
フォースフィールドで守られた船体すら、空中分解し兼ねない。
そんな急制動で生き残れる生命体など、まずいないだろう――例えそれが“ザイオノイド”であろうとも。
亜光速航行していた宇宙船が惑星に降下する際、通常は少なくとも５回に分けて慎重に減速する。
それでも減速で生じるＧを、完全に相殺することは困難なのである。
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ネヴァダ山脈の険しい山岳地帯の１角に、埋もれるような形で灰色の平たい建造物がある。
その中ほどには六角形のハッチが、ほぼ真上に向かって開いている。
先ほどスキンヘッドの男――ガンマを乗せた銀色の飛行艇が、そのハッチの中へと降りて行った。
ハッチの下には、広大な空間が広がっていた。
地底を掘り抜いた、ドーム球場ほどもある格納庫である。
銀色の飛行艇は、誘導用ロボットが点滅させるライトに従って、その格納庫の端へと落ち着いた。
飛行艇の上から、タラップを使わずにひらりと飛び降りるガンマ。
格納庫のデッキには、部下らしき数人の黒ベースの迷彩服の男たちが立って、ガンマを迎えた。
その真ん中にガンマが入り、やがて別方向に向かって歩き始める。
「それで……今回の任務は？」
「アクエリアスですよ」
「……何、またアクエリアスか？ １ヶ月前に第９チームが仕掛けたばっかりだろう」
「それが……昨日、圏外からの“来訪者”があったようです」
部下の最後の言葉に、ガンマはふと歩みを止めた。
「……“外”から来たというのか？」
「地球連合軍が質量のわずかな移動をキャッチしたそうです……しかし連合の船ではありません。
また“連邦”の使者ならば、我々に連絡があるはずですからね」
「とすれば……“あいつら”か」
ガンマは目を細めた。
彼らと対峙する地下組織“アクエリアス”の支援者として、圏外――宇宙から来訪した勢力。
といっても、出遭うことがあるとすれば、その勢力の“エージェント”１人か２人だったが。
さほど大規模でもないアクエリアスが、ガンマたちの組織にとってここまで厄介な相手になったのも、
元はといえばこの勢力――ディガスの支援があったからだ。
核攻撃でも破壊出来ないと見られる、日本列島中部の地下基地建設を支援したのも彼らである。
またディガス大使のサポートがなければ、戦力の１部を奪われることはなかっただろう。
ガンマの部下、ないしかつて同胞だった者の１部が、アクエリアスに流れたからだ。
ディガス大使は“情熱を持つ賢者”とでも言える人格者で、感化された者がいるらしい。
――まぁ、“恒久支配”に哲学を見出す者など、そうは多くなかろうがな……
ガンマは誰ともなく、自嘲するように低く嗤った。
「……それで？ いつ行けばいい？」
「出来ればすぐにと……」
「“３代目”はいつもながら人使いが荒いな……前総統もそこまで性急ではなかったぞ」
「評議会は１日でも早く、アクエリアスの無力化を願っていますからね」
「熱心なことだな……まぁいいだろう、輸送機の手配は任せた」
「は、了解しました……ところで、評議会に面会はしないのですか？」
「するさ、だがここの会議室で十分だろう……すでに決定した任務なのだから」
「そうですね……では、我々は出撃の準備を」
敬礼をして、立ち去る兵士たち……その腕は人間のそれではなく、機械のものだった。
人気の乏しい、機械化された格納庫の端を歩きながら、ガンマはまた誰ともなく呟いた。
「自由と平和のために、か……人類もつくづく、矛盾した種族だ」
ふと――低く咳き込むガンマ。
淡い光が漏れる胸を鷲掴みにして、細かく肩を震わせる。
「最近――間隔が狭まっているな」
苦笑するように、自分以外誰もいない地下通路で１人ぼやく。
X字の傷が刻まれたその額には、わずかながら脂汗が浮かんでいた。
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灰色の空に向かって、銃鉄色の高層ビル群が幾つもそびえ立つ。
その多くが、地上500m前後という規模を持っている。
ここはメガシティ“シカゴ”……破局を免れた、地球の数少ない大都市の１つである。
ミシガン湖のほとりに拡がる近代都市・シカゴは、
ニューヨークやワシントン・ロスアンゼルスと共に、超大国アメリカを代表する都市だった。
だが21世紀に入って本格化した惑星変動と、2030年代と2050年代に起きた大規模な戦渦の結果、
東西両岸の主要都市の大部分が荒廃し、シカゴのみが生き残る形になったのである。
また2045年に誕生した地球連合政府が、この街に首都を置いたのも発展の１因となった。
今やシカゴは周辺部も含めると、総人口3,000万人を超す巨大都市に成長し、
超高層ビルが林立する都心部の中枢部には、ひときわ目立つピラミッド状の構造物が建設されていた。
この高さ2,000m近い巨大な黒いピラミッドこそ……地球連合政府の庁舎ビルであった。
連合政府の中央評議会が質疑を行うフロアは、この“立体都市”の最上部に当たるゾーンに位置するが、
それよりもはるか下……ちょうど、地上666mに当たる位置に、漆黒の会議室が置かれている。
一般市民には存在すら知られていないこの部屋こそ……実はこの建物の真の中枢であった。
“エグゼクター”――それは地球人類を審判し、支配するために生まれた“影の組織”である。
争いに彩られたこの世界をより完全な形で統治するために、世界中のエリートたちによって組織され、
今は亡き“前総統”の手腕で達成された――その証が、この連合庁舎内にある秘密の会議室なのだ。
漆黒の会議室には、13の椅子が配置された円卓が置かれ、それ自体が白い光を放つ。
今……この円卓に、6人ほどの人影があった。
その円卓に、無線通信が入る。
「総統、“ＺＯＡ”総隊長より報告です」
「やっと捕まったか……それで、ここに来るのかね？」
「いえ、ネヴァダ要塞の第６会議室から発信されるようで」
「ということはあの廃墟で発散していたか……まぁいい、つなげろ」
円卓に腰かけたシルバーブロンドの“総統”らしき男が言うのとほぼ同時に、
円卓の中央に置かれたホログラム発生器に、スキンヘッドの男の姿が投影された――ガンマだ。
『どうも、遅くなりまして』
「遅いぞガンマ……常に連絡を取れるようにしろ、このぐらい当然だろうが？」
『訓練に雑念があってはいけませんので』
「相変わらずの言い訳ぶりだな……まぁそいつは不問にしておいてやる、前総統の御威光に感謝しろ」
『ありがとうございます』
「すでに任務は聞いたな？ アクエリアスに圏外の使者が接触した可能性が高い」
『伺っております』
総統ことアディエル・セイレンティは、そこで１呼吸置き――やや目を細めつつ、口を開いた。
「単刀直入に問おう――連中を消せるか？」
『それは“どちらのこと”を言っておいででしょうか？』
「両方だと言いたいところだが……片方でもいい、連中があのドームの外に出る可能性が高いからな」
『不可能ではありませんが、保証は出来かねます』
どこか慇懃無礼に、淡々と話すガンマの態度に、アディエルがぎろりと冷酷そうな目を剥いた。
「いつも生意気なことを言いおって……ＺＯＡはエグゼクターの暗殺組織だ、それを重々忘れるな。
任務の結果如何では、貴様の総隊長の座も危ういと思え」
『努力しましょう』
通信はそこで切れた……ふん、と鼻先で笑うアディエル。
「……まったく、いつ話しても生意気な男だ……前総統に可愛がられていた所為で天狗になっておるな」
「まぁそう言いなさるな、アディエル殿……彼がいるから、アクエリアスの増長も抑えられるのですから」
「クレゾ大使……しかしですな、ガンマ自身が増長しては同じことではないのですか？」
“３代目エグゼクター総統”アディエルに話しかけたのは、真向かいに座っていた小柄な男だった。
ただし――男は男でも、その姿は人間ではない。
一切の毛がない灰色の頭部、アーモンド形の黒目を持つエイリアン種族――ヴェドレイズである。
身につけている灰色のスーツと赤いネクタイが、どこかミスマッチなシュールさを醸し出しているこの男こそ、
この“要人たち”に対して強力な発言力を持つタイランタ連邦の大使、クリル・ギ・クレゾであった。
「あの男なら問題はないでしょう……体制を転覆させるような、無謀な野心を持つタイプではない」
「そうでしょうかねぇ……あれだけの“力”を持って、なおかつあれだけ非情な行動を取れる男が？」
「ガンマ・エイブラムスは戦士だ……支配することより、戦うことに価値を見出すタイプですよ」
「前総統は……ガンマが裏切らないと知っていたから寵愛を？」
「それは何とも言えませんがね……しかし、身の程をわきまえぬような無法者ではないはず。
そう――かつて“ＺＯＡ”のトップだった男……ベータに比べればね」
クリルのアーモンド形――いや、柿の種のような藍色――の目が、やや細く歪んだ。
この地で、そしてこの組織の内外で……かつて起こった“勢力争い”を思い返しているのであろう。
そんなクリルを横目に見ながら、アディエルは再び、溜息のような深呼吸をした。
「とにかく……あの男には、組織に尽くしてもらう必要がある」
そう――エグゼクターはタイランタ連邦とつながっている。
エグゼクターが地球連合政府を傀儡として操り、地球文明に君臨出来るのも、このためである。
無論――見返りが何もないわけではない……タイランタがエグゼクターを支援するのには、理由があった。
そしてそれこそが、ドレイクやザンが調べようとしていたものだったのである。
“魔神の種”の異名を持つ特殊な超因子オメガリクス――それがこの青い惑星の深部にあるのだ。
ディガスはタイランタ連邦がこの惑星――銀河社会ではアークとも呼ばれる地球に、
オメガリクスの“鉱脈”が存在し、軍事的な理由からそれに目を付けていることを、既に掴んでいた。
エグゼクターやタイランタが、その“錬金術の種”をどこまで開発出来ているのかは、まだ不明だったが……。
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| （第２章第２話に続く） |
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【Meking Memo／設定補記】
2008年頃に初めて執筆したエピソードだが、草案は2002年頃に出来上がっていた。
ＧＤＷ世界観の説明を兼ねたエピソードの第４話である（ただし現在のテキストは2023年に改修した）
近未来の地球文明を支配するエグゼクターもまた、都市伝説をモチーフとした組織の１つである。
前世紀末の「イルミナティ陰謀論」や、近年の「Ｑアノン」の延長線にある秘密結社と言えるだろう。
エイリアンと密約を結んでいるという話も、この手の都市伝説が好きな人ならよく知ってるネタのはずだ（爆）
（直接的には1980年代に話題をさらったＵＦＯ陰謀論の１つ「ＭＪ-12」が元ネタになっている）
ただし往年の陰謀論系都市伝説は、結局の所「権力者の傲慢」を悪役視する意図で作られているため、
その背景まで掘り下げられるケースは少ない（ないこともないが、深読みし過ぎて神話化してることが多い^^;）
エイリアン侵略系のＳＦにも言えるが、「地球が狙われる理由」を深掘りしているものは余り多くないのだ。
「生命の楽園である地球を征服する」と言うのは簡単だが、地球外に多くの宇宙人が存在するのなら、
どうして地球ばかりが狙われるのか、という問いに本来なら答えるべきだろう（パラドックスになるからだ）
結局の所、ＧＤＷ世界観での超因子オメガリクスに絡むタイランタ連邦の軍事的野心と、
それがきっかけの１つになったオリオネス銀河大戦も、そうした背景考証の中で生まれたアイデアなのである。
章割りの構成を再編時に変えたため、各パートのエピソードを少し入れ替えている（汗）
元々は「旧版６章」になる、エグゼクターの幹部クラスが登場する話の１部をこの“第４話”に持ってきているが、
アクエリアスの話を書くよりも、劇中の地球を支配しているエグゼクターを先に紹介しようと思ったためだ。
またドレイクやザンがネヴィルから出発する話は、別のエピソードから切り貼りしたものである（爆）
（それも同じ物語の１部だが、章割りの再編で幾つかのシーンを混ぜることになったのだ^^;） |
